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2006/11/13 (Mon) 『いずこより』

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「自分の心の奥に潜む激しい情熱は、
恐ろしい破壊力を持っていた。」
「出家とは生きながら死ぬこと」 
大好きな宮沢りえさんが昨年ドラマで瀬戸内寂聴さんの生涯を演じました。


瀬戸内晴美いずこより』(新潮文庫)より引用

生きるということは、何かとの出逢いを、編み目のようにひとつずつ編みつないで一枚の大きな敷物をつくるようなものかもしれない。
人との出逢い、書物との出逢い、風景との出逢い、一枚の絵、一個の茶碗、あらゆる出逢いの偶然は、人の一生の終わったところからふりかえる時、決して偶然でも率爾(そつじ:軽率なこと、かるはずみ)でもないことに気づくだろう。
編物のひとつの目を外しても、その編物が編みあげられないように、ひとつの出逢いが、過去に未来に、強いつながりと因縁をひいていく。
あの時、あそこへ行かなかったら……とか、あの時、あの人に逢わなかったら……とかいう後悔を、人は生涯に人知れず何度心につぶやくだろうか。
人生とは、最初いくら丹念に青写真をひいても、その通りには建ち上らない建物のようなものであり、思いももうけなかった人生の迷路をたどり、描いてもみなかった場所に出ていってしまう旅のようである。
恋ほど、人生にとって大きな事故があるだろうか。
それは、病気や交通事故のように、いくら注意深く用心を重ねていても、襲う時には必ず一方的に襲ってくるもので、そのさけ難い点では最も天災に似ているかもしれない。
(中略)
私の人格の外にある、私の情緒や、神経の動きは、何事にも未経験だった二十歳の時とどう変わっているだろうか。
わたしは恋や情事も人よりは多く重ねているらしい。
にもかかわらず、相変わらず、恋に憧れ、恋に酔い、恋に脅えることは、二十歳の頃と大差ないのである。
恋は、教養や知識や、理性の外側にあるもので、全く暴力的に人間に掴みかかり襲うものであり、人間を粉々に骨まで噛みさいてしまう。
(中略)
飽きもせず、こりもせず、私は恋をくりかえす。
情事ではない恋を。
そしてその度、恋のはかなさというもの、人間の心の不確かさというものを骨身にしみて感じさせられている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


★私のコメント

 今読んでいるこの瀬戸内晴美(現在は出家して「寂聴」)の自伝的小説は、私の心を熱くする。熱くする…などという言葉では足りないかもしれない。ヒリヒリと痛む傷口に、熱湯をかけられるほどの衝撃がある。
 痛み、でも、その痛みはあまりに的確であるがゆえに快感ですらある。
 心の中には、確かにこんな感情が、私自身のこととしてあるのだ。

 彼女は、女子大生の時に九歳年上の学者の夫と見合いで結婚し、中国に渡る。夫とのあいだに一人娘をもうけ、日本に戻るが、ある時、夫の教え子である四歳年下の男性と恋に落ちる。くちづけすらしていない清い関係のまま、年下の男とのあいだに、ただただ恋心をかき立てつのらせていく…。
 それはまさに「恋」、幻影の上に辛うじて成り立つ「恋」であった。
 彼女はある日出し抜けに、夫に「好きな人ができました。」と前後の考えなく告白する。その日から始まる夫の暴力。そして、彼女は、着の身着のままで、娘と夫を捨てて、ただ熱く自分を焦がす「恋」だけを胸に、家を出ていく…。けれど、彼女を待ち受けるはずの若い男は、とうとう現れなかった。
 その日から、彼女の本当の人生が始まる………。

 瀬戸内晴美の、「恋に足許をすくわれやすい性格」を、不道徳だと眉をひそめる人も多いだろう。「子供や夫を捨てる女」を、「世間から認められる幸福を投げ出す女」を、人は許しはしないのだ。彼女は、世間から後ろ指差される状態で、「子供と夫を捨てた女」さらには「若い恋人にさえ見捨てられた女」として、何とか心の中にある生きる情熱と折り合いをつけながら、必死で生活のための手段を求めて行かなくてはならなかった。

 自分の心の中を見つめれば見つめるほどに、過去の私を思い返すほどに、私自身、決して彼女を責めることのできない人間であることに思い至る。
 私に向かって、「君はつまずきやすい人だから・・・。」と言ったのは、誰だったろう。
 「恋」という点においてだけではなく、生きることのさまざまな面において、自分の中にある「熱さ」に、観念によって自分でさらにどんどん熱を加えていき、自分自身で油を注ぎ燃え上がらせた心の炎によって身を焦がすような、制御困難な衝動が私の中にある。
 私を突き動かす、この強い感情を何と呼ぼう。
 普段は忘れているような、その強い感情が、時に破壊的に、そしてまた不思議と創造的に私を動かす。
 人間は、自分の心の中からどうにもならない熱い衝動が湧き上がった時に、それに強く魅了される。ゆるやかな幸福な日常を色あせさせてしまうほどの光を放つ「今まさにここにある新鮮さ」は、たまらなく甘く輝いて心を貫く。そして、新たな情熱の勢いに酔い、これまで外部に向かって固く閉じて大切に守ってきた心を、すっかり明け渡してしまう。恋においては胸の痛みや苦しみさえも甘い喜びとなる。恐ろしいほどにあっさりと、それまでの自分の意志を、理性を、歩んできた道を、積み上げてきたものを、惜しげもなく棄てる。そして、多くの困難に思えるようなことをも、いともたやすく乗り越えてしまうものなのだ。
 そんな危険な感情は、こっそりと胸の奥にしまっておけたら、どんなに穏やかに、人と、社会と、人生と調和して、幸福に生きられるだろう・・・。
 一見平凡に見えるような日常を長く長く積み重ねていくこと。その価値は、私が想っているほど軽くはなく、むしろ何よりも得難い宝であるはずなのに。それこそが、実は手に入れることの最も困難な幸福であるのだろうと思う。
 でも、強い感情は悪いことばかりではなく、心を燃やして生きるためのエネルギーの源であり、また、私を私たらしめる大きな要素でもある。

 瀬戸内晴美の場合は実人生での「恋」が、書くための情熱の源となった。真剣な「恋」の経験がなければ、彼女は作家になってはいなかっただろう。
 私の場合は、この強い感情を消化して、昇華するために、踊るのかもしれない。そして、こうして書かずにいられないもの、出所は同じかもしれない。
 以前『智恵子抄』について書いた時、「智恵子の内部には、絵を描かずにはいられない熱いマグマがあった。」と書いた。
 それと同質ものもが、瀬戸内晴美の中にもある。
 私の中にもある。

 でも・・・・。
 やはり、「人間として美しい生き方とはどうあるべきなのか。」を考えてしまう。「情熱」、と言えば聞こえの良い、わがままで子供じみた感情に引きずられ振り回されて生きるのは、意志的ではない。そして私は、意志的に生きたいと願っている。
 心の熱さを保ちつつ、それを上手に昇華できるようになって初めて、真に成熟した人間だと言えるのではないだろうか。
 中島敦『山月記』で言うなら、自分の内側にいる「虎」を、自分自身が猛獣使いとなって御することができなくてはいけない、ということだ。そうでなくては、自分自身が、「心の内なる虎」に食い殺されてしまう。
 
 そんな時思うのは、大好きなクリスチャンの作家・三浦綾子さんのこと。
 清く生き抜いた三浦綾子さんを思うとき、「私もそのようにありたい。」と強く願う。綾子さんも情熱的でありながら、清く、そして自分にも人にも…そして何より神に対して誠実だった。夫の光世さんという一人の人だけを生涯愛し抜き、人の心に真の生きる希望を与えるような美しい作品をたくさん生みだした。
 一方、瀬戸内晴美(寂聴)は感情に振り回され、情熱のおもむくままにさまざまに罪を犯し、地獄の火に焼かれ苦しみながらも、そのときどきの自分の感情に正直に生涯を生きていく。でも、その苦しみの人生の果てに出家をし、仏に辿り着いた。
 キリスト教と仏教の違いはあれど、二人の最終的に辿り着いた地点はもしかすると遠くはないのかもしれない。
 心を見つめ、ただひたすら真剣に生きる。それしか道はなく、どのような人生の旅路になろうとも、その果てにどこかへとたどり着けるのかもしれない。


 さて・・・。
 私はどう生きていくのか。
 いつかは「どこか」に辿り着き、「何か」を信じることができるようになるのか。 
 エゴを越え、真に人を愛し生きることができるのか。

 そうなることを祈りつつ・・・。
 さぁ、パソコンを閉じて、本の続きを読もう。

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