2006・08
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2006/08/30 (Wed) 喜び・悲しみ

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「いったいどうしたらいいのかなぁ・・・。」
ラファエロ「サン・シストの天使たち」


私はクリスチャンではないけれど、聖書の中にある

喜ぶものと共に喜び泣くものと共に泣け
(ロマ12・15)

という言葉が大好きだ。
こんな風に生きることが出来たら、どんなに良いだろう、と思う。


それにしても今、しみじみと感じるのは、この言葉を実践することの難しさだ。
特に、「喜ぶものと共に喜ぶこと」「泣くものと共に泣くこと」を同時に要求される場合、本当に困難を感じる。

たとえば・・・二人の友人が目の前にいるとして。

・一人は試験に合格し、もう一人は不合格であった時
・一人は流産し、もう一人は出産した時
・同じ男性を愛し、片方が結婚し、もう一方は失恋した時・・・

例はいくらでも思いつくけれど、そんな時、私はどうしたらいいのだろう。(今、実際にそれに似た状況にある。)
きっと、喜ぶもののことは「喜んでいて幸せなんだからいいや!勝手に喜んでいて!」と、ほったらかして、お祝いを心から言うこともできずに、泣く側の立場に立ってしまうだろう。
目の前で胸を痛め泣くものの心に、共に涙を流しながら寄り添うことは、こんなわがままな私にでも、出来そうに感じる。泣くものが自分にとって大切な存在であれば尚のこと。

むしろ困難なのは「喜ぶものと共に喜ぶ」ということだ。


自分が幸福で充たされている時には、そう難しくなく、その人の幸福を共に喜ぶことが出来るかもしれない。
でも、そうでない時は・・・?
もし「泣くもの」が自分自身であった時ですら、私は人の幸福を共に大喜びしてあげることが出来るだろうか。
たとえば、さっきの例に置き換えれば、

・自分は不合格だったどうしても行きたかった大学に、友人がすんなり合格した時。
・私が真剣に恋していた人と、友人がつきあい始めてしまった時。
・私は子供が欲しいのに流産して泣いているのに、友人が出産して喜んでいる時。

・・・そんな時、「喜ぶものと共に喜ぶ」ことは困難な大チャレンジになる。

「イエスだったらどうするのだろう・・・。」と、考える。
目の前に喜んでいるものと、泣いているものがいたら、彼は一体どうするのだろう。
きっと・・・泣くもののそばに、ただひっそりと寄り添うのではないかと・・・。そして共に涙を流してくれるのではないかと・・・。そう思う。
それはあくまでも私の希望かもしれないけれど、そんな風であって欲しいと願う。

「喜ぶものと共に喜ぶ」ということは、なかなか困難なことだなぁと思う。
(逆に自分とまったく利害のない場合は割とたやすくできるかもしれないけれど。)
でも、誰かの幸福の影で人知れず涙を流している人がきっと必ずいるのだ。

そう思うと、自分が幸福な時には、むしろ本当に心して謙虚でなくてはならないと思う。良いニュースであればあるほどに、大はしゃぎして大騒ぎして喜びを吹聴したりせずに、慎ましやかにしていたいと思う。
「私のこの素晴らしい幸福を、あなたも共に喜んでください!!」なんて押しつけがましいことは決してしないように、幸せな時ほど謙虚でいられるよう気をつけて生きたいなぁと思う。


・・・たった一行のこの言葉を、今本当に重く感じている。
喜ぶものと共に喜び泣くものと共に泣け
いつか・・・これを、いついかなる時も実践できるような、そんな大きな私になれたらいいなぁ・・・。(今はまだ・・・ダメだなぁ。)

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2006/08/29 (Tue) 歌舞伎「中村勘三郎 襲名披露」

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歌舞伎
「十八代目 中村勘三郎 襲名披露


演目
一,本朝廿四考 十種香
二,十八代目中村勘三郎襲名披露 口上
三、身替座禅


母と一緒に、歌舞伎を見に行きました。
急に知り合いの方に券があるからと声をかけて頂き、喜んではせ参じました。
そうしたら、なんと、大人気の中村勘九郎あらため中村勘三郎襲名披露公演ではないですか!!嬉しかった~~~!!
歌舞伎を生で見るのは本当に久しぶり・・・そして人生で二度目の体験。
前から11列目の中央で見やすく、イヤホンガイドも借りて解説も聞きながらだったので、内容や見どころもとてもよく理解できました。

舞台は本当に素晴らしかったです!!
舞台に釘付けになり引き込まれ、心から堪能しました。
正直言って、もっと退屈なのかと思っていたけれど(すみません・・・・)、でも、そんなことは全くありませんでした。どうしてもっと早く、こういった日本の古典芸能に親しまなかったのかと悔やまれるほどに、心から面白いと思いました。

歌舞伎の舞台では色彩がまばゆいほどにあふれていました。
極彩色の鮮やかな色遣いの衣装やメイク(隈取り?)、華やかで凝った舞台セット。
金色に白に紫に赤に黒に緑・・・細かな刺繍の着物や美しい帯。
日本の古来の「色」とはこんなにも鮮やかで美しいのかとあらためて気付いて。
生で唄われる歌と三味線の真剣勝負の掛け合いもいいですね。

そして・・・さすが、勘三郎はすごい!!
とっても華があって粋で、軽妙ですべてが達者!!
肩の力が楽に抜けているようでありながら、隙が無くすべてぴたりと決まる。
ちょっとした目線ひとつで客席をワッと湧かせる。
親しみやすい雰囲気でサービス精神旺盛、見るものの心を舞台に引っ張り込
む力があるのです。
本物のプロとは、こういうものなのだということをつくづく感じさせてくれました。

特に、襲名披露の「口上」では生身の彼の人間性を感じました。
単なる襲名の挨拶にとどまらず、こんなことを話してくれました。

「先日海外に旅行に行ってきました。
歌舞伎の歴史は三百年と言うけれど、ギリシャの演劇の歴史は三千年だそうです。
そのギリシャで演劇を見た時に、三千年前の作品を新しくアレンジして新演出でやっていました。
自分は素晴らしいと喜び、まわりの観客も拍手喝采、でも一方で、『こんなものギリシャ演劇ではない!!』と怒っているギリシャ人のおばさんもいた。
それで良いのだと思いました。
歌舞伎には三百年の歴史があります。
でも、ギリシャ演劇には三千年の歴史があり、今日なお生きて、人々に愛されて進化を続けている。
歌舞伎においてもちろん古典を大事にしていきたいと思っています。
ですが私は、今の世に生きた歌舞伎、現代の人が喜んだり怒ったりしたくなる歌舞伎、そういうものに果敢に挑み続けていきたいのです。」

客席は拍手喝采!!
勘三郎さんの熱い志が伝わってきた。

日本にはこんなに素晴らしい舞台芸術がある。
・・・今日そのことをあらためて感じ、誇りに思った。
この歌舞伎という素晴らしい宝物が、ギリシャ演劇のように三千年先までも、その時代時代を生きる人々と共に、「生きて」あって欲しい。
彼・勘三郎は、間違いなくその鎖がつながっていくために欠かせない一部を担う人になっていくのでしょう。
そんな人の襲名披露公演を間近で見ることが出来たこと。
きっと一生忘れられないと思いました。
これからも、ぜひ応援させて頂きたいし、また舞台を拝見したいと思います。


そして私にしては珍しく、「日本人である自分」ということを考えました。
偶然かもしれないけれど、私は今、日本に生まれて育っている。
たまたま、だけど実際に毎日日本語をしゃべって、日本で暮らし生きている・・・。
それなのに、どうして今まで、音楽も文学も踊りも絵画も、芸術に関する分野の多くを・・・海外の芸術にばかり惹かれ憧れて、追いかけ追い求めてきたんだろう・・・。
そのことが、なぜか急に不思議に思えてくる。
今日の日は、なんだか私の今後の歩みへの大きなヒントになりそう。

今日の舞台を、和服で見にいらしている人が大勢いて美しかった。
「私も着物を着てみたいなぁ・・・!」と思いました。
つい先日、友人の書道展に行ってペン字で書かれた万葉集や百人一首の和歌の美しさに息をのんだ。
「私も、あんな風に大好きな和歌を美しい文字で書けたらどんなに気持ちがいいだろう・・・。書いてみたいなぁ。」と思った。
これを機会に、歌舞伎はもちろん、能や、狂言や、文楽ももっともっと見てみたい。
日本画の名品ももっともっと見てみたい。
(私の大好きなゴッホだってクリムトだってみんな日本に憧れたんだ。)
茶道や華道、日本舞踊や謡曲も面白そうだなぁ・・・。
(祖母は謡曲、母は三味線を習っていたのに、私はこれまで全く興味がなかった。)

私って・・・何だか初めて日本に来た外国人みたい・・・(笑)。
(そんな日本人らしくない自分であることにすら、今まで気付いていなかった。)
今、日本の文化に急に興味が湧いてきている。
勘三郎さんのおかげかなぁ・・・。
(それ以外にも、思えば今日まで様々な布石があったような気もする…。たくさんの「和」に興味が向くような種がこれまでに少しずつ埋められてきていて…今日、勘三郎マジックでそれらの種がいっせいにピョコッと芽を出したような感じ!?う~ん、人生って何がきっかけになるか分からないけれどちゃんとつながって導かれていく。不思議だなぁ。)

日本の古典文学作品を読むのだけは以前から好きでした。
日本の伝統芸能や文化を学ぶのは今からでも遅くないでしょう。
色々と自分の心に湧き上がってくる興味の方向性を大事にして、素直に楽しんで、好奇心旺盛に新しいものと良い出逢いをしていきたいです。
ワクワク、ワクワク♪


(この舞台を見るきっかけをくださったMさんTさんありがとうございました。)


2006/08/27 (Sun) コンクール考

仲間の出場するコンクールを見に行ってきた。
踊りのソロの部門に70人以上が出場し、3日に渡って催される、このジャンルでは最大のコンクールだ。

私も過去数回出場し、今年も出ようか迷って出ないことにした。
だから、久しぶりに客席から落ち着いて最初から最後までコンクールの舞台を見た。
(ここのところ、出演する側だったので、落ち着いて見られなかった・・・)
そして本当に、様々に感じ思うことがあったし、色々考えさせられた。

まずは、全体のレベルがものすごく高いな~、ということ。
この何年も、見に来てくれた人から
「本当にみんな上手くなっていて、今は上手くて当たり前、下手な人がいない、という状態の中で、頭ひとつぬきんでて賞を取るというのは本当に大変なことだよ。よっぽどのインパクトがないと難しいかも・・・。」
と、言われてきたけれど、あまり実感がなかった。
でも、今回自分で見て、本当にその通りだと思った。
本当に、どの人もため息が出るほど上手だ。
リズム感もよく、足も強く、身体もしなやかで、顔も腕も身体も美しい。
素人くさい人などいない・・・。
それが当たり前、というレベル。
誰もが上手すぎて、よっぽどの個性がないとむしろみんな同じように見えてしまう。
あのレベルまで到達するために、一人一人がものすごい努力をして、暑い夏を時間と体力とお金と精神力を注ぎ込んで過ごしてきたのかを、人ごとでなく感じるから(私もそうだったから)、それがどれだけ大変なことなのか本当によく分かる。
そして残酷だけれど、70人以上の上手い人が同じ舞台で立て続けに踊る、ということは、もう、「いくら上手くても上手いだけでは賞は取れない」、ということだ。
今回そのことがつくづく分かった。
(それが分かっただけでも、今年出ないことにした甲斐があった・・・と思った。)
あんな環境の中で無謀にも果敢なチャレンジを重ねてきた自分が、今は信じられない(笑)。

毎年コンクールのあとは、むなしさと徒労感で落ち込まされてきた。
けれど、「あのハイレベルな争いの中でそれなりに頑張って評価してもらってきた自分はそう駄目なものではなかったのではないかなぁ・・・。」なんて、自分に厳しすぎてへこんでしまう私にしては、やっとそんな風に思うことが出来たのはひとつの収穫だったかもしれない。
決して踊りがよくなかった訳ではなく、よくて当たり前、ではそこから先どうするのか、という状況なのだということがよ~く分かった。
そして、審査する側が「個性」という問題をどう評価するのか、と言えば、それはもう好みでしかないだろう。
上手すぎて、その技術の見せつけが鼻につくような人もいるし、熱い表現が素敵に見える人もいるし鼻につく人もいる。でも、ある人にとってはマイナスに感じられる個性も、別の人にとっては素敵だと感じられる要素になることもあるのだろう。また、出場するのは女の人ばかりで男の人はほんのわずかだから目立つし有利だということもしみじみ感じた。

だから、どんなに練習を重ね技術を向上しようとも、いくら技術が上がってさらに上手くなろうともあの場で評価されることを求めていく限り、ひたすらにむなしく苦しいばかりだろうと思った。
そんな挑戦をして、今年も泣く人、悔しがる人、私のように脱力しむなしくなる人、さまざまなつらい思いをする人がいるのだろう。でも、冗談もお世辞も抜きでみんな素晴らしいのだから、あそこで賞を取れないことは恥でもなんでもない。
あの努力と挑戦をしたということに、心から敬意を抱いたし「お疲れさま!本当に素晴らしいよ。」と一人ずつに言いたい。



これから、私はどう踊っていくのか・・・・。
まず私は私で「自分の良さ」をよく分からなくてはいけないのだと思った。
それから、どう踊りたいのか・・・という明確なビジョンを持つこと。
「誰かのように」踊るのでは意味はないのだ、ということ。
「私らしさ」のあり方が中途半端ではいけないのだ、ということ。
そして決まった振り付けの完璧を目指してとうとう行き着かずになんとか「90点」の状態であることの恥ずかしさ、見苦しさ、痛々しさ。むしろ難易度を下げてでも120点、それどころか200点で踊れる状態にした上で、ゆとりを持ってその中で呼吸し生きる余裕や、生のリアルなライブ感を出せる余白を作ること。
派手な技術を無理に詰め込んで見せつけることは逆効果、むしろ、能のように、押さえて押さえて引き算をして、装飾を削り落とした、真実のみを語るような踊りを踊っていきたい・・・。

そういうことをすべて自分の中でクリアにして、充分すぎるほどに気力も体力も充実して、絶対に私にしか踊れない踊りを踊れるようになった時。・・・そして、舞台の上で、いっさい何もせずにいつまでもただ立っているだけ、それだけでその場の空気の色を雄弁に染め上げることの出来るほどの実力と勇気と潔さを持つことが出来た時。(まさに能のような・・・)
そうしたら、・・・またコンクールに出る・・・かもしれない。
でも、それが出来ない限りは・・・今のままの方向性でいくら努力を重ねようとも、「このコンクールで評価されること」を求めていくのは、ただむなしいだけだ。
そして、もしいつか私が私の踊りを踊れるようになったら・・・。
その時は、もう、あのようなコンクールに出てそこで評価されたいとは思わないかも知れない。自分自身の確信があれば、「私の踊りはどうですか?」と、人に聞きたいとは思わないだろう。
・・・・果たして生きている間にそんな高みにまで到達できるのだろうか。
そして、私自身は、「この道において」それを命がけで目指したい、と、心の底から願っているんだろうか・・・。


オリンピックの陸上競技100メートル走に出場する人は、みんなその国で一番の選手だろう。
でも、世界で金メダルを取る人はただ一人・・・。
それ以外の人は、どんなに他人に負けない努力があったとしても、どんなに美しいフォームで走ったとしても、誰よりもその競技を愛していたとしても、0.01秒でも遅ければ「負け」を味わわなくてはならないのだ。

そもそも芸術に勝ちも負けもあるのだろうか?

生きていくということは、残酷で、不平等で、不条理で、厳しくて、つらいことだ。
だからこそ、不条理な苦しみの多い人生での、自分の幸福な生き方、生きていくべき道を、よく考えなくてはならない。
私の道ってなんだろう・・・・。
本当にこの道で良いんだろうか・・・・。
これからどちらに進んでいけば良いんだろう・・・・。

「私は私で、マイペースにのんびり楽しんで趣味として踊っていきま~す。」
・・・なんていうことが、当分言えそうにもない今日この頃・・・・・・。
絶え間ない克己と精進を要求され、後輩に追われ追い越され、厳しい評価に日々さらされ、比較され、自分の至らなさばかりを思い知らされる環境を、選んでここまできてしまった。
でも、踊りがなかったら私に一体何があるのか。



・・・・などということを、さまざまに考えた二日間でした。


2006/08/25 (Fri) ミュージカル「ウエストサイドストーリー」

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行ってきました!!
本場ブロードウェイミュージカルの名作中の名作
あの「ウエスト・サイド・ストーリー」を見に!!
公式サイトhttp://www.westsidestory.jp/

生で本物のブロードウェイミュージカルを見るのは初めて。
(劇団四季や映画では大好きで見たけれど・・・。)

歌と踊りが大迫力で本当に素晴らしかった!

ダンサーたちのそろいもそろった質の高さには驚くばかり。
活き活きと、飛び跳ね、唄い踊る。
あんな風に踊れたら、どんなに気持ちがいいだろう!!


この作品は高校生ぐらいの時に映画(ビデオ)で見ていました・・・。
燃え上がる純粋な恋の悲しい結末に、
コタツにもぐってシクシク泣いた記憶があります。
ミュージカルが大好きな母が、この作品のレコードをよく聴かせてくれていました。
だから、私にとっては、懐かしくまたなじみのある曲ばかり・・・・。
「トゥナイト」「クール」「アメリカ」など、
誰でも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

久々にこの物語と懐かしい再会を果たし、
高校生の時には気付かなかったことも様々に感じました。
一番は物語の背景のアメリカ社会最下層部での移民・差別問題。
単なる不良グループ同士の争いではないと、色々と考えさせられました。
あとは、この物語と、ベースとなる「ロミオとジュリエット」との違い、とか。
舞台作品における群舞の役割とあり方とか・・・・。
目と目があった瞬間に恋に落ちる心のときめき☆について・・・とか(笑)。
すっかり忘れていて、今回見て驚いたのは、
この作品は「ロミオ&ジュリエット」とは違って、
マリアだけが生き残るのだ、ということ・・・・。
二人手に手を取り合って一緒に天国へと旅立つ・・・という結末を、
心の中で準備して待っていたので、「え~っ!!!!」と驚きました。
この方がリアリティはありますが、恋は天国でも成就しないのですね・・・。

舞台に深く引き込まれ、本当にいい時間を過ごせてとても幸せでした。
(このような機会を設けて下さった方に心から感謝します。)

これを機会に、もっともっと生のいい舞台をたくさんたくさん見たい!!
と、心の中は燃えています。
この熱い気持ちをエネルギーに変えて、私もまた頑張ろうっと!!
ああ、踊りた~い!

下の写真を見ていると、あなたもだんだん行きたくな~る・・・
行きたくな~る・・・ 行きたくな~る・・・・・・


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2006/08/23 (Wed) 誕生


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2006年8月23日(水)14:30
新しい命が誕生しました。

ようこそ この世界へ!!
たくさんたくさん幸せになあれ!!


今日、私の妹に待望の赤ちゃんが生まれました。
元気いっぱいの男の子、2640グラムです。
私の両親にとっては初孫になります。

これは生まれてほんの30分の写真。
なんてかわいらしいんだろう!!
おでこや眉はパパにそっくりだね。鼻や目元はママに似ているね。
やっときゅうくつなお腹から外に出て、
小さな手足を、のばして曲げて、一生懸命動かしている。
本当に・・・天使みたい。

あなたがこれから歩む人生の長い道のりが、
とびっきり幸せであるように、心を込めて祈っているからね!!

生まれてきてくれて、本当に嬉しいよ!!
生まれてきてくれて、本当にありがとう!
今日は世界にたった一人のあなたの生まれた日。
誕生日、おめでとう!!!


2006/08/22 (Tue) 映画「ノッティングヒルの恋人」
大好きな映画 「ノッティングヒルの恋人」 (1999年アメリカ)
評価:★★★★★ 

1999_NOTTING_HILL.jpg


☆私の感想

 「
見終わったあと、無条件に幸福な気持ちになれる映画」はそう多くはない。この映画は、間違いなくそんな貴重な作品の一つ。
 いわゆる「ラブ・コメ」というジャンルに分類されると思うけれど、制作者の心配りがほんの些細な部分にまでくまなく行き届き、こじんまりと温かく上質な映画になっている。
 どんなシーンも凝っていて面白く、見るものが思わず温かい気持ちで「クスッ」と笑ってしまい、その気持ちのいい笑顔をいつまでも持続できるような、そんな小さな宝物のような映画だ。

   まず、何と言ってもキャスティングが素晴らしい。ジュリア・ロバーツとヒュー・グラント、二人の持ち味を活かしたキャラクターなしにはこの映画は成り立たないだろう。これほどこの二人が魅力的に見える映画は他にない。この映画でのキラキラと輝く笑顔を見てジュリア・ロバーツが好きになった。そして、彼らをとりかこむ面々もそれぞれに個性が活かされて、忘れられない存在感を示している。

 好きなシーンはたくさんある。
・アナ(ジュリア) がウィリアム(ヒュー)の友人宅に食事に行くシーン。みんなの反応も面白いし、アナの髪型も服も笑顔も本当にきれいだ。
・「シーズンウォーク」と呼ばれるシーン。傷心のウィリアムがひとつの通りを歩いていく間に、背景の季節が、日ざしの強い夏から、落ち葉舞い雨の降る秋へ、雪降る冬へ、そして生命の再生される春へと移り変わっていく見事な場面・・・。
・アナがウィリアムの本屋にシャガールの絵を届け、「私も一人の女性なの。愛する人の前に立ち、彼に愛されたいと願っている・・・。」と、告白するシーン。
・最後の記者会見で、記者からの「イギリスでの滞在はいつまで?」という質問に、アナが「永遠に・・・。」と答え、カメラのシャッター音の中、二人の
輝く笑顔が交互に写されるシーン。
・主題歌「She」の流れる中で、結婚した二人の幸福な様子が写されるシーン。ラストは、思い出のベンチに二人居て、彼は本を読み、彼の太ももにお腹の大きなアナが頭を乗せて横たわっているシーン。etc・・・

  この映画を見ていると、「奇跡のような運命の出逢いは、もしかするとほんのすぐそばにあるのかもしれない・・・。」というおとぎ話のような出来事を信じることが出来る。結ばれるべき人とは、環境や様々な偶然を乗り越えて、いつか本当に結ばれて幸福になるのだ、と、素直に思えるのが嬉しい。
 出逢うはずのない、生きる環境のまったく違う二人。・・・そんな二人の心と心、人生と人生を結びつける、何か大きな力が存在することに感謝したくなる。
 この小さな温かい夢のような幸福な愛の物語は、私にとって「共に生きたいと願う大好きな人と、一緒に見たい映画NO.1!」だ。そして、空の一番好きな映画でもある。


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主題歌 「She」 
シャルル・アズナヴール/エルビス・コステロ

彼女 忘れられない面影
僕の喜び そして悲しみ
僕の輝かしい宝物 それとも代償
まるで夏が奏でる音楽
まるで秋風の運んでくる冷たさ
一日の中でいくつもの様々な顔を見せる

彼女は美女 それとも野獣
苦しみ それとも最高の幸福
これからの日々は天国 それとも地獄
彼女は僕の夢を映し出す鏡
川面に光る天使の笑顔
心の奥の思いははかりしれない

人々に囲まれ幸せそうに微笑み
瞳には自信と誇り
涙を流す姿は誰にも見せない
手の届かなかった夢のような愛
彼女に出逢えたことを 
僕は死ぬまで忘れはしない

僕は彼女の笑顔や涙を見つめ
彼女への想いを胸に抱いて
彼女一人のためにだけ
これからの人生の日々を生きていこう

彼女こそ 僕の生きる望み
僕が生きている理由そのもの
僕の人生の意味は 彼女そのもの
彼女そのもの

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以下の情報は MOVIE WALKER よりお借りしました。


ノッティングヒルの恋人
 

原題:Notting Hill   製作国:アメリカ  製作年:1999
配給:松竹=ギャガ・コミュニケーションズ=ヒューマックス・ピクチャーズ配給 

スタッフ  監督: Roger Michell ロジャー・ミッチェル
      製作: Duncan Kenworthy ダンカン・ケンウォーシー
      脚本: Richard Curtis リチャード・カーティス 

キャスト(役名) Julia Roberts ジュリア・ロバーツ (Anna Scott)
          Hugh Grant ヒュー・グラント (William Thacker)
          Rhys Ifans リス・エヴァンス (Spike)
          Gina McKee ジーナ・マッキー (Bella)
          Tim Mclnnerny ティム・マキナニー (Max)
          Emma Chambers エマ・チャンバーズ (Honey)
          Hugh Bonneville ヒュー・ボネヴィル (Bernie)
          James Dreyfus ジェームズ・ドレイファス (Martin)

解説
 アメリカのスター女優としがない本屋の店主の、偶然から生まれたラブストーリー。監督はロジャー・ミッチェル。脚本は「ビーン」のリチャード・カーティス。製作は「フォー・ウェディング」のダンカン・ケンワージ。製作総指揮はリチャード・カーティス、「エリザベス」のティム・ビーバンとエリック・フェルナー。撮影は「フェアリー・テイル」のマイケル・コールター。音楽は「マイ・フレンド・メモリー」のトレヴァー・ジョーンズ。美術は「イングリッシュ・ペイシェント」のスチュアート・クレイグ。編集は「スカートの翼ひろげて」のニック・ムーア。衣裳は「スカートの翼ひろげて」のシューナ・ハーウッド。出演は「グッドナイトムーン」のジュリア・ロバーツ、「ボディ・バンク」のヒュー・グラントほか。

ストーリー
※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
 アナ・スコット(ジュリア・ロバーツ)はハリウッドの大女優。そんな彼女がロンドンのノッティングヒルにある書店に足を運ぶ。店主のウィリアム(ヒュー・グラント)は突然のことにびっくり。さらに彼は買物の帰りに偶然アナとぶつかり、ジュースをかけてしまう。慌てた彼は服を乾かすよう申し出て、アナを家に招く。何とか彼女を送り出して間もなく、彼女が戻って来てウィリアムにキスをして立ち去る。夢のような時が過ぎて数日後、ウィリアムに電話があったとルームメイトのスパイク(リス・エヴァンス)から聞かされる。早速アナが宿泊しているホテルに向かい、雑誌記者と偽り部屋に入る。ウィリアムは妹の誕生日パーティーにアナを誘い、彼女も誘いに応じる。その後もデートを重ねる二人。ところがある晩二人がアナの部屋に行くと、有名俳優の恋人が彼女の帰りを待ち構えていた。彼氏の存在にショックを受けたウィリアム。そして半年後。マスコミのほとぼりが冷めるまで家に置いて欲しいとアナが突然やって来る。だがそれも同居人スパイクが口を滑らせたことでマスコミが殺到。アナは二度と会わないと言い残し、雑踏の中へ消える。一年後。アナの撮影現場を訪れたウィリアムは気持ちを伝えられない。彼女が店に来てもつれない態度を取ってしまう。それを見かねた友人たちは一丸となってウィリアムをホテルに送り届ける。記者会見場にもぐりこんだ彼は、再び記者になりすまし彼女に告白。アナもプロポーズに応え、会場は結婚会見に早代わり。二人はロンドンでゆったりと時を過ごすのだった。 


2006/08/20 (Sun) 納涼祭

hanabi1.jpg


祖母の入居する施設の納涼祭に両親と出かけた。
私は、今年始めての浴衣を着て・・・。

祖母は色白のふっくらした頬にほんのりピンクの紅をさし
用意してもらった青いはっぴを羽織って車いすに。
普段は静けさに包まれた施設も、にぎやかに
活気づき心が弾む。
エレベーターの前には車いす渋滞。
でも、みんな何だか楽しそう!

駐車場の奥の広場にはやぐらが組まれ、色とりどりの提灯が下がる。
かき氷、焼きそば、焼き鳥、おでん、ビールに枝豆の屋台が並び、
施設の職員の方たちが、汗びっしょりで焼き鳥を焼いている。

外は涼しい風が吹き、昼間の暑さのなごりもなく気持ちのいい夏の夜。
母と私で手分けして色々買って、祖母と共に食べる。
父が笑顔でカメラを構える。
まわりもみんなそれぞれに、家族と共にこの夏の夜を楽しんでいる。

やぐらのまわりに盆踊りの輪が出来る。
最初は小さな輪。
それが徐々に大きな輪へと拡がっていく。
小さな子供が弾むように踊り飛びはねながら目の前を通る。
ゆかたの帯が、それに合わせて金魚の尾のようにゆらゆら揺れる。
私は祖母の車いすを押して、踊りの輪の中へ入ってゆく。
芝生の上をゆっくりゆっくり流れに合わせてまわっていく。
祖母が小さな声で唄う。
「月が~ 出た出た~ 月が出た」
それを、祖母の頬に耳を寄せて聞く。
見上げれば月。


「楽しかった」
と祖母が言ってくれたことが何よりもの幸せ。
なにげないこんな夏の夜が、
いつか私の人生のかけがえのない宝物になっていくのだろう。
全てが優しく美しく、涙ぐみたいような幸福・・・。


2006/08/19 (Sat) 映画「父と暮せば」

大好きな映画 「父と暮せば」(2004年・日本)
評価:★★★★★

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★私の感想

この映画を初めて見たのは、昨年の夏、暑い夜のことだった。
60年前のヒロシマの夏に思いを馳せ・・・そこで、命を一瞬にして奪われた人たちのことを思った。
気付くと、涙がポタポタ、ポタポタと、あごを伝って落ちていた。
そして、最後は・・・それでも涙の中で、微笑んでいた。

この映画には、直視することが耐えがたいような残酷な映像は一切無い。
むしろ、静かに、美しく・・・清潔感のある映像が続く。
でも、その静かさの中に・・・そして、宮沢りえの涙に・・・1945年8月6日のヒロシマへの原爆投下がどれほど人間の心に重くぬぐい去ることの出来ない傷を与えたのかということを、痛いほどに感じさせられた。
亡くなった人、一人一人に、あの瞬間までかけがえのない精一杯の人生があり、愛する家族や友人がいたこと・・・。
生き残った人、一人一人に、「あの日」を生き延びたことゆえの大きな苦しみがあること・・・。
それを、自分の痛みとして感じ、実感として知った。

時間が経っても決して風化させてはいけないことがある。
もう二度と、あんな思いをする人がいてはいけない。
戦争はいけない、私は嫌だ、と、声を大にして言って言って言い続けなくてはならない。

それでも、なぜだろう。
この映画を見終えたあとには、清らかな希望が湧いてくる。
深く強い感動と共に、何度でも、何度でも、この映画を見たいと願う。
自分ひとりが生き残ったという罪悪感の中で、幸せになっていくことを自分自身に許せないでいる主人公が、最後に、愛する人との一歩を未来に向けて踏み出すことを選ぶとき。
そのラストシーンで、見る私の胸にも希望が、朝日のように昇ってくる。

宮沢りえが、初夏の朝に咲いた一輪の小さな白い花のように、清浄で美しい。
その花のような美しくすがすがしい顔が、いつまでもまぶたに焼き付いている。

そして、私の胸にも、一輪の小さな可憐な花が咲いていくのを感じる。
「私たちは、生きて、つらい時も生き延びて、希望を持って生きましょう。」と・・・・。

戦争で犠牲となり亡くなられた多くの方々のご冥福を、心よりお祈りいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下の情報・解説は http://www.walkerplus.com/tokyo/movie/ よりお借りしました。


製作国:日本   製作年:2004 配給:パル企画
監督: 黒木和雄 クロキカズオ
キャスト
 宮沢りえ(福吉美津江)  原田芳雄(福吉竹造) 浅野忠信(木下正)

解説
 原爆投下から3年後の広島を舞台に、生き残ったことへの負い目に苦しみながら生きている娘と、そんな彼女の前に幽霊となって現れた父との心の交流を描いた人間ドラマ。監督は「美しい夏 キリシマ」の黒木和雄。井上ひさしによる同名戯曲を基に、黒木監督と池田眞也が共同で脚色。撮影監督に「Spy Sarge. スパイ・ゾルゲ」の鈴木達夫があたっている。主演は、「たそがれ清兵衛」の宮沢りえと「HARUKO ハルコ」の原田芳雄。第17回日刊スポーツ映画大賞監督賞受賞、エキプ・ド・シネマ発足30周年記念、芸術文化振興基金助成事業、文部科学省選定、厚生労働省社会保障審議会特別推薦、青少年映画審議会推薦、日本PTA全国協議会推薦、日本映画ペンクラブ特別推薦、東京都知事推奨、広島県知事推奨、長崎県知事推奨、長崎県教育映画等審議会特別推薦、日本原水爆被害者団体協議会特別推薦作品。

ストーリー
※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
1948年夏、広島。原爆によって目の前で父・竹造を亡くした美津江は、自分だけが生き残ったことに負い目を感じ、幸せになることを拒絶しながら生きている。そんな彼女の前に、竹造が幽霊となって現れた。実は、美津江が青年・木下に秘かな想いを寄せていることを知る竹造は、ふたりの恋を成就させるべく、あの手この手を使って娘の心を開かせようとするのだが、彼女は頑なにそれを拒み続けるのだった。しかし、やがて美津江は知るのである。瓦礫の下から助け出そうとする自分を、なんとしても逃がそうとした父の想いを。自分の分まで生きて、広島であったことを後世に伝えて欲しいという父の切なる願いを。こうして、美津江は生きる希望を取り戻し、それを見届けた竹造は再びあの世へと帰って行くのだった。


2006/08/18 (Fri) 透きとおった風

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宮沢賢治


 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
 わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。

  大正十二年十二月二十日        宮沢賢治 
   
      


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賢治の絵
 


 この文章がとてもとても好きだ。
 小さな美しい物語というのは、人の心の「すきとおった本当のたべもの」になるのだ。そして賢治の言葉は、私のおいしいたべものとなり、体の中を風のように駆けめぐり、透きとおらせていく。

 私も、透きとおった風を食べ、美しい桃色の朝の日の光を飲みたい。


 「氷砂糖」・・・贅沢な食べ物や美しい着物を、たとえ持っていなくても。
 ・・・日の光や、虹や、青い夕暮れや、月明かり、林や野原をとおってくる透きとおった風の中にいたら、どれほど豊かで幸福だろう。

 そして、賢治のいうように、
「もうどうしても、こんな気がしてしかたない」
「ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたない」
・・・ということだけを「そのとおり」
書きたいと願う。


2006/08/17 (Thu) 始まりの日


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モネ「睡蓮」


今日は始まりの日。


これからここに綴られていく私の日々が、
やさしいひかりに満ちたものになることを祈りつつ…。


「いつも心に太陽を」
「真善美」


 こころをこめて。




 <必ず守ること>


・書く文章によって私自身の人間性が問われていることを胸に刻むこと
・「心」と「成長」の記録の場にすること
・自分自身の心に深くもぐり、それをいつも真っ直ぐに見つめること
・匿名性と安全が完全に守られ重んじられるよう気をつけること
・ひとに
やさしく!
・目指す方向が「真善美」であることを決して見失わないこと
 

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プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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