2007・01
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2007/01/30 (Tue) フラメンコ魂

冬休みの間、楽しくブログを毎日書いていたのもつかの間、休みが明け、仕事が始まり踊りも忙しくなるにつれ、なかなかPCの前に落ち着いて座る時間をとれなくなってしまった。
でも、むしろ日々は充実している。
そして、私の心の中には書くべき言葉がいつでもあふれている。
いつも、書きたい、書きたいと思っている。

村上春樹の処女作『風の歌を聴け』の中に、確か「自分は何事にせよ、いったん文章にしてみないことには、物事を良く理解できない性質なのだ。」というような文章があったように記憶している。
(春樹ファンではありませんよ、念のため。)
私もそのように感じる。
私は、書くことが好きで、書くことで自分自身の心を見つめ整理しているんだなぁと。

最近は、発表会に向けてソロ(「ソレア」)の練習をしている。
今までは、自分のソロを練習するときは、ひたすらに習った振り付けを丁寧に確認しながら、繰り返し足を打つような練習が多かったけれど、昨年の夏頃から少し変わってきた。
最近は、まず、「ソレア」の歌やギターを聴きながら、振り付けとは全く関係なくじっくり感じるままに動いてみたり、ただマルカールだけひたすらしたりしている。
即興で。
・・・というのも、なぜそう動くのか・・・自分自身の心に聞きたいから。
振りの意味がもっと必然でなくてはいけないなぁと思うから。
体の中から踊りがわき上がってくるためには、外から与えられた振り付けを上手にこなすのではいけないのだと、ずっとわかっていたはずのことを今改めて感じている。

ギターの音を聞く。
歌を聴く。
そして、ただ、感じたままに動いてみる。
体の中でフラメンコの音楽が重くうねる。
なんだか、そのことがとても楽しくて。
そして、華やかなことも派手なことも何もしないで、ぐうっと深く自分の中に潜る。
熱をため込む。
そんな自習の時間がとても充実している。

そんなときをしばらく過ごしてから、やっと、振りの練習をする。

そのときは、信頼する振り付け師(=ヒロ君先生)が、長いつきあいの中で見てくれてきた私、引き出そうとしてくれている私の中の未知の部分を、驚きと喜びを持って見つめたいと思う。
そして、そこからはその「自分像」と自分自身とを一致させていく作業だ。
私のソレア、親友JJのソレア、親友Sちゃんのソレア・・・。
みんな、ヒロ君先生が振り付けてくれているのに、驚くほど違っている。
それを「嬉しいこと」だと思うと同時に、なぜ私の振りがこうなのか、ということに、(たとえ言葉にならなくても)意味が必ずあるはずだと思うから、それをきちんと踊りにしたいと思う。
私にソレアを振り付けしてくれたときにヒロ君先生が言ったのは、
「殺して生かす」
という言葉だった。
私も、抑制することによって、むしろよりいっそう豊かに香るものにしたい(能のように・・・)と、願っていたから、意見は不思議なくらい一致した。
あとは、動かない勇気、余分なものをさっぱりと削る勇気、ただまっすぐに立つ勇気がほしい。
動けないから動かないんじゃない。
いくらでも動けるからこそ、むしろ動かないでいる。そんな風に居たい。
充実し、みなぎりきった「無」のようなもの・・・。
ブラックホールのような求心力、そして、その果てに発せられる光。
そういう風に踊れたらいいなぁ・・・。
道はどこまでも果てなく遠い。
でも、志は高く持とう。

「曽根崎心中」では、私は常に別の誰か(役)になっている。なりきっている。
遊女だったり・・・暴力的な集団(?)だったり・・・。
それが楽しい。
でも、ソロで踊るときには、裸の「私自身」で居なくてはならない。
作った表情で、エンターティナーになってしまうことへと、逃げないでいたい。
舞台に立ってお客さんに見ていただく以上は、「見せる(魅せる)」というのはとても大切なことだけれど・・・。でも、痛いくらいのむき出しで等身大で必死な自分を、さらけだす勇気が欲しい。
そのことが一番大変なことなのだけれど、でも、それに挑戦していきたい。


それから、よりいっそう、「フラメンコ」であることが出来るように・・・。
単なる「体の動き」だけではない、漠然とした「ダンス」じゃない。
踊りたいのは「フラメンコ」。
だから、歌と、ギターと、コンパスと、それから・・・「フラメンコ魂」。
スペインから今年も、大好きなアントニート(ギタリスト)と、歌い手二人が来てくれる。
彼らから多くを吸い取り、私の血肉にしたい。

さて。
・・・・私の場合、こういう風に、「言葉」を使って考えてしまうことが長所でもあり、短所でもある。
「しゃっべってる間に、その思いを踊れ!」と、時々自分自身にいいたくなる。
考えるほどには踊れない。
むしろ言葉で表現せずに、体で表現できるようになりたい。
まつげが1ミリ動くだけで、見ている人に何かが伝わるような、そんな・・・・。

理想が高いから、理想とはほど遠い自分に絶望してばかり。
それでも、少しずつは前へ、上へ、進んでいるのかな。
へこんでも、また踊っていく。
今はすごく気持ちが前向きになっている。
ずっと踊り続けていけば、いつかは、満足いくように踊れるかもしれない。

それにしても、フラメンコについて書くとどうしていつもこう熱苦しくなってしまうんだろう・・・。
反省・・・。
読み返す気がしないので、このままアップ!(書き逃げ!?)

今日は、「曽根崎』で一緒だったゴンチのお父さんのギターのコンサート。
ゴンチも踊るのでみんなで見に行くのだ。
楽しみ、楽しみ♪

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2007/01/27 (Sat) ぜひ見に来て下さいね♪

3月に、私の出演する舞台が3つ、立て続けにあります。
よかったら、ぜひ・ぜひ・ぜひ・ぜひ、見にいらして下さいね!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★2007年3月17日(土)18:00
鍵田真由美・佐藤浩希フラメンコスタジオ発表会
ARTE Y SOLERA CONCIERTO Vol.13

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チケットご希望の方は、私の方までぜひどうぞ♪ヽ( ´ ▽ ` )ノ ♪

*会場:浜松町メルパルクホールにて
*開場17:30~   開演18:00~
*チケット:3000円 全自由席
*踊り:アルテ・イ・ソレラ生徒一同
*カンテ(歌):マヌエル・デ・ラ・マレーナ、ルイス・モネオ
*ギター:マレーナ・イーホ 、斎藤 誠

私は、3曲踊ります。
1,群舞でカンティーニャス(明るくて粋な曲♪)
2,群舞でシギリージャ・イ・マルティネーテ(ものすごく重くてせっぱ詰まった?
曲)
3,ソロ☆ (充実させようと奮闘中!)

チケット・・・私の手元に、たくさん・たくさん・たくさ~ん、あります!
( ̄∇ ̄;)・・・涙。
どうぞ、どうぞ、お友達、ご家族、お誘い合わせの上、みなさんいらしてくださ~い。
来て下さる方、チケットご希望の方は、私まで、お知らせ下さいね。
お待ちしています!!!!!!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★2007年3月10日(土) 
「FLAMENCO曽根崎心中」 大阪・堺公演
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お申し込み、詳細はこちらだそうです・・・。
http://big-i.jp/index.html
http://big-i.jp/jigyou/07_sonezaki/index.htm
関西方面にお住まいの方、ぜひどうぞ♪
きっと楽しんでいただけると思います。

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★2007年3月24日(土)
赤坂「ノヴェンバー・イレブンス1111」にてライブ

「曽根崎」でお世話になっている、阿木耀子さん・宇崎竜童さんのお店です。
踊り手に触れてしまえるほどの至近距離で踊りを楽しんでいただけます。
出演は、鍵田真由美・佐藤浩希フラメンコ舞踊団のメンバーです。
※完全入替制 open/17:30 1st/19:00~ 2nd/21:00~
CHARGE 2,625

http://www.risingdragon.jp/ お店のホームページ
http://www.risingdragon.jp/new/nov11th.htm 予約などは、こちら・・・。


2007/01/26 (Fri) 情事の終り

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「情事の終り」


 ときどき私は、私が彼を愛していること、いつまでも愛しているだろうということを、彼に納得してもらおうと骨を折るのがいやになってしまうことがある。
 もし私たちの恋に終わりがあるものとすれば、彼はそうなった時に自分をとりまく砂漠が恐ろしくてたまらないのだ、私にはそれがわかっているのだけれど、わたしもそっくり同じ気持ちでいることを彼のほうでわかってくれない。

 彼は、過去、現在、未来をかまわず嫉妬する。彼の恋は、まるで中世の貞操帯のようだ。自分が そこに、私のそばに、私のなかに、いるのでなければ、決して安心しないのだ。私が彼を安心させてあげることさえできたら、ああ、それさえできたら、私たちは、平和に、幸福に、愛しあうことができ、砂漠は遠のいて、見えなくなってしまうだろうに。おそらく一生涯でも。
 もし神を信じることができたら、この砂漠をなくせるものだろうか。
 私はいつも他人から好かれ、崇拝されていたい女だ。誰か男のひとに責められたり、友達を失ったりすることがあれば、たまらない不安を感じる。 私はあらゆるものを、あらゆるとき、あらゆるところで、ほしがる。私は砂漠を恐れている。神はお前を愛する、神こそは総てだ、そう教会では言われる。それを信じる人たちは、崇拝されることを求めない、男と寝ることを求めない、安心している。けれど私は信仰をつくりだすことはできない。

 彼は、ほかの女をこれほど愛したことはないと、よく私に言う。私がそれを信じるのは、そっくり同じように私も彼を愛しているからだ。もし私が彼を愛することをやめたら、彼の愛を信じることもなくなるだろう。もし私が神を愛したら、そのとき私は、神の私に対する愛を信じられるだろう。
 愛を求めるだけでは足りないのだ。私たち人間はまず愛さねばならない、それなのに私はどのように愛すべきかを知らないのだ。でも私はそれを求める、どんなに私は求めているだろう。

 *  *  *  *  *

 私を、私を、私をーーーこのほかのお祈りの言葉を知っていたらと思います。
 私をお助け下さい。私をもっと幸福にして下さいませ。はやく私を死なせて下さいませ。
 私を、私を、私を。

 私に私を忘れさせて下さいませ。
 愛する神様、私は愛そうとして参りましたのに、こんなひどいことになってしまいました。もし私があなたを愛せましたら、どのように彼らを愛したらよいかもわかりましたでしょう。

 私に愛する道をお教え下さい。
 どんな苦しみをも怖れませぬ。私が堪えられないのは彼らの苦しみでございます。私の苦しみはいつまで続いてもかまいません。彼らの苦しみだけなくして下さいませ。
 愛する神様。もしあなた様が少しの間でも十字架から降りておいでになり、代わりに私をあそこへかけて下さることができましたら。もしあなた様のように苦しむことが私にできましたら、私もあなた様のように癒すことができますのに。

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~イギリスを代表する作家、グレアム・グリーンが1951年に発表した作品、『情事の終り』(原題・The End of the Affair)(田中西二郎・訳)の中の、ヒロイン・サラァの日記より、引用~
 
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★作者:グレアム・グリーンについて

1904‐1991。イギリスの教育者の家庭に生れる。大学卒業後、カトリックの学生と結婚して改宗。ジャーナリストなどを経て、’29年処女長篇となる『内なる私』を発表。’40年、政治権力と宗教の対立を描いた『権力と栄光』で作家としての地位を築く。’51年に発表された『情事の終り』は彼の名声を全世界的なものとした。『第三の男』は映画化された。

★この作品の映画化

○その1 「情事の終り」 1955年 アメリカ 主演:デボラ・カー
http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=4455
End_Of_The_Affair_1956_DVD.jpg

○その2 「ことの終わり」 1999年 イギリス 主演:レイフ・ファインズ ジュリアン・ムーア
http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=31968
jp000604.jpg

★簡単な感想

タイトルを見ると、恋愛の話のように見える。でも、読み終えた時に、これは愛の苦しみの果ての信仰の話なのだとわかる。 
高級官吏の妻サラァは、戦争の爆撃のさなかで、作家・ベンドリクスとの不倫の恋のなかにいる。爆弾が落ち、ベンドリクスがドアの下敷きになって死んだかのように見えた時、それまで神を信じられなかった彼女は初めて祈る。
「神様、彼を生かして下さい。そうすればあなたを信じます。私は彼を愛している。けれど、あなたが彼を救ってくれるならば、永遠に彼をあきらめます。」
・・・そして・・・ベンドリクスは生きていた。
サラァは神にしてしまった約束にしたがって、彼と別れなくてはならない・・・。
この時から、「彼の命を救ってくれれば、あなたを信じ、彼と別れる。」という神との約束の苦しみが始まる・・・。
彼女は神との約束を守り、愛するベンドリクスとの関係を一方的に終わらせる。
情事の終わり、とは、すなわち信仰・神への愛の道の始まりだった。
終わりのある人間同士の愛に対して、永遠である神の愛。
サラァとベンドリクスの情事という関係が終わったときからが、サラァの真の愛の始まりとなっていく。

「私たちの愛が尽きたとき、残ったのはあなただけでした。彼にも、私にもそうでした。」

これはサラァの日記の一節。ここで言う「あなた」とは、神様のこと。
自分の心と向き合い、愛について、そして神について真剣に揺れつつ悩みながらも、最後には神を完全に信じて死んでゆくサラァを、私は好きになった。そして、少しうらやましくも思った。
特に好きな部分は、中盤、サラァの日記の部分。ここを読むと、等身大の彼女の心の葛藤が、まるで自分のことのように感じられてせつなくなる。

日記・・・この中に、サラァは、精一杯に包み隠さずに自分の正直な心を刻んでゆく。
日記・・・とは何だろう。と、思わず考えてしまった。
一冊の自分以外の誰も見ることのないノートに、書いていくものだったのだろう、本来は。
ここ(ブログ「Wonderful World」)は、私の日記帳のようなもののはずだけれども、私はとてもサラァのようにヒリヒリするような生身の心をすべてむき出しにして書くことはできない。
ここだからこそ書きたい、見てもらいたい、共有してもらいたい、と思うことがあり、私は自分自身を発信していくことが、基本的に好きなのだと思う。
でも、ときどき、知り合いも多く見て下さっているここだからこそ書けないこともある。
書き付けていく日々は私の日々の、そして心の、リアルタイムの記録であるはずだけれども・・・。記号のようにちりばめられた真実の断片を読めば、その時の自分の心を、今は思い出すことができるけれど、時が経てば経つほどに、文字に書かれなかった真実はこぼれ落ちて記憶の彼方に沈んでいくだろう。
それでも、やはり、生活の、そして心の、すべて、すべてを書くことはできない。
そもそも日記とは、公開することを前提に書かれるものなのだろうか・・・。なんて、私のブログに対するスタンスが漠然としているので、こんなことを思ったりするのだろうか。

映画や本や音楽の感想を書いても、それはやはり、総て私自身の現在の心と、直接にリンクしている。

そのようなわけで、1月の読書会のために読んだこの作品『情事の終り』も、「読書会でこんな本を読みました♪」という、私の日々の記録でもあり、また、この作品の中からどこを引用したかによって、今の私の心には何が響くかという心の状態の記録にもなっている。

この作品で描かれていたテーマ。
愛するということ。
そして、神を信じることの困難さ・・・それでも「何か」を求めずにはいられない心・・・。
これらはまさに、今、現在の私自身のテーマでもある。


2007/01/22 (Mon) ジェルバブエナ

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チラシを携帯で撮ってみました・・・。


★フラメンコのミューズ
Eva Yerbabuena
(エバ・ジェルバブエナ)
公演
「A 4 VOCES」
(ア・クアトロ・ボセス=四つの声へ)
*この舞台のレビュー
http://www.flamenco-world.com/magazine/about/bienal2004/resenas/19092004/jpeva19092004.htm
*この舞台の映像

http://blog.eplus.co.jp/mv_theatrix/0612_030

●覚書

・2007年1月18日(木) とても寒い日 
・新宿文化センター大ホールにて。
・チケットは12,000円、私の席は11列目のセンターブロックでした。
・この作品は、2004年にスペイン・セビージャのビエナル(フラメンコの祭典)で初演された。スペインを代表するガルシア・ロルカをはじめとする四人の詩人たちの作品と生涯をモチーフに創られた作品。

●エバの言葉

 私たちの時間の量が枯渇する時、私たちは、実際に時間の意味、時間がかけがえのないものだということに気付く。そして、人生を信じ続けるための、避けられない、決定的な跡を残す機会が持てた時、平常ではいられない。
 この作品は、他の作品より優る、劣るということを目的にしているのではなく、単に、この作品自体でありたいのです。なぜなら、あり得ない「完璧さ」を探しながら、私たち自身との約束を創造させる強さに囲まれているという確信の中で創造してゆくのが好きだからです。
  ・・・(略)・・・
 芸術は永遠に続く想像の実在です。
 私は、続く全てのもの、そして、続く可能性を私にわき立たせてくれる全てのものに、永遠に感謝するでしょう。
(プログラムより引用)

●簡単な感想

 昨年に引き続き、現在のスペインにおいて最も人気が高く素晴らしい踊り手の一人であるエバの公演を偶然にもラッキーで見ることができたことを嬉しく思う。
 私はフラメンコに関してはなぜだか、なかなか素直に感動することができなくなってしまっている。楽しんで見るのが難しいのだ。自分に照らし合わせて余計なことばかり考えてしまうし、とても辛辣で厳しい目で見てしまう。「高いお金を払い、わざわざ寒い中を出かけてまでも、どうしても見ておきたい!」と思わせてくれる踊り手はそうはいない。
 そんな中、私にとってエバは、見るたびに深い感動を与えてくれる力のある人だ。
  
 実は、私は、かなり昔、エバに短期間だけれどもタンゴを習ったことがある。
 その時はエバのことを、こんな風に感じた。
 気むずかしくてニコリともしないのだけれど、でもどこかハートの温かさを感じさせてくれる人。自分にも他人にも厳しく、妥協を許さない人。寡黙でもの静かで、少し照れ屋、でもふてぶてしいほどの芯の強さのある人。そして、踊り出した瞬間に、ほんの少し手を上げただけのわずかな仕草で、目線のわずかな動きで、周りの空気の色を彼女の色に染めてしまえる人。飾り気はないけれど、大きなゆるがない存在感があり、大地や海や人間の濃いかおりのする人。
 レッスンはいっさい手抜きも容赦もなく、難しい振りつけだったけれど、教えるのはとても上手だった。肩や腰の使い方を丁寧に指導してもらった。
 実際に並ぶととても小柄で、かわいらしいのだけれど、おいそれと気安く近づけないようなオーラがあった。
 レッスン最後の日にツーショットでとってもらった写真は今も宝物だ。そのエバの、照れくさそうな笑顔は、舞台の上のエバとはまるで別人のようにはにかんでいた。

 さて、今回の舞台。
 エバの踊りを見ていて感じたのは、「彼女の中では絶え間なく何かがうねっている」ということ。体の中で熱い何かが、海の潮のように、満ちては引き、うねり、盛り上がり、波打つ。
 体の中に海がある・・・。
 内に熱く深くこもっていくエネルギーと、外へ強く放たれるエネルギーの、心地よい波動が客席に充分に届いてくる。
 特に、アレグリアスとシギリージャのソロは圧巻だった。
 細かく構成されて、ファルセータ(ギターのメロディーの部分)と振りとがピッタリと一体化している。アレグリアスの抜けの部分では、客席から何度も「オレ!」と声がかかった。見ている側の心地よいツボを、シャープに刺してくる。
 信じられないほどに早く細かく動く足。でも、ちっとも大変なことをやっているようには見せないのがすごい。軽くやっているように見える。そして、どんなに足が細かく速く動いていても、上半身にはその振動が伝わらない、常に動かない「何か」がある。
 アレグリアスをまるでニコリともせずに踊るのだけれど、やはり「喜び」というタイトルにふさわしく、笑顔を作って笑わないからこそにじみ出してくる「命の躍動」を深く感じさせてくれた。

 まぁ・・・・もちろんエバ自身は文句なく良かった、素晴らしかったです。感動しました。
 ・・・でも、群舞は・・・どうなの!??
 なんだか、よく踊れるマシーンが踊っているようで、面白くもナントもなかった。生きた感情を感じなかった。回転がきれいにできて、足が速く動いて、それだからなに?・・・ってかんじ。
(オットいけない・・・ついつい辛口になってしまう。いやぁ、あれだけ踊れる技術があったら素晴らしいですよ、ほんと。うらやましいくらい。でも、こんなに踊りがつまらないのはどうして?)
 「技術力アップは大切だなぁ。」「でも、こんな風になってはいけないなぁ」・・・と、2点で参考になりました。

 私は「見て良かった!また次も、エバが来たら逃さず見よう!!」と思いました。
 (でも、私の周りでは、なぜかこの舞台を見ながら「退屈で寝た。」という人も・・・数名・・・というかズバリ3名。・・・って、私以外の全員ですよ、あれれ。)

●おまけのサプライズ!

 一番驚いたのは、私たち3人(mar、azu、ei)が坐った、ナントま・ま・真後ろ!!!!!の席に、偶然に、スペインから帰国したてホヤホヤの我が師匠・鍵田真由美先生と、舞踊団のアドバイザーで心の友・原りんがお座りになったこと・・・!!
 あの広い会場の中で、別々にチケットをとって、こういう偶然ってあるんですね~。かなり嬉しいビックリでしたよ。先生はにっこりと笑って「今年もよろしくね!」と新年の挨拶♪
 むしろ、エバ以前に、真由美先生との運命的な縁があることを、しかと再確認した夜でしたよ、はい。(笑)


2007/01/15 (Mon) Waltz for Debby

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Waltz for Debby

今聞いているのはこれ。
詳しくはないのだけれど、簡単に感想を。

このCDをはじめて聞いたのはいつだっただろう。
これを聞く以前にも、Bill Evans の「枯葉」などは聞いたことがあったように思うけれど、この「Waltz for Debby」を聞いてからは、これが一番のお気に入り。

軽やかでやわらかく、光をまとった音の粒がキラキラと輝くような音楽。
何にしても、・・・文学でも音楽でも美術でも、私は「光」を感じさせてくれるものが好きだなぁと感じる。
これは、Bill Evansの姪のために書かれた曲だそうだけれど、大切ないとおしい人を思う心が光となって流れ出しているようだ。
冬の澄んだ高く広い空を流れる雲の淡い色彩。
水平線までくっきりと見える海。
空の碧さを映しながら、キラキラと光る水面。
たくさんのおいしい食べ物、甘いお菓子。
隣に居る大好きな人の嬉しそうな笑顔。
愛してくれる人の温かな手。
そんな、人生の中でかけがえのない、やさしく幸福な一日を大切に振り返るときに、この曲は光と共にそこにあってくれるように感じる。

そして、またこの曲を聴けばきっと思い出す。
大切な、記憶の中の、光に満ちた一日を。


この曲についての詳細はこちら。
http://www.amazon.co.jp/Waltz-Debby-Bill-Evans/dp/B000000YBQ}
Amazon.co.jp
   スコット・ラファロ(B)とポール・モチアン(Dr)を擁するビル・エヴァンス・トリオは、ライヴ活動を通じて互いの音楽的信頼感を高めてきた。結成後1年半たった61年6月25日、ニューヨークの名門ジャズクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」に出演し、歴史的ライヴ録音を行った。
   スタジオ録音にはないスリリングな名演となったが、この10日後スコット・ラファロが他界。本トリオの正式なライヴ録音は、ラファロ追悼盤の『サンディ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』と本盤のみ。それでも本盤が、すべてのジャズアルバムのなかで、ソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』と並んで最高の人気盤であるのは、内容がすばらしいからである。
   オープニングのバラード<1>は果てしなく美しい。タイトル曲<2>は、エヴァンスの兄娘デビイのために書かれたワルツだ。生涯を通じて何度も演奏される曲だが、ここでの演奏が最高。(高木宏真)


おまけ
私の普段使用しているノートパソコンが具合が悪く、インターネットに接続できないので困っています。
早く直さないと~!!


2007/01/10 (Wed) 「出家とその弟子」

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★倉田百三『出家とその弟子』
(大正3年)より、一部抜粋。

第四幕・ 僧侶・唯円と、遊女・かえでの恋。

唯円 
: どんなに会いたかったでしょう。
かえで 
:(唯円に寄り添う)私も会いたくて、あいたくて。(涙ぐむ)
唯円 
:ずいぶん久しぶりのような気がします。この前松の家の裏で別れてから何日目でしょう。
かえで 
:半月ぶりですわ。
唯円
 :その半月の長かったこと。私はその間あなたの事ばかり思い続けていました。
かえで
 : 私もあなたの事はつかのまも忘れた事はありません。恋しくて、すぐにも飛んで行きたい事が幾度あったか知れません。でもどうする事もできないのですもの。私もどかしくてたまりませんでしたわ。
唯円 
:私もお寺でお経など読んでいても、ぼんやりしてあなたの事ばかり考えているのです。私は晩のお勤めを済ませたあとで、だれもいない静かな庭を、あなたの事を思いながら歩くのがいちばんたのしい時なのです。
*   *   *   *   *
かえで 
:あなたとつきあっているうちに、私はだんだんと、失っていた娘の心を回復して来ました。娘らしいねがいが、よみがえって来ました。雨のようなあなたの情けに潤うて、私の胸につぼみのままで圧(お)しつけられていた、娘のねがい、よろこび、いのち、おお、私の恋が一時にほころびました。私はうれしくて夢中になりました、そして私の身のほども、境遇も忘れてしまいました。私に許されぬ世界を夢みました。今私は私の立っている地位を明らかに知りました。私はあなたの玉のような運命を傷つけてはなりません。私を捨ててください。私はあきらめます。あなたの事は一生忘れません。私はしばらく私に許されたたのしい夢の思い出を守って生きて行きます。

唯円 
:夢ではありません。夢ではありません。私は私たちの恋を何よりも確かな実在にしようと思っているのです。天地の間に厳存するところのすべて美しきものの精として、あの空に輝く星にも比べて尊み慈(いつく)しんでいるのです。二人の間に産まれたこの宝を大切にしましょう。育てて行きましょう。私は恋のためと思うと一生懸命になるのです。力がわくのです。あなたも悲しい事を考えないで心を強く保っていてください。私たちの恋が成就するためには、山のような困難が横たわっています。それを踏み越えて勝利を占めねばなりません。およそ私たちの恋を夢と思うほど間違った考えはありません。かえでさん、私はそのような浮いた心ではありませんよ。私は恋の事を思うただけでも涙がこぼれるのです。(涙をこぼす)私は甘い、たのしい事を考えるよりも、むしろ難行苦行を思います。

かえで
 :私はうれしゅうございます。私はあなたとつき合うようになってから、美しい、善(よ)いものをだんだんと願い、また信じる事ができるようになって来ました。私はこれまで媚(こ)びることや、欺くことばかり見たり、聞いたりして来ました。愛というようなものはこの世には無いものとあきらめていました。それがこのごろは、私をつつむ愛の温かさを待ち、望み、そして信じる事ができそうな気がしだしました。明るい光がどこからかさし込んで来るようなここちがしだしました。
*   *   *   *   *
かえで 
:(立ち上がる)私きょうはもう帰らないといけないのよ。
唯円 
:も少しいらっしゃいよ。
かえで 
:でもおそくなると困るのですもの。
唯円 
:ではちょっとの間。あの夕日があの楠《くす》の木の陰になるまで。私は帰しませんよ。(さえぎるまねをする)
かえで 
:(すわる)私も帰りたくなくてしょうがないのよ。
 ・・・・(二人しばらく沈黙。)
唯円
 :かえでさん。
かえで :はい。
唯円 
:かえでさん。かえでさん。かえでさん。
かえで
 :まあ。(目をみ張る)
唯円 :あなたの名がむやみと呼んでみたいのです。いくら呼んでも飽きないのです。
かえで 
:(涙ぐむ)私はあなたといつまでも離れなくてよ。墓場に行くまで。
唯円 
:私は恋の事を思うと死にたくなくなります。いつまでも生きていたくなります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●簡単な感想と、今思うこと。

この作品は、浄土真宗の開祖である親鸞と、その弟子との関わりを描いた作品だが、読むたびに、大きな感動を味わう。
もう書かれてから一世紀近く経つというのに、普遍的な人間の心や、生きる上でぶつからざるを得ない愛や孤独や生きることに対する根本的な悩みが正面から描かれているので、古びないどころか、今まさに生きている私の心をうってやまない。

上に引用した部分を読むと、真実に恋する恋人同士の「恋する想い」というのは、今も昔も変わらないものなのだと、しみじみと感じさせられる。
作者、倉田百三も、「恋」をしていたんだな~・・・・。
語られるセリフはどれも・・・いつかどこかで・・・私自身の人生の中で・・・確かに知っているような・・・、そんな懐かしくも甘酸っぱく、胸をしめつける恋の場面だ。

このような一途な愛を読むと、思い出す作品がいくつかある。
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・中河与一『天の夕顔』
・ヘッセ『春の嵐』
ドストエフスキー『白夜』
などなど・・・、愛の形は様々といえども、人を真剣に恋する心は、どこか共通している。

偉大なる作家ゲーテは、自著『若きウェルテルの悩み』について、晩年、「もし生涯に『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じるような時期がないなら、その人は不幸だ」と語ったそうだ。私自身も、婚約者のいる女性ロッテに恋いこがれて思い詰めるウェルテルの心に同調して、心を揺すぶられながら読んだ。(結末は受け入れられないけれど。)
そして、この『出家とその弟子』についても、同じように感じる。
・・・こんな風に、真剣に人を恋したことがないなら・・・恋をすることによって味わう苦しみを味わうことよりも、むしろ不幸だと。

自分の心を見つめながら、様々な経験を、恐れずに重ねる。
良いことも悪いことも、喜びも苦しみも、豊かに味わいながら、それらを糧として心を成長させてゆく。
良いことばかりじゃない。
嬉しく楽しいことばかりじゃない。
でも、生きて、経験して、よかった、と思えたらいいなぁ。
人生に起こるすべてを味わい尽くすことこそが、やっぱり生きることなのだと、矛盾も悩みも不条理も何もかもありのまま受け入れて、自分自身と調和していかれたらいいのだけれど・・・。


2007/01/08 (Mon) For Wedding

映画 「フォー・ウェディング」 1994 イギリス
評価:★★★☆☆
four-weddings1994.jpg

●感想

「ノッティングヒルの恋人」で、ヒュー・グラントのラブコメはなかなか良いなぁと思っていた私ですが、これはいまいちでした・・・。
さまざまな友人の結婚式に出席しながら、自分の本当の運命の相手を求め、結ばれるまでを描いた話。期待して見たのですが。
ヒロイン(確か「グリーンカード」という映画で主役だったような。その時のほうが好感持てました。)に感情移入できなかった(好きになれなかった)のも、いまいちと感じた一因かも。
「あなたは私の32番目の男よ・・・。」って、・・・・ねぇ。ひきまくりです。
でも、唯一、私が画面に張り付いたのは、ヒューの演じる主人公自身の結婚式のシーン。
結婚式の直前まで「本当に自分はこの相手と結婚していいのか。」と悩みに悩みまくって、誓いの言葉を言うシーンで、「自分は迷っている。自分が本当に愛しているのはこの人じゃない。」と言ってしまい、花嫁に殴り倒される場面は衝撃でした。
誰もみな、迷い無く、固い決意を持って、結婚式に臨まなくてはいけません・・・・・・・・。
そうでなければ、やっぱり失礼だと思う。でも、自分の心に嘘をついて、そのまま結婚する方が、やっぱり失礼なのだとしたら、あれでよかったのかなぁ・・・。
もっと早く気付けばいいのに。
まぁ、でも、最後はみんながハッピーエンドになって結ばれるべき人と結ばれて収まるところに収まったのは救いでした。

・・・私の感想もいまいち冴えないな~。次は面白い映画を見たい。

以下の情報は、「キネマ旬報DB」http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/より。

●解説
4つの結婚式と一つの葬式をモチーフに、真実の愛を見つける男女の姿をコミカルかつロマンティックに描いたラヴ・ストーリー。ロンドンでの豪華な式、カントリーサイドでの自然の中での式、スコットランドでのトラディショナルな式など、イギリス各地でロケーション撮影された、数々の英国式結婚式の風景が見もの。監督は「白馬の伝説」のマイク・ニューウェル。脚本とエクゼクティヴ・プロデューサーは「彼女がステキな理由」のリチャード・カーティスで、11年間に65回もの友人の結婚式に出席した経験に基づき、「これまで無駄にした土曜日への腹いせに」脚本を執筆したという。製作は「ダーククリスタル」などでジム・ヘンソンのパートナーを務めたダンカン・ケンウォーシー。撮影はマイケル・コールター、美術はマギー・グレイ。音楽はオリジナル・スコアをリチャード・ロドニー・ベネットが書き、ウェット・ウェット・ウェットの主題歌『愛にすべてを』ほか、エルトン・ジョンなどの挿入歌が全編を彩る。主演は「日の名残り」のヒュー・グラントと、「バッド・ガールズ」「ショート・カッツ」と出演作が相次ぐアンディ・マクドウェル。

●ストーリー
※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
チャールズ(ヒュー・グラント)は生粋のイギリス人気質が災いして、自分の気持ちを素直に表現することの苦手な32歳の独身男性。ハンサムでリッチで、女性にもモテるのに、隣にいる女性が本当に生涯を共にする相手なのか自信が持てず、結婚となると逃げ腰になってしまう。ある日、友人の結婚式に招かれた彼は、アメリカ人女性キャリー(アンディ・マクドウェル)と出会う。才色兼美でチャーミングな彼女の魅力にまいった彼は、ひと目で恋に落ちる。さっそく果敢にアタックし、幸運にも彼女とベッドを共にした。翌日、彼女は帰国する。チャールズは再び友人の結婚式でキャリーと再会したのを喜んだのも束の間、彼女からフィアンセを紹介される。愕然とする彼に追い打ちをかけるように、結婚を迫られて別れたばかりのヘンリエッタ(アンナ・チャンセラー)に泣きつかれたのをはじめ、パーティは悪夢と化す。キャリーの誘いでパーティを抜け出した彼は、再び彼女とベッドインする。しばらく後、街で偶然、キャリーに再会した彼は、彼女のウェディングドレス選びに付き合わされる。2人はお互いの恋愛観を語り、チャールズは初めて彼女に愛を告白するが、全ては手遅れだった。キャリーの結婚式の当日、年長の友人ガレス(サイモン・カラウ)が突如倒れた。葬式の席で、同性愛の恋人マシュー(ジョン・ハンナ)の弔辞が響く。それはこの世で結婚を許されなかった彼の、愛の誓いだった。チャールズは、結婚とは何だろうと思い悩む。彼は迷いを捨てて、ヘンリエッタとの結婚を選んだ。ところが、式の当日5分前に現われたキャリーが、彼に離婚したと告げた事から、チャールズの心は再び激しく惑わされる。とうとう彼は式の席上で、結婚の誓いを破棄してしまい、チャールズはヘンリエッタに殴られて式は閉幕。彼はキャリーに今度こそ結婚を申込むと彼女も承諾し、2人はついに
結婚した。


2007/01/07 (Sun) 幸せは・・・

読んだ本にこんな事が書いてあった。

*「自分の幸せは、自分でしか決められません。自分にとって、本当の幸せを決めるのは、世間でも家族でも友達でもなく、あなた自身です。」

*「頭で考えた通りにはいかない。義理やしがらみだけでは動けない。それが人間の心です。最も必要なのは、その心に忠実になることです。自分の心に嘘をつくことだけはやめましょう。」
(EH氏の本より)

本当にその通りだな、そうできたらすごく良いのに・・・と思う。

では、自分にとっての「本当の幸せ」とはいったいなんだろう。
それをはっきりとつかむにはいったいどうしたらいいの?
自分の心に嘘をつかずに生きるためには、「自分の本当の気持ち」が分かっていなくてはならない。
では、「自分の本当の気持ち」とは何?
それを、いったい誰が教えてくれるんだろう。
自分の心に嘘をついているのかどうか、これが本当の気持ちなのかどうか、そんな難しいことをはっきりと判断することができるのだろうか。

さまざまな矛盾や葛藤を抱えた心。
人生のすべての瞬間に、目の前に複数の道が広がっていて、その中のどれかを選択しながら進んでいくしかない。
選択、選択、選択の連続。
選択の結果が正しかったのかどうか、人は一度きりの人生を生きているので、検証してみることができない。
ただ、「ベストであろう」と思えるような道を選び、それが正解だったと思えるように、日々を精一杯生きていくしかない。
それでも少なからず、生きられなかったもう一つの(あるいはもっとたくさんの)人生への甘い夢や、苦い後悔や、もう取り返しがつかないというどうにもならない思いをかみしめざるを得ないだろう。

ああ・・・。
でも、人生は一度。
ライフカードのCMのように、「どうする、私?」と自分自身の心に問いかけながら、生きていくしかない。
そして、人生の選択肢を選ぶのはやっぱり自分自身。
でも、その「自分」があてにならないから、困っている。
こんなに弱くてはいけない。
もっと、意志的でありたい。

どんな人生の道を選択したとしても、できる限りのベストを尽くして精一杯生きれば・・・「結局はこれでよかったのだ。」と、思うことができるのだろう。
みんな・・・どうやって、選択し、人生を築いていっているんだろう・・・。
もっと、はっきりとしたものが欲しい。


2007/01/06 (Sat) 踊り初め♪

今日は、新年初レッスンに行ってきた。
そしていきなり、休憩なしの5時間コース!!
充実したスタートになった。

身体も、どこも、具合の悪いところも、怪我も痛みもなく、疲れてもいない。
冬の雨が降る寒い日だけれど、心は元気に熱を発している。
調子がいい。
あらためて、「私は踊ることが好きだなぁ。」「スタジオにいるのは楽しいなぁ。」と思う。

新鮮な気持ちで踊ることを楽しめる自分を、嬉しく感じる。
長年、踊り続けていると、慣れてしまったり、疲れてしまったり、倦んでしまったりしないでいることは、なかなかに大変なこと。
一週間と少し、冬休みの時期があったからこそ、こうしてまた「踊りたい」という泉がわき出してくる。

本当は、絶え間なく身体を踊れる状態にキープしていなくてはならない。
でも、去年は色々と、揺れたり迷ったり、立ち止まったり、・・・私としては、踊りの面ではやや充電期間というイメージがある。
それを越えて、今充電しきった気持ちで、踊りたい心があふれている。
そんな自分を嬉しく思うし、今年は、とにかく積極的に踊っていきたいと思う。
挑戦を恐れずに、勇気を持って、様々な経験を積んで踊り手としてさらに成長できる年にしたい。

★2006年の私の出演した舞台は・・・
・1月7日:ノーベンバーでのライブ(ソロ「カンティーニャス」)舞踊団メンバーと
・3月17日18日:初めて湖西へ・「仲間たち」との「すべてを越えて」の公演の練習(そのまま鯖江へ移動)
・3月18、19日:福井県鯖江で、フラメンコの公演(「シギリージャ」)
・3月24,25,26日:湖西へ。二日間練習して、26日に「すべてを越えて」の公演。
・4月16日:アニフェリア「バラと桜の祭典」、ヒターノの結婚式の場面で花嫁をやる。
・5月13日:スタジオの発表会!ソロで「ソレア」、JJとSちゃんと3人で「ガロティン」、群舞で「ソレア・ポル・ブレリア」
・5月16日:現代舞踊協会「5月の祭典」大群舞で「ソレア・ポル・ブレリア」
・6月7日:立川で、高校の芸術鑑賞会に出演。群舞で「ガロティン」
・8月13日:横須賀で、パーカッションのはるなちゃん企画のライブ。YY氏、Mちゃんと。ソロで「タラント」
・9月16日:ノーベンバーでのライブ(ソロで「タラント」)舞踊団メンバーと
・10月22日:「フラメンコ曽根崎心中」四街道公演
・10月28日:代々木にて、湖西の仲間たちとの「すべてを越えて」東京公演
・11月27~12月3日:「フラメンコ曽根崎心中」銀座公演

あれ・・・?
ふりかえってみると、充電の年どころか、かなり活動しているな~(笑)!
それぞれが忘れられない、いい想い出になっているし、私の成長につながる何かを与えてくれていると、今なら素直に感謝して思うことができる。

私にとって、一番苦しいのは、ソロで踊ることだ。
それでも、これだけはどうしても、死ぬ気で真剣勝負で挑み続けなくてはならない。
どうしても、そうしなくてはならない、と感じる。
やめることはできない。

春、発表会で思うようにソロを踊れない自分に気持ちが沈みに沈みまくって、泣いた・・・。泣かされた・・・。かなり凹まされて、もう、踊り続けることはできないかも、と、思いかけたほど。
でも、大きな転機になってくれたのは、横須賀でのライブと、その後のノーベンバーで「タラント」を踊ったこと。
・・・あのとき、あらためてソロを踊ることに真剣に挑めたことで、ひとつ乗り越えることができたように感じた。そして、見て下さる方の温かい心を感じることができた。
あの時は、精一杯の自分を出し切って、踊ることができたように感じた。
でも、それはその瞬間思うことであって・・・。
踊りは、一瞬の打ち上げ花火のようなもの。
よかったことも、悪かったことも、見た人の記憶の中にしか残らない。
今は、もう、まっさらな気持ちで、またあらためて厳しく挑まなくてはならない。

二度と同じようには踊れない。
一瞬ごとに、私自身が少しずつ変化し、(願わくば)進化しているのだから。
今の私にしか踊れない、私自身の命がそこに投影されているような踊りを・・・頭で考えすぎずに無心に踊りたいと願う。

さて。
次の舞台は3月。3月は舞台ラッシュだ。
まず堺で「曽根崎」があり、翌週には発表会!さらに次の週はノーベンバーだ。
曽根崎はもちろん、群舞ももちろん、精一杯に頑張る。
でも、何よりとにかく、ソロを充実させていきたい。
逃げ道を作らずに、自分に厳しく、とにかくよく踊るためにできることはなんでもやろうと思う。
とにかく、踊り手としての踊れる体を作ること。ばてない体力を付けること。技術を磨くこと。心を豊かにすること。

自分自身をあきらめないでいようと思う。

(・・・軽い日記にしようと思って書き出したのに、熱い決意表明になってしまいました。踊りに関しては、話し出すと熱くなっちゃうんだな~~~、きっと・・・。ま、いいか。笑)


2007/01/05 (Fri) 天使のあくび


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かわいいあくび 1月3日

去年の8月に生まれた妹の子、その名もヒロ君。
今、お正月なのでうちに遊びに来てくれている。
良く発育していて、生まれて4ヶ月でもう8キロ近くある。

ほんとにか・わ・い~~~!!!
何をしても愛らしく、プクプクほっぺは食べちゃいたいくらいやわらかい。

抱くとずっしりと重く、温かく、甘く香る。
小さな手。小さな足。
良く笑うようになった。

ヒロ君、ヒロ君。
たくさんおっぱい飲んで、たくさん眠って、たくさん愛されて、
すくすく大きくなってね。
大好きよ。
大好きよ。

20070105225513.jpg  20070105225459.jpg 
☆初めてのクリスマス     ☆あっかっんべ♪   

20070105225450.jpg  hiroto4.jpg

☆梨・親善大使      ☆ハッピースマイル!


2007/01/05 (Fri) 赤ちゃんの逆襲

映画「赤ちゃんの逆襲 (DVD) 2004.フランス

評価:★★☆☆☆
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とってもくだらなくて、ばかばかしさ加減が面白いフランス映画だった・・・。
大好きな映画「アメリ」に通じる”フランス映画らしさ”は、とても色濃くあって、雰囲気としては嫌いじゃない。

自分を死に至らせた男を恨みながら、転生しその憎き男の子供として生まれてきた赤ちゃん。
そうとは知らずに父は息子をひたすら可愛がる。
でも、赤ちゃんは、とにかく父を困らせるためにひたすら頑張る。
脇役もそうとう個性が強くて面白い。
憎たらしいはずの赤ちゃんだけれど、赤ちゃんって、やっぱり何をやってもカワイイ。
そこがこの映画の救いかなぁ・・・。

でも、きっと、もう一度見ることはないでしょう。
だって、まったく感動しないんですもの・・・。
一応、見た、という記録に書いておきます。


2007/01/04 (Thu) 自己実現的な人間

友人がブログで心理学者マズロー(アブラハム・H・マスロー1908 - 1970)の事を書いていた。・・・私にとっても、かねてから興味のあったテーマなので、便乗(!)して忘れないうちにここにメモしておきたい。メモ・メモ~♪
(固い話になりますがごめんなさい。)

欲求階層説

マズローは、人間の欲求は階層になっており、人間は基本的欲求から順に満たして、階段を上がるように順に一段階ずつ上の欲求階層に上がっていく、という「欲求階層説」をとなえた。

1,「生理的欲求」…まずは最も基本的な、食事、睡眠などの衣食住に関する生きる上での根元的な欲求。
2,「安全欲求」…文字通り。
3,「愛と所属の欲求」…集団への帰属、他者との親和を求める。
4,「承認と尊敬の欲求」…集団から価値ある存在と認められ,尊敬されることを求める認知欲求。
5,「自己実現欲求」…上記の四つの欲求がすべて満たされてから、人間は自分自身をより成長させようという「自己実現欲求」によって行動するようになる。
マズローは、下層の欲求を満たした上でこそ、そこから離れて自由に人間的に創造的に生きようとすることができると考え、この「自己実現」を求める生き方こそが人間的な生き方だとした。

そしてさらに、自己実現を充分になしえた果てには、「自己超越」ができる、と考えた。
今までの、あるいは現状の自分自身を超えたいという欲求。自分を超えて、人を幸せにしたいという欲求。

(ただ、ここに大きな問題がある。下層の欲求が満たされない限り、「自己実現」的な生き方ができないのだとしたら、貧困などにあえぎ食欲などの最下層の「生理的欲求」ですら満たせない環境にある国では自己実現的な人間がいない、ということになってしまう。でも、そうとは言いきれない。・・・ので、鵜呑みにはできない。)

●自己実現的な人間像

マズローが最も人間らしい生き方だとした「自己実現的な人間像」は、以下の通り。

1,現実をありのままに認知する。
2,自己受容し、他人や自然も受容する。
3,自発性を持つ。
4,仕事に熱中する。
5,独立を求める。
6,自律的である。
7,斬新な鑑賞眼を持っている。
8,至高体験(生命力あふれ、人生の意味が開ける神秘的で圧倒的な恍惚感)を持つ。
9,社会に対する関心を持つ。
10,親密な人間関係が結べる。
11,民主的な性格を持つ。
12,目標を達成する経過自体を楽しむ。
13,敵意のないユーモア感覚がある。
14,創造的である。
15,慣習よりも自分の内面に従う。

なんだか、かなり面白い。
そしてとっても魅力的!!
こんな人がいたら、ぜひぜひぜひぜひお友達になりたい♪
できたらこんな人になりたい………。

●自己実現欲求の目標になる徳目


・意味
・自己充実
・無礙
(「むげ」=妨げのないこと。何ものにもとらわれないこと。)
・楽しみ
・豊富
・単純
・秩序
・正義
・完成
・必然
・完全
・個性
・躍動
・・・そして、これらの頂点に来るのは、私の生きる上での目標であり最も好きな言葉。
「真・善・美」
の三文字。

う~ん、まぶしいほどに素敵な言葉ばかり!!

●簡単な私の感想&意見

マズローの説はすべてをそのまま鵜呑みにすることはできなくても、多くを教えてくれるし、なるほどと思わせてくれることがたくさんある。
「自己実現」という言葉自体、私にとってはとても魅力的に響くし、彼の言った「自己実現的な人間像」や、「自己実現の目標となる徳目」には、人間として目指すべき姿が確かに上げられているなぁと感じる。

「自己実現」を求めて生きる人間にとって、究極に目指す徳目が「真・善・美」だという説を読み、やっぱりそうなんだなぁと、嬉しい気持ち。
これを最高の徳目に置く人だから、このマズローの言うことに惹かれるのかも。
私は、あらゆる芸術の価値やものごとの判断の基準を、「真善美であるかどうか」という視点で考えることがある。 私にとっては、「真善美」であるかどうか、というのはとても大切なこと。
私のたましいにとっては北極星のようなもの。
(もともと、どこでこの言葉と出会ったのだったかなぁ。プラトンの『饗宴』という本だったかなぁ。記憶は定かではないけれど、でも、今の私にとってとても大切な言葉。)

でも、なかなか「自己実現」的には行かない、真善美にはほど遠い、醜く不完全な自分や世界を、見つめざるを得ない時に、さまざまな苦しみが生まれるのだけれど・・・。
でも、はじめから完全だったらむしろつまらないかもしれない。

真剣な葛藤があるからこそ、次第に自分を磨いていくことができる。
悩み苦しんで生きることによって、人の心の痛みに対する想像力が生まれる。
様々な経験を重ねることによって、そこから学ぶことができる。
人間は不完全だからこそ、まだまだ成長するチャンスがあるということ。

マズローは、「自己実現」は非常に高度な段階であり、若者ではまだなしえない、と言う。
さらに彼は「完全な人間はいない」と言う。
それはそうだろうなぁ……。
まだまだ、私も、不完全で良いんだ。
「自己実現」を目指して生きている道の途中…それで充分。
不完全な人間が何を目指して生きるべきか、といえば、「より自己実現的な人間であること」。
日々精一杯、向上しようとあがきながら、より高い地点を目指して生きる…ということが大切なのだと、あらためて思った。

そしてやはり魅力的なのは「自己超越」!
これはもう、ブッダやイエスなどの段階かもしれない。
マザー・テレサもそう。
自分自身のちっぽけな自我を超越し、「真善美」で「愛」のある存在……。

いつかは、自己実現へと辿り着くだろうか。
そして、その果てには自己を超越し、真に愛することのできる人間になれるかなぁ。

むむむ・・・。


2007/01/03 (Wed) リトル・ランナー

映画「リトル・ランナー (2004・カナダ) ★★★★☆
http://c.gyao.jp/movie/little-runner/


main_01.gif


●作品の内容
Amazon.co.jp

   舞台は1953年。カナダのカソリックスクールに通う14歳のラルフの難病の母が昏睡状態に陥ってしまう。奇跡でも起きない限り、母は目覚めないと言われた彼は、その奇跡を自力で起こしてみせると決心。神父が生徒に向かって「君たちがボストンマラソンで優勝したら、奇跡だ」と言った言葉を受けて、ボストンマラソンに優勝して、母を助けようとする。
   難病の母と息子の物語と聞くと、ピュアでけなげな少年を想像するが、この映画の主人公ラルフは、ボストンマラソンに挑戦するまでは、落ちこぼれの問題児で、トラブルメイカーだというキャラクターがユニーク。彼がプールで起こした事件は大爆笑もの! 演じたアダム・ブッチャーが落ちこぼれ少年の一面と母親思いのけなげな少年の一面を愛嬌たっぷりに演じたおかげで、ユーモアと感動のさじ加減が絶妙の作品に仕上がった。(斎藤 香)


●感想

期待しないで気軽に見始めて、次第に心にじんわりと感動がこみあげた。
大作!・・・ではないけれど、新年はじめに見るにふさわしい、明るい希望が心の中に湧き上がる映画。
ひたすら走る人・・・って、とてもいたいけで、けなげで、強くてピュアだ。
(そういえば昨日今日は、箱根駅伝もありましたね。スポーツはあまり見ないのですが、最後だけたまたま見て、ゴールした時のそれぞれの想いに、思わずもらい泣きしそうになりました。)

ほんとうに大切なもののためなら、人間って良い方へと変わっていかれるし、成長できるし、どこまでも頑張るパワーが沸いてくるのだなぁ・・・。

真剣に心から祈ること。
奇跡を信じること・・・。
なかなかたやすいことではないけれど、でも、だからこそ、それができた時には神さまは裏切らない。
「求めよ、さらば与えられん。」
というのが、この映画のテーマだと思った。
この映画では、神さまはサンタクロースの服を着た普通の、親しみやすいお兄さんだった。
きっと、そう。遠い天に鎮座ましましているお偉い方ではなく、そうやって、本当にすぐそばにいて、「がんばれ!オレがついてるよ!!お前ならいける!」って励ましてくれている存在。

ダメ少年だった彼が、奇跡を信じ、ひたむきに走ることによって、成長していく。
少年の走る姿が、教会のステンドグラスのキリストを見上げる聖人たちの中の一人へととけ込んでいくラストシーンが好きだ。
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「私も、精一杯、ひたむきに頑張ろうっと!」・・・と、素直に思わせてくれた映画だった。

(ちなみに・・・この映画とよく似たタイトルの「リトル・ダンサー」、最高にいい映画です!!どちらもいい映画だけれども、点数をつけるなら、私にとっては「リトル・ダンサー」の方が、上かな。)


2007/01/02 (Tue) 天使と蛾

57836074.jpg
A.W.ブーグローの「ファーストキス」

女の子の背には、醜い蛾の羽根・憂い顔。
自分の羽根の醜さに、胸が痛み、哀しみが込み上げる。

そんなことお構いなしに、
美しい白い翼を持つ天使の手は女の子をしっかりと抱きしめ、
愛を込めてキスをする。

天使にキスされるのは、とてもとても光栄で幸福なこと。
天使の心には大きな愛・・・。
許し、受け入れ、なお愛する力。
長く続く愛。

天使にこれほど愛されて、
いつか蛾の羽根は、美しい白い翼へと、
変化する時が来るでしょうか。

それとも醜い羽根を生やしたそのままで・・・。
それでもなお、抱きしめられて、優しいキスを、
繰り返し受けながら生きていくのでしょうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Hoy,"El cielo" vino a la casa de mí.
Se decía que pensaba casarseme a mis padres .
Nos comprometimos.
Mis padres estaban muy contentos.
Nos pasamos el tiempo muy bueno y nos movimos.
Pero le permití sentir la inquietud.

vino 
pasteles 
sushi 
Cocinar de Nuevas fiestas del Año


2007/01/01 (Mon) 期待・生命の木・実現

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大好きなクリムトの「期待」と「生命の木」と「実現(成就)」という絵

A HAPPY NEW YEAR!!
2007.1.1.
花ひらく、しあわせな一年になりますように・・・。



「人間は、誰もが一本の木のようなもの」・・・と思うことがあります。
太陽の光を浴び、大地から栄養をもらい、根から水を吸い上げ、風に吹かれながら、より高く、たくましく、どこまでも伸びていこうとする力が、体内に備わっていると・・。
一度生まれてしまったら、木の種類を変更することはできないけれど、でも、より美しく大きくなっていくことができる。

以前、ある心理学者がテレビでこんな話をしていました。
「ある人に、『木の絵を好きに描いてください。』と言うと、その時の自分自身をあらわす木を描く。伸びやかな人は伸びやかに大きな木を、精神的にトラブルを抱えた人は、今にも枯れそうだったり生命力のない木の絵を描く。」・・・と。
きっとそうだろうな・・・、と思います。
自分から出てくるものは、言葉も、仕草も、表情も、態度も、行動も、・・・踊りも、絵も、字も、歌も、文章も、すべて、自分自身のたましいの核の部分の現れ。
「内部生命の百般の表顕」(これは北村透谷の言葉)。
同じ木から出る葉や花や実のようなものでしょう。
美しく健やかな木でありたい、と願います。

私だったら、どんな木の絵を描くだろう・・・と想像してみます。
幹は太くたくましくしっかりと根を下ろし、枝は健やかに自由に空へ向かって伸び、葉はみずみずしく生い茂り、明るく花が咲いていたり、美味しい実がたくさんなったりしている木がいい。
樹下には若草色の草原が広く拡がり、晴れた空には太陽が輝いている。
まだまだ未完成で成長途中だから、・・・そしてこれからの自分を楽しみにしたいから、枝先には萌え出ようとする新芽を、そして花だけではなくこれから開くつぼみを、熟れた食べ頃の実に混じってまだ青い実を・・・たくさん描きたいなぁ。
こう考えているだけで気持ちが明るくなってきます。

元旦だからといって、今あらためて新しく決意することは特にありません。
これまで思ってきたことをもう一度しっかり思い出しておきたい。
見果てぬ夢、灯台のあかり、夜空に輝く星のような、変わらない願い。

「世界が平和でありますように。
みんなが幸福でありますように。
私自身が真・善・美な方へと成長していくことができますように。」

これまでの道の延長を、丁寧に大切に生きていきたい。
そして、毎日毎日を新鮮な気持ちで、喜んで楽しんで過ごしたい。
今年も色々なことがあるでしょう。
良いこと楽しいこと嬉しいことも、苦しいことつらいこと悲しいことも。
人生に起こることは、どんなこともきっと避けようもなく、すべては必要だからこそ備えられている。
そのすべてを糧として、成長していきたい。
憧れの二人、マザー・テレサのように、オードリー・ヘップバーンのように、大きな愛を持つ美しい人間にはすぐにはなれないかもしれないけれど。
でも、心を尽くして「愛すること」のできる私へと、少しずつでもなっていきたい。
千里の道も一歩から・・・。
今日も一歩だけ前へと進めますように。

幸福であるためには、「愛すること」。
それしか道はないと思っています。
思うだけではなく、具体的に、身近なところから、行動していきたいです。

「世界と人生を愛すること。
苦しい時にも愛すること。
太陽の光を感謝して受け取ること。
そして苦しみの中でも、微笑むことを忘れないこと。」
(私の大好きな作家ヘルマン・ヘッセの言葉)


「愛は、すべてを信じ、すべてを忍び、
すべてを望み、すべてに耐える。」
(新約聖書 「コリント人への手紙」より)



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プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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