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2007/12/23 (Sun) 待つ女「松風」

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能楽堂の門のすぐ内側に、赤い椿が咲いていました。


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神楽坂 矢来能楽堂


● 能舞台「松風」鑑賞

先週の日曜日、舞踊団のアドバイザーはらりんに、能の舞台にお誘いいただきました。
昨秋に引き続き、矢来能楽堂での鈴木啓吾さんの舞台です。
(昨年書いた、我ながら気合いの入った感想文はこちら。
http://lunasolmilcoco.blog68.fc2.com/blog-entry-19.html

待ち合わせのこの門の前ではらりんを待ちながら、上の写真を撮りました。
椿は、ずっと撮ろうと思いながら・・・(この季節に盛んに咲いている、貴重な花ですものね。)やっと撮る機会を持てました。まだ開く途中のかわいい花。でも写真はイマイチ・・・?)

舞台のテーマは「待つ女」。
須磨に流された在原行平は、その地で潮汲みをする松風・村雨、二人の姉妹と出会い、恋をします。 やがて行平は烏帽子と狩衣だけを姉妹のもとに残し、都へ戻り、亡くなってしまいます。
姉妹はいつまでもいつまでも、去っていった行平の帰りを待ち続ける・・・。
それがこの作品のモチーフです。

須磨、と言えば『源氏物語』で光源氏が流され、明石の君と恋をした場所。
『源氏物語』の「須磨」の巻の中でも、光源氏は
「行平の中納言の藻塩たれつつ侘びける家居近きわたり」
に住んだと書かれています。
紫式部も、行平が須磨に流されたことを意識して、この章段を書いたのでしょう。
在原行平は、在原業平の兄。
弟・業平はかの有名な『伊勢物語』の主人公の男のモデルとされている人物として私にとってもなじみ深い。でも、その兄のことは、百人一首の歌でしか知りませんでした。

「立ち別れ いなばの山の峰に生ふる 
          まつとしきかば 今帰りこむ」在原行平

・・・「待っている」と聞いたなら、すぐに帰ってゆくよ・・・。
この和歌の下の句も、能の中で繰り返し歌われます。

この能について、シテの鈴木啓吾さんはこのように書いていらっしゃいました。
とても共感し、また感動したので、引用したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すべてを承知の上で松風は行平を待ちます。
生きてゐた間も、死んだ後も。
行平が都に帰ったときから彼女の中の時間は止まった・・・。
満ちては欠け、欠けては満ちる月。
寄せては返し、返しては寄せる浦の波。
「永遠に続く止められた時間」の中で彼女は待ち続けます、何ものかの到来を。

自らの人生の中に於いても、永遠に続く止められた時間・・・誰の中にもあるのではないでせうか。
それは普通「思ひ出」と云ふ言葉で表現されますが。
「思ひ出」の事象と現在の状況が時間軸で繋がってゐる場合は、 つまり止まってはゐませんが、「思ひ出」の事象が過去のある時点で途切れてゐる場合、概ねこの「止められた時間」に当たると思ひます。
少なからずどんな方も心のうちに秘めた「永遠に続く止められた時間」を共有することで[待つ女]に共感することができるのではないかと思ふのです。

この作品のテーマとしては、佛法の側から恋の妄執といかに対峙するかと云ふことよりも、人として恋の苦しみをどう生きるかと云ふことに重きを置いてゐるやうに思はれます。
(中略)
観客の皆様との「永遠に止められた時間」の共有にこそこの能の作者の思ひがあるやうに思はれてなりません。

~以上、シテ鈴木啓吾さん・著 「幕のむかう三軒両隣り 『松風』編」より一部抜粋)~

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●感想(その一・「能」というものは・・・)

やはり前回と同じように、まず、・・・「ただ、立っている」ということが、とてもとても「繊細」で「濃密」で、何かがみなぎりきったものであり得るのだ、ということにとても感動しました。
それは、私が踊る上でもとても大事に思って目指しているひとつの高みでもあります。
舞台を見ながら今回もまた、
「どうして、あれほどまでに舞台の上で動かずに、それでいて充実しきって人の目線と心を惹き付けて居られるんだろう・・・。」
と、その秘密を知りたいと思いました。
それにしても、能は動かない・・・!!!
これほどまでに「動き」の抑制されきった舞台芸術は他に例を見ないのではないでしょうか?

前回書いたこの言葉、もう一度載せておきたいと思います。
「能は、何も拒まず・・・でも、何も受け入れてもくれない・・・。
そして能にはいっさい押しつけがましさはなく、それでいて見る者に多くを要求する。
見る者は、ただ動かずにそこに『居る』だけの演者のみなぎらせている『気』を、あるがままに受け取るゆとり・・・『無心に受容すること』・・・が求められる。」

能に於いては、見る側・・・観客側に知性や理解力がなければそう簡単にはその真髄を楽しめるものではない、とあらためて感じました。
能に対する知識の乏しい私には、もっともっと勉強してから見ることが必要だと痛感しました。
はらりんのお書きになった素晴らしい解説書が無ければ、何も分からずに漫然と見ていたと思います。


●感想(その二・「待つ女」)
「待つ女・・・・・!!??重いなぁ、辛気くさいなぁ、私とはタイプが違うなぁ・・・。」
なんて、単純にうち捨ててしまうのは、いともたやすいこと。

でも、もう少し頑張って、私自身の心の中にある、「松風」と共有しあえるようなある想いを、よくよく見つめてみようと思います。
そうでなければ、シテ・鈴木啓吾さんのおっしゃる「永遠に続く止められた時間の共有」はできないと思うからです。
そしてそれができなければ、結局はこの作品を見た意味が無くなってしまうでしょう。
物事を考えるとき、いつも、「頭」ではなく、「心」で感じたい、と願います。
理解した「つもり」にはなりたくない。
恋する人を死してなお待ち続けた「松風」の心を、自分のもののように感じてみたい・・・。
私も、心の中であの美しい能面をつけて、松風になってみましょう・・・。

さて・・・。
「私の中にも居るだろうか、待つ女は・・・」、と考えます。
「思い出」の事象が過去のある時点で途切れてしまった、「止められた時間」。
もう二度と会えない恋しい人との別れ・・・。
それでもずっとずっと、愛する人を想い続ける心・・・。
おもてには出さない、けれど心の中を脈々と流れ続ける秘めた想い。
静かで激しい恋心。

あの人は、今も私を想ってくれているだろうか。
二人過ごした時間の記憶を、私と同じように繰り返しよみがえらせ、心の中で涙を流しているだろうか。
甘く美しい時間の記憶だけが、幻のように浮かんでは消える。
何度も私の名を呼ぶ優しい声。
愛おしみながら髪をなでてくれた手の温かさ。
決して忘れられない面影・・・。
それらを、繰り返し、繰り返し、寄せては返す波に乗せて心によみがえらせよう。

・・・そんな「松風」の想い、私のものとして感じることができるように思います。
特に、後半、愛する男・行平の唯一残していった衣服を身につけて松風が舞うシーンは、静かな狂気を宿していて、ぐっと心に迫ってきました。
やっと解き放たれた感情の中で、恋をすることの苦しさやかなしみが後から後からあふれ出してくる・・・。
そんな松風を、鳥肌の立つ思いで、息をのんで舞台を見つめました。

能の一番の恐さは、「止まった時間」にあるように思います。
「松風」はすでに亡くなり、その幽霊が僧にむかって、行平への切ない恋心を語っている、という設定になっています。
「待つ」状況は、もうこののち変化することがない。
永劫回帰。
止まった時間の中で、恋しい人を「待つ」状態に釘付けされた女・・・・。
そこには、期待や希望よりもむしろ、静かな絶望があります。
でも、待ち続ける。
それは、愛することが、苦しみであると同時に、彼女自身の選んだ唯一の道でもあるからでしょう。

愛することは、幸福よりもむしろ苦しいことの方が多いかもしれないけれど。
それでも、出会ってよかった、愛してよかった、愛し合えてよかった・・・。
こんなにも待ち続けたいと思えるあなたと、短い間でも愛し愛されて同じ時間を共有しあって生きることができた。
だから、私は、みずからすすんで、帰らぬあなたを永遠に待ち続けたい。
あなたを待つ永遠の時間の中に、閉じこめられていたい・・・。

静かな能面が、こんな風に語っている声が聞こえてきました。
それは、私の心の中から聞こえる声でもありました。



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2007/11/01 (Thu) 「flor・花」再演

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おお!すっきりと品が良く、透きとおるように美しい横顔・・・。


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もう少し正面から、その美しいお顔を見せてください・・・。


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もう少しだけ、真正面から見つめても良いですか・・・・?
・・・なんて美人なんでしょう!!


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少しの距離を縮められず・・・つれないお方・・・。


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幾重にも重なる美しい花びらを中心に抱き込んで。


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一重もまた鮮やかに。

上の花は、新宿御苑で咲いていた秋の薔薇。
五月の薔薇のようなみずみずしい華やかさとはまた違って、
秋の澄んだ空気の中で、静かに甘く咲いていました。
たくさんあるので、また次も少し載せますね!


●井上恵美子ダンスカンパニー「flor・花」再演鑑賞

先週末、新宿ゼロホールに、井上恵美子ダンスカンパニーの「flor・花」という舞台を見に行ってきました。
これは、昨年12月に初演された舞台の再演で、前回も拝見したのですが、その時とても感動して、「ぜひもう一度見たい・・・!!」と願っていたのです。
念願が叶ってもう一度この美しい舞台を見ることが出来て本当に良かった!

初演を見たときの感激の感想はこちら・・・。
http://lunasolmilcoco.blog68.fc2.com/blog-entry-55.html

前回と同様に・・・いえ、前回以上に、感動が胸にわき上がってきました。
「小さな生命のかけがえのない輝き」、というものを、すごく感じて・・・。
もう、前半の「芽吹き」のシーン(勝手に名づけたのですが・・・笑)から、目と目を合わせてにっこり笑い合い楽しげに踊る少女たちの姿に涙が出そうになりました。
「生きてきて、出会えて、こうして一緒に踊れて嬉しいね・・・楽しいね・・・」
そんな声が聞こえてきそうです。
特に私の大好きなのは、クライマックスのシーン。
ヴィヴァルディの「四季」の『冬』の美しい音楽に載せて、果てしなく雪が舞う・・・。
その雪がいつしか花びらへと変わっていく・・・。
何とも言えない喜びの感情が胸の中に拡がっていきます。
その中を舞い踊る少女たち・・・。
甘い、懐かしい、そしてもっとも美しい夢を見ているかのような気持ちで、「いつまでもいつまでも終わらないで欲しい・・・」と願いました。
もっと、もっと、あの花びらの舞う美しい夢の中にいたかったなぁ・・・。

そして、やはり井上恵美子さんの存在感と迫力に圧倒され、うららさんのキラキラと光を放つ可憐さに目を釘付けにされ魅了されました。すっかりこのカンパニーのファンです♪他の作品もこれからぜひ見ていきたいと思います。

私は昼の部を見たのですが、そのまま夜の部ももう一度見たい、と思いました。
(予定があり泣く泣く断念。残念・・・!!)
帰り道でも、感動の余韻が胸の中にふわぁっと拡がって幸福な気持ちでいました。
一緒に行った空も、
「予想していたよりもはるかに良かった。すごく感動した。生きていれば良いことがまたあるんだと感じられて・・・、なんだか元気になれた・・・。」
と言っていました。

つい先日、
ああ、それにしても、心の底から感動させてくれる「何か」に出会いたい!!
と書いたばかりですが、そんな私の心をこの小さな(そして偉大な)作品は、感動と幸福感、「良い舞台を見たなぁ」という満足感でいっぱいにしてくれました。
何度でも見たいなぁ・・・。
あんなちいさい会場でやるのはもったいないくらいの作品です・・・。
(でも、小さいからこそ、の良さもあるのかなぁ。)

みなさんも、機会があればぜひぜひ見て下さいね・・・。
(ここでお知らせしますので。)




2007/10/22 (Mon) キャバレー

20071022195107.jpg

人生のすべてがここにある。
舞台「ミュージカル キャバレー」
http://www.parco-play.com/web/play/cabaret/
台本:ジョー・マステロフ  作曲:ジョン・カンダー  作詞:フレッド・エブ
演出:松尾スズキ
出演:松雪泰子 阿部サダヲ 森山未來
青山劇場


●「ミュージカル・キャバレー」観てきました。

「人生のすべてがここにある」というキャッチコピー。
とてもとても期待して出かけたのですが・・・。
私の見た舞台が東京での千秋楽だったのですが・・・。
一夜明けて今振り返ると、やはり何かとても物足りなかったような気がします。
観ていたその時は楽しく感じたのですが、残念ながら、大きな感動、とか、深く心を動かされる感覚を味わうことが出来ませんでした。
歌唱力。ダンス。このミュージカルには必要不可欠の大事な二点においても、もっともっと、見ている私たちの心と体が震えるような、迫力ある圧倒的なパワーを見せて欲しかったなぁと・・・残念に思います。
(比べてはいけないのかな?あらためて、劇団四季のダンスと歌のレベルの高さを思い知った気がします。)
この「キャバレー」は、残念ながら「人生のすべてがここにある」・・・と言ってしまうのは言い過ぎな作品である・・・と感じました。

この、ハリウッドはじめ世界で繰り返し上演され映画化もされてきた「キャバレー」という作品には、本来、文学的な「深さ」があります。
この世の終わりなのではないかと感じるような退廃的なドイツ・ベルリンを舞台にした物語は、それこそ成功すれば「人生のすべてがここにある」と感じさせてくれるものであり得る。
異邦人と、社会の底辺であるキャバレー歌手のひとときの夢のような恋。ナチスの台頭してくる時代の社会に覆い被さる不穏な空気。人間の愚かさや弱さやいじらしさ。欲望やエゴイズム、そして純粋さ。
テーマはとても普遍的で、深いものです。
が、今回の舞台は、それを無理やり安易な笑いにして落とそうというところで、薄ら寒さを出してしまっていたと思います。
素直なお客さんは演出者の意図に親切に乗って笑っていましたが、笑ってはいけない部分でも笑ってしまっていたように私には感じられました。
人種差別や、政治的暴力。時代の狂気。
笑えなかったなぁ・・・・なんとなく後味が悪くて。
(私のように「笑えない」と、お客さんにそう感じさせたい・・・というのが実は演出者の意図なのでしょう。が、時代背景を理解できない素直なお客さんにとっては意味の伝わらない、単におかしい場面と感じさせて、笑わせてしまっている。そこに演出側の力量の足りなさがあるようです。)
これだけの一流の役者さんたちが揃っていたのになぁ・・・。
豪華な舞台セットに、豪華な衣装に、一流の役者たち。
なのに何かがもったいない舞台でした。

阿部サダオさんは一人で頑張っていました。(そのように見えてしまいました。)
彼は、本当に素晴らしい役者さんだと思いました。
彼がいたから、あの舞台は成り立ったのでしょう・・・。
でも、(これは本当に個人的な好みだと思うのですが)、出来ればもう少し、(怪優っぷりは充分に発揮してくれていたので)「妖しい毒気」のようなものが欲しかったなぁ・・・。
それをやろうと思えば十二分に出せる阿部さんだと思うのですが・・・。
単純なおもしろMCに徹していて、不気味なトリックスターの役割までは果たし切れていないように感じました。

松雪泰子さん。
彼女は本当に素晴らしい女優さんで、映画「フラガール」もとても良かった!とても好きな女優さんなのです・・・。彼女を観るのもとても楽しみに劇場に向かったのですが。
・・・でも、この作品においては残念ながら完全にミスキャストだと思いました。
線が細すぎて、歌もダンスも「悪くはない、まぁまぁ・・・」という感じ。甘ったるさやシナが、エロティックなチャーミングさとしては香りえない・・・。物足りない。役不足。
それは私がライザ・ミネリが映画で演じたあの魅力的な「サリー」のイメージを求めてしまっているからかもしれません。
でも、「もっともっと、歌えて踊れて、魅力的にあのサリーの役をこなせる人が、日本でも他にいくらでもいるだろうになぁ・・・。」と思ってしまいました。
サリーの役が別の女優さんだったら・・・と考えてしまいます。
たとえば天海祐希さんとか、宝塚男役出身のトップスターで踊りも歌も文句なしに抜群、背も高く体格も良く、演技力や魅力にあふれたような人・・・・。
そんな人による、ダンスに胸躍るような、歌唱力に鳥肌が立つような、そういう「サリー」の「キャバレー」を味わいたかったなぁ・・・。
私にとってはやはりライザ・ミネリ!彼女の「サリー」が最高です!
(世界最高峰のミュージカル女優ライザ・ミネリと比べてしまうのも、松雪さんには申し訳ないのですが・・・。)
ミスキャスト、というのは作品と俳優、お互いにとって不幸なんだと思いました。
そして、舞台や映画においてはキャスティングが命だなぁと感じました。

森山未來さん。
あれだけ踊れる人を踊らせずにいるのがもったいなくて歯がゆかったです。
もっと未來君のダンスが観たかったなぁ・・・。
でも、彼も本当に素晴らしい役者さんだと思いました。

松尾スズキさんの舞台ははじめてみましたが、なぜ彼がこのたび、この名作「キャバレー」をあえてミュージカルでやろうとしたのか、それが気になりました。
(パンフレットを買わなかったので分からずじまいです・・・。)

舞台を観ているときは、とても楽しかった。
でも、それでおしまい。
人生はキャバレー、ひとときの夢・・・。
・・・・・・ということかもしれませんね。


●本来の「キャバレー」は・・・。

でも、本来この「キャバレー」という作品は、ひとときの夢、では終わらせられないずっしりとした手応えが、観るものの心に残る作品であるはず。
私の観た映画の「キャバレー」(1971年)は、そういう作品でした。
監督はボブ・フォッシー、主演は絶頂のライザ・ミネリ。アカデミー賞の8部門に輝いた、ミュージカルの中でも普及の名作。
もし、まだ観ていない方は、こちらをぜひ、おすすめしますよ。

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厳しい批評でスミマセン・・・。
でも、真剣に舞台に上る人に対して、真剣に見たうえで、正直な感想を書くことは礼儀。そして、私にとっても自分の感じたことを書いておくことは大切なことだと思いました。
もっとくだらないものであれば批評すらする気にならないはずなので、「何かを言いたい」という気持ちにさせてくれる価値のある作品であったことは確かです。

「良い作品であればこそ、真摯な批評を!」
これは、私が文学を読む上で学んできたことです。

ああ、それにしても、心の底から感動させてくれる「何か」に出会いたい!!
いつもそれを、強く求めているように感じます・・・・。


2007/08/27 (Mon) Live3

立てつづけに3つ、すばらしいライブを見に行きました。
3つまとめて書くには、一つずつのできごとが大きすぎるのですが・・・。

ライブ「Live」とは・・・こんな意味。
・ 生きている, 生きた(living);本物の
・ 生の, 実況の;目の前にいる
・ 〈目などが〉生き生きとした;陽気な, 活気のある
・あざやかな, 鮮明な,すがすがしい, さわやかな;音がよく響く

私の見た3つとも、まさに上のような「Live」でした。
熱い熱い夏の終盤に、舞台に立つ人の生きた命の輝きに触れ、心を動かされたいい時間を過ごすことができて幸せでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その1☆宇崎竜童JAZZ LIVE
赤坂1111(ノヴェンバーイレブンス)にて
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おみやげとしてプレゼントしていただいたワインのラベルです。


私たちの「フラメンコ曽根崎心中」の作曲と音楽監修の宇崎さん。
その宇崎さんのまた別の(でもやっぱり同じ)魅力を、JAZZYにガツンとパワフルに見せていただきました。
(アサノさん、本当にありがとうございました!!)

宇崎さんのハスキーな声には、人の心をゆさぶるパワーがある。宇崎さんの音に乗せて発する言葉には、「ソウル」がある。
よく「芸能人のオーラ」という言葉を聞くけれど、宇崎さんは、存在自体がもうすでにひとつのカリスマだなぁ、と感じる。宇崎さんが、ただ自然体でそこにいるだけで、彼のオーラが瞬間に開場全体を満たす。
宇崎さんのアコースティックギター、そして、荒れ狂う竜のようなサックスに、滝みたいに音が流れ降るピアノに、空気を低くふるわすベースに、粋なドラムの、若く勢いのあるメンバーのサウンドも最高にかっこよかった。

「イミテーションゴールド」って、JAZZで聞くと、こうなるのね!カッコイイ・・・!!
宇崎さんの声で聞く「スイートメモリーズ」って、ビタースイートだなぁ・・・。
トーク(あの声だから、口を開くだけでロックな感じ!)の内容がおもしろすぎて大爆笑の連続、観客を乗せ、笑わせ、盛り上げ、そしてアッという間に時間が経ち・・・。
もっと見たい!!聞きたい・・・!!大満足なんだけれど、もっともっと~~~~!!
・・・という気持ちで、1時間少々のライブは終了。
その引き際のあっさり加減すら、「宇崎さん」だなぁと思った。
超一流のプロ、というのは、こういうものなのだなぁ。
ちょうど一番「美味しい」ところで、腹八分目で終わることで、見る側に余韻が残る。
大人の魅力に触れることのできた、赤坂の夜でした・・・。

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会場に入る前に赤坂の夕焼けがきれいだったので思わず写真を撮りました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その2☆矢野吉峰フラメンコリサイタル「Grasia〔s〕」
新宿エルフラメンコにて

うちの舞踊団のエース、「曽根崎」の悪役クヘイジでおなじみの(?)よっちゃんの、3回目のリサイタル。

身内びいきといわれてしまうかもしれないけれど・・・・・・。
すごくよかった~~~~~~!!!!!
私は、フラメンコがすごく好きなのに、最近は見るときによけいなことを考えすぎてしまって、なかなか感動できないことが悩みでした。
でも、この舞台は、私のそんなひねくれた心を突き破って、「オレ!」と叫ばせてくれました。
そのことにまず感謝です。

この良さを、言葉で語るのは大変なことです。見て下さった方は、きっと分かってくれるはず。言葉にし尽くせるものではないですね。
踊りのすばらしさ、そしてバックのミュージシャンのすばらしさが、舞台上で見事に輝いていました。
たった一時間ぐらいの長さでしたが・・・濃密で、凝縮した、まさに「フラメンコ」でした。

軽妙で粋な明るい「カンティーニャ」からスタート。
ヘレスの香りたっぷりの「ブレリア」は、ミュージシャンだけの演奏。アントニートのファルセータやマヌエルの唄が、ヒロ君先生(と346)のパルマ・ハレオと絶妙の掛け合いで美味しさ倍増し、楽しませてくれました。
そして新たな挑戦の「ファルーカ」。
そしてこの日とくに圧巻だったのは、MKとのパレハの「シギリージャ」・・・。
あの二人の個性と生き様の命がけのぶつかり合いが、見る人の心を揺さぶって、涙が出てしまうような、そんな作品になっていたことに驚かされ感動しました。
正直言って練習の過程を「まだ、ぜんぜんまとまってないの・・・」と謙虚なKMから日々聞きつつ、間に合うかしらと心配してもいたので・・・、実際は期待の何倍もすごくて。
私は胸一杯で涙をこらえながら見ていましたよ。
そして、カンテソロの「マラゲーニャ」から「グラナイーナ」。マヌエルの「黒い声」の魅力を、こうまで引き出してしまうのは何の力?
そして、この日までのよっちゃんのフラメンコ人生の集大成とも言える渾身の「ソレア」。
汗で洗われたようなよっちゃんの「ソレア」を踊る顔は清々しくてウソがない感じで、踊れば踊るほどに余計なものが剥がれ落ちて生まれ変わっていくような・・・。
このようなひとつの高い到達点を見せてくれたこの瞬間こそ、また新たなよっちゃんの次への歩み出しの時、誕生の時なのだなぁと感じました。

いや~、よっちゃんはさすがですね!!
そして、KMは、なんてなんていい踊り手なんでしょう。
そしてこの二人を育てた、マユミ&ヒロ君先生のすばらしさをもまた実感しました。
バックのミュージシャンは最高!!(そして彼らのあれほどの良さを活かしきったのは、きっと唄やファルセータを選び、パルマとハレオで実は信じられないほどたくさんの仕事をしていたヒロ君先生のフラメンコ感性。)
応援に来てくれた、スタジオのたくさんの仲間たち。
・・・・私のフラメンコファミリーは、「私にとって」間違いなく世界一だなぁ、と幸福な気持ちで実感しました。(歌い手のアントニオ・デ・ラ・マレーナがいなかったのが、本当に残念だけれど・・・。)

このファミリーでおこなえる、九月の公演「愛と犠牲」に、私も身を投げ出して命がけで行こう、とあらためて思いました。

打ち上げも楽しかったね~♪
この日の主役たちが、あまりに素晴らしかったので、秘蔵写真をちっちゃめに載せることにしたいと思います(笑)。ナイショでお願いします(´ー`)♪
(禁無断掲載・無断転写ですよ!)
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我が師・真由美先生&この日最高だったよっちゃん&ギターのマコちゃん。
2007_0826summer0083.jpg
我らが愛する弟ギタリストのアントニートと、普段モードの本日の主役。

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歌い手マヌエルのハートを打ち抜くJJの指!(笑)
そしてなぜか目をそらす、ヒロ君先生と346(笑!!)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆ゲラメッツライブ♪
ゲラメッツ☆Summer Live 2007 目黒音の箱にて
2007_0826summer0023.jpg
ライブに関する写真を撮りそびれてしまったので・・・。
私にとってのたなぼたんちゃんのイメージで、花の写真を選んでみました。

最後になってしまいましたが・・・。
うちのスタジオのたなぼたんちゃんのコンサートに行って来ました♪
ミュージカルの曲を中心とした、実力派の楽しいライブ。
女性三人(それぞれに個性的で魅力的、そして3人ともすごく歌が上手!!)、と男性一人(もと劇団四季の人だそうです。さすが華があります。)のボーカルに、ピアノ、バイオリン、ギター、バイオリン、ドラム。
アンコールを含めるとナント計22曲!Σ(・ロ・ノ)丿!!
ソロあり、デュエットあり、英語の唄あり、日本語の唄あり・・・。衣装も曲ごとに違っていて、工夫されていました。

参加している人のすべてが、音楽を愛していることが伝わってきて、客席にいる私も素直にただただ音楽を楽しませてもらいました。
なんだか、仲の良い、あたたかい空気のただよう、心地よい空間。

唄はそれぞれに個性的で、自分の良さを活かして聞かせてくれました。
特に心に残っているのは、「信じられないほど優しい」と紹介されていた麻未さんという人の声が、済んで美しくて優しくて、きれいだったこと。
歌は心、人間性が出るのですね。優しい人の声は美しく、優しい声でした。

そして、やっぱりたなぼたんちゃん。
これもまた身内びいきといわれてしまうかもしれないけれど・・・。
でも、それを抜きにしても、私には一番輝いて見えましたよ!!!!
キラ☆キラ☆キラ☆キラ☆☆☆・・・・と輝く美しい瞳、美しい笑顔。
声は深さもあり、澄んでもいて、力強さと、温かさと、真っ直ぐさと素直さと・・・、たくさんたくさんの色を感じさせてくれる、豊かな歌でした。
これもまた人間性ですね。素敵な女性だなぁとあらためて感じました。
(そんな魅力的で多彩な「たなぼたんちゃん」のblogはこちら。 
タカラノタマゴ 
http://blog.livedoor.jp/ciao_waki/ 
たなぼたんちゃんのソロで歌った「YOU RAISE ME UP」という曲。
歌が素直に心に届いてきて、涙がこぼれる思いで聞きました。
私を支えてきてくれた色々な人の顔が一気に浮かんできました。感動でした。

また次の機会にも、ぜひぜひ聞きに行きたいです♪
素敵な時間をありがとう!!


2007/02/19 (Mon) 世界頂点のダンサー

★世界最高峰のダンサーを見てきました!

2911.jpg
世界ラテンチャンピオン、ブライアン・ワトソン&カルメン

「第五回ワールドダンスフェスティバル」
●2007年2月12日(月・祝日)
●於:日本武道館
●ゲストダンサー
・世界ラテンチャンピオン 
「ブライアン・ワトソン&カルメン組」
・全英スタンダードチャンピオン
 「ティモシー・ホーソン&ジョアン・ボルトン組」
・ロンドンインターラテンチャンピオン
「マイケル・マリトゥスキー&ジョアンナ・ルーニス組」 


さて。
もう一週間も経ってしまいましたが、すごいダンサーを見た感想を、忘れないうちに書いておきたいと思います。
普段から何かとお世話になりまくっているダンス用品の最大手・「チャコット」さん。
*チャコット HP http://www.chacott-jp.com/j/index.html
そのチャコットさんのご招待で、先週の月曜日、武道館で上記のフェスティバルを見せて頂きました。
メンバーは、我らが真由美先生&ヒロ君先生、舞踊団のKMちゃんに、346、そして私・marの5人。
5人とも、上に名前を書いた世界チャンピオンたちの踊りに、身を乗り出して釘付け!!

すごい・・・・!!
すごすぎる・・・・・・!!

「身体が動くとは、こういうことなのか!」
と、目から鱗が落ちるような超人的な身体のキレを見せてもらいました。
水揚げされたばかりの活きのいい魚が、ピチピチピチピチッッッッッッ!!!!!と、跳ねまくっているような・・・・生命力のかたまりのようなダンス。
自分がフラメンコをやっているせいかもしれないけれど、やっぱり、ラテンが面白いと思いました。
濃厚な表現力と、身体のうねりやキレ、世界のトップとはこのような素晴らしいものなのか・・・と、もう息を付くのも忘れて見入ってしまいました。
音の動くがままに、自由自在に動く身体・・・。
パソ・ドブレには、「オイオイ・・・・(´ー`;)。」とつっこみを入れたくなるような、インチキ・フラメンコ的な動きも入っていましたが、でも、ダンサーのレベルの高さにはもう、尊敬の念を抱くばかり。

我が師ヒロ君先生も、
「素晴らしいダンサーだね。ちゃんとアルテだね~!感動すると正直言って思ってなかったけれど、これには感動するね!!」
と絶賛。
さらに、346に向かい、
「君への師匠としての最後のアドバイスだ。フラメンコを今日限りやめて、こっちへ転向しろ~~~!!」
と、おっしゃって、みんな大爆笑。
・・・というわけで、346はこれからはラテンキングへの道を歩むことに決定♪
私も、
「・・・3ちゃん、ピッタ
リだよ!頂点目指して頑張ってね!舞台見に行くよ~。」
と、温かい応援コメント。(笑)
さらにヒロ君先生は、
「早くあの踊りを真似したくってしょうがない!・・・けど・・・ここではできない。」
と、会場をあとにする日本中から集まった社交ダンスファンを見渡しながらもどかしそう。(笑)

そんなこんなで、みんなで世界最高峰のダンサーの踊りを見たという幸福な気持ちで、楽しく笑いながら帰路についたのでした・・・。

短い期間に立て続けに見た劇団四季の「キャッツ」にしても、映画「シカゴ」にしても、このラテンチャンピオンの踊りにしても、何か共通なものを感じました。
・・・それは、「超一流のダンサーによる踊り」ということだけではなく・・・何だろう。考えているけれど言葉になりません。
素晴らしい踊りを短期間にたくさん見る機会に偶然に恵まれたことに、不思議な縁を感じています。
これは、何か、アルテ(芸術)の神からの私へのメッセージ?な~んて思っちゃう。

さぁ、素晴らしい踊りを見たことを、その素晴らしさがうまく言葉にならなくても自分の血肉にして、言葉よりも雄弁に踊っていこう。
より濃厚に、そして熱く、見る人の心に届く踊りを踊っていけるように、踊るための身体を造っていきたい。
肉体が語る、その言葉が見る者に届く・・・そこに感動があるのでしょうね。
「私も、もっともっと頑張ろう」と素直に前向きに、感じることのできた時間でした。

チャコットの、ダンディなK社長、ジェントルマンN部長、笑顔の素敵なかけいさん、素敵な踊りを見せて頂いて、本当にありがとうございました!!
影響されたヒロ君先生が「曽根崎」はじめ、これからの私たちの舞台にチャンピオンたちの踊りを見て感じたことを取り入れちゃうかもしれませんよ~。
(あり得るから笑っていられない・・・。いえ、でもそれが楽しいのです!)


2007/02/09 (Fri) 劇団四季「CATS」!

cats.jpg
大崎駅近くの看板を携帯で撮りました♪


劇団四季CATS』を観てきました。

劇団四季「CATS」公式ページ http://www.shiki.gr.jp/applause/cats/
曲=アンドリュー・ロイド=ウェバー
詞=T.S.エリオット「Old Possum's Book of Practical Cats」より
日本語台本=浅利慶太


●エンターテイメントの頂点!

劇団四季の「CATS」を初めて観てきました!
ちょっとしたわけがあって、10500円(昼のマチネー料金)のチケットを7000円で譲り受けて、二階席一列目のほぼ中央の、とても見やすい席で堪能しました。
(舞台はかぶりつきで観るのが好きな私。次は一階の前の方に坐ってみたいなぁ・・・。)

劇場の作りから、歌から踊りから、とにかく超・超・超一流でしたよ。
そして、徹底的にお客さんを楽しませる楽しい仕掛けの数々。
客席の間を猫(・・・って人間だけど・・・近くに来るとドキドキ!)たちが飛び回り、空中ブランコに、すべり台、回転する客席、絶妙のライティング。

でも、何よりとにかく一番すぐれていたのは、やはり出演者の質の高さだと思います。
こんなこと言うと語弊があるかもしれませんが、日本で一番の「ダンサー」たちがここに集結しているように感じました。同じ人間とは思えない身体能力!表現力!
歌にしろ、踊りにしろ、本当にエンターテイメントの頂点だなぁ・・・と、ため息が出るばかり。
手品師の黒猫役のダンサーが、「白鳥の湖」における黒鳥ばりの・・・いえ、それ以上の超スーパー回転の連続を見せてくれた時には度肝を抜かれました。鳥肌が立ち血が熱くなる思い。
どの猫たちも、個性的でしなやかで、魅力がありました。
あの全身タイツ(?)をまとっても、なお細く見える身体って・・・いったい・・・。
劇団四季には、そんじょそこらのバレエダンサーではとうてい太刀打ちできないほど、ものすごく踊れる人が揃っているのですね。
そして、歌手の人と、ダンサーの人と、微妙に役割分担があるようにも感じました。
歌は、やはりかの有名な「メモリー」を聞いたときに胸に深く染みこみ、大きな感動を覚えました。

本当に時間を忘れてしまうような楽しいひとときを過ごし、大満足で、手が痛くなるまで拍手!拍手!カーテンコールも楽しかったなぁ。
素晴らしい舞台を観ることができて本当によかったです。
そして、またぜひもう一度観たいと思いました。やみつきになりそう。

●VS 「ライオンキング」

劇団四季の「ライオンキング」は縁あって3回拝見して、もう最高によかった!・・・のですが、(どちらもそれぞれに良さがありますが)、踊り手の質の高さは「CATS」の勝ち!ですね。
衣装・舞台装置・音楽(「ライオン~」は生演奏!)、感動度は、私にとっては「ライオンキング」の勝ち、かなぁ・・・。
単純に、好みですね。
でも、「ライオンキング」は、ズバリ天皇制ばんざいの話ですよね。
「正当な王の、長男のみが後継者になれるんだ~!!」って。それがテーマ。(笑)
でも、観ていると父と子の愛に感動して、つい涙ぐんじゃうんだけど・・・。
そして、あのねじり上がってくる立体的な舞台や、影絵の効果的な使い方や、頭の上に面があったり、動物の動きをリアルに表すように工夫された衣装や、人形劇のように見えるけれど一体化した作り・・・・。(う~ん、言葉では説明できない!)、本当にすごいです!!
でも、衣装で言えば、いまではすっかり有名な、「CATS」の猫メイクや猫衣装は、初演の頃はものすごい衝撃だったでしょうね。
(自分だったらどの猫の衣装を着たいかなぁ・・・なんて考えながら観ていましたよ。)

●でも。何かが引っかかる・・・。

さて・・・。素晴らしかったのは確かにそうで、エンターテイメントとしては文句なしに素晴らしかったのですが、そこで終われないのが私。
何かが心に引っかかる。
それは何なのか、心の中をもう一段踏み込んで見つめたいと思います。

歌や踊り、役者たちは超一流で素晴らしい。
音楽も、舞台装置も、照明も、衣装も、メイクも素晴らしい。
・・・でも、実は、話の内容が、今ひとつ面白くなかったのです。
内容を単純化してとにかくエンターテイメントとして伝えよう、という、ミュージカルの宿命と表裏一体となっている問題であるかもしれないのですが。
文学少女(?)である私には、そこがこの作品の弱点であるように思いました。

猫たちが月夜に集い、宴を開き、天上へ昇り再生を許されるたった一匹の「ジェリクルキャット」を選ぶ、というのが大筋。
その中で、さまざまな猫が順繰りに紹介されます。
でも、一匹づつが紹介されていき、それぞれのエピソードや個性はそれなりには面白いのだけれど(いまいち面白くないものや、作品にどうしても必要なのかどうか首をかしげる程度のものや、逆にボリュームを持たせすぎなものもありました。)、その単なる「羅列」で終わってしまい、全体を通してのつながりがないのはもったいない。
最後にそれらの猫たちの生き様が、あざなえる縄のごとく、一つに練り上げられ、大きなものへととけ込み流れ込んでいくような風に描けたら、内容としてもっともっと素晴らしいのに・・・。
「羅列」
・・・と、いま自分でこの言葉を使って、まさにそのような印象だと思いました。
・太った気のいいおばさん猫。
・ロックンロール猫。
・名士の政治家風のえらそうな猫。
・悪いことばかりするこそ泥のカップル猫。
・かつては名優だったのに、落ちぶれ年老いた猫。
・電車大好き猫。
・手品猫。(彼のダンスが特にすばらしかった。)
・悪の王のような猫。(たいした悪も働かず、ちらっと出ておしまい。意味が分からない。)
これらが、何のつながりもなく「羅列」されてゆくのです。
そして、自分のエピソードを演じ終われば、どこかへ消えてしまう。もうふたたび出てこない猫もいて・・・。
あれは何だったのかなぁ・・・という印象。
「ジェリクルキャット」の候補者たちが紹介されていく・・・ということなのかなぁ。
それにしても、イメージを単発に打ち上げるだけで、そこで終わってしまっては、面白味にも感動にも欠けてしまいます。
海外で上演されたときのオリジナル版もこうなのかなぁ・・・。
ストーリーの面でちょっと不満が残りました。(歌や踊りは大満足!)

●キリスト教的な・・・。

さて、作品の中で唯一(スミマセン。でも、そうなのです。)「深さ」を感じさせるのが、みんなに嫌われさげすまれ、仲間はずれにされて輪の中に入れてもらえない、年老いた娼婦猫・グリザベラの存在。
彼女はもとは売れっ子娼婦だったけれど、いまでは老醜の中で孤独に苦しんでいます。
この老娼婦猫グリザベラを見て、カソリック教徒の作家・遠藤周作の『死海のほとり』という本の中で読んだ、聖書の『イザヤ書』の中の一節を思い出しました。

「彼は醜く、威厳もない。みじめでみすぼらしい。
人々は彼をさげすみ、見捨てた。
忌み嫌われる者のように、彼は手で顔をおおって、人々にあなどられる。
虐げられ、苦しめられたけれども、彼は口を開かない。」(イザヤ書)

・・・これは、すべての人の苦しみを救い罪を購うために十字架へ上がる直前のイエス・キリストの姿を想像させる場面で引用されていた一文です。
つまり・・・彼女の苦しみは、イエスの苦しみでもある、ということ。
その彼女(グリザベラ)の歌う「メモリー」は、作品の中でなぜか突出していて、美しく素晴らしすぎるがゆえに違和感すら感じさせます。前後の脈絡もなくとも、単独でも見るものを涙ぐませ、感動させてしまう力があります。
本当に、これは大変な名曲だなぁと、あらためてしみじみと感じました。

デイライト 夜露を払い
花は甦る ひまわりのように
待とうよ 夜明けのかなたから
あらわれる 明日を
メモリー あおぎ見て月を
思い出をたどり 歩いてゆけば
出逢えるわ 幸せの姿に
新しい命に
メモリー月明かりの中
美しく去った 過ぎし日を思う
忘れない その幸せの日々
思い出よ 還れ
街の灯は 消え去り
夜の終わりが
古き日は去り行きつつ
夜明けが近づく
Day light 夜明けとともに
新たな命を 日はもう昇る
この夜を思い出に渡して
明日に向かうの
木洩れ陽は輝き
光があふれ
花のように朝が開く
思い出は去る
お願い 私にさわって
私を抱いて
光とともに
わかるわ 幸せの姿が
ほら見て 明日が

あらためて書いてみて、なんて、なんて美しい歌詞だろうと感動します。(涙・・・)
そして、美しいメロディーも、みなさんご存じの通り。

多くの猫の中から、最も嫌われさげすまれた娼婦猫グリザベラが、この「メモリー」を歌い、最終的に「ジェリクルキャット」に選ばれ、再生を誓われて天上へと昇っていく・・・。
・・・という終わり方は、はじめから予想できてしまいました。

キリスト教の国で生まれたこのミュージカル(アメリカンな雰囲気だなぁと思っていたけれど、どうやらイギリス生まれらしい。)だから、当然そうなるわけで・・・。
再生、とか、天に昇っていくこと、とかも含め、キリスト教的な思想を反映しているように感じます。
そう考えると、この「メモリー」の中の最もせつない部分、「お願い 私にさわって 私を抱いて 光とともに・・・」の「光」とは、やはり神をさすのかなぁ・・・などと、深読みをついしてしまいます。

幸いなるかな心の貧しき者、天国はその人のものなり。
幸いなるかな悲しむ者、その人は慰められん。

(新約聖書「山上の垂訓」より)

この言葉の通り、最も悲しみと孤独に満ちて、自分の醜さを嘆く娼婦猫が、猫たちの頂点として選ばれるのです。
偉そうな政治家猫や、若く美しい才能あふれる猫でもなく、みすぼらしく嫌われ者の彼女こそが再生(復活)を許される。
それは、みずからの存在を恥じ、(神の前に)最も頭を低くしているから・・・。
浄土真宗で言う、「善人なおもて往生を遂ぐ。いわんや悪人をや。」という発想です。
一見パラドックスに見えるけれど、これで良いのだと思うことができます。
イエス(神)は、そのようなものをこそ、愛し受け入れてくれるのだから・・・。

・・・さて、傲慢でわがままでエゴイスティックな私は、永遠に「ジェリクルキャット」には選ばれないんだろうなぁ・・・と、少々しょんぼりしました。もっともっと、低く低く・・・ならなくてはいけないかもしれないなぁ・・・。

●おまけ

ミュージカル舞台って、観始めると本当に面白いので、次々観たくなる~!
子供の頃から母にミュージカル映画をたくさん見せてもらって育ってきました。もともとミュージカルが大好きな私。
劇団四季の、もっともっと色々な作品を(時間と金銭のゆとりを見つつ)観てみたいと思います。
次は「オペラ座の怪人」かな~?

もう一度、人生を生き直せるならば、劇団四季に入りたいなぁ・・・。
もう、一番はじっこ~~~~の、目立たない役で良いから、あの空間の中に演じる側として立ちたい!!歌って踊りたい!!
・・・なんて思ったりしてしまった今日でした。

・・・それにしても、あれほど素晴らしいダンサーたちは、いったいどこからどうやってどのような道をたどって、四季に入るんだろう・・・。
クラシックのバレリーナ?モダンバレエ出身?歌や演技の勉強はどこで?
・・・うう~ん、知りたい、知りたい!

そして、私もますます、踊りを頑張ろうと思いました。

ちなみに。
こちらは我が家のキャッツ・ナラちゃんの寝姿(笑)。
(「ナラ」という名前は「ライオンキング」のヒロイン・メスライオンからつけました。)
V4010555.jpg
飛ぶ夢を見ながら(?)ねています・・・。のびのび~~~。


2006/12/27 (Wed) flor・花

クリスマスの夜、レストランを出たときに降り出した雨は、次の日も降り続いた。
26日夜中、窓を打つ激しい雨の音、そして、カーテン越しに青白く光る稲妻、そのあとに長く重く空を揺るがして続く雷鳴。
雷のゴゴゴゴゴ・・・という振動に、家がふるえるほどだった。

●井上恵美子ダンスカンパニー公演「flor・花」鑑賞記
hana.jpg

2006年12月26日(火)夜
新宿ゼロホール(曾根崎の2年目の公演を行った思い出の場所。)にて井上恵美子ダンスカンパニーの「flor・花」という公演を観た。
昨年度の文化庁芸術最優秀賞を受賞した実力のあるグループで、主催の井上恵美子さんは私と同じスタジオのジェントルマン・「コンコン」の奥様だ。ダンサーの中には、コンコンのお嬢さんで女優さんのうららさんもいらっしゃる。
(うららさんは、寺島しのぶさんが樋口一葉を演じた舞台「書く女」にも出演されていた。そのときの感想はこちら。
http://lunasolmilcoco.blog68.fc2.com/blog-entry-24.html

●こんな舞台でした・・・。

初め。重いグレーの服を着た女性(井上恵美子さん)がゆっくり揺れながら、長いシフォンの布地をたぐり寄せていく。
へその緒?時間?心?様々にイメージが広がる。

そして、舞台中央奥に丸く集まって座っている、眠るような女の子のかたまり。黄緑色のシャツに、白く薄い布が何層にも重なったクラシックのバレリーナのようなふんわりスカート。
まるで・・・春の木の芽吹きのような。
萌えいづる生命の若々しい柔らかさ、かわいらしさ。

争いや激しさを感じさせる中盤のシーン。
上半身の衣装は光沢のある明るい茶色に変わり、動きも激しく速くなっていく。
踊り手の体の柔らかさや、ジャンプ力、跳んだときにみんな空中で足が180度に開くのだ。
それだけ踊れる人が、こんなにたくさん集っているというのはすばらしいことだなぁと思う。

作品のクライマックス、井上恵美子さんのソロ。
スペイン人の歌い手の、切ない歌声にのせて踊る。
黒い服と黒い布。シンプルさの中に、際だつ表現の深さと強さがあった。
本当に心にしみこむように思いが届いてきて、グッと引き込まれた。
運命・・・生きることの苦しみ、悲しみ。絶望してしまいたくなるような現実。孤独。
泣きたいような、叫びたいような、怒りたいような・・・。
後半は持っていた布を顔にかぶせたまま踊られた。顔の表情が見えないそのときでさえ、・・・むしろそのときこそが、最も「想い」が客席に届いた瞬間だったように感じる。

そして感動のラストシーン。
ヴィヴァルディの「四季」の「冬」(もともと私はこの曲が大好きなのです。)の美しく流れる中、ひたすら雪が・・・大量の雪が舞台に降り積もる。
そこに照明が当たって、雪がキラキラ、キラキラとする。
青い服を着た女の子たちが客席に一番近い舞台前面に一列になって出てくる。
そして静かに後ろを向き、後ろ向きのまま雪の中を舞台奥へと進んでいく。
みんな、自分の前で静かに手を組んで、一人ずつのままで。
でも、その中の一人が(うららさん)、そっと隣の女の子の背中へと手を伸ばす。
ふっとした小さな仕草なのだけれど、ここが何とも胸にしみこむような感動を与える。
そのまま、うららさんのソロになる。
丸いおでこ、丸い目、つまんだような鼻。ほっそりして華奢なのに、しなやかで強い。
そして、何とも可憐で愛らしく、小さな花のように清楚で美しい。
表情も、腕や体の動きの一つ一つも、本当に輝いている。そして、伝わってくる。

・・・激しく降る雪はいつの間にか、ピンクの花びらへと変わる

花びらの絶え間なく降る中で、女の子たちが笑いながらクリーム色のスカーフを振り、舞い踊る。
生きていることが、楽しくて仕方ないのだ、踊ることは、喜びなのだ、ここでこうしてみんなと笑いながらはね回っていることが嬉しくて嬉しくて仕方ないのだ・・・と。
涙ぐみたいような歓喜の中で花びらは絶え間なく降りしきる。

●終わりに

今こうして思い出しても胸にふわぁっと感動がよみがえってくる。
正直言って、これほど感動することは予想していなかった。
(私は、・・・モダンバレエは今まで苦手意識が強かったのです。)
謙虚なコンコンは「まぁ、たいしたこと無いけど、良かったら見に来てよ!」なんて、謙遜なさって誘ってくださった。でも、とんでもない。すばらしい作品だった。
本当に・・・すばらしい舞台で、たった1時間ほどの長さなのだけれど、最後は感動のあまり胸の中にわき上がってくる涙をこらえながら観ていた。

ダンサーの身体能力の高さ。表現力の豊かさ。あれほど踊れたらどんなに気持ちがいいだろう。みんな若々しく伸びやかで、命がキラキラと躍動していた。そして衣装も、踊りを活かす素敵なものだった。
(ただ、メイクはもっとナチュラルな方が作品が生きたような気がしたけれど・・・なにしろかなり至近距離で観ることができるので。・・・って「曽根崎」を思えば人のことはいえない。汗)
花びらの中に包まれたような・・・子宮の中にいるような・・・柔らかい曲線の重層的に重なり合った奥行きのある淡いピンクの舞台装置。踊りを活かすドラマチックで凝った照明もすばらしかった。
音楽も素敵だった。

特に、たくさんのピンクの花びらの舞い散る中で、女の子たちが楽しそうに舞い踊るラストシーンはいつか確かに見たことのある夢のワンシーンのようで、私の心に眠っていたものを思い出させた。
舞台を見終えていろいろなことが胸によみがえってきた。
踊るのがただ単純に楽しかっただけだったときのこと。
子供の頃の楽しかった日々の思い出。
見るものの胸に届く、いい舞台を見せていただいたと心から感謝している。

やはり、特に心に残っているのは、井上恵美子さんのソロと、うららさんの存在だ。
うららさんは表現力も踊りもピカイチで、愛らしさも際だっていて、本当にキラキラとしていた。
そして、ダンサー全体のレベルの高さに本当に驚いた。日々たゆまぬ努力が合ってこそ、あのようにのびやかに自由に踊れるのだと、その背後にとてつもない努力の積み重ねの日々があることを思った。

私たちは、もっともっと精進しなくてはならないなぁと反省した。
本当に、だめ。体の硬さ、動きの硬さ。
心を表現するためには、その媒介としての体が徹底的にできていなくてはならないのだと、しみじみつくづく考えた。
もっとよく踊るためには、あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ・・・。
・・・というように、踊ることに対して前向きになっている自分に気づいた。

いい時間をありがとう!また次も、ぜひ拝見したいと思った。


2006/10/03 (Tue) 舞台「書く女」~樋口一葉の半生~

1018t.jpg


今日は、舞踊団の仲間3人(Mちゃん、JJ、mar)で、世田谷パブリックシアターに、今をときめく女優・寺島しのぶさん主演の「書く女」というお芝居を見に行ってきた。
明治の作家・樋口一葉の半生を描いたものだ。
http://www.nitosha.net/kakuonna/ 「書く女」公式ホームページ


寺島しのぶさんのこと
1018_1.jpg
   寺島しのぶさん

寺島さんとは、実は数年前にある映画でほんのちょ~~~~~~っぴりだけ共演させていただいたことがあった。その後、私たちの踊りの舞台を見に来て下さったこともあった。(楽屋においしいバナナの差し入れまでしていただいて・・・。)
それ以来、ご活躍を影ながらお祈りしつつ、気さくで優しくて芯の強いお人柄と、体当たりで筋の通った熱い演技力に尊敬の念を抱いていた。最近では朝のNHKの連続テレビ「純情きらり☆」で主人公「さくら子」の姉の「笛子」の役を熱演され、一方的にお顔を拝見する機会が多かった。

今日舞台を一緒に見に行ったうちの一人Mちゃんは、寺島さんにつきっきりで踊りを教えていた時期があった。その時あまりに厳しく真剣な教えっぷりで寺島さんを泣かせたという噂(笑)すらあったので、「鬼軍曹」というあだ名が付いたほど。(いまだにときどきそのあだ名で呼ばれている。)

終演後、楽屋にご挨拶にうかがうと、こちらが恐縮してしまうほど喜んで温かく手をとり声をかけて下さった。そして、「舞台また見に行くね~。今度一緒にご飯食べに行こう、ジャージで。」と満面の笑顔で言って下さった。そして、Mちゃんのことは、やはり「鬼軍曹」と呼んでいた(笑)。私たちの冬の公演のプログラムに文章まで寄せて下さっているとうかがって、こうしてご縁のあることが嬉しかった。
本当に、気取ったところのない、笑顔の温かい美しい人だなぁとあらためて思った。
ますますファンになった。
楽屋にはご母堂・大女優の富司淳子さんがお見えになっていた。近くで見ると驚くほどに香り立つように美しく、気品があった。

そして今回は、寺島さん以外にも不思議な偶然があって。
この舞台にはうちのスタジオに長く通うすてきなジェントルマン・コンコンの、美人の娘さんも出演しているのだ。コンコンのお嬢さんは可憐で愛らしく、舞台に立つとかわいらしい花が咲いたようで、愛されて大切に育てられたお嬢さんの役がぴったりであった。
今回は、コンコンのご厚意により、私たち3人は素晴らしい席で舞台を拝見することができた。(コンコン、ありがとう!!)


☆舞台「書く女樋口一葉の半生~」のこと

(眠い・・・でも、忘れないうちに書いておきたい・・・。)

樋口一葉に関しては、大学でちらりと読んだぐらいで、その頃は今よりずっと古典読解力のなかった私にとって、彼女の作品を読むことは困難であまり面白くなかった。
でも、今日本当に「樋口一葉の作品を読みたい!!!」と心から感じた。
それは寺島さんの演じた一葉が魅力的だったから。
寺島さんはとてもきゃしゃで細い。
それなのに、どこからそんな力が湧いてくるのだろうと思うほど、必死に生きる人間の底力のある生命力を熱く感じさせてくれる。
3時間にわたる長丁場の舞台を、一葉の成長と苦悩を見事に演じ、舞台を支える柱となりまさに「主役」の役目を果たしていた。恥ずかしがり屋で自分に自信を持てない女学生から、生活の困難の中であがきながら作家になろうとして作品を描き続け、次第に社会を・人間を・世界を見つめる「目」を獲得し、強くシビアにニヒルになっていき、
「すべてをそぎ落とした果てに残るものを描きたい。千年のちにも残る真の文学を!」
と命をかけて作品を生みだした一葉の生き様を見せてくれた。この舞台の魅力は、寺島さんという人の魅力に負うところが大きいと思った。
寺島さんの相手役・半井桃水(なからいとうすい)役の筒井道隆さんは正直に言って寺島さんの濃密な存在感にはとても太刀打ちできない。が、そこが彼の良さだ。ほのぼのとした空気で、毒にも薬にもならないような人のいい今ひとつさえない男の役にぴったりだった。(誉めているのです、本当に。筒井さんの演じたような優しげな品の良い男性に一葉がたまらなく惹かれた気持ちがよ~く分かった。)

作品のセリフの中には、私にとっては懐かしく慕わしい名前がたくさん出てきた。「文學界」「武蔵野」「北村透谷の自殺」「田岡嶺雲の一葉評」・・・幸田露伴に森鴎外、川上眉山、坪内逍遙、二葉亭四迷に尾崎紅葉・・・。みな、まさに大学時代にゼミで親しみ、よく聞いた名前だ。そして、自分の心情を歌に詠んだり、紫式部や清少納言を評するセリフを言ったり。(逆に、一般のお客さんは、どう理解したのだろう・・・みなさん北村透谷などご存じなんだろうか・・・。)
一葉の師匠の半井桃水(なからいとうすい)は知らなかったけれど、日清戦争へと向かうあの時代に社会に流されずに、朝鮮と清国との友好を小説によって訴えようとした人物がいたということを知って驚いた。
自由民権運動や、近代的自我の目覚めの風。そして、女性作家たちの登場や言文一致運動のおこりなども背景として描かれていた。
「自殺する前、透谷は、一葉女史に憧れて『会いたい、会いたい』と言っていたよ。彼の死には、戦争への抗議が込められているのではないか。」
「田岡嶺雲は、あなた(一葉)の作品を、すぐれた社会批判だと絶賛したが、とんだ勘違いだ。あなたはそんなつもりはないのでしょう。ただ冷笑的に見たものを描いただけだ!!」
「尾崎紅葉なんて、もう駄目よ。・・・でも、露伴には詩がある。素晴らしいわ!」
こんなセリフ・・・文学マニアでなくても楽しめるのだろうか?ゼミの先輩たちが見たら、「なるほど、なるほど」とうなずけるかもしれないけれど・・・。
・・・今もかなりの文学少女(?)である私にとってはさまざまに興味深い作品だった。

ただ、難としては、3時間の上演は長すぎるかもしれない。ちょっと冗長で緩慢な場面も多かったので、もう少し凝縮してテンポアップした方が、作品の魅力が生きるのではないだろうか。テーマもとても面白いし寺島さんも最高に魅力的なので、長いがゆえに単調に感じられてしまうことが逆にもったいない。
あと、マイクを使用しないので細かいセリフを聞き取るのにとても集中力が必要だった。前から12列目の私でこうなのだから、3階席のお客さんなどはかなり聞き取りづらかったはずだ。私は特に普段見るのは踊りの舞台か、ミュージカルなどが多いので、そう感じるのかもしれないが。このようにセリフを集中して聞き取り理解しなくてはならない舞台の場合はぜひ、セリフが聞き取りやすい環境であって欲しかった。
舞台装置や照明は効果的で活きていた。

書く女
一葉は、なぜ書いたのか。
あんなに生活に困窮しながらも、書かずにはいられなかったのはなぜ。
女たちは・・・なぜ書くのか。
私も今、なぜ、書くのか。
どうして書かずにいられないのか。
誰に求められるでもなく、それでも、こうして眠る時間を削ってまでも私に文章を書かせるその情熱の源は何だろう。
今、瀬戸内寂聴の自伝を読み、それについて書こうと思っているのだけれど、彼女もまた自分の人生を繰り返し見つめ、書かずにはいられない人だ。
書く女
これは、私にとってもまだまだ考えたい興味深いテーマだ。
そして、「踊る女」と置き換えてもいい。
どちらも根っこは同じこと。
表現せずにはいられない何かがからだを突き動かす。
実は、この舞台の一葉のセリフにヒントがあったのだけれど、それについてはまだ書かない。
もう少し自分の中で熟成させて、考えを深めて、いつかまたあらためて書きたいと思う。

さぁ、寺島さんから(そしてコンコンのお嬢さんから)いただいたエネルギーを糧に、私もまた踊りに仕事に恋に人生に、こころざし高く頑張っていこう!!
一葉の作品、本棚から久しぶりに引っ張り出すか~~!
(そうして秋の夜中の夜更かしは続く・・・。)

*一葉記念館 ホームページ
http://www.taitocity.net/taito/ichiyo/
(!Σ( ̄□ ̄;)!!!!瀬戸内寂調が一葉について講演する!!ああ!!なんてタイムリーなの!!行きたい・・・でも申し込みの締め切りすぎている・・・何とか潜り込めないかしら・・・。誰かたすけて~。お願いします。)

樋口一葉 フリー百科事典ウィキペディア 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%8B%E5%8F%A3%E4%B8%80%E8%91%89

樋口一葉作品をよむならこちらで。
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person64.html

(舞台「書く女」についての紹介文は下の続きをクリックして下さい。)


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プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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