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2007/01/10 (Wed) 「出家とその弟子」

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★倉田百三『出家とその弟子』
(大正3年)より、一部抜粋。

第四幕・ 僧侶・唯円と、遊女・かえでの恋。

唯円 
: どんなに会いたかったでしょう。
かえで 
:(唯円に寄り添う)私も会いたくて、あいたくて。(涙ぐむ)
唯円 
:ずいぶん久しぶりのような気がします。この前松の家の裏で別れてから何日目でしょう。
かえで 
:半月ぶりですわ。
唯円
 :その半月の長かったこと。私はその間あなたの事ばかり思い続けていました。
かえで
 : 私もあなたの事はつかのまも忘れた事はありません。恋しくて、すぐにも飛んで行きたい事が幾度あったか知れません。でもどうする事もできないのですもの。私もどかしくてたまりませんでしたわ。
唯円 
:私もお寺でお経など読んでいても、ぼんやりしてあなたの事ばかり考えているのです。私は晩のお勤めを済ませたあとで、だれもいない静かな庭を、あなたの事を思いながら歩くのがいちばんたのしい時なのです。
*   *   *   *   *
かえで 
:あなたとつきあっているうちに、私はだんだんと、失っていた娘の心を回復して来ました。娘らしいねがいが、よみがえって来ました。雨のようなあなたの情けに潤うて、私の胸につぼみのままで圧(お)しつけられていた、娘のねがい、よろこび、いのち、おお、私の恋が一時にほころびました。私はうれしくて夢中になりました、そして私の身のほども、境遇も忘れてしまいました。私に許されぬ世界を夢みました。今私は私の立っている地位を明らかに知りました。私はあなたの玉のような運命を傷つけてはなりません。私を捨ててください。私はあきらめます。あなたの事は一生忘れません。私はしばらく私に許されたたのしい夢の思い出を守って生きて行きます。

唯円 
:夢ではありません。夢ではありません。私は私たちの恋を何よりも確かな実在にしようと思っているのです。天地の間に厳存するところのすべて美しきものの精として、あの空に輝く星にも比べて尊み慈(いつく)しんでいるのです。二人の間に産まれたこの宝を大切にしましょう。育てて行きましょう。私は恋のためと思うと一生懸命になるのです。力がわくのです。あなたも悲しい事を考えないで心を強く保っていてください。私たちの恋が成就するためには、山のような困難が横たわっています。それを踏み越えて勝利を占めねばなりません。およそ私たちの恋を夢と思うほど間違った考えはありません。かえでさん、私はそのような浮いた心ではありませんよ。私は恋の事を思うただけでも涙がこぼれるのです。(涙をこぼす)私は甘い、たのしい事を考えるよりも、むしろ難行苦行を思います。

かえで
 :私はうれしゅうございます。私はあなたとつき合うようになってから、美しい、善(よ)いものをだんだんと願い、また信じる事ができるようになって来ました。私はこれまで媚(こ)びることや、欺くことばかり見たり、聞いたりして来ました。愛というようなものはこの世には無いものとあきらめていました。それがこのごろは、私をつつむ愛の温かさを待ち、望み、そして信じる事ができそうな気がしだしました。明るい光がどこからかさし込んで来るようなここちがしだしました。
*   *   *   *   *
かえで 
:(立ち上がる)私きょうはもう帰らないといけないのよ。
唯円 
:も少しいらっしゃいよ。
かえで 
:でもおそくなると困るのですもの。
唯円 
:ではちょっとの間。あの夕日があの楠《くす》の木の陰になるまで。私は帰しませんよ。(さえぎるまねをする)
かえで 
:(すわる)私も帰りたくなくてしょうがないのよ。
 ・・・・(二人しばらく沈黙。)
唯円
 :かえでさん。
かえで :はい。
唯円 
:かえでさん。かえでさん。かえでさん。
かえで
 :まあ。(目をみ張る)
唯円 :あなたの名がむやみと呼んでみたいのです。いくら呼んでも飽きないのです。
かえで 
:(涙ぐむ)私はあなたといつまでも離れなくてよ。墓場に行くまで。
唯円 
:私は恋の事を思うと死にたくなくなります。いつまでも生きていたくなります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●簡単な感想と、今思うこと。

この作品は、浄土真宗の開祖である親鸞と、その弟子との関わりを描いた作品だが、読むたびに、大きな感動を味わう。
もう書かれてから一世紀近く経つというのに、普遍的な人間の心や、生きる上でぶつからざるを得ない愛や孤独や生きることに対する根本的な悩みが正面から描かれているので、古びないどころか、今まさに生きている私の心をうってやまない。

上に引用した部分を読むと、真実に恋する恋人同士の「恋する想い」というのは、今も昔も変わらないものなのだと、しみじみと感じさせられる。
作者、倉田百三も、「恋」をしていたんだな~・・・・。
語られるセリフはどれも・・・いつかどこかで・・・私自身の人生の中で・・・確かに知っているような・・・、そんな懐かしくも甘酸っぱく、胸をしめつける恋の場面だ。

このような一途な愛を読むと、思い出す作品がいくつかある。
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・中河与一『天の夕顔』
・ヘッセ『春の嵐』
ドストエフスキー『白夜』
などなど・・・、愛の形は様々といえども、人を真剣に恋する心は、どこか共通している。

偉大なる作家ゲーテは、自著『若きウェルテルの悩み』について、晩年、「もし生涯に『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じるような時期がないなら、その人は不幸だ」と語ったそうだ。私自身も、婚約者のいる女性ロッテに恋いこがれて思い詰めるウェルテルの心に同調して、心を揺すぶられながら読んだ。(結末は受け入れられないけれど。)
そして、この『出家とその弟子』についても、同じように感じる。
・・・こんな風に、真剣に人を恋したことがないなら・・・恋をすることによって味わう苦しみを味わうことよりも、むしろ不幸だと。

自分の心を見つめながら、様々な経験を、恐れずに重ねる。
良いことも悪いことも、喜びも苦しみも、豊かに味わいながら、それらを糧として心を成長させてゆく。
良いことばかりじゃない。
嬉しく楽しいことばかりじゃない。
でも、生きて、経験して、よかった、と思えたらいいなぁ。
人生に起こるすべてを味わい尽くすことこそが、やっぱり生きることなのだと、矛盾も悩みも不条理も何もかもありのまま受け入れて、自分自身と調和していかれたらいいのだけれど・・・。

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Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
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