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2006/09/29 (Fri) 能「江口」鑑賞記

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能 「江口」 鑑賞記

先日、秋の光が美しく降る中、舞踊団のアドバイザー・Hりんに能を見に連れて行っていただいた。
この間のライブで踊る時に「能のように舞う」を自分のテーマにしていたにもかかわらず、私は能に対しては知識が無いに等しく、漠然としたイメージしか持っていない。一度見たことがある・・・という程度で何も知らないのが実情。
そこで、Hりんに「機会があったら能を見たいのでぜひ!!」とお願いしていたところ、快くこのような機会を与えて下さった。(本当にありがとうございました!!心から感謝しています。)

Hりんは能についての本も執筆し、今回見せていただいた能「江口」のパンフレットの解説も書いていらっしゃる「プロ」だ。Hりんのお書きになったこの作品の解説は、それだけを読んでも充分に人の心の深部に触れてくる感動的な素晴らしいものであった。これは「ある、たった一人の人」のために書かれたものだそうなのだけれど、誰が読んでも、人間の「生きる」ことへの普遍的で真摯な問いかけであり、真剣に生きる意味を求める心には必ず強く響くものがある文章であると感じた。

事前にその日見る作品「江口」の概要やテーマなどをうかがって、それからいよいよ胸を高鳴らせながら東京・神楽坂にある矢来能楽堂(http://www.kanze.com/kanze1.html)へ向かった。

★能 「江口」 について

この作品の内容は、次のようなものだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ある旅の僧が、遊女「江口の君」の旧跡にたたずんで、一夜の宿りを断られた時に詠まれた西行の歌を口ずさむ。
「世の中を厭ふまでこそかたからめ仮の宿りを惜しむ君かな」
すると、女の霊が現れて、
「世を厭ふ人とし聞けば仮の宿に心とむなと思ふばかりぞ」
(あなたが出家されている身であればこそ、このような遊女の宿にあえてお泊めしなかったのです。)
・・・と語り消えてゆく。
そして三人の遊女たちの秋の月光の中での華やかな船遊びの場面になる。
ふたたび僧の前に姿を現した江口の君の霊は、釈尊の教え、無常を説き、執着(=「心とむる」)を離れれば心は自在を得ると言い、最後にその姿は普賢菩薩となり、光と共に西の空へと消えてゆく・・・。
 

( http://www.webslab.com/enkai/agyo/egc/egc01.htm ←作品の詳しい内容についてはこちらでどうぞ!謡の全文や現代語訳まであるのですごい!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この作品は、能の作品の中でも深淵で理解するのが難しい作品であるそうだ。宗教的でもあり、初心者向けの作品ではないと言われつつ、それでも、むしろこの作品を見られたことは私にとって幸運であったと思う。
「俗」に生きた遊女が最後には浄化され菩薩へとなっていく・・・。

最後にそのような大きな救済が演じられるという部分にも強く惹かれる。
私が「能が見たい」と言った心の中にあった想いとしては、私の求めるものは、濃密な「重さ・深さ・真実」、そして、今自分の抱えている芸術上の問題に対する何らかの「光」・・・道しるべとなってくれるようなヒント、であったから。

★素人の素直な感想

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舞台を見て感じたことを、素人くさくても正直に書いておきたいと思う。心の記録と、今後の学びのために。

まず、・・・「ただ、立っている」と言うことが、これほどまでに「繊細」で「濃密」で、何かがみなぎりきったものであり得るのだ、ということにとても感動した。
(そして、そう、私は、「それ」を見たかった、感じたかったのだ!)
シテ「江口の君」はとても静謐で、純化された秋の空気のように美しく優しいのだけれど・・・でも、体の中から何かがあふれんばかりにみなぎりきった、濃厚な空気を抱いていた。
「充実しきった『無』」というようなものがそこにあった。
足をたった一歩、前に踏み出す、ということは、これほどに意味のある重いものなのだ。
足を一歩前に出すまでに、何千何万もの空気の揺れのひだを作りながら体中の細胞がさざ波のように伝達しあい、繋がり合って、身体というのは動くものなのだ。
その、そぎ落とされた果てに残った最小限のゆっくりとした動きに、私の心も静かに波立ち、ぐうううっっっと心が引き寄せられる。

能面は美しい。
ちょっとした角度の変化によって、本当にささやかで複雑でとても繊細な表情の違いが見る者の心に届いてくる。
泣きたいのに笑いたいような・・・哀しみの中にふと喜びが香るような・・・その曖昧さの揺れを、なぜだかとても愛おしいと感じる。
刻々と変化していく表情は、抽象的で象徴的なのだけれど、それだからこそ無限のイメージの広がりがあり、見る者の想像力を知らぬ間に静かにかき立てている。・・・というよりも、見る者の心の状態を揺れながら映す鏡なのだろうか。
それでいて、能面はまるで月のよう・・・手の届かぬ高みでどこか冷たく美しい孤高の光を放っている。

「華やかな場面」とされる船遊びのシーン。(上の写真参照)
3人の女性はただ、ただ、動かずにそこに「居る」。
でも、秋の月光が降り、さざめく川面が見えてくる。
・・・もしも私が、「遊女の華やかな船遊びのシーンだよ。自由に踊ってご
らん。」と言われたら、もっともっともっともっと動くだろう。百倍は無駄な動きをしてしまうだろう。手を花のように波のように大きく動かし、上半身を大きく揺らし、笑顔を造り・・・。その私の動きの中には、きっといくらかの「真実」と共に、たくさんの「嘘」があるだろう。
どうして、あれほどまでに舞台の上で動かずに、それでいて充実しきって人の目線と心を惹き付けて居られるんだろう・・・。何だか嫉妬にも似た想いがちくっと胸を刺し、切なくなる。私が舞台の上でしたいこと、これから挑みたいことは、「何もせずに舞台上に『居る』ことに耐えられる自分になること・・・なのかもしれない。」と思う。

「遊女が普賢菩薩になり、白い雲に乗り光の中を西方へ去る・・・」という、その場面こそがこの能の核心でクライマックスだと思うのだけれど、私の力のなさで、その部分をダイレクトな感動として理解することが出来なかったのがとても残念・・・。
ただ、ある瞬間、静かであいまいな能面の表情が、一瞬くっきりと鮮やかな「歓喜」を宿したように感じた。それが、その瞬間だったのだろうか。
でも、「そう簡単に理解することのできないものである。」という部分もまた、能の深遠な魅力であるのだろうと思う。


能は、何も拒まず・・・でも、何も受け入れてもくれない・・・。
そして能にはいっさい押しつけがましさはなく、それでいて見る者に多くを要求する。
見る者は、ただ動かずにそこに「居る」だけの演者のみなぎらせている「気」を、あるがままに受け取るゆとり・・・「無心に受容すること」・・・が求められる。

先月勘三郎の歌舞伎を見た時には、「歌舞伎って、なんてサービス精神にあふれる芸術だろう!!」と驚いたけれど、これは全くその対極にあるように感じた。(鍛え抜かれた精進の上に成り立つ芸、という点は同じだけれど。)

能には一切「媚び」がない。
ただ凛として、そこに「在る」。


このように充実し、みなぎりきった、豊饒で静謐な「江口」を見せてくれたシテ、鈴木啓吾さんに感謝している。

それから。
新進気鋭の笛奏者・竹市学さんの笛の音色は、調和しつつある空間を切り裂いて、鋭く響いた。ドキッとするような・・・ナイフのように刺さる音。
私は彼を「パンク魂」を持った人だなぁ、と感じた。
とんがっている。殺気立っている。
目つきも鋭く、「本物の音以外、一音たりとも出しはしないぜ!」・・・というような・・・気迫、のようなものを感じた。

また機会があったらぜひ能を見てみたい。
そして、世阿弥の『風姿花伝(花伝書)』も、読もうと思う。(ちょうどゼミの仲間との読書会の課題になっている。)

今回、能「江口」を鑑賞して感じたことが、私の心の中の栄養になり、蒔かれた種となって、いつか花を咲かせることへとつながっていきますように・・・。

(Hりん、本当にありがとうございました!)

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2006/09/28 (Thu) 友達・・・みんなちがって みんないい

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我が家の庭に咲くかわいい花


今日は楽しい秋やすみ♪とってもいい天気。
高校からの親友2人と、アジアンバイキングの店にランチに行った。
一人は、結婚して専業主婦で子育て中。
一人は、結婚して仕事しながら子育て中、しかも妊婦。
一人は、独身でいまだ親元にいて、仕事しつつ、踊ってばかりいる(つまり私)。

毎日同じ高校に通っていた頃と比べれば、それぞれに生きる環境は違ってしまったけれど、それでも、こうして会って楽しく話せることがとても嬉しい。
結婚して子供もいる二人のことを「うらやましい」とは思わないけれど「よかったね。素敵だなぁ。」と思う。子供の話、夫の話、・・・参考になるし面白いし、楽しく聞いている。
二人も、私の踊りを見に来てくれたり、「mar(マル)(仮名)ちゃんは大丈夫。心配していないよ~。」と言ってくれる。
お互いに出会って10数年のつきあいだから、相手のことがよく分かるし、言葉が伝わりやすいと感じるし、私の踊りのことや仕事のこともよく理解して的確なことを言ってくれる。
金子みすずの詩のように
「みんな違って みんないい」
と感じる。3人とも歩む道は違うけれど、それぞれに自分らしく生きているから、かな。

もし、「同じ環境や状況にある人としか友達でいられない!」と感じるならば、世界はどんどん狭くなり、人間はどんどん孤独になっていくだろう。
私たち3人には、共通の思い出がたくさんあって、そして、色々ありながら成長してきたお互いの歩みを知っている。長くて短い人生の限られた時間の中で、まず出会えたことに感謝!そして関係が続いてきたことに感謝・感謝!!
この3人組が、高校生の頃のように長時間べったりと時間を共有できるような状況には、もうきっとならないだろう・・・と思う。でも、おばあちゃんになっても、たまに会って色々話しながら楽しく食事できるような、そんな仲でずっといたいと思う。
3人がそれぞれ、これからどんな道を歩んでいったとしても、思い出の中には必ず共に過ごした大切な時間が輝いていて、そして良いことも悪いことも、何かあればふとお互いの存在を身近に思い出し合い、それぞれの人生の道を尊重し優しく思いやり合えるような・・・。
そんな友達同士で。

敬愛する美輪明宏さんが、
「人間関係は、腹六分目ぐらいが一番幸福」
とおっしゃっていたけれど、さすが美輪さん、なるほどなぁ・・・と思う。
今、私たちの関係はいいバランスなのかも。

そうそう、もう10年以上前、この3人組で渋谷のジャンジャンという小さなライブハウスに美輪明宏さんのコンサートを聴きに行ったことがあった。あの日は、美輪さんの服のすそに手を伸ばせばすぐに触れることが出来るぐらいの近くでうたを聴き、美輪さんの表現力と存在感に心を揺すぶられ大感激しながら帰ったのだった。
美輪さんの歌う一曲の歌ごとに、一編の映画を見るぐらいの重みとドラマと詩情があった。
「あのときの美輪さんは本当にすごかったよね~!それこそオーラがワァッと出ていたね。」と、3人で共に思い出を話し合える幸福。
そして、最近は3人とも、美輪さんの出演する「オーラの泉」という人気番組を楽しみに見ていることが判明して、なんだか幸せな気持ちで笑いあった。

友達って良いなぁ・・・。
友達。
数はたくさんはいないけれど、でも、私は良い友達に恵まれている。
この高校からの友達の他にも、毎日一緒にいて共に泣き笑いする踊りの友達、仕事場で机を並べる信頼する仲間、大学から共に本を読み議論し合ってきた仲間・・・他にも、縁あって出会えた大切な友達たち。

友達って良いなぁ・・・。
そのことをしみじみ感じた、楽しい秋の午後・・・。


2006/09/25 (Mon) 神さま、どうして


これは、私の部屋の窓から見えた、今日の空、今日の雲・・・。
携帯で撮りました。


久々のお休みにのんびり気分でいたら、空から電話。
緊張した声で「ニュースを見た?」という。

何の話かと思ったら、今朝、埼玉で乗用車が保育園児を跳ね16人が死傷した大事故のことだった。

空はたまたま仕事でその近くにいて、あまりに大騒ぎになっているので何ごとが起きているのかと見に行ったのだという。
「運転手が真っ青な顔でうずくまって、大変なことをしてしまったと、あたまを抱えていたよ。自分がついた時はちょうど、車と電柱の間に保母さんが挟まれてているのを救出しているところだった。マスコミのヘリコプターはいくつも飛んでいるし、警察に救急車に・・・とにかくすごかった。」

保育園児が手をつないで近くの公園にお散歩へ・・・というのどかでほほえましい光景が一瞬にして地獄のような悪夢になった場に、立ち会ったのだ。

ニュースを見て、とても胸が痛くなった。
園児たちとその家族は、今朝の今朝まで、まさかこんなことが起こるとは夢にも思っていなかっただろう。
事故を起こしてしまった側も、自分が今日、幼い子供の命を奪ってしまうとは、想像すらしていなかっただろう。
でも、一瞬の不注意によって、事故は起き、時間は戻らない。
失われた命は二度と戻らず、彼が人を殺めたという事実も永遠に消えない。
どちらにとっても、
「時間を巻き戻せるならばどんな代償でも払うから、頼むから時間を戻して欲しい・・・!!」
そう、叫ぶように願わずにはいられないだろう。

この事件に関わる何人の人が、現在、苦しみ悲しんでいるだろう・・・。
被害者の家族、親戚、友人・・・。
そして、加害者の家族、親戚、友人・・・。

人生は時に残酷で不条理だ。
神さまがいるのならば、なぜこんな酷いことが・・・と、うめかずにはいられないようなつらいことが地球上のいたるところで日々起きている。
戦争も、事故も、天災も、犯罪も、病気も、いつ私自身の運命に降りかかるか分からない。
人生には、喜びもあるけれど、避けがたい苦しみがある。
なぜ、なぜ・・・と、繰り返し考えても、答えは分からない。

こんなに晴れて美しい秋の日なのに・・・。
世界は光に満ちていると感じさせてくれるような、美しい空が今日も私たちの上にあるのに・・・。

「なぜ」に対して答えが与えられることは、きっとないのでしょう。
それでも、私たちは、不条理な毎日を、受け入れて生きていくしかない。
明日はわたしたちが被害者になるかもしれない。
明日はわたしたちが加害者になるかもしれない。
そうならないようにと、願いながらいるけれど・・・・。

せめても、心から祈ろうと思う。
亡くなった幼い二人の少女の魂が、今は苦しみを離れて安らかでありますように・・・。
怪我をした園児たち、そして、保母さんが、どうぞ良くなりますように・・・。
大変な事故を起こしてしまった人が、その重荷に耐えていかれますように・・・。
この事故で幼い命を亡くした家族の悲しみが、すぐには癒えなくても、いつか癒されていきますように・・・。

幼い命は、きっと神さまが、あまりに愛おしくて「早く天に呼び寄せたい」と願ってしまったのかもしれない。

それにしても、あまりにつらい。


2006/09/23 (Sat) 愛しのヒロくん、ばいばい、またすぐね!

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妹の初めての赤ちゃん・我が両親の初孫「ヒロ君」


ひと月前に生まれた、妹の赤ちゃん、その名も「ヒロ君」♪
現在、我が家のアイドル!!

一ヶ月検診を無事に終えて、これまで1ヶ月間ラブラブ~♡で一緒に暮らしてきたけれど、とうとうバイバイ・・・。
ヒロ君とママ(我が妹)は、パパの待つお家に帰ることになりました。
ヒロ君は良い子にたくさん眠って、たくさんおっぱい飲んで、時々ちょっと泣いて、すくすく育って、生まれた時からもう1キロ増えました。
でもまだ3700グラム。
ちっちゃいちっちゃいかわいい赤ちゃんです。

これまで、仕事を終えて家に帰って、ヒロ君を抱っこするのが楽しみでした。
眠っているほっぺにチューしたり、抱っこしたり、あま~いミルクの匂いのあくびを嗅いだり、小さい手の指をつないだりするのが、と~っても楽しみでした。
それが出来なくなるのは、ちょっとさみしい・・・。

ヒロ君は、眠りながら何の夢を見ているのか、ときどき口元がニンマ~リ笑ったり、目を開けておでこにしわを寄せてみたり、片目ずつ順番にあいて流し目したり、いろんな愛嬌のある顔で笑わせてくれました。
ときどき「パタリロみたい・・・。」「ホンコンさんみたい。」「ガッツさんじゃないの?」などとヒドイことを言いましたが、どんな時も本当は「エンジェル」でしたよ。
そして、最近は「ビリケンさん」に似ている、と話していました。

20060923021858.jpg ←これがナニワ通天閣のビリケンさん

「ビリケンさん」とは大阪通天閣にある「幸福の守り神」の像で、その足の裏をなでると願いを聞きとげてくれるとか・・・。誕生はナニワ大阪ではなく(笑)アメリカで、なんとあのキューピーのモデルだとか・・・!
(よく「キューピーに似ている」と言われる私にとってはこんなつながりすら嬉しい!)
「ヒロケンさ~ん」と、妹と二人でヒロ君の足の裏をなでながら、「幸せになれますように~!」と、ムニャムニャと願い事・・・・(笑)!
でも、ヒロ君が元気に生まれてきてくれたことが何よりの幸福かな。

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ヒロケンさん(?)」のご利益のある足の裏♪

妹の、新米ママぶりもとっても立派で尊敬しました。
お母さんになるって、すごいことだな~・・・。
人間って、こんなに愛されて手間をかけてお世話されて育っていくものなのね・・・と、しみじみ。

あああ、大好きなかわいいかわいいヒロ君。
バイバイは寂しいけれど、mar(マル)はいつでもヒロ君を愛しているからね~!!

一ヶ月、一緒に暮らせて嬉しかったよ。
またすぐ会おうね~!
chu!chu!


2006/09/21 (Thu) 金木犀、咲いた




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ふわ・・・ 
と どこからか風に乗って 金木犀が甘く香る
「ああ 今年も もうこの季節が来たのだ」と思う

見渡すと 少し離れた木に  
いつの間にかオレンジ色の小さな花がびっしりと開いている
小さな花がたくさん集まって「秋が来たよ」と小さな声で告げている
空気を柔らかく甘く染め 胸の中まで秋の香りで満たすのだ

金木犀の香に会うと 何かがとても懐かしく
幸福なのにちょっとせつない・・・そんな気持ちになるのはどうして

心の中にふと浮かぶ面影は 子供の頃のわたし自身だろうか
幼い日の思い出がとぎれとぎれに浮かんでは消えていく

まだうら若い母 ふっくらした頬の祖母 小さい妹たち・・・
少女は妻になり母になり 母は祖母になり 祖母は曾祖母になり・・・
ゆったりゆったり流れ続ける時間の中で 
人は律儀に年を重ねていく

私は一体 何になれたのだろう  
「我が身ひとつはもとの身にして・・・」 
という句が浮かぶ
(『伊勢物語』「月やあらぬ」)

出逢って別れてきた たくさんの人たち
そして、もう二度と逢えない人たち・・・

思い出は金木犀のように切なく甘く ほんのり香る

・・・見上げると 高く澄んだ秋の青い空
まだ強い日ざしの中を 爽やかな風を感じつつ歩く 
いつもより少し ゆっくりと歩く

今夜は忘れずに 祖母に電話をしようと思う

「おばあちゃん、金木犀の花が咲きましたよ・・・」


2006/09/20 (Wed) ライブを終えて

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 仕事の泣きそうなほどの(?)忙しさの山場をやや越えかけて、一息つくにはまだ早いけれどとりあえず、ひとつのゴールが見えつつあります・・・。
 もう一頑張りで自由になれる~!
 ・・・ということで、やっとこの場に来られて幸せです。
 みなさま、お元気でしょうか?


 おかげさまで、先週末・土曜日のライブを無事に(?)終了しました。
 当日の朝、さっそく舞踊団のアドヴァイザーで、H先生の心の友であるHりんからのメール。

 「今の自分の気持ちに一番素直に、正直に今日は踊って下さい。新しい『世界』が開けてくるでしょう。mar(マル)(仮名)にしか見えないような・・・。マルはマルの『真実』を追求してゆけばいいのだと思います。ただし大切なのはその思いが過剰になりすぎぬことです。さり気なく、淡々と。そんな中にもちゃんと大切なことは入っています。自分の中から自然に湧いてきたものを踊りの形に出せればいいですね。」

 ・・・いつもながらに、さすが!!
 的を射たアドヴァイスに心から感謝して、

 
「ちょうど、気負いすぎて独りよがりな踊りになりすぎないようにしようと思っていたところでした。」

と、さっそく返信。いただいた言葉を心に刻む。


 今回の私の目標は、「ただ立っていること」に耐えられる強い私になる、ということでした。
 技をギュウギュウ詰め込むのでも見せびらかすのでもなく、むしろ逆にいろんなものを削り落として、削り落とした果てに残るものを、必然な動きだけを、丁寧に踊りたいと思いました。前回の記事に書いたとおり、テーマは「能のように舞う!」でした。
 でも、よほどこちらに覚悟と集中力と精神力がなければ、「単にゆっくりしか動かない人」になってしまう。そこを遙かに越えて昇華して、いかに、動かずに「濃密な空気」を醸し出すのか。
 静謐な中に熱いものをたぎらせ、それを見ている人に感じてもらいたい。
 Hりんによると、能の名人の舞いとは、
「まわる駒は、回転が早すぎてブレがないがゆえに、逆に止まって見える!」
 ・・・というようなものなのだそうです。
 ああ、そんな高みに到達してみたい~~!!
 とは言えども、いきなり達人になるのは無理なので、まぁ、そこを灯台の灯りとして進もう・・・。
 ・・・そんな、挑戦の一日になりました。


 衣装は、前日まで白いシンプルなノースリーブのワンピースを着るつもりでいました。でも、着てみたら曲のイメージと合わない!!あわてて色々取っ替え引っ替えするうちに、深い漆黒の何の飾りもないワンピース(実は初めてソロでタラントを踊った時に着た服)が気持ちにしっくりしました。地味かなぁと思いつつも、それにバラの地模様の入った光沢のある茶色のペチコート、それと共布の白に近いベージュのフレコの着いたシージョを首に巻いて。
 フレコが一緒に踊ってくれればきっと地味ではないだろう、この衣装で挑もう、と決める。


 さて、ソロを踊った結果は・・・。
 踊り終えた時の私の悪い癖として、(理想が高いから)いつも大抵、細かな部分のミスや不完全な部分にばかり後悔と反省を感じてしまって、ガックリ来てしまうのです。
 踊っている時のことは、正直に言ってよく覚えていません。(笑)
 冷静によみがえらせ振りかえることができないくらい、グッと集中していました。
 頭の周りで白い炎が音も立てずにメラメラ・ゴーゴー燃えていたような感じ。


 でも、見て下さった方が何人か、メールでも、直接にも、優しい感想を言って下さって。
 ・・・少なくとも私の踊りがあの中にいてくれた誰かには届いたのだ(というより、みなさんが優しい心で受けとめ感じとってくださったのだ)ということが分かって、とっても嬉しくて、「ああ、今日も失敗したなぁ・・・。あの細かい足と、抜けるところ、ダメだったなぁ。」と凹んでしまいそうな心から救われました。
 ここにコメント下さるめめさんも見て下さり、
 「凛とした成熟したタラント」「黒くて静か」「聖母と鬼が同居していた」
と、もったいないような素敵な感想を書いてくださいました。(めめさん本当にありがとう!!)
 他にも、「想いが細胞まで伝わって涙が出た。」、「胸が熱くなった。『踊る』ということがとても強くて深くて伝わるものなんだと本当に思った。」、「何かが降りてきたみたいで、激しくも切なくもあり、感動した。泣けました!!」と、これはいつも一緒にいる仲間たちからの愛情あふれる感想メール…(私のことを、いつもあたたかく、ひいき目に見てくれる優しい面々!)。
 私が今年コンクールに出なかったこと、そして今年後輩たちが賞を取ったことなどで、みんなにきっと心配をかけたりしていただろうことを思い、申し訳なくありがたく思いました・・・。そんな中での今回のライブでの挑戦だったので、よけいに色々と感じてくれたのだろうと、心から感謝しました。
 いい仲間がいるというのは、本当に嬉しいことです。
 いい仲間、といえば、今回一緒にライブで踊った仲間は、一番の友であり仲間であり、同時に一番自分をいい意味で刺激してくれる存在。
 共に手をたずさえみんなで一緒に伸びていきたいと思いつつ、でも、それぞれに手など決してつなぐことのできない「一人ずつ」(個)でもあるのです。
 恐ろしい勢いで成長する後輩は時に脅威であり、かわいくも疎ましくもあり・・・。でも、彼らがいるからこそ、私も刺激を受けて、たゆまず甘えず歩み続けなければ、と思うことができるのでしょう。共に踊る場にいてくれること、グングン驚異的に伸びてきてくれていることに感謝です。 
 切磋琢磨し合える仲間のいる環境、そして駄目な部分を指摘してくれる尊敬できる師匠のいる環境って、本当に恵まれているのだなぁと思う。
 ソロ以外でみんなと一緒に歌ったり踊ったりするのはとっても楽しい♪(ド下手なんだけど・・・)


 今回一番驚いたことは・・・わが師匠M先生の「良かったよ!」というお言葉。
 は、は、初めて言われたかも!!!???
 ひゃ~!(≧▽≦;)


 後日あらためてM先生と一対一でお話しさせていただいて・・・。
 前回の発表会のソロの後で、二人でお話しさせていただいた時は、そのあと更衣室に2時間引きこもって泣くという悲惨な結果に終わったので、
(その時の顛末はこちらに・・・。
http://luna-y-sol.spaces.live.com/blog/cns!143A9F9C48AC9CF6!2014.entry
 
先生に「話がある」と呼ばれてドキドキしながらうかがったのですが、真っ直ぐに目を見つめて真っ直ぐな言葉で「とても良かったよ。」と誉めてくださいました。
 それと同時に、今後の課題もお話ししてくださって。細かい足のステップの部分や、タンゴのイメージをどう踊るか、という具体的なアドヴァイスの後で、前回話してくださった「コップの水」のたとえを出して、
 「漠然とした言い方かもしれないけれど・・・。今、新たな一歩を踏み出したと感じているならば、これからは、今、コップの中になみなみとつがれているお水を、一滴もこぼすことなく大切にしたまま、質を浄化して、さらに美味しい澄んだお水に変化させていく、ということができたらいいね。」
 と、おっしゃってくださいました。
 この巫女様からのお告げ(!?)をすぐにすんなり「はい。そうですね~。」と理解したふりは出来ないのですが、その言葉のイメージを大切に胸にしまって、繰り返しかみしめていこうと思います。
 先生から、これからの私に与えられたテーマは「浄化」です。


 ますます人間性が問われるな~!( ̄ー ̄;)フフフ・・・やばい。
 さて、どうやって、魂を浄化して踊りの純度を上げていけばいいのか、大きな課題です。

 踊りって不思議・・・。
 やっぱり私は、踊ることによって、これまでに本当にさまざまな意味で悩み、学び、考え、自分自身と向き合い、見つめ、成長させてもらってきたのだなぁと感じています。
 これからも、大変なことすべて乗り越えて、踊るの大好きなままで踊り続けていきたいなぁ・・・。


 なんだか長くてまとまりのない文章になってしまいました。
 来てくださったみなさん、応援してくださったみなさん、一緒に舞台に上がってくれたみなさん、本当にありがとうございました。これからもどうぞよろしく!


2006/09/15 (Fri) いよいよ明日!

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  9月に入ってから、本当にあわただしい日々が続いています。
  仕事も大きな山場だし、そこに重なって明日のライブに向けての練習があり、充実しているけれど本当に忙しい~~。2足のわらじ(?ワラジではなく2足のシューズ?サパトス…ですね。)の多忙生活も長くなったからそれなりに慣れているつもりだけれど、時々こうして忙しい時期が重なるときがきて、そこが踏ん張りどころです。
  それがまさに今。
  そしてそんな時こそ、こうして、自分の心や状態を落ち着いて見定めて、「灯台の光」…つまり進行方向を見つめ直すための時間が必要。(ブログって良いなぁ…。)(…なんて言っている間に仕事&練習しろって!?)
  ここ数日は倒れてバタッッッ…と眠るような日々が続いて、なかなか時間がとれず、この場に書きたいのに書けないジレンマだったけれど(いつも書きたいことは心にあふれています)、やっと今、やるべきことから一時避難してここに向かえて、ホッと一息です。


   「『忙しい』という文字は、『心を亡くす』と書く」と、敬愛する作家の三浦綾子さんが書いていらっしゃいました。心を亡くしたくはないですね。
  たぶんまだ、私はこの慌ただしさの中で心を亡くしてはいない、大丈夫。
  むしろ、熟れていく葡萄のように、この精一杯な日々の中で「生きている」ことが美味しく濃密に凝縮していっているような、そんな実感を持てています。
  だって、毎日がとっても(忙しさやつらいことも含めて)楽しいから。
 
昨日もたくさん笑いました。職場でも、踊りのスタジオでも。
  自分のやるべきことがあり、良い仲間がいるというのは本当に幸せなことですね。
  忙しい時にこそ、ゆったり落ち着いて微笑んで、美味しい紅茶を余裕を持って飲めるような…そんな人でいたいです。ギスギスしたりは絶対したくないな~と思います。
  秋は色々美味しくて美しくて好き。
  空が少しずつ高くなり、桜の葉はもう緑に黄色が混じっています。日に日に黄色の比率が多くなり、秋が色を増していきます。


   いよいよ明日、ライブです。
  毛虫に刺された痕もおかげさまで目立たなくなり(笑)、2回にわたったミュージシャンとのリハーサルも終えました。
  明日は気合いの入った自分との勝負の日です。
  忙しい中わざわざ足を運んで見に来て下さる方にしっかり届き、楽しんで帰っていただけるような、そんな良い時間になりますように…。


  もう一度今日、「自分はどう踊りたいのか」を…心の芯の芯で明確にしておきたいと思います。(イメトレ・イメトレ~♪)
  強くて、重くて、潔くて、濃密で、熱くて………。
  あらゆる装飾を剥ぎ落とした果てに残るものを、最大のパワーを込めて、必然な動きだけで踊りたい。そして、その時にむき出しにされたヒリヒリするような生肌から香り立つ「何か豊かなもの」があればいいなぁ…。(そこで私自身の人間性が問われるのでしょう…恐いなぁ。でも恐さを乗り越えて、勇気を持って臨もう。)
  昨日、大好きな師匠H先生とそんな話をして「静寂の中にただむき出しにされて立つ、それに強く耐えられるような勇気を持って踊りたい。お客さんにはうけないかもしれないけれど…。」と言ったら笑って、「それで良いよ。」と言ってくれました。(H先生がK市の「仲間たち」のところに教えに行っているから見に来られないのが本当に残念!!)
  必死の踊りが、音に乗って、果てには高い高いところ(天?…宇宙?)に繋がっていくようなものであったらいいなぁ。(あくまで目標で高い理想です。)
  今回の目標は…「能のように舞う!」(!?)です。


   明日は、スタジオの大好きな仲間たちや、友人YHちゃんや、アドバイザーHりんたちも見に来てくれます。
  スペシャルゲストは師匠M先生!!(いつも、M先生の目が一番緊張のもとだったりする…。笑)
  そして、大切な空も来てくれます。
  みんな本当にありがとう。とっても嬉しいです。
  みんなのエネルギーをもらって、頑張って踊ろうと思います。
  どうぞ、温かく応援していて下さいね。


  さぁて。 山積みの仕事片づけるか~!!o(≧▽≦)o♪ 


2006/09/11 (Mon) マザーの言葉



今日、『マザー・テレサ あふれる愛』という本を借りました。
マザーは私が最も敬愛する人の一人です。
今はまだ、マザーの前にもし立つならば、自分勝手でわがままな自分を恥ずかしく思ってうつむいてしまうと思います。
でも、時々マザーの言葉に触れるとハッとさせられます。

今日出会った言葉。

「不親切で冷淡でありながら奇跡をおこなうよりは、

むしろ親切と慈しみのうちに間違うことを選びたい。」

何が正しいのかを考えるあまりに、
人に愛を示す瞬間を逃してしまわないようにしたいと思いました。
心の根底に愛があるなら、思い切って、
ためらわず迷わずに行動で示すことのできる、
愛のある私になりたいです。


下は、私の大好きな言葉。
マザーがいつも唱えていたという祈り。

闇に 光を
 
悲しみのあるところに 喜びを
 
もたらすことができる人にしてください。
 
慰められることよりも 慰めることを
 
理解されることよりも 理解することを
 
 愛されるよりも 愛することを

求めることができますように。


2006/09/11 (Mon) 毛虫!!??

気持ち悪い話で恐縮ですが・・・。
どうやら私、今朝、庭で毛虫に刺されたみたい!!

 今朝、子猫のナラが「外に出して~!」とミャアミャア騒ぐので、
抱きかかえてヒモにつけて庭へ。
その瞬間、ヒジの内側が「チクッ」っとしました。
 「あれ?蚊に刺されたカナ~?」と思っているうちに、
みるみる腫れが赤くブチブチと腕全体に広がっていきます。
両腕から、なぜか胸やお腹までがチクチクと痛がゆく、
何十カ所も赤くブチブチと腫れて我ながら本当に気味が悪い・・・!
 写真をお見せしたいぐらいですが、
あまりに気持ち悪くて見せられたものではありません。
 父いわく、「それはたぶん毛虫だなぁ。」とのこと。

腕が赤いランダムな激しい水玉~~~!!
(なぜ両腕なの!?)
かゆみ止めをぬったけれど、効かなくてつらい~~~!!
夜中になった今もかゆみはいっこうに治まりません。
今はそのこと以外、考えられない状態です。

踊りの練習でもみんなに見せては気味が悪いから申し訳ないと、
暑いのに長袖で踊りました。
見せるとみんなビックリ!!
看護婦の資格を持つKちゃんが、
「かわいそう!」と、腕をなでてくれる・・・。
自分で見るのも気持ち悪いこんな腕を、
よくまぁ平気でなでてくれるものだと、彼女の優しさに驚く。
346いわく、
「それは毒蛾の鱗粉ですよ!オレもやられたことあります!」
まぁ、蛾も、毛虫に遠くはないよね・・・。
むむむ・・・蛾なのかしら!?
危険だなぁ、我が家の庭。

ああ!!
一週間後のライブの舞台にノースリーブのワンピースで踊ろう・・・
と思っていたのに、それまでにきれいに治るかしら。
まさか「長袖で踊れ~!!」というお告げ!?
(そんなわけ無いよね~。)
あああ・・・・。
ひどい状態。困ったなぁ。
本当にイヤだなぁ・・・。
明日、仕事帰りに皮膚科に行ってみます。
どなたか良い薬、すぐ治る方法などご存じの方、いませんか・・・?

とりあえず明日も、一日長袖で過ごすことに決定。
明日は涼しいと良いなぁ・・・。
みなさんも、どうぞお気をつけて!
(それにしても本当に毛虫か蛾なのかなぁ・・・?)


2006/09/10 (Sun) こんな風に踊りたい

秋ですね・・・・。。・:*:・(*´ー`*人)。・:*:・
残暑の中にも、風に爽やかさを感じます。
中野重治の「歌」という詩を読んで、「今、私はこんな風に踊りたいと思っているのかもしれない」と思ったので、紹介します。


歌」
おまえは歌うな
おまえは赤ままの花やとんぼの羽根を歌うな
風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな
すべてのひよわなもの
すべてのうそうそとしたもの
すべてのものうげなものを撥き去れ
すべての風情を擯斥せよ
もっぱら正直のところを
腹の足しになるところを
胸さきを突きあげてくるぎりぎりのところを歌え
たたかれることによつて弾ねかえる歌を
恥辱の底から勇気を汲みくる歌を
それらの歌々を
咽喉をふくらまして厳しい韻律に歌いあげよ
それらの歌々を
行く行く人々の胸郭にたたきこめ


 (1926年(大正15年)9月、作者中野重治が東大在学中24歳の時に、同人誌『驢馬』に「機関車」という総題のもとに発表された作品)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


特に心に響いてくるのは、「もっぱら正直のところを」「胸さきを突きあげてくるぎりぎりのところを歌え」という部分。
この詩の「歌う」という言葉を「踊る」に置き換えるとよりいっそう切実に響きます。

踊ると、裸にされます。
私、という人間が、隠しようもなく匂い立ってしまうから。
ミッキーマウスの着ぐるみの中に入ってミッキーマウスになり切って、決まった動きをするのではないから・・・。
踊る時、私はむきだしの「私自身」でしかいられない、そしてそれを人に見ていただく、というのは冷静によく考えたら恐いことです。
とても勇気のいることです。
でも、そのままの私を伝えることができ・・・受け入れてもらえ、「その瞬間同じ空間を共に生きている」ということを、ミュージシャンはもちろん、見ている人も分かち合ってくれたら・・・。
そのときは、奇跡のようなとてつもなく大きな喜びがあります。
(先日、Y市で踊らせてもらった時、そんな風に感じることのできる瞬間があって感動しました。素晴らしい仲間と共に舞台に立たせてもらったことに素直に感謝しました。そして何より、お客さんがものすごく温かかったのです。)

私は(ソロで)踊る時に、できることならば指の爪の先まで、まばたきまで、意志的でありたい、真実でありたいと願っています。
(こういうことをいつも想うから、常に自己に厳しく、いつでも自分の踊りに不満足なのかもしれないですね。)
でも、いつも、思うようにはコントロールしきれない身体と、弱い心との戦い。
(踊る曲にもよるけれど)、戦いながら挑みながら踊っている、と感じます。
それでも踊るたびに、「私」と出会い、「私」を見つけていく。
ダメでどうしようもなくてガッカリする時も多いのが正直なところ。
でも、こんな風にして歩み続けてさえいれば、ふとした瞬間に以前よりは少し成長した自分を感じることができるのかもしれないなぁ・・・と思います。
それを繰り返し繰り返し、果てしなく期待しながら、踊りたいと思います。
「私には、私だけの良さがあり、私と同じようには誰も踊れない。」ということを素直に受け入れて、そのことを大切にしていきたいです。
そして私自身の人間的な成長が、踊りに跳ね返ることを思い、生きる上で起こる良いことも悪いことも成長の糧にしていきたいと思っています。

さて。来週ライブがあります。
(ほとんど誰にもお知らせしてなかった~!ゴメン)
本当にありがたいことに、すでに満席とのこと。みなさんありがとうです。
その時には・・・新生mar(マル)を見ていただけるように(!?)・・・身体全体から白いオーラの炎(!?)が立ちのぼるぐらいの気迫で、頑張りたいと思います。
どうぞ、温かく応援してくださいね。
さぁ。今日も練習頑張るぞ~!!o(≧▽≦)o♪


2006/09/05 (Tue) True Colors 「オーラソーマ」

なぜか急にビビビッと「色彩」というものに興味が湧いてきた。
色々調べているうちに、
ぐうぜん、
たまたま、

「オーラソーマ」

というイギリスで生まれたカラーセラピーがあることを知った。
あの文豪ゲーテの著した「色彩論」をもとにドイツで発達した、
「色彩心理学」がベースとなっている(・・・らしい)。
105本のきれいなカラーボトルの中から、
今の自分の気持ちに沿って直感で4本のボトルを選ぶ、
というシンプルなもの。

遊び感覚でどうぞやってみて下さい。
↓ここをクリック!
http://artbeing.com/shop/_--equ-m.RLIKE.as-equ-50.html?width=61
「オーラソーマ ミニリーディング」

きれいなボトルを見るだけで楽しい気持ちになりますよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、私の結果は?

★1本目「魂のボトル」
~本来の私、人生の目的や使命~
B087.jpg

no.87「ウィズダム オブ ラブ」
 ~愛の叡智~

深い洞察を人と分かち合うことができる人です。
そして愛と智恵を他の人に運んであげることのできる人です。
常に、人の話に耳を傾けます。
大変有能で、しばしば責任をともなった非常に重要な地位にいます。
自分のいる環境を美しくする術を知っています。
美的なものを楽しめる人。
いつも心からわき上がるような歓びのフィーリングを感じています。
自然を愛し、しかも新しいテクノロジーにも理解を示します。
物事を調整する能力や、カウンセリングの才能に恵まれています。



★2本目「ギフトのボトル」
~抱えている課題、チャレンジ~
B093.jpg

no.93「ヘンゼル」
~愛と智恵のコミュニケーション~

美的なもの、美しいものを愛します。
自分の中の創造性と繋がり、
フィーリングを表現することができる人です。
愛と暖かさにあふれています。
様々な恐れを克服し、自立していて自由に思考できる人。
内面はバランスがとれています。
自らの女性的な直感の側面からもたらされるガイドを、
受け取ることができます。
マスメディアやコミュニケーション分野で働いていることがあります。


★3本目「今ここ(ヒア&ナウ)のボトル」
~今、現在の私~
B062.jpg

no.62「マハコハン」
 ~知性と霊性の絆~

インスピレーションに満ちた、直感的な人。
ハートについて(ダンス、歌、執筆などを通して)、
クリエイティブに自己表現ができます。
謙虚で、人を愛する人です。
そして自己をよく知っています。
高次元とつながっている内なるガイドに従って、
自分の道を迷わず進みます。
それは結果として、他の人を助けることになるのです。
人前で話をする才能に恵まれています。
マスメディアもたいへん向いた分野です。


★4本目「未来のボトル」
~私の未来の可能性~
B057.jpg

no.57「パラスアテナ&アイオロス」 
~過去のパターンを解放する~

執筆、絵画、音楽、ダンスなどを通して、
自分自身を表現する芸術家です。
ダイナミックで、流れに従っています。
正しいときに正しいことをします。
「内なる旅」(ビジュアライゼーション、瞑想、夢など)を、
容易に続けることができます。
男性性と女性性のバランスがとれているので、
大いなる力に接することができます。
多くの困難を克服し、自分自身の制限に気づいている人です。
様々な分野で人類の進歩のために働きます。
(芸術、社会、エコロジー)。
知識を手に入れる方法を知っています。
また、過去からの物質的なものさえも手に入れることができます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ちょっとほめられすぎ!?」
・・・と思わなくもないけれど、なんだか「ダンス」が出てきたり、
不思議と「私」自身のことを言われているように感じました。


なんだかこれ・・・とっても面白い!!
もっと色々と「色彩」について勉強してみたいなぁ・・・。
(この「オーラソーマ」も含めて。)
こんな風に心がワクワク動いて、
新しいジャンルに好奇心が湧いてくることを、
嬉しく楽しく感じています。


・・・さて、あなたの結果はどうでしたか?


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プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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