2007・03
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2007/03/31 (Sat) 千鳥ヶ淵と外堀の桜

2007年3月31日(Sat)
千鳥ヶ淵と外堀へ

大学時代に毎日のように散歩した、この桜の名所へ、今年もまた行ってきた。
ここのところ毎年、桜が咲くとかならず
写真を撮りに行っている。

あいにくの曇り空。
グレーの空の下で見る桜は、ひんやりしっとりとして見えた。
満開の桜を目当てに、人・人・人の大洪水。
みんな、花を愛でる顔は優しげだ。

友人のhanaちゃんと、いろいろと話しながらたくさん歩いた。
飯田橋から市ヶ谷まで外堀を歩き、靖国神社をぐるりと回り、それから千鳥ヶ淵へ入ろうとしたけれど、そのときにはすでに、千鳥ヶ淵に入る手前に100メートルの行列が出来ていた。

どこを歩いても、頭の上には一面の桜。
時々風にあおられて花びらが舞うと、歓声が上がる。
私の心は桜へ、桜へと、向かう。
「なんてきれいなんだろう」と感動しながら、写真を撮る。

いい写真たくさんはとれなかったけれど。
曇りの日は曇りの日なりの桜の美しさがあることを感じた一日だった。

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グレーの空を透かす花びら。

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焦げ茶の幹をバックにすると花の色の美しさが際だつ。

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流れるように・・・。


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菜の花を背景に。

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千鳥ヶ淵。そして遠くには東京タワー。

来年もまた来るよ。

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2007/03/30 (Fri) 上野公園の桜

☆上野公園 2007.3.30(金)
良く晴れた、とても気持ちのいい日。
オルセー美術館展を見に上野公園に行く。
さくらはまさに満開!!

sakura4ueno.jpg
公園入り口のしだれ桜(デジカメ)


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染井吉野と青い空(携帯)


sakura1ueno.jpg
「きれい、きれい、きれい」以外の言葉が出なくなる(携帯)


sakuea3ueno.jpg
青い空、白い雲、そして桜・桜・桜!(デジカメ)


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(携帯)



20070401100355.jpg
咲きます 今ひらきます!(携帯)


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青い空に噴水の水しぶき!(デジカメ)


hunsui2.jpg
そして虹。(デジカメ)


sakura2ueno.jpg
桜に光が降る(デジカメ)

新しい携帯で写真を撮ってみたけれど、まだ不慣れ。
前の携帯の方がきれいに撮れたような気がしてしまう・・・。


☆おまけ・この日のランチ
20070401102104.jpg
上野に行くとよく行く、アメ横のインドカレー屋さんで。
ほうれん草のチキンカレー。
大きな美味しいナン。
シシカバブとタンドリーチキン。
ミニサラダと
ヨーグルト。
ミルクティー。
美味しかった~♪


2007/03/30 (Fri) オルセー美術館展

オルセー美術館展~19世紀芸術家たちの楽園~
http://www.orsay3.com/tokyo/index.html
Image027.jpg看板を携帯でパチリ!

ずっと「見たい、見たい」と思ってきた「オルセー美術館展」を見に、上野公園内にある都美術館へやっと行くことができた。(2007.3.30.Fri.)
上野公園の桜は満開、良く晴れて最高にいい天気。
お花見目当ての人出もすごくて、会期終了間近のこの美術展も大混雑していた。

人混みにもまれながら、それでも・・・本当に本当に行って良かった!!!
心から感動できる作品の本物に対峙できるチャンスに恵まれて、とても幸せだった。
あのゴッホが、モネが、ルノアールが、マネが、ゴーギャンが、モリゾが、ミレーが、スーラが、ホイッスラーが、ギュスターヴ・モローが、・・・夢のように並んでいた。
サブタイトルである「19世紀芸術家たちの楽園」がぴったり!
私にとっても楽園にいるような幸福な気持ちになれる美術展だった。

(私は、印象派の絵画がやはりとてもとても好きなのだ。)
絵画はやはり一人で見るのがいい。
作品と自分だけの、心ゆくまでの対話ができるから。
作品をじっと見つめていると、しだいにその絵の中にあるさまざまな音が、匂いが、光が、温度が、空気が、私を包み始める。
絵画の中を流れる時間の中に、自分自身も生きているような錯覚にとらわれるような絵が好きだ。
そのキャンバスの前にかつてたしかに居て、目の前にあるものを、あるいは自分のうちにあるものを、ひたすら見つめながら筆を走らせていた画家たち。
その目が、その心が見つめていたものが、私の心にしかと届いてきたとにき、私は大きな喜びを感じる。

絵の感想を述べ始めたらきりがない。いくつか、印象に残ったものだけ。

*エドゥアール・マネ
pt04_1.jpg「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」1872年
黒い服を着たモリゾを見つめるマネはモリゾにどんな気持ちをいだいていたんだろう。笑みを含んだやわらかな唇を、陰影のある瞳を、どんな思いで描いたんだろう。
モデルになったモリゾは、自分を見つめ描くマネをどんな気持ちで、どんな風に見つめていたんだろう。二人がどんな部屋でどんな会話を交わし、絵を描く前後の時間をどう過ごしていたのか…。聞いたこともない二人の声が耳の中に聞こえてくる。立ち上がりマネに歩み寄り、ゆっくりした動作でキャンバスをのぞき込むモリゾの姿。そんなことが想像するつもりもなく自然と心に浮かんでくる。

*ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
pt02.jpg「アルルのゴッホの寝室」1889年
大好きなゴッホの書いた、この絵。
ベッドの黄色、塗りたくられたその黄色のあまりの黄色さ、黄の匂い=むき出しの木の匂い、壁の青・・・、窓枠の濃い緑、壁にかけられた自分と弟テオの肖像、ゆがんだ部屋・・・。
強烈で純粋で不安な魂に心を揺すぶられ、泣きたくなる。
これは、日本に憧れアルルに夢を抱き、画家たちの共同生活を夢見ながら唯一の友ゴーギャンとの関係に破れ、自分の耳を切り落とし、精神病院から出たばかりの頃の作品。
ゴッホは、生きているあいだほとんど誰にも評価されず、それでも、絵を描き続けた。この絵に向かって筆を走らせていた孤独なゴッホの心を思うと、胸が痛くなる。

*クロード・モネ
大好きなモネは、二点出展されていた。
どうしてモネが好きなのか分からないけれど、モネの絵の中には、その中で深呼吸したくなるような気持ちの良さが確かにある。
「ああ、いいなぁ、せいせいするな~♪」と、心の底からくつろげるような伸びやかさ・・・。
そして、やはりモネといえば「光」。
光を感じさせてくれるから好きなのだ。
「ルーアン大聖堂」は刻々と移りゆく光の変化を描いた三十枚の連作からなる。一枚見ただけでこれだけ素晴らしいのだから、いつか三十枚すべて並べて見てみたい。
pt02_2.jpg  pt02_3.jpg 
・右「アルジャントゥイユの船着場」1872年頃
・左「ルーアン大聖堂」1893年

四月七日から六本木で開催される「モネ展」も必ず見に行くつもり、そこではどんなモネに会えるのか、本当に楽しみ。まずは、「睡蓮」!!ああ、見たいよ~!


*オーギュスト・ルノアール
もしかすると、日本一人気の高い印象派画家かもしれない(と私が勝手に思う)ルノアールの絵は、文句なしに見る人を幸福な気持ちにしてくれる。
私も小学生の頃から、彼の絵が大好きだった。
彼の絵を見ていると、彼が、人間を、人生を、世界を、「美しい」と感じ、心の底から愛していたことを感じる。だから私も幸せな気持ちになる。
彼の描く子供の瞳のなんと愛らしいことか、その頬のなでてみたいような柔らかさ。子供の腕の中にいる猫の甘えくつろいだ表情がまた絶品だ。
また、彼の描いた優しげなモネの肖像は、モネに対する親愛の情に満ちている。背景の緑色が、モネの描く「睡蓮」の絵の中にある心地よさを彷彿とさせる。
pt01_3.jpg pt04_2.jpg
・左「ジュリー・マネ」1887年
・右「絵筆を持つクロード・モネ」1875年

素晴らしい芸術作品にこうして出逢えるのは人生の大きな喜び。
そして、いつかはフランスのオルセー美術館に実際に出かけていって、これらの絵との再会を果たせたらいいなぁ・・・。そうしたら、よりいっそう大きな感動があるのだろう。


2007/03/29 (Thu) エランヴィタール

★エランヴィタール・フラメンコライブ 2007年3月28日(水)

エランヴィタール(ELAN VITAL)・・・とは、「生命の躍動」のこと。
生物が内的衝動によって進化する生命の躍進力をあらわす言葉だそうだ。
昨日(3月28日wed)は、その「生命の躍動」の名をかかげる碇山奈奈先生のフラメンコスタジオ「エランヴィタール」の舞踊団の方たちのライブを新宿エル・フラメンコに見に行ってきた。
http://www.flamenco-elanvital.com/ スタジオ・エランヴィタールのHP
「エランヴィタール」といえば、森田志保さん、長竿会美さん、箆津弘順さん、宮野ひろみさん、浅見純子さんをはじめ、今をときめく数多くの素晴らしい踊り手さんたちがそこで学び、踊り、巣立っていった場所。
今のスタジオに来る前に私が師事していた上里ユミ先生と、碇山奈奈先生が仲が良かった関係で、私はフラメンコを始めたばかりの頃からよく、奈奈先生の踊りを拝見してきた。
マノレーテとのプーロ・フラメンコの舞台。
フラメンコの「忠臣蔵」・・・。
どれを見ても、碇山先生はとても粋でかっこよくて素敵で、憧れの存在だった。
奈奈先生が招へいして行った、アンヘリータ・バルガスの公演にも感動した。

今回は、舞踊団のリーダーでもある素晴らしい踊り手さんの斉藤尚子さんにライブのお知らせをいただいて、我がスタジオのジェントルマン・コンコン氏(このブログにもときどき登場してくださる紳士。)と空と、3人で新宿伊勢丹会館へ。
ギターは山崎まさしさん、今田央さん。おひげを生やし、優しげな目もと・・・。まるで熊さん兄弟のようだ。包容力のある繊細で美しいギターをお二人ともお弾きになる。私の好きな二人♪
バイオリンの平松加奈さん、情熱的でとっても素晴らしかった!!
*平松さんのプロフィール発見
http://www.spanishconnection.jp/profile/kana/index.html

プログラムは、
1,群舞(4人)ソレア・ポル・ブレリア…マントンに白いフリルが何段も重なったファルダ。
2,ソレア…情感と落ち着きとどっしり感があり、体格も良く素敵だった。
3,アレグリアス…独特の個性がコケティッシュなイメージで魅力的。
4,ファルーカ…無駄のないキレのあるシャープな動き、媚びのない実直な踊り。
5,群舞(全員)シギリージャ…全員のレベルの高さにため息!
6,フィン・デ・フィエスタ
という構成。
どれもそれぞれにも見応えがあって、とても素敵で、楽しめて、満足だった。
そして、楽しむだけではなく、自分たちには欠けている踊りの基礎的な力…回転のキレや美しさ、足の精確さや早さ、そういうものを目の当たりにして、「ますます頑張らなくてはなぁ。」と、とてもいい刺激をいただいた。

そして、最後には私服で、麗人・奈奈先生登場!
焦げ茶の革のパンツにベージュのジャケットをサッと羽織って、髪はショートカット。
まるで女心をくすぐってやまない宝塚の男役のような、かっこよく華のある爽やかな笑顔。ただそこに立っているだけで目を引きつけ、輝きを放つような魅力がある。本当に素敵な人だなぁ…と、胸がときめく。
その奈奈先生のちょこっと踊ったブレリアの、粋でかっこよくて華のあることったらない。
あああ・・・かっこいい!!女性だけど、恋してしまう~・:*:・(*´ー`*人)。・:*:・♡
舞踊団のみなさんのハイレベルな踊り、そして奈奈先生のカリスマ性に魅了され、とても楽しく素敵な夜を過ごすことができた。

実は余談だけど・・・。
奈奈先生は、私のスタジオのめめ★さん(このブログにもいつもコメントをいただきありがとうございます!これ見てくれているかな…。)にとても似ているのだ。(ん?めめ★さんが奈奈先生に似ているのかな?)
フラメンコの新人公演を見に行ってめめ★さんに話しかけられたとき、一瞬「あれ?もしかして奈奈先生かな?」と、どきまぎしてしまった私・・・。
どちらもただ者ではない華のある強いフラメンカなオーラを発していらっしゃる美人である。
「・・・もしかして、奈奈先生、あまりにめめ★さんに間違われるので、見分けがつきやすいように髪を切ってしまわれたのかしら・・・?」
な~んて考えて、一人でクスリと笑ってしまった・・・。
いつか二人の夢の共演を見たいなぁ………なんて♪

もう一つ、この会場で、久しぶりの嬉しい再会があった。
以前通っていたスタジオで一緒だった、ミワちゃん。再開は七年ぶりぐらいかな?今も、上里先生のところで頑張って続けていると聞いて嬉しかった。そして、気軽に声をかけてくれて嬉しかった~。

そして、終わってからコンコンと空と、下の喫茶店でお茶をして、コンコンのお仕事時代のお話や、踊りを始めたきっかけなどをうかがえて楽しいひとときを過ごせた。プライベートでこのような尊敬・信頼のできる人生の先輩を持ていることは幸福なことだ、とあらためて思った。その時コンコンの言ってくれた言葉の中で、心に残ったものはこのような主旨。
「(モダンバレエの舞踊家でいらっしゃる奥様は)賞を取ろうと思って踊ったことは一度もないと思う。そんなことは関係なく意識せずにやってきて、たまたま機が熟したときに、立て続けに賞という形で評価された、ということなのだと思う。だから、賞云々ではなく、とにかく精一杯いい踊りを踊る、という挑戦を続けてみたらいいよ。」
コンコンありがとう!


2007/03/28 (Wed) パラダイス♪

最近、徒歩3分の近所に「パラダイス」を発見。
それは、整骨院
開きはじめたばかりの桜並木に、できてまだ間もない新しい建物。
先日しばらく里帰りしていた妹が、
「重い赤ちゃんを抱いていたから腰が痛い~!」
と言い、しばらく通っていた。
「丁寧にやってくれて、いいよ~♪」
と言っていたので、私もやっと暇になったので身体のメンテナンスをすることにした。

過去に二度ほど車をぶつけられてむち打ちになってから、何かあると首や肩が痛くなる私。
首や肩が痛い、というのがほぼ日常的なふつうの状態になってしまっている。
先週までの舞台ラッシュで肉体疲労のたまっていた日々には、道を歩いている誰でもかれでもつかまえて、泣きながら、
「一分で良いから肩もんでぇぇぇ~~~~~~~゜゜(´O`)°゜!!!」
と懇願したいほどだった。(笑)
ときどきは、都心の整体に通ったりしてきた。とてもいい先生だけれど、やはり高い。(代官山で30分7000円。)日常的に通うのには、遠いし、ちょっと難しい・・・。
そしていざというときには、ハンナさんが紹介して下さった最高に素晴らしい鍼の先生のところへ。とってもジェントルマンな腕のいい先生で、昨年秋から暮れにかけて本当に良くして下さって、痛みが嘘のように楽になった。また予約を入れてぜひお世話になりたい・・・!けれど、先生がご多忙なため、そして都心にあるので、「たった今、ちょっとだけ肩が痛いの~!」というときにパッと見ていただくわけにはいかない。(でも、あのハリに通っていた時期は、本当に肩や首の痛みから解放されていた!!)

そこで、我が家から徒歩三分の新しい「パラダイス整骨院」(勝手に命名)。
近所のおばあちゃんやおじいちゃんがのんびり通ってきている。
何か特別なことをしてくれるわけではない。
*高度なテクニックを搭載したマッサージチェアーをベットにしたようなものに寝る。(これはなかなか優れもの、我が家に欲しいくらい。高いんだろうなぁ…。)
*痛い部分に微弱な電気を流す。(これは効いているのかよく分からない。)
*その後で、丁寧~にマッサージをしてくれるだけ!(これがいいの!ほかの接骨院はけっこうあっさりだから。)
すっごく気持ちいい!
マッサージをしてくれた先生が、
「腰も黄色信号ですよ。」「首がゴリゴリですね~。」
と言いながら治療をしてくれたのだけれど、そういうときに話しかけられるのがとても嫌いな私(つい礼儀正しくしようとよけいな気を遣ってしまうので…。)は、「ええ」「まぁ・・・」と、なんとか、失礼にならない程度の最低限のあいづちを打ちつつも、心は遠い楽園・パラダイスに飛んでいる。

そして、一時間ほどそこで過ごし、かなり満足して、たったの480円!
ここ何日か通って、こわばって疲れた身体が少しほぐれてきた。
・・・ああ、良いところ見つけちゃったなぁ。
。・:*:・( ̄∇ ̄人)。・:*:・ し・あ・わ・せ♪

昨日は無料体験でゲルマニウム温浴20分もやらせてもらった。
冷え性でむくみやすいのが悩みなのに、身体の芯までホカホカになった。

春休み、踊りのオフシーズン中に、しばらくパラダイス通いをしてみよう・・・。

長年の「首肩痛い歴」で、さまざまな治療者や治療法にであってきて今思うのは、治療者との相性はかなり大きな要素だということ。
信頼できる、いい治療者との出逢いは奇跡的な確率かも。
世界中の男性の中からたった一人の運命の人を見つけるような…?(大げさ?)
治療する人の手のひらに必要なのは愛情。
人間の手には癒しのパワーが備わっている。
技術もだけれど、なにより手を通して、私の痛みを思いやってくれる心のやさしさに、癒されるのかもしれない。
(そういえば、尊敬する踊り手のO野Y子さんは、整体の先生と結婚なさったはず…。その気持ち分かるなぁ…。笑)

それにしても・・・整骨院の先生ったら。
「たまには運動すると良いですよ・・・。」
だって・・・。
ほとんど毎日踊ってきて、これ以上どう運動しろって・・・。
それほどボンクラな身体をしているのかなぁ、私・・・。( ̄― ̄°)ぐすっ


2007/03/27 (Tue) 森田志保の「はな」

siho.jpg
これまた独特でおしゃれなチラシとチケットを携帯で撮影。

★森田志保フラメンコリサイタル「はな 5」

最近、フラメンコの話をするときによく「花」という言葉をつかう私。
特に、『風姿花伝』を読んで、舞台において最も大事なものは「花」だと、確信するようになった。(まぁ、「花」という言葉の中身は深すぎて大きすぎて一言では言いきれないんだけどね・・・。前々回の記事参照!と逃げてみたりして・・・・。笑)

さて。
3月25日(日)に、吉祥寺シアターでまさに「はな」というタイトルの森田志保さんのフラメンコの公演を見てきた。
吉祥寺シアターは新しくおしゃれでこじんまりした素敵な会場だった。キャパは200席ぐらいだそうだ。フラメンコはこのくらい小さな劇場でやる方がやっぱり臨場感があっていい。
簡単に感想を記しておきたい。

森田志保さんは、本当に本当に素晴らしかった!!
「独特の美意識をフラメンコという芸術の中で昇華し、人並みはずれた努力をかさねつづけ、彼女にしか到達できないすごい高みに行きついた人を、今日、まさに見たんだ!!」という、満足感と感動。そんな思いを久しぶりに味わった。
フラメンコに対して素直に楽しめなくなっていた私の心を突き動かして、思わず「オレ!」と叫びたくなる衝動に駆られることができたのは、踊りがあまりに素晴らしかったから。
音とあまりにぴっっっっっったりに動く身体。
ものすごく洗練されて卓越したテクニック。
そして、ひたむきで純粋で、凛として気高く・・・、強いけれど弱さと優しさも併せ持った・・・そんな人間性が香り立つような踊り。
見せてもらったのは独特の美の世界。
(やはりモダンバレエをベースに持っていらっしゃることを感じた。)
森田さんの人となり・・・美意識によって構築された、今まで見たことのない世界を見た。

冒頭、エメラルドグリーンの肩ひもワンピースに、頭に深紅のバラの花びらでつくったような帽子(?一瞬あかりが薄暗いときにはアフロのカツラに見えるような・・・。失礼!)をあたまにのせた森田さんが、暗闇の中、重い足を引きずるように裸足で歩いてきて、そっとその不思議な帽子を取る。暗転。
それから「現代人はみな『自意識』という重い病の中にいるのだ・・・。」という事をしんどく感じられるような(?)群舞があり・・・。
そして、あとは森田さんの素晴らしい深みのあるソロと音楽のみで構成される。
一曲目、明るい紫のタートルネックのシャツに編み込んだリボンのようなものを首に巻き、同色のバタ・デ・コーラで踊った「ロンデーニャ」。
二曲目、淡いクリーム色やベージュの薄い布が何枚も重なった上に、リボンが巻かれたような衣装で踊った「タンゴ」。
三曲目、玉虫色にも見えるようなエメラルドカラー、厚手のシルクのような生地のワンピースに同色のボレロを重ねて、髪に深紅のバラを一輪挿して踊った「バンベーラ」。
これはもう、絶品としか言いようのない、魂のこもった熱い踊りだった。自分でも気づかないうちに何度も「オレ!!」と言ってしまっていた。本当に言葉にしつくせないほどすばらしかった。彼女の全人生、全生命が注ぎ込まれていると感じた。
そして、最後。
・・・一人舞台に残った志保さんは、楽器を並べてある台に腰掛け、まるで稽古場で一人でいるかのように、荒い息を落ち着かせるように膝を抱く。そして、ゆっくりと靴を脱ぐ。無音の中で・・・。
こうして舞台は終わりを告げる。

衣装にも、今まで見たことのないような、やはり独特の美意識が貫かれていることを感じた。
それから、ろうそくの灯りの入ったカンテラのようなものを出演者が次第に舞台に並べていき、それを舞台装置にしていて、揺れる灯りが独特の雰囲気をつくっていた。
パーカッションのわれらが大儀見元さん(「曽根崎」の重要メンバー)は、いつどこにいても染まらないギミさんで、存在感と自由自在なたたきっぷりに目が釘付けになった。バイオリンの音色が美しかった。ミュージシャンもみな志保さんを愛し、敬意を持って仕事していることを感じた。

森田さんは、見事な「花」だった。
独特の美意識によって咲く、稀有な花だった。
ありきたりの花ではない。特別な花だ。
何の花にたとえたらいいだろう・・・・。
見たこともないような・・・形、色、香り。

・・・そう考えているうちに「月下美人」が心に浮かんできた。
何だかしっくり来る。
そうそう。
森田さんは、幻想的で気高い、月下美人のような踊り手だった・・・。
一年に一日だけ、夜に白い大輪の花を咲かせ甘く香る「月下美人」。

0298-10.jpg

検索する内に、こんな文章を見つけたので引用したい。
http://www.jspanish.com/jfla/morita6/interview.html
森田志保さんからのメッセージ
舞台をひとつ創るというのは、何百にもおよぶ小さな作業の積み重ねなんだよなぁ、というのを今また思い出してコツコツと進めている段階にいます。殆ど一人で進めているので。
”はな”シリーズも今回で5回目になります。今まで色んな試み、挑戦をしてきましたが、今回も私なりのスタイル(やってみたいこと、心に描くイメージ)で舞台を組み立てています。
共演の素晴らしい方々とは、この人とこんな場面を創りたいというアイデアの元に、ぶつけてきてくれることを私なりのフラメンコに表現したいと思っています。
変化し続けている自分、ずっと変わらずある自分を見つめながら今立っているところ、生きて感じているところを伝えられたらと思っています。
“はな”は私にとってのフラメンコという意味です。


「月下美人」森田志保さん。
素晴らしい「花」を見せてくださってありがとう!!

まさに志保さんが「今立っていらっしゃるところ、生きて感じていらっしゃること」を、見ることのできた、凄い気迫と命と魂のこもった熱い踊りだった。
上の文章の最後の「”はな”は私にとってのフラメンコという意味です。」という一文を読みながら、舞台の最後で笑顔で涙を流し、何度もアンコールに応えていた裸足の志保さんの姿が浮かんで、胸がいっぱいになった。
また必ず、次の機会も拝見したいと心から思った。

私は私で、また、自分の「花」を求め、咲かせていきたい。
そのための努力を逃げずに惜しまずに辛いことも乗り越えて重ねていこう・・・と、あらためて謙虚な気持ちで思った。
(そして私の個性は、できれば元気に太陽あびて咲く花だといいな・・・。)


2007/03/26 (Mon) 1111ライブ

*2007年3月24日(土)19:00~、21:00~
*1111(ノヴェンバー・イレブンス)にて。

土曜日の赤坂、1111にてライブを行いました。
始めての完全入れ替え制ということで心配したのです・・・。が、そんな危惧もどこへやら、Ⅰ部もⅡ部もたくさんのお客さんが見て下さって、客席からの熱気を身近に感じながら踊ることができました。本当にありがとうございました。
踊り終えた今、「楽しかったぁ…」という言葉が心の底からじわりと湧き上がってきます。
やはり、一週間前(たった一週間!?もうはるか昔のよう・・・。)の発表会の大舞台で踊ったときとは、舞台の大きさも、客席の近さも、ミュージシャンもすべて違っていて、まったく違う新鮮な緊張感を持って臨むことができました。
今まではオープニングや曲間やフィナーレにちょっと歌って踊って盛り上がって・・・というようなことをしていましたが、今回は「とにかくお互いに充実した一曲ずつをしっかり踊ろう。」と話し合い、一切そのような華やかなことをせずに、重いヌメロ(曲種)のみを、ずっしり並べてみました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<プログラム>
1、シギリージャ・イ・マルティネーテ(KT、346、mar)
 なんでこんな不思議な取り合わせの三人組でのミニ群舞になったか・・・というと、本当は出演する五人全員で踊るつもりだったのですが、この三人以外は練習時間が落ち着いてとれない、と、単にそのような理由なんです。でも、もう、この三人で踊る、ということはないかもしれないので、楽しかったし良い経験になりました。でも、あのせま~い舞台で三人で完全に一曲踊るのは日々一緒に踊っていたから何とかできたことで、ふつうは無理でしょうね・・・(笑)。

2、ソレア(JJ)
 心の友JJは、様々な事情で今回は出演できないかもしれないというギリギリで、一緒に出られることになり、私は本当~~~~に嬉しかったです。パワフルで、どっしりとしたJJの踊り、爆弾のよう、機関車のよう、野性味があり力強くて色っぽい。見ているとあまりの足の見事な動きっぷりに、うらやましさを越えて思わず笑顔になってしまいます。私と同じ曲を踊ってもこれほど違う魅力的な個性。ずっと一緒に頑張ってきた大切なJJと、こうしてまた一緒の舞台に立てたことが嬉しかった・・・。

3、ティエント(AZ)
 かわいいAZの、「けなげな踊り」(これは、うちのスタジオの仲間コンコンがおっしゃって下さった言葉。まさにその通りだなぁっておもって・・・。)を見ていると、愛おしくなります。踊るたびに良くなっていくので、「これからも、しばらくこのティエントを踊り込んでいったらいいよ。すごく良い振りだし・・・。」と話すと、ちょうど本人もそうしようと思っていたとのこと。忙しい仕事と踊りの狭間で辛いときも多いだろうけれど、これからもぜひ一緒に踊っていきたい、かわいいAZです。

4、ソレア(mar)
 今回、ギターを弾いてくれた「御大・T師匠」の提案で、私はギターとカンテサリーダのあと、完全に音のない無音の中をゆ~・・・・・っくり歩いて、舞台まで出ていくことになりました。たったそれだけのことがすごく大きな挑戦となりました。それこそ何というか・・・能舞台で幕が開き、橋掛かりを渡って舞台に出ていくような・・・。一歩ずつに全神経を研ぎ澄ませて集中してぐぅっっと、水のように重い空気の揺れを静かにかき分けてゆくような意識。そしてだまってただ舞台に立つ。
・・・踊りが始まれば、あとは、見ていただいたとおり・・・・語りすぎるのは止しましょう。
今の自分の精一杯・・・でした。
また踊る機会を与えてもらえたことに心から感謝です。また踊りたい・・・♪

5、カーニャ(KT、346)
 このナイスカップル(死語?)のパレハを、私たちは、別名「徒競走パレハ」と呼んでいました。同じ方向目指してまっしぐらの全力疾走、良い意味でお互いがお互いを刺激しあって、「負けるものか!!」と鼻息荒く踊っている。ほんと、いいカップルです。 なぜか見ていると、二人の日常の関係性がかいま見られて笑ってしまう・・・。御大・Tさんのギターの、出だしの部分の「ジャッ・ジャッ・ジャッ・ジャッ・ジャ~♪」という部分や途中の高い転がるような音での「ティロリロ・ティロリロ・リンロンロ~ン♪」(分かりづらいですね、スミマセン・・・。)っていう部分が、本当に本当に素晴らしくて、「そういうの弾いて下さい!!」といった346もお手柄でした。

6、フィン・デ・フィエスタ
 まずは温かい拍手につつまれてご挨拶。そのあと、346がメンバー紹介。
「今までは、ハイテンション・フラメンコと銘打ってやってきたこのライブ、今回は重くて暗くてスミマセン(笑)!ヘビー・フラメンコのゆうべでした。」
(でも、あとで「やっぱり充分に、ハイテンション・フラメンコだったよ!」と、キリコさんが言ってくれて・・・(´ー`;)ハッハ。いつも熱苦しい私たち。)
そして、楽しいブレリアのひととき。温かいお客さん、素晴らしいミュージシャン(御大Tさん、モレナ西さん)、熱いパルマとハレオで踊っているあいだ私たちを支え励まし続けてくれたクヘイジ、一緒に踊ったメンバー、・・・いい仲間がいるという幸福感の中で舞台を終えることができました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<舞台を終えて・・・>

見てくれたみなさん、本当にありがとう!!

スタジオの仲間たちの笑顔、嬉しかったです。みんな、発表会から一週間だというのに、わざわざ足を運んでくれて本当にありがとう。ミセス軍団の麗しいみなさまの粋なハレオには励まされました。コメント送って下さったコンコン。舞踊団の敬愛するKMちゃん、心の友SKちゃん、そして、大好きなトモちゃんも!!名前を挙げきれないくらい大勢の仲間の親しい顔・顔・顔に囲まれて、嬉しかったです。
尊敬する「目利き・はらりん」も忙しい中来てくださいました。
私がまだヘタッピな頃から、ず~っと応援し続けてくださっているI先生、S先生たち。
かわいいお花を届けて下さった素敵なyoshikoさん、この場を通じて知り合えたまだ見ぬ素敵な方々。
阿木さん・宇崎さん、橋爪さん、ふくちゃん、かわいいなべちゃん(ドア係と美味しいチョコをありがとう!)、伊達男アサノさんはじめノヴェンバーのみなさん、ありがとうございました。
そして空、ありがとう!!
・・・あの場に来てくれて、温かい心で舞台を見つめてくれた人すべてに、感謝です。

これにて私の、「曽根崎in堺」「発表会」「1111」と続いた怒濤の3月舞台ラッシュが一段落。
堺で「曽根崎」を公演したのは、はるか、はるか昔のよう・・・・・・・。
充実した濃密な時間が流れていて、忙しかったけれど幸せでした。
今月立て続けに舞台に立たせてもらうことで味わった、様々な思いや経験が、私をまた少し成長させてくれました。(・・・と信じたい。)
心の中で、「どんな時間を過ごしたのか、何を得たのか。」を考察し、総括し、理解するまでには、まだ少しかかるかなぁ・・・かかるだろうなぁ・・・。
でも、なんだか、心に色んな種を、たくさん蒔くことのできた日々でした。
この種の中から、今後どんな芽が出てどんな花を咲かせてくれうるのかを楽しみに、これからのんびり水をやり陽を照らすような日々を過ごしていこうと思います。

とりあえずの予定は・・・、整体、髪を切る、部屋片づけ、コンタクト新調、からスタート。
そして、心の春休み中にやりたいことは、本を読む、映画を見る、音楽を聴く、桜の写真を撮る、美術館に行く、バレエに行く・・・できたら小さな旅をする、です♪
ウキウキウキ・・・♪♪

Σ(・ロ・ノ)丿・・・・!!
フラメンコの練習は・・・!?




・・・しますよ、もちろん(´ー`)ハッハ!


2007/03/23 (Fri) まことの花

「花のある踊り手」とは、どんな人のこと?そもそも「花」ってなぁに?

●世阿弥の『風姿花伝』

フラメンコの発表会に行く日の朝、電車の中で世阿弥『風姿花伝』を読んでいました。
118zeami.gif世阿弥『風姿花伝』

たいてい舞台の日の朝は、私の芸術上のバイブルである、リルケ『若き詩人への手紙』を読むことにしているのだけれど、この日は、能の美学である「幽玄」を感じたいという思いがあり、このようなチョイスとなりました。
その中に多用されている「花」という言葉の核心をつかみたかったのです。

「花」
って・・・何だろう。
世阿弥も言葉を尽くしさまざまに書いてはいるけれど、決定打として言い切れてはいないようです。言葉には、し尽くせないのが「花」であり、それでも芸事に置いて最も大事なのはやはり「花」。
・「誠の花は、咲く道理も、散る道理も、心のままなるべし」
・「工夫と達者とを極めたらん為手をば、花を極めたるとや申すべき。」
・「花と、面白きと、珍しきと、これ三つは同じ心なり。」
・「能も、住するところ(ひとつのところにとどまること)なきを、先づ花と知るべし。」
・「因果の花を知る事、極めなるべし。一切、みな因果なり。」
・「秘する花を知ること。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず。」

・「花は心、種は態(わざ)」
何とも深遠な言葉です。
今の私には、実感として感じられる部分もあり、これからまだ心の中に「?」を残し、追求していきたい部分もあり・・・。

そして「時分の花」のこと。
「時分の花」とは、24,5歳ごろに一瞬咲かせる花で、「年の盛りと、見る人の一瞬の心の珍しさ」によって咲くものであって、それは「まことの花」ではない。それなのにすっかり極めたつもりになってしまうことはあさましい。「時分の花」を「まことの花」だと勘違いして慢心することが、「まことの花」からより一層遠ざかる心であるから、ますます気を引き締めて稽古しなくてはならない・・・、などという部分は本当に面白いと思います。
「時分の花」も、「花」は「花」ですから、美しいし見応えはあるでしょう。
でも「真の目利きは見分くべし」とあります。
本当に芸術を見る目のある人から見れば、「時分の花」なのか、「まことの花」なのかが分かる・・・ということ。うぬぼれによって成長を止めるようなことなく、謙虚に学び続ける姿勢が大事なのでしょう。

34,5歳は「盛りの極め」である、とあります。
でも、「もしこの時分に、天下の許されも不足に、名望も思ふほどもなくば、いかなる上手なりとも、未だ、誠の花を極めぬ為手(して)」であると、グサッと来るような、芸術家にとっては残酷で恐ろしい言葉も書いてあります。
さらに、「この比は過ぎし方も覚え、また、行く先の手立てをも覚る時分なり」・・・つまり「この頃は、五里霧中で暗中模索的にたどってきた経過の意義が自覚されてきて、また、今後の進むべき方向も見通しがついてくる時期である。」ということ。
若さの勢いと容姿の華やかさで一瞬咲かせた「時分の花」の時期を過ぎ、まさにこの頃が、「まことの花」を獲得できるかどうかの重要な境目なのでしょう。この時「まことの花」を咲かせることができれば、年を重ねても「老い木になるまで、花は散らで残りしなり。」と書いてあります。
(具体的な年齢については、600年前に書かれた芸術書ですから、今とは少しずらして考えても良いかもしれませんね。)

繰り返し読むうちに、すべてを理解できたとはとても言えないまでも、心に響いてくるのは、ひたすら稽古をすることの重要さです。
人間としての品位を保ち、よく学び、稽古を重ねること・・・世阿弥は繰り返しそのことの大切さを説いています。それがやっぱり、「まことの花」を咲かせるための道・・・。

特に私が好きなのは、この本の中に書かれた漢詩です。

心地に諸々の種を含む
(しんじにもろもろのたねをふくむ)
普き雨に悉く皆萌す
(あまねきあめにことごとくみなきざす)
頓に花の情を悟り已はりぬれば
(とんにはなのこころをさとりをはりぬれば)
菩提の果自づから成ず」
(ぼだいのかおのづからせいず)

心に、身体に、たくさんの種を蒔く。
めぐみの雨によって、小さな芽が萌えいづる。
そして、花が咲く。
そのはてには、実がなる。
そんな風に在れたら、どんなにいいでしょう。


さて。
私にとって「真の目利き」だと感じさせてくれるのは、舞踊団のアドヴァイザーである、はらりん。ご自身も能を学び、芸術について、人間について、温かくまた鋭い見識を持っていらっしゃるすぐれた真の知識人です。
その尊敬するはらりんが、発表会の私のソロに対する感想を送って下さいました。
(はらりん、本当にありがとうございました!!)
実はこれを待っていた・・・。そしてとても嬉しかった。
・・・ので、「未来の私のために」ここに記載しておきたいと思います。
そして、またあらたな気持ちで、「まことの花」をもとめて、頑張っていこうと思います。

*はらりんからのメール
「さて、発表会大変お疲れさまでした。
君のソレア、とても良かったと思います。
一言で言えば「今日この時、このタイミングと場を得て踊られる必然性」を感じさせてくれるソレアでした。
また高いモチベーションの元に踊られた一曲でもありました。
極めてシンプルに抑制的に踊られていたと思います。
しかし、君の身体は十分に良く君の「心」に応えていました。
それが表現となってしっかりと表されていた事が、大変に印象に残りました。
踊りはこのように、よく必然性を持って踊られるのが理想だと思います。
それを成し遂げ、また感じさせてくれた事、見事だと思います。
勿論これが終着点ではありません。
体調にくれぐれも気をつけながら、また一歩一歩自分の道を踏みしめていって下さい。
ゆっくり、丁寧にね!」

*おまけ 
ずっと応援して下さっている優しいりょうちゃんからのメール

「ソレアでは、以前とは異なる印象を強烈に受けました。
華やかで躍動的な動きから外側に向けて発せられるエネルギーをこれまでmarの踊りに感じてきました。
今回はそういう動きを封印したことで、内側に溜め込まれて重厚感を増していくエネルギーを怖いほどに感じました。
どちらも「迫力ある踊り」なのに、受ける印象は全く違いました。
marの表現の幅の広さを目の当たりにし、これからもずっと観続けていきたいと思わずにはいられませんでした。」


2007/03/22 (Thu) 開花!

20070322121403.jpg
秋から春まで長く咲いてきた十月桜 (2007、春、携帯で撮影)

白いつばきのはなびらは、ハートの形をしていた。
ひんやりとなめらかな白いハートをふたつ、手に持ったまま歩いた。
赤いつばき。
ピンクのつばき。
青い空のもとで、誰も見ずとも静かにひたむきに咲いている。
わたしもそんな風にありたい。

黄色い花火のような、さんしゅゆ。
可憐でつつましやかな、ゆすらうめ。
天に昇ろうとする竜のような雪柳は白い花びらがあふれこぼれんばかり。
水仙は陽をあびて満開。

春!!
もんわりした雲も、強い風も、淡い空の色も、空気の匂いさえ、もう春だ。

長く寒さに耐えて咲いてきた十月桜は染井吉野といよいよ交代の時期。

とうとうさくらの開花宣言。
幹に、つぼみに、たっぷり蓄えられたさくらの命が、今いっせいに開こうとしている。
時を今か今かとこらえて待っていよいよ咲こうとするつぼみの、ひらく瞬間が見たい。
今年もカメラを持って、たくさんのさくらを撮りに行こう。

yukiyanagi.jpg
勢いよく咲くわが庭の雪柳 (携帯で撮影)


2007/03/21 (Wed) 「華麗」VS「ウルルン」
めったにテレビを見ない私・・・。
というのも、たいてい毎晩レッスンに行っていて、連続ドラマなどを見ることが非常に困難なため。(帰ってくると、ちょうど「オーラの泉」の半分くらいから見ることができるような時間。)

でも、最近は、キムタク主演の財閥一家のドロドロ愛憎劇「華麗なる一族」を見ていた。
以前、同じ山崎豊子原作の「白い巨塔」が見応えがあり面白かったので・・・。
発表会などで多忙を極め、今朝、やっと最終回のビデオを見た。
(それにしてもテレビは録画してCMを飛ばしながら見るに限る。貴重な人生の時間を短縮。)

うう~~~~。(/-\*)
あんな最終回だったなんて~~~~~!!
泣きながら見た。
ただ父に愛されたいと願いつつ、それが叶わず、自己の存在が消えることが唯一の道だと信じ、丹波の山奥で雪にまみれ猟銃自殺を図った鉄平(キムタク)が痛ましかった。
自分の子ではないから愛せないという父の狭量さに腹が立った。
雪山のシーンが、すごく荘厳で雄大で、雪を孕んだ風の強さが肌に突き刺さるように感じた。
(それにしてもキムタク、あんな雪の中に長時間いたの!?スゴイ・・・。)
「ワガママで卑怯な方法を選ぶことを許して欲しい。」
という遺書。
・・・私はなにがなんでも、生きて夢を叶えて欲しかった。
鉄平は、あんな風に死んではいけなかった。
「僕はどうして・・・明日の太陽を見ないんだろう。」
という最後の一言が、大きな絶望の闇として心に響いて残る、後味の悪い終わり方だった。

そして・・・。
母がきっと録画停止をし忘れたビデオには、続けて意図せずに偶然「世界ウルルン滞在記」が録画されていた。
そこでは、「戦場から来た子供たちに、東ちづるが出会った。」ということで、ドイツの国際平和村のことが取り上げられていた。

<ドイツ国際平和村>
第2次世界大戦以降、武器を使った紛争は世界中で190も起きており、その4分の3は 国内紛争だと言います。今日も世界のどこかで尊い命が危険にさらされているのです。紛争地域や危機に瀕した地域の子どもたちを支援するために設立されたのが、ドイツ北部、オーバーハウゼン市にあるドイツ国際平和村です。1967年に作られたドイツ国際平和村は、紛争などで傷つき、母国で治療することが困難な子どもたちや病気になった子ども たちを、ドイツに運び、治療し、母国に帰すという活動を行っています。手術後子供たちは、リハビリをしながら年齢や国籍の違う子供たちと一緒に平和村の施設で過ごします。平和村の運営は、そのほとんどが寄付金で賄われています。女優・東ちづるさんが最初に平和村を訪れたのは、1999年6月。以来、番組を超えて平和村の子供たちとかかわり続ける東さん。今回のウルルンは、そんな東さんと平和村の子供たちとの8年間です。
(「世界ウルルン滞在記」HP
http://www.ururun.com/より引用)

銃で目を撃ち抜かれた子、爆撃の熱で手をなくした子、まだ足に何発もの銃弾を抱えたままの子・・・。怪我を治し帰国しても、帰国先の母国はまだ戦場であり、親きょうだいを亡くした子も多い。
彼らの姿を見るにつれ、その現実の重みに打ちのめされた。
傷つけられながら、泣きながら、親のいない見知らぬ外国に連れてこられ、それでも必死に生きようとする子どもたち・・・。
こんなとき、踊りも仕事も投げ出し飛んでいって彼らのために働きたい!という衝動に駆られる。(この気持ちを忘れないうちに募金しよう・・・。)
やけどをした顔で、つぶされた顔で、それでも輝く笑顔を見せてくれたドイツ平和村の子供たち。今も、親との別離に耐え、辛い治療に耐え、明日の太陽を待ちながら、一生懸命生きている。

その笑顔を見ながら、個人的な苦しみの果てに、妻子を残して「ワガママで卑怯な方法を選ぶことを許して欲しい。」と猟銃で自殺した鉄平(キムタク)は、絶対に死んではいけなかったよなぁ・・・と、ますます思った。鉄平が魅力的な人格として描かれていたからこそ、死へと逃げずに、生きて生き抜いて、何かを成し遂げて欲しかった。
生きてさえいれば、朝になれば必ず太陽が昇るのだから・・・。

ドイツ平和村で現在も続いている現実の重み、生きようとする人間の必死な生命の輝きの前には、華麗なる財閥ファミリーの愛憎劇は完敗だった。
(まぁでも、とても力のこもった見応えのあるドラマだったことは確か。キムタクは、やっぱりかっこいいなぁ・・・。)

それにしても、TBS、どうなの、この番組の並べ方は・・・。
華麗な涙はすっかり乾き、ドイツのことで心がいっぱいになってしまったよ、私は。

▼ドイツ国際平和村への募金先は、以下の通りです。

三菱東京UFJ銀行 本店 普通口座
口座番号:0152887    
口座名: ドイツ平和村 または Aktion Friedensdorf e.V.
※通常の振り込み手数料が掛かります。

▼平和村のホームページアドレスは以下の通りです。
  
URL:www.friedensdorf.de

2007/03/19 (Mon) 発表会終了!

20070319231046.jpg

おかげさまで、発表会「ARTE Y SOLERA CONCIERT VOL13」(2007,3,17 in メルパルク)、無事に終了致しました。
見に来て下さったみなさん、応援して下さったみなさん、本当にありがとうございました。

●去年のソロはこんな感じでした・・・。

私の悪い癖・・・それは、「ソロを踊ると必ず、その後でどうにもならないくらい落ち込むこと。」
去年は特にひどかった・・・。
発表会翌日さっそく真由美先生に呼ばれ、ソロについて話をするうちに涙がどうにも止まらなくなり、そのあとスタジオの更衣室で二時間も引きこもり泣いていました。
そして、その結果、去年は新人公演に出場しないことを決めたのでした。
その時のへこみ具合の様子は、こんな感じでした・・・。

★過去ブログより

*「発表会を終えて」2006,5,15
http://luna-y-sol.spaces.live.com/blog/cns!143A9F9C48AC9CF6!2014.entry?_c=BlogPart
「今、心にあるのは、ひたすら疲労感と、むなしさと、脱力感、うち砕かれたようなつらい気持ちです。心の中はシンと静まりかえっていて、中に入っていたものがみな砂時計のようにどこかへさらさらと落ちていってしまった後のような…。
昨日舞台を見て下さった方々は、大きな舞台でライトと客席の視線をあびて踊っていた私が、今こんな気持ちでいるとは想像しないかも知れませんね。
大きな失敗をしたわけではない(具体的な反省点はもちろんありますが)。そしてきっと思い通りに、もしくはそれ以上に良くできたところもあったでしょう。見て下さった方に楽しんでいただけたり、何かを感じ受け取っていただけたりできたところも、もしかすると少しは有ったかもしれない・・・。
それでも、どうにも困ったことに、静かな夜の中で暗く落ちていく心を止めることが出来ません。
長年踊れば踊るほどに、そして真剣に頑張れば頑張るほどに、ソロを踊り終えたあと落ち込むようになりました。(群舞はいつも楽しいし、満足感もあるのですが・・・。)
高望みすぎるのかも知れません。頑張りすぎた反動が来るのでしょうか?
ソロでは自分自身に満足できたことなど一度もなく、常に不完全な自分、何年踊っても心の底から満足のいく踊りを踊れない自分への、どうにもならない苦さをかみしめることの繰り返しです。自分の成長というのは自分ではなかなか感じられないものですね。常に自分に不満足だからこそ、「次こそは」とはかない期待を抱き続けて踊ることをやめられずに、ここまで来てしまっているのかも知れません。 」
・・・などと、暗~く(笑)書いています。

●さて、今年のソロ「ソレア」は・・・。

今、とてもすがすがしい、サッパリとした気持ちでいます。
もちろん、具体的に反省、改善しなくてはならない点も、たくさん・た~くさんあります。
でも・・・。「今の私なりの精一杯を、踊ることができた。」と、感じています。
踊ってよかった。

特に、スタッフ下見以来、リハはず~っと、なかなか満足のいかないままで、どうなることかと思いましたが、本番がダントツで一番よく踊れた。
「よく踊れた」というのは、もちろん技術的な面ではなくて・・・。

何だろう。
言葉にするのは難しい。
言葉にできない、その部分を踊れたから・・・不思議と満足しているのかもしれません。

闇の中に立っていると、白い光が降ってきました。
その中に、ただただ立っているだけ、その時すでに覚悟は決まっていました。
心の中は、とても静かで澄んでいました。
白い炎が音も立てずに高く燃えていました。
すべてがクリアに、目の前に見えていました。
孤独でした。
でも、フラメンコの音の中に居ました。
最後は、光の中へ・・・。

もう、去年のように、不満足な落ち込んでゆく気持ちを無数の言葉を使ってダラダラ表現する必要は無いようです。
見てくれた人が、何かを感じてくれていたら・・・こんなに嬉しいことはありません。
でも、たとえ誰も良いと思ってくれなかったとしても、心の中には落ち着いた静かな満足感があります。
いつもへこみまくる私にしては本当に珍しいこと。
すべてに感謝しています。

ヒロ君先生が、真由美先生が、ずっと私の踊りを見続けてきた母が、見に来てくれた大切な人たちが、スタジオの仲間が、歌い手のマヌエルとルイ、ギタリストのアントニートが、カメラマンの川島さんが、音響の金田さんが、「よかった」と言ってくれました。
DVDを見たら、きっとまた自分の下手な部分ばかり目について、超へこむでしょう(笑)。
それまでしばし、このサッパリとしたいい気持ちでいたいと思います。

休む間もなく、3月24日はノヴェンバーでのライブ。
人生の瞬間は次々に過ぎゆく。よかったことはすでにもう過去のこと。
次の「私」は、発表会で踊ったときの「私」では、すでに無いのでしょう。
発表会とは全く異なる狭い空間で、違うミュージシャンと共に、今度はどんな「ソレア」を踊ることができるんだろう・・・。それがとても楽しみです。
ちゃんと7日分の小さな成長が、ありますように・・・・。

●私の踊った群舞

群舞はいつも楽しいのです。
仲間と踊ることは、私にとってすごく大きな喜びだなぁ・・・、といつも感じます。

中級「シギリージャ・イ・マルティネーテ」
いつも一緒のおなじみの団員たちも一緒だけど、それ以外にもレッスンに皆勤で出席しコツコツ練習を重ねてきた仲間がたくさんいました。彼女たちの頭が下がるような頑張りに支えられ、励まされ、刺激を受け、教えられながら、気持ちよく一緒に練習してきました。それが何より嬉しかったです。
とにかくヒロ君先生作の振り付けが難しく、足もリズムも細かくてとりづらく、しょっちゅうクヘイジ先生に怒られてはみんな練習中は暗い気持ちになることもしばしばでした。でも、何度でも元気になれたのはみんなと一緒に練習するのが楽しかったから。
本番前にみんなで「落ち着いて踊ろうね!」と声をかけあって、円陣を組んで励まし合い、(それぞれ個人的には失敗もあったかもしれないけれど・・・)、私は本番が一番よい出来だったように感じています。

初級「カンティーニャ」
今年は、初めて初級クラスの群舞に参加させてもらいました。
ソロも中級も暗い曲なので、もう一曲、明るい曲(「カンティーニャ」)を踊りたくて。
赤い花の刺繍のついた白いマントンに、白いファルダ、鮮やかな青いエナグア(ペチコート)、髪には赤いバラ、そしておそろいの赤いピアス。
年が明けてから急きょ参加することにした私にとっては、たった2ヶ月ほどの練習期間でしたが、みんなに振りを教えてもらい、楽しく参加することができて、とっても感謝しています。
みんなでグルグル回転寿司のように廻るところや、最後に顔を見合ってジャマーダする時、みんなの笑顔が見えて、心の底から喜びが込み上げてきました。
一列になってのおしりフリフリや、最後のバンザイの連続、楽しかったね~~~!
指導してくれた舞踊団のKM、ありがとうね!!

●みんなの群舞

それから・・・。
リハの時しかほかのチームは見られなかったのですが、みんなそれぞれに素敵でした。
私は、人が頑張っている姿に弱いのです。

ミセス「タンゴ」
今回の白眉は、ミセスクラスの歌って踊る「タンゴ」でした。
リハでヒロ君先生に、
「もっと大きな声で!!もっと!!もっと~!!聞こえないよ!!それじゃ届かないよ!!がんばれ!!がんばれ!!がんばれ~~~~~~~!!」
と叫ばれながら、一生懸命に大きな口を開けて必死に歌い踊っているみなさんの、生き生きとした姿を見ていたら、感動して5回ぐらい泣きそうになってしまいました。
一人一人がそれぞれに、魅力と個性を発揮していて、踊ることを心から楽しんでいることが伝わってきて「これぞフラメンコだ!!」って思わせてもらいました。
あの仲間に入りたかったよ~~~~((((((((((((*ノノ)

入門「タンゴ・デ・マラガ」
黒のベルベットにエメラルドグリーンの大人っぽい衣装が素敵でした。髪にカラーの花を飾るなんて、初めて見たけれどすごく洗練されていてかっこよかった。去年まで子供クラスで踊っていたモエちゃんマキちゃんが、大人の中で一生懸命踊っている姿に胸を打たれました。ずっと前から入門クラスに出続けて頑張っているアイちゃんやシガちゃん。やっぱりすごく上手になっていたし、気持ちがこもっていて、やっぱり長く頑張ってきたことの重みを感じました。ブログを通じて仲良くなれたたなぼたんちゃんも、とってもキラキラしていました!もちろんその他のみなさんも・・・。

子供クラス「アレグリアス」
メイちゃん、ユウちゃん、三つ子のうちの二人のミキちゃんカナちゃん。
長い一日の楽屋での待ち時間、何度も4人で「練習してくる!!」って出かけて汗かいて髪ぐしゃぐしゃにして戻ってきて頑張っていたね!!本番では「いい笑顔みんなに見せてあげてね!」っていう約束、ばっちり守ってくれたね。ずっと、舞台袖からみんなのこと見ていたよ。 来年はどんな踊りを見せてくれるか、今から楽しみにしているね。

もう一つの初級チーム「カンティーニャ」
ここでは、ソロのメンバーもだけれど、大きいヒガンテチームの頑張りがやっぱり光っていました。それから、エミちゃんも、なぜがサイドにいることが多かったけれど、目に入ってきましたよ!(…なんて思うのも、以前自分が担当させていただいた方たちのことはやっぱりひいき目に見てしまうところがあるのかしら・・・?)衣装と品のいい花のセンスが素敵でした。

ミセスのマントン「カーニャ」
…これだけが、唯一、リハも本番も見られなかった群舞。
残念残念!!(だれかDVD貸して下さ~い)。
クロ親分は「本番が今までにないほど失敗だった。」と言っていましたが、きっとそんなこと無いよね・・・!

●感謝

指導してくれた、真由美先生、ヒロ君先生、クヘイジ&KM。
演奏してくれた、マヌエル、ルイ、アントニート、まこちゃん。
スタッフのみなさん。
一緒に踊った仲間。
見に来てくれたみなさん。
応援してくれたみなさん。
一人ずつ名前を挙げきれないほどたくさんの、みんな、みんな、みんな・・・・。
本当にありがとうございました。

また新たなスタートです。
これからも歩みを止めずに・・・丁寧に踊ってゆきたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いします。


2007/03/18 (Sun) 「フラメンコ」という名の花

「フラメンコ」・・・という名のパンジーがあることをご存じですか?
まるでフラメンコのドレスのフリルのような、フリフリのかわいらしい花です。

発表会の前日、まだお目にかかったことのないお友達の「野の花さん」より、このようなメールをいただきました。
その優しいお心が、あまりに嬉しく感動してしまったので、許可なくここでご紹介させていただくことをお許し下さい。

「明日はいよいよ 発表会ですね。
今回いけなくてごめんなさい。
素晴らしい舞台になることでしょう。
今までの全ての力がだしきれますようにお祈りしています。
せめてもの こころの花を お贈りします。 
野の花」
http://nonohana.blog.ocn.ne.jp/nonohana/2007/03/post_1ac1.html
↑どうぞこのページをご覧下さい。

ここには、私の事を書いてくださった記事がありました。
こんな形で素敵な贈り物をいただいたのは初めてでした。
美しい文章、美しい写真、そして、そこからあふれるように流れ出す愛情豊かな「野の花さん」の優しい心・・・本当に本当に嬉しかった。

「野の花さん」とは昨年夏、実は少々変わったいきさつで出会いました。
そのことについて、ここで多くを語るのはよしましょう。
「野の花さん」との出逢いのきっかけとなった事件で私は、ネット社会の不気味さと不愉快さを悲しい気持ちで味わわされました。
でも、逆にその事件を通じてまた、いく人かの見知らぬ人の心の優しさに触れることもできました。
「得たものもまた多かったのだ・・・。」と、今では思っています。
そのことがなければ、こうして「野の花さん」が素敵な贈り物をして下さることもなかったのですから・・・。

この場を通じて出会った見知らぬ人・・・。
この場があったからこそ、より一層近しくなれた知人・友人・・・。
「信じられぬと嘆くよりも 人を信じて傷つく方がいい~♪」(「贈る言葉」より)

けだし名言だなぁ・・・と思います。
私は、これからも、広い世界の中で出逢えたひとりひとりとの縁を、大切にしていきたい、できることなら育てていきたいなぁ・・・と、今あらためて思っています。
私へと差し伸べられる優しい手を感謝して受け取り、心を開いて、新たな出逢いを重ねていきたいです。そして私も、人に心のこもった温かい何かを届けることのできるようになりたい。
そして、まだ見ぬ友と、いつか実際に笑顔と笑顔を見せ合って、語り合える日が来ますように・・・。

人間の心の中には、混沌と様々なものがつまっているけれど、でも、その中には必ず「真善美なるもの」が備えられていることを信じて・・・・。

野の花さん、本当に本当にありがとう!!
そしてみなさん、本当に本当に、ありがとう!!!
たくさんの人の優しい気持ちに支えられ、発表会を頑張りきることができました。


2007/03/16 (Fri) 春の初雪

20070316163354.jpg
庭の椿と雪柳

今日、観測史上もっとも遅い「初雪」がふった。
チラリと白く舞い、すぐに淡くはかなく消えてしまった。

庭は春。
水仙やユキヤナギは満開、コブシも白モクレンも、いまを盛りと咲いている。
赤い椿、斑入りの椿。
ムラサキダイコンの花や星の形をした白い花ニラも。

『「忙」という文字は「心を亡くす」と書く』、とは敬愛する作家・三浦綾子さんの言葉。
私の日々は、一週間前すらもう一ヶ月以上前のことに感じるようなスピードで、日々めまぐるしく過ぎてゆく。
立ち止まることも、ふりかえることも、できないままに。
私はちゃんと、心を亡くさずに居るだろうか。
淡い雪のように過ぎていってしまう一つずつの瞬間を、丁寧に過ごし、丁寧に味わう。
そんな風にいたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「曽根崎」堺公演から帰宅してからの私の一週間。未来の私のために簡単に記録しておきたい。

帰宅翌日は、終日発表会の練習。
夜は、舞踊団のKMとJJと、川島浩之さんの写真展をふたたび訪れつつ食事をした。
(偶然川島さんご本人にお目にかかれた!)
それから現代舞踊協会主催の「ダンスプラン」へ。舞踊団のS子ちゃん、346,KTの応援に。客席には来日中のアントニオ・ガデス舞踊団のステラ・アラウソやエンリケ・パントーハ!真由美先生が招待したそうだ。
私はとにかくS子ちゃんの、ひたむきでピュアな踊りに胸を打たれて感動して涙が出てしまって困った。あふれる涙をふきながら見ていた。
「踊りの良さ」というのは、上手い下手ではない、どれだけ心に届くかだということをあらためて思わされた。技術があっても感動はしない。器用に無難にこなせばいいというものではない。作為的な演出や作りすぎた表情がわざとらしく鼻につくこともある。
ただ精一杯、一生懸命踊る・・・それが見る者の心を動かすことがある。
「私もひたむきに踊りたい」・・・そう思わされた。

我が家に里帰りしていた生後六ヶ月半の妹の子、ヒロ君が、急きょ十一日に入院。
引きつけを起こし、けいれんが二時間も止まらず、その後高い熱を出した。
家族中でさんざん胸がつぶれる思いで心配し、祈り、回復を願った。
今日、入院から六日目にしてやっと退院できた。
まだこれから検査などが続く。
かわいいかわいい愛するヒロ君。
どうぞ、どうぞ、元気に大きくなってね・・・・・・!!!!
hiroto.jpgオウオウオウ・・・と泣いています。

その後は、仕事の山場と、連日の発表会リハーサルの重なった濃厚な日々。
スペイン人のミュージシャンたち(歌い手のマヌエルとルイ、私たちのフラメンコの公演には欠かせない大好きなギタリストアントニート)がスペインから到着。
彼らの大きな存在感、そしてまさに本場中の本場のヘレスのフラメンコの歌とギター。それだけで踊ることに大きな喜びが加わる。
そんな中、首や肩があまりに痛いのでつらい・・・もう駄目、という限界ぎりぎりのところで、すごく丁寧に治療をしてもらった。心身共にゆっ・・・・た~り、のんびりとくつろいで癒されて、この濃密で緊迫した日々の中からしばし脱出。心に憂いも心配も何もない、至福のひととき。天国のような時間だった。
自分自身のメンテナンスは本当に大事だと実感。
yakei.jpg
そうこうするうちに、明日はもう発表会!
(見に来て下さるみなさん本当にありがとうございます!!)

どんな風に踊りたいか・・・踊るべきなのか・・・は、言葉にはしないでおこうと思う。
「頭」ではなく「心」で。「言葉」ではなく「身体」で。
音に身をゆだね、踊りで・・・身体の機微で、何かを伝えられたらいいなぁ。
私の身体を伝って、豊かに心が流れ出しますように・・・・!


2007/03/12 (Mon) 「フラメンコ曽根崎心中」堺公演

「フラメンコ曽根崎心中」堺公演 無事終了

2007年3月10日(土)開演14:00~
国際障害者交流センター(ビッグ・アイ) http://www.big-i.jp/index.htmlにて

★天国を渡ってゆく

私たちの35回目の「曽根崎」の会場は、舞踊団のKMの故郷である大阪・堺。
阿木・宇崎ご夫妻と、事務所の方々、鍵田・佐藤先生、土佐琵琶の黒田月水さん、舞踊団…。
旅の「曽根崎」一座一同、羽田より飛行機に乗り込み、一路堺へ。

飛行機の窓から見える世界はまるで天国。
広がる白い雲の上、どこまでも澄んだ青空の中を、ゆく。
世界は美しく、光に満ちている。
頭を雲の上に出し・・・ているのは、もちろん日本一の山・富士山。
雲の上から間近に富士山を見るのは初めての体験。
雪をかぶる山肌が鮮明に見え、美しきかな、美しきかな。
「ワァ…!きれい!」と思わず感動の声を上げ、みんなで顔を見合わせニッコリ。
美しい雲の上・青空の中を、富士山を眺めながら飛ぶ。
そんな景観の美しさすら私たちへの祝福のように感じられてくる。

★心の結集

会場に着けば、おなじみの頼もしいスタッフの方々。
舞台監督の青木さん、照明の井上さん、美術の江頭さん、音響の有沢さん、衣装のれん子さんにチャコット衣装部・ミコピン姉さん、ばんちゃん・・・ほかにもたくさんたくさんの方々。
「曽根崎」に心を尽くすみんなの力が結集し、ホールに充満していく。

堺に住む、舞踊団のKMのご両親が、みんなへの差し入れをしに来てくださった。
KMは高校生の頃から両親と離れて住んできたので、ご両親が体調を崩されたりなさったときにはすぐに戻れない東京にいてずいぶんと心配で辛い思いをしてきたと思う。
今回、彼女のふるさとで公演できて本当に嬉しい。
娘の晴れ姿、きっと喜んで見て下さることだろう。
たくさんの人の優しい心に見守られながらいつも踊っていることをあらためて思う。
(美味しい蜜柑と豚まん、ごちそうさまでした!!)

あわただしく衣装を出しハンガーにかけ、稽古着に着替え、ストレッチ、そして舞台を見に行く。
自分の駆け抜ける通り道や、舞台そでに作ってくれている衣装の早替えスペースを確認。
そして、場当たり。
自分の立ち位置や群舞で並ぶ列をどこに作るか、丁寧に確認しながら進めていく。
今回の舞台は横に長く奥行きが浅い。
何度公演を重ねても、そのつど、一期一会の舞台の繰り返し。
確認しなくてはならないことは多い。
アッという間に時間が過ぎてゆく。

★そして幕が開く

朝6時半に起き、7時に朝食。
楽屋には9時まで入れないのに、衣装を着用しての通しのリハーサルは9時半から。
とにかく部屋で髪を結い、メイクをできるところまでしておく。
9時半から通しのリハーサル。

そして14時から、本番。

…大きな温かい拍手の中、無事に終えることができました。
本当にありがとうございました。

★バリアフリー「曽根崎心中」

今回の公演の会場は、国際障害者交流センターのホール。
1200席のところに、7000人近い応募があったそうだ。
(それならみんなに見ていただけるよう、5回公演したかった~!応募したのに抽選に漏れてしまったみなさん、ごめんなさい。またいつか見ていただけますように・・・。)
お客さんの中には、車いすの方、視覚障害の方、聴覚障害の方、などがたくさんいらした。
「曽根崎」史上初めて、電光の字幕や、イヤホンの音声ガイドがついたのだ。
そして、曽根崎史上初めて、盲導犬が舞台を見てくれた!!
それらのことが、なぜだかとてもとても嬉しくてたまらなかった。

そして…。
私の愛するスペシャルゲストが来てくれた!!
静岡県湖西市から、わざわざ新幹線に乗って…!
それは、小百合ちゃんと、その姉・きみちゃんとその子供マボの3人。
以前、ヒロ君先生が学生時代ボランティアをしていたことが縁となり湖西で知的障害を持つ子供たちとフラメンコの公演をさせてもらったことがあった。
その時から仲良しになって、今ではすっかり私の人生に無くてはならない大切な友。

*小百合ちゃんについてはこちらに書きました…。

1,出逢いとなったエイブル・アートの公演
 
http://luna-y-sol.spaces.live.com/Blog/cns!143A9F9C48AC9CF6!1558.entry
2,小百合ちゃんに会いに行った湖西への旅
 
http://lunasolmilcoco.blog68.fc2.com/blog-entry-27.html
3,小百合ちゃんたちと東京で行ったフラメンコの公演
 
http://lunasolmilcoco.blog68.fc2.com/blog-entry-36.html
4,小百合ちゃんたちと飛騨高山への旅
 
http://lunasolmilcoco.blog68.fc2.com/blog-entry-76.html

舞台で最後にお辞儀をしたときに、顔を上げると、すぐ目のまえに赤い服を着た小百合ちゃんがいて、涙を拭きながら私たちを見つめてくれていた。
きみちゃんとマボが最高の笑顔で両手を上にあげて拍手をしてくれていた。
それを見ていたら涙が込み上げてきた。
大好きな3人に会えて本当に本当に嬉しかった。

九平次が、カーテンコールで
「みんなに・会えて・嬉し~~~~い!」
と、手話で挨拶。
拍手喝采を浴びていた。

目の見えない人にも、耳の聞こえない人にも、「曽根崎」は届いた。
そのことが、ひたすら嬉しかった。

★帰りに

帰りの飛行機は、夜の闇の中をゆく。
往きの飛行機の中で見た、白い雲と青い空の天国のような風景を見られないことを残念に思いながら、窓の外のぬばたまの夜を見つめていた。
すると、東京に近づくにしたがって、窓の外がキラキラ…としだす。
「宝石をちりばめた」という言葉がぴったりの、見たこともないような美しい夜景がきらめいていた。
白い光。
オレンジの光。
キラキラ、キラキラ…と。
黒い布に無数のダイヤモンドやルビーをばらまいたみたい。
「ワァ…!きれい!!」
往きと同じく、思わず感動の声が漏れる。
神様は、帰路にもご褒美も忘れずに用意してくださっていた。

★おまけ・今後の「曽根崎」

見に来て下さった方、応援して下さった方、ありがとうございました。
今後の予定をお知らせします。
お近くにお住まいの方は、どうぞ見にいらして下さいね!

*2007年5月19日(土)20日(日) 熊本公演
・会場  熊本県山鹿市・八千代座(国指定・重要文化財の芝居小屋)
・日時  2007年5月19日(土)・20日(日)
・開演14:00(開場13:00)
・お問い合わせ  Tel: 0968-43-7853 公演実行委員会まで
 詳しくはこちら  
http://www.yachiyoza.com/

*2007年7月15日(日)福井公演(生演奏!!)
・会場 福井 フェニックスプラザ
・開演 14時~・19時~ (2回公演)

*2007年7月20日(金)茨城県水戸市(生演奏!!)
・会場 茨城県民ホール
・開演 19時~ 

(東京での公演は今年、来年は無い予定です。)


2007/03/08 (Thu) アントニオ・ガデス舞踊団「血の婚礼」

*2007年3月7日(水)渋谷・bunkamuraオーチャードホールにて
アントニオ・ガデス舞踊団「血の婚礼」「フラメンコ組曲」
http://www.japanarts.co.jp/html/antonio_gades/index.htm
一階下手・バルコニー席1番

★「血の婚礼」

幕に丸くスポットライトが当たる。音楽が流れる。
これが血の婚礼の始まりの合図。

花婿が嬉しそうに婚礼の支度をしている。
花婿の母も嬉しそうに見守る。
うかれた花婿の手にはなぜかナイフ。
母は心配してナイフを投げ捨てる。

ゆりかごを揺らしせつなげに歌う女。
そのまなざしは暗い。
苛立つ様子で男(夫)が入ってくる。
張りつめた空気。
夫と妻のあいだに漂う不穏な空気。
妻はゆりかごを抱え、立ち去る。

舞台下手・上手に二つの丸いあかりの輪。
その中に立つ男と、白いキャミソール・ペチコートを着た花嫁。
はなれたまま二人は、心の中で相手を想う。
二人の動きがシンクロする。
目の前にはいない彼女を抱きしめる仕草。
目の前にはいない男の頭を優しく抱える仕草。
はなれたままでせつなく横たわり、ゆっくりと男は仰向けに、女はうつぶせに。
まるで身体を重ねているような・・・。
二人の心と心が寄り添い合い、物理的な距離を超えてゆく。
静謐な中に狂おしいほどの相手への愛を秘めた、美しいパレハ。

いよいよ花嫁は白い花嫁衣装を重ねられ、ブーケを手渡される。
思わずブーケを取り落とす花嫁。
彼女の愛するのは、花婿ではないから・・・。

人々がにぎやかに集い、結婚の祝いの宴が始まる。
「Viva los novios!(新郎新婦万歳!)」
聞きなじみのあるアルボレア(婚礼の祝い歌)は胸をときめかせる。
集合写真の一瞬の静止画像。
乾杯の手が宙に集まり、ふたたび一瞬の静止画像。
二人の思惑をよそに、楽しげに踊る人々。

男は花嫁の手をとり踊り始める。
見つめ合う目と目。
愛さなければならない人は、お互いほかにいるのだけれど。
でも、見つめ合い手をとれば、分かってしまう。
この人を愛さずにはいられない、それが運命なのだと。
宿命に引き寄せられるかのように強く惹き付けあう心。
目の前にいるたった一人の人以外、世界は自分の周りから消えてゆく。

花嫁は、運命の男とともに、花婿や客を残し祝いの席から姿を消す。
それに気付いたのは男の妻。
嫉妬と絶望にゆがんだ顔。
花婿に、母はナイフを手渡し、二人を追え、と命じる。

馬に乗り去ってゆく男の意志的な歩み。
男の背中に、すき間なくぴったりとよりそう花嫁。
追っていく花婿も、命をかける覚悟はできている。

・・・・・遭遇。
馬から下りる男と花嫁、そして花婿。
男たちの手にはナイフ。
もう、逃れることは出来ない。
いっさいの音が消える。
完全な静寂。
空間を切り裂いてきらめくナイフ。
濃厚な命がけの決闘の時間がスローモーションで流れる。

男のナイフが花婿を、花婿のナイフが男を、突き刺してゆく。
倒れる二人。
花嫁の、声にならない絶叫が、長く尾を引いて見ている者の心に響く。
そして闇。

★「血の婚礼」感想

このスペインを代表する作家ロルカの作品を、カルロス・サウラ監督の映画で見たとき、画面にあふれる光の白さがまばゆかった。
愛の果ての悲劇・・・なのだけれど、花嫁の衣装のように清らかな印象だった。
ヒロ君先生の運命を変えた(彼をフラメンコへの道へと導いた)この映画そのものが、舞台作品を撮影したような作りになっている。

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*カルロス・サウラ監督「血の婚礼」
主演:アントニオ・ガデス、クリスティーナ・オヨス

でも、昨夜の舞台で見たときにはやはり印象が違った。
一番のちがいは、・・・光、だ。
あの、まばゆいほどの白い世界は、舞台上では再現できない。
その代わり、闇の暗さが生きていた。
特に、一番最後のシーン。対決する二人は闇の中に浮かび上がる。
スローモーションの決闘シーンを、観客は呼吸することすらできずに固唾をのんで最大限の集中力で見つめる。
そして、二人の死を目の前にして、声にならない叫びを発する花嫁を覆い尽くす闇。
声を発しない花嫁の叫びが、確かに私の胸を切り裂いてその残響が痛い。
客席の私たちも、花嫁と同じ闇の中に取り残されてゆく。

ガデスはスローモーションの決闘のシーンをこう語っている。
「二人の争いのシーンは、私がこれまで経験した中で最も難しいものだった。さまざまな困難に直面し、解決していかねばならなかった。大げさな身ぶりや派手な演出をせずに、簡素に、人の痛みを表現したかった。」
(公演プログラムより引用)

物語が簡潔であればあるほど、「宿命」というものが鮮明に浮かび上がる。
物語はもうはじめから、そうなっていくしかないようにできている。
そこに疑問を持つ余地すらない。
・・・愛するしかない。
・・・死んでゆくしかない。
「カルメン」も、「血の婚礼」も、「曽根崎心中」もそうだ。

二人が愛しあっていること。
あらがうことのできない宿命によって、心と心が、どうしようもなくぴったりと寄り添い合ってしまうことを、言葉ではなく、踊りが伝える。
花嫁役のクリスティーナ・カルネーロがよかった。
初々しさや清さ、愛らしさを多分に備えて、「運命に身を殉じる従順さ」を感じさせた。
カルメンのような強い意志や情熱やあふれる感情や生命力よりもむしろ、「ロミオとジュリエット」のジュリエットのように、運命と自分の感情にさからわずに、ただ翻弄されていく者の素直さを感じた。

この芸術性の高い舞台作品は、フラメンコでありながら静寂の空気に満ちている。
「カルメン」以上に簡潔に、余分なものをそぎ落とし、幽玄の美を感じさせる。
豊かで濃厚な静寂・・・。

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★「フラメンコ組曲」のこと

(敬愛するガデスさま、大好きなアドリアンさま。失礼を言うことをお許し下さい!)

あまり・・・面白くなかったのはなぜだろう。
ここしばらくずっと、フラメンコを見ても素直に楽しめなくなっている自分がいる。
「オレ!」を言いたくなる瞬間はなかなか訪れなかった。
私自身の心の問題かもしれない。
自分自身にさまざまなことが具体的に跳ね返って来すぎて、職業病のように、理性で頭で、冷静に見つめてしまう。
その私の冷静さを破ってまで心を熱くさせてくれる舞台になかなか出逢えない。

特に、群舞。
群舞とは、・・・さまざまな意味で本当に難しいものだと感じる。
男性の群舞からタンギージョまでは、「上手な人たちの発表会」という印象だった。
列をそろえ、足の出し方や手の形をピッタリそろえ、見事に美しく踊っていた。
でも、心に食い込んで来ないのはどうして?
振り付けの問題?構成の問題?踊り手一人一人の問題?
ある人がご自身のブログでこの作品のことを、「みごとな揃いっぷりに『感心』はしたけれど、『感動』はできなかった。」と書いていらしたが、まさにそのような印象を受けてしまった。
でも、これが初めて上演された当時は、本当に画期的でセンセーショナルだっただろうと思う。
テアトロ(群舞)での作品としてのフラメンコの群舞というものが、これによって確立されたのだから・・・。みんながそれを真似して・・・今日まで来たので、・・・もう、見慣れたようなものになってしまっている。

私自身、個人的にアドリアンがとても好きなので、彼の踊りには惹き付けられた。
そして、一番心が浮き立ったのは、ラストに歌い手のファニャーレスと、唯一無二の存在エンリケ・パントーハが踊ったときだった。(どんな舞台を見てもたいてい、最後に踊るミュージシャンの踊りが一番良いと感じてしまうあまのじゃくな私。)
エンリケは、ただ少し前に出てきただけで、客席をワッと沸かせる。
派手な振りや細かいステップなどまるでないのに、歩いているだけで本当に本当にフラメンコであって素晴らしい。愛嬌、おちゃめ、ユーモア、いたずら心・・・そして、何よりペジスコ。
フラメンコで一番大事なのは、コンパス感(フラメンコ的なリズム感)と、ツボをジャストに押されるようなペジスコだなぁ・・・と、ヒロ君先生の指導のおかげで思うようになった。

さて。
私たちはどんな群舞であり得るんだろう。
つまらない群舞にはなりたくない。
群舞においてそろえることは、このような舞台上の「美」にとって、作品自体にとって、必然だと思う。
(劇場でのフラメンコの群舞において「そろえるのは嫌だ、自由に踊りたい。」という人は、そろえることが技術的に人間性的にできない人であることが多い。そろえただけで消えてしまうような「個性」や「フラメンコ魂」は情けない。そろえることが充分にできた上で、そこから先、どう自分を豊かに生かし踊るのかを考えて欲しい。)
自分自身がいかにソロで踊るのか、どういう踊り手として舞台上に存在するのか、ということはとても大切なこと。まずそこがしっかりとあることが大切だろう。
そして群舞においても、「ただ揃っているだけ・・・」を越えて、見ている人に感動を届けることのできる群舞でありたい。

実は、うちの先生たち(マミ&ヒロ先生)はときどき魔法を使う。
ある瞬間、先生たちの手がちょっと加わったとたんに、自分たちだけで練習し続けてきてくすんでいた踊る私たちの心がキラキラすることがある。
発表会の練習での群舞が一気によくなる瞬間がある。
その魔法の秘密を知りたい。
今度ぜひ聞いてみようと思う。
(教えてくれるのかなぁ?その前に、先生たち、その魔法を使えることを自覚しているのかなぁ?)

・・・とまぁ、このように自分の身に引き寄せて色々と考えさせられてしまうので、フラメンコ(踊り)を見ることを楽しめない。
フラメンコが大好きなのに、本当に困ったもの。(笑)
群舞見ていると、一列になったときの立ち位置の間隔の微妙なズレなどが、妙に気になったり・・・。(みなさんは気になりませんか?)
ついつい、反省したり、研究したり、考察したり・・・になってしまってダメ。

ああ・・・。
私を熱く感動させてくれるテアトロ・フラメンコの群舞の舞台作品、見てみたいなぁ・・・・。
ガデス自身が生きていたときには、今よりもっと、作品に魔法がかかっていたのだろうか・・・。

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★おまけ

舞台終演後、嬉しいことが二つあった。

☆その1

ガデス舞踊団のパンフレット写真やチラシやポスターの、ほとんどすべての写真を撮っていらっしゃる、フォトジャーナリストの板垣真理子さんにお目にかかることができた!
ホームページはこちら!
http://www4.zero.ad.jp/afrimari/
「カルメン」を見た際に購入したプログラムの中の美しい写真と、お書きになった美しい文章に魅せられながら帰宅したその日に、偶然メッセージをいただいた。
実際にお目にかかると板垣さんは、お撮りになる写真のままに美人で生き生きとしたとっても素敵な方だったので、一目でファンになってしまった。
嬉しい御縁に感謝!!

☆その2

エンリケに会いたいと思って楽屋を訪ねると、ヒロ君先生の声。
そのまま、エンリケ、ヒロ君先生、うちの舞踊団の、3ちゃん、KT、AZと、渋い渋~い雰囲気の焼鳥屋さんへ。(クヘイジとえいちゃんは帰宅。)
エンリケの、今のガデス舞踊団に対する思い、ガデスとその作品に対する思い、過去の素晴らしいアーティストたちとの想い出など、ヒロ君先生の通訳にたすけられながら、貴重な話を色々と聞くことができて本当によかった。
エンリケ自身の人間的な魅力が温かさとなって彼から流れ出している。
そばにいるのは心地よく、楽しい。
いつまでも、いつまでも・・・ガデス舞踊団の作品の舞台に立っていて欲しいと願うけれど、人の命は永遠ではない。
だからこそ逆に、彼の舞台を今日生で見ることのできた喜びが込み上げてくる。
enorike2.jpg
マエストロ!ガデス舞踊団の重鎮エンリケ・パントーハ

☆ここからは関係のないグチ。

そんな素晴らしい楽しい場から、帰りたいと思って帰る人はいない。
でも・・・終電、仕事・・・抱えるものの重さの中でやむを得ず、泣く泣く帰るのだ。
そのつらさを分かってもらえないのはかなしい。
私たちが、働きながら踊り続けることの困難を、いったい誰が代わりに背負ってくれるのか。
働かなければ踊れないという現実がある。
働けばそこに、やりがいや喜び、忙しさ、そして責任が生まれてくる。
でも、そういう困難を乗り越えてでも、なんとしてもここで、この仲間たちと、踊り続けたいと願う心を、優しい気持ちで汲んで欲しい・・・、と思うのは甘えか。
できる限りの精一杯で踊る。
できる限りの精一杯で関わる。
色々な犠牲を払ってでも、人に支えられながらでも、踊る。
踊りだけで食べていくことのできない今の私の状態では、そういう風にしてしか、踊り続けていくことができないのだから。

上に書いたことは、昨日のこととは何の関係もない話。
でも、悔しかったので書いておきたかった。

昨日は、私が
「電車がなくなるので帰るね、ごめんなさい。」
と言うと、
エンリケは、
「絶対に、『ごめんなさい』なんて言うな。私の娘だったら、こんな時間に帰るのでは心配でたまらないよ。」
と、優しく言ってくれた。
ヒロ君先生が優しい顔でそれを通訳してくれた。
帰る戸口に向かって手を振ってくれる、みんなの優しい顔に見守られながら、名残惜しく帰った。

あああ・・・・どうして、短い文章が書けないんだろう。シクシク(/-\*)
明日から『フラメンコ曽根崎心中』堺公演のため、飛行機で大阪に行ってきます。
いい舞台になるよう、がんばってきます!!


2007/03/06 (Tue) 発表会スタッフ下見

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庭の水仙が咲きました 2007.3.6(Tue) 携帯で撮影


昨日は春の嵐。
満開を過ぎた梅を一気に散らす、強い強い、なまあたたかくしめった風が吹き荒れた。

そんな夜に、発表会のスタッフ下見。
『曽根崎』の公演でもお世話になっている、照明の魔術師・井上正美さんや、音響の金田さんなどがいらして下さっていた。
なぜだろう、毎年発表会のスタッフ下見は、まったく上手く踊れずに終わる・・・。

昨日は、人の多いスタジオに入った瞬間、「ソロの衣装に着がえて。」と言われ、そのままろくに身体の準備もできないままにソロを踊った。
入門さんや、ちびっ子クラスの人たちに囲まれて・・・。

できばえは、15点/100点満点・・・という感じ。
へこむなぁ~・・・・。
こんな自分が情けない。
しくしくしくしく・・・・。(/-\*)

でも、準備ができないまま踊ったことも、ギターとの打ち合わせが足りずに踊りたいテンポと食い違ってしまったことも、靴が新しいことも、衣装が重かったことも、すべて言い訳。
プロとは、「いかなるときもベストの状態で自分の仕事のできる人」でなくてはならない。
だから、・・・・失敗に言い訳はしてはいけない。
(踊りに関しては妙にストイック???な、私。)

あれが実力なのだ、とは思いたくないなぁ・・・。
あと10日。
何とか盛り返していこう。

群舞はいつも心に余裕を持って楽しく踊れる。
一人で踊るってやっぱり大変な厳しいことだ。

強くて繊細で美しい、心と身体。
心の中にある想い。
言葉ではなく踊りで…見て下さる方に届けたい。
ちゃんと伝わる踊りを踊りたい。

少し疲労がたまっている。
『曽根崎』に『発表会』に『ノヴェンバー』・・・これからが大変な日々だ。
本番で、ベストコンディションでしっかりといい踊りを踊ることが私のしなくてはならない最優先事項。
より良く踊るために、疲れを取るよう、気をつけていこうと思う。
よく寝る。よく食べる。・・・練習はもちろん大事だけれど、まずはこれが大事。

そして、いつも心に太陽を。
甘えずに、愛を持って心を尽くして、温かく、優しく、ゆったりと、謙虚で忍耐強い人でいたい・・・。
まだまだ未熟者でごめんなさい。
どうぞ、応援して下さい。


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ベルのようにかわいい馬酔木 2007.3.6(Tue) 携帯で撮影


2007/03/05 (Mon) 泣ける写真展
写真を見て、感動して泣いたことはありますか?
私は、初めてそんな経験をしましたよ。
ぜひ、一人でも多くの人にこの写真展を見に行って欲しい!!
ぜひ・ぜひ・ぜひ・ぜひ・見て…と、心から願わずにはいられません。
私のフラメンコの師、ヒロ君先生も、真由美先生も二人そろって
「泣いちゃった・・・・・。」
と言っていました。

それは、川島浩之さんの写真展、
「フラメンコ Going My Way 
~Flamenco曽根崎心中 鍵田真由美・佐藤浩希と仲間たち
私たちの『フラメンコ曽根崎心中』をずっと追いかけて撮って下さってきた川島さんが、舞台上ではなく、練習風景や日常の私たちの姿を映してくれた、モノクロ写真25点が展示されています。
3月31日まで、新宿駅東口の改札を出て左に15秒のところにすぐある喫茶店「ベルグ」で開催しています。
チラシはこちら…。写真をクリックするとさらに拡大します!
kawashima.jpg

会場のベルグ、素敵なお店ですよ!!
「駅構内に、こんなお店があったの!!」と驚きました。
コーヒー200円位で安い。
そしてドイツ風のみっちりしたパンやレバーのパテ、チーズや、ソーセージなど、すごくおいしい食べ物がたくさん。狭い店内はいつもお客さんで混み合っています。
そして何より、新宿東口改札から徒歩15秒っていうのが良いでしょ?

写真は、どれもキラキラしていました。
どの一枚を取っても、私自身の人生の、かけがえのない大切な時間がそこに刻み込まれていました。
…練習中の汗を飛び散らせて踊る必死な顔。
…打ち上げでの乾杯の、満面の笑顔。
…舞台の成功を手をつないでみんなで祈る姿。

そんな私たちの姿を、温かく見つめ続けてきて下さった川島さんの、優しいまなざしを感じました。
川島さんという人の、優しい温かいお人柄が、心にある熱い思いが、写真からあふれて伝わってきました。
真由美先生は、
「川島さんはね、…たぶん一番最初は私(真由美先生)を撮ろう、と思ってくれていたの。でも、私たちを撮るうちに、ヒロ君を好きになり、『曽根崎』という作品自体を好きになり、そして、みんな(つまり舞踊団のわたしたち)のことを大好きになってくれたんだと思うよ。」
とおっしゃっていましたが、それを、痛いほどに感じる写真でした。

最近、練習・練習・練習・練習…の日々に、肉体疲労が蓄積してしまっていました。
土曜日など、朝10時から夜8時までず~っと練習、あいだでの休憩はたったの30分だけ。
この写真展を見に行った日曜日の朝も、体中がきしむような痛みと疲労感を引きずったまま、やっとのことで起きあがって、新宿に、ヨレヨレの状態で向かったのでした。
でも。
写真を見て、感動に包まれて…。
すごく、元気になったのです。
また踊る力が…喜びを持って踊る力がわいてきたのです。

「私は今もまだ、この写真に写っている「キラキラの瞬間」の中に生きているんだ。
それが私の今の現実の日々でありつづけているんだ…。」
そのことがたまらなく嬉しかったのです。
先生たち。
舞踊団の仲間たち。
写真の中のみんな、なんてなんて、いい顔をしてるんだろう。
今日も私は、スタジオに向かい、この生き生きとした仲間たちとともに、『曽根崎』の練習をするんだ。
ああ、嬉しいなぁ………。
って。
そして、栄養ドリンクも買わずに(笑)元気にスタジオに向かい、心からの感謝と喜びを持って、一日練習を頑張りきることができました。

真剣にひたむきにひたすら踊る私たちを、こうして見つめてくれている優しく温かい目がある。
…そのことに泣かされた写真展でした。

新宿に行く機会があったら、ぜひ、ほんの5分、立ち寄ってみて下さいね!!

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2007/03/01 (Thu) アントニオ・ガデス舞踊団「カルメン」

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チラシを携帯で撮りました♪


昨日(2007年2月28日水)、府中の森芸術劇場に、アントニオ・ガデス舞踊団の「カルメン」を見に行ってきた。

●急きょ見に行くことに・・・!

実は、見に行こうかどうしようか迷いながら、発表会に「曽根崎」に、さまざまな舞台をひかえ忙しい時期なので、チケットを取らないままに日々が過ぎてしまっていた。
でも、急きょ、「やはり見に行こう!」・・・と思ったのは、先生たちの言葉を聞いたから。
ヒロ君先生は、
「ほんとうにすっっっっっっばらしかった!!フラメンコのオブラ(創作もの)で、ここまで感動する作品はそうはない。『フラメンコ曽根崎心中』に出ている君たちにこそ、僕の人生を変えたガデスの舞台を見て欲しい。」
とおっしゃった。そして真由美先生は、
「あの舞台を見て、今まで以上にね・・・なんていうか・・・これまでも覚悟はあったんだけど・・・でももっと強く、舞台に自分をささげる、という覚悟が決まったの。」
とおっしゃった。
「これは、必ず見なくてはいけないな、今だからこそ・・・。」と思った。

●過去の記憶

実は以前、まだ生きていたアントニオ・ガデス自身の「カルメン」を見たことがある。
その時、フラメンコを始めたばかりの私はまだ高校生だった。そして、よりによって、39度の高熱を出していた。
生まれてはじめて見る、本場スペインの超一流のフラメンコ芸術の舞台。世界一有名なフラメンコダンサー、アントニオ・ガデスの舞台をどうしても見てみたくて、一緒にフラメンコを習っているお姉さんたちに支えられ、フラフラになりながら新宿文化会館に行った。
移動する鏡をつかった舞台装置や、練習着のような衣装。
シンプルな構成の、それでいてドラマチックな内容。
そして、唯一無二の存在、ガデス、という人。
・・・「孤高」、という言葉がピッタリだった。こがらしの丘に枝を張り凛と立つ、孤独な、大樹のような・・・。人間とは一人なのだ、という厳しさを、自分の中に抱え持った人、という印象だった。
高熱に潤んだ目とボーっとした頭で、それでも舞台から多くを感じた。
カーテンコールでは、熱で立っていることすら辛いのに立ち上がって、いつまでもいつまでも拍手をしたことを覚えている。そうせずにはいられなかった。
そして、帰りの電車の中ではとうとう立っていることができずにしゃがみ込んでしまったけれど、それでも胸の中には感動の余韻が、いつまでも消えずに残っていた。

●昨日の舞台「カルメン」の感想

とにかく、最高に、素晴らしかった。
本当に、見て良かった、と、心から思った。

舞台が始まった瞬間から、なぜだろう、胸に熱いものが込み上げてきた。
さまざまな思いがありすぎて、言葉にし尽くせない。

偉大なアントニオ・ガデスのこと。
先日一緒にスタジオで楽しい時間をすごし、今はピンと張り詰めた舞台の上に活き活きと立ちそれぞれの役割を果たしている舞踊団の人々のこと。
ガデスへの敬意と自分自身の魂を必死に踊るアドリアンのこと。
ガデスとともに踊ったステラが今もカルメンとして踊っていること。
映画ではあんなに若かったエンリケが今は年を重ね、それでもガデス舞踊団の重要なメンバーとして今も舞台に生きていること。

『カルメン』という物語自体の持つ魅力。
愛すること。生きること。そして、死んでいくという、普遍的なこと・・・。

私の人生はこれ抜きには語れなくなった「フラメンコ」、そのもののこと。
踊り始めたばかりの高校生だった私のこと。
今も踊り続けている私のこと。
「曽根崎」のこと・・・。
それを創った先生たちの想い・・・・。

どれひとつをとっても、感無量だ。

過去に見たガデスの舞台の記憶がよみがえってきて、オーバーラップしてくる。
・・・衣装もそう、全くこのようだった。
・・・鏡を使った舞台装置もこうだった。
それでも、すべてがとてもとても新鮮で神聖だった。
音楽が、踊りが、照明が、私自身のフラメンコとの関わりの時間の中で、私自身の変化や成長とともに、また新たなものとなって映ってきた。
以前見たときも漠然と「いい」と思ったけれど、今は、何がどうして「いい」のか、それが分かるようになった。(それは、そういうことを私たちに情熱的に教えてくれてきたヒロ君先生のおかげだなぁと感謝している。)使われている音楽の選曲のすばらしさや深い意味を持つ歌詞。群舞のすべてのメンバーが生ききる振り付けと、伝統をしっかり引き継いで踊る踊り手たち。絶妙で芸術性の高い照明の妙。
舞台上でたびたび訪れる「静寂」の「間」が痛いほど胸に迫った。

無駄をそぎ落とした果てに残るもの・・・が、ここまで豊かであり得るのだ。
何をどうそぎ落とし、限られたものを高い芸術としてどう構築するか、というところに、「ガデス」という人の天才が光る。

あの舞台に乗る人たちは、みんな、「最高の作品に出ているのだ」という自信と誇りをもっているように見えた。
踊り手だけではなく、歌い手やギタリストまでが出演者として舞台上に存在している。
アドリアン・・・。なんと偉大な仕事をしていることか!(感涙!)あの角ばった四角い肩と短い上半身は、アドリアン自身のものではない。あれは、ガデスのものだ。あの立ち姿、手の上げ方・・・。どこ一つをとっても、ガデスへの敬意に満ちていた。アドリアンほどの踊り手が、ある意味自分自身のスタイルをいったん放棄して、ガデスのスタイルを継承をすることに葛藤が無かったわけがない。でも、彼はそれをしたのだ。それを、十二分にしきった今、逆にアドリアンはアドリアン自身であり得ているのだろう。孤高で厳しいアントニオ・ガデスに比べると、アドリアンは良い意味で大切に愛されて育った人の品の良さが香る。でも、その部分が私にはとても魅力だ。
ステラ・・・。野性味と色っぽさの絶妙な混ざり具合と、生命力。自由で気高い女の魂を感じさせてくれた。
そして、舞台上のすべての人が、存在感を持って生きている。
ユーモラスなエンリケのスカート姿やファニャーレスの闘牛士の真似、それから二人のブレリアは、これが無くては舞台が成り立たないほど重要なものだった。

ガデスの『カルメン』は、多くの批評家の方たちも書いているように、バレエの『白鳥の湖』のように、ひとつの古典として間違いなく残っていく作品だと思った。

そしてやはり私は、『曽根崎』のことを思った。
思わずにはいられなかった。
初演から皆勤賞で舞台の上に立たせてもらっている私は、当然のことながら『曽根崎』を客席から見たことが、一度もない。(一度見てみたいけれど、でも、自分の出ていない『曽根崎』は、見たくない!)
でも、『曽根崎』に描かれている、「愛・生・死」というものの普遍性、無駄をそぎ落とし、必然なものだけで成り立った舞台構成には、ガデスからつながる流れが確実にあると感じる。
ガデスの作品を見て感動し、フラメンコを始めたヒロ君先生。
ガデスがいなければ、フラメンコダンサー佐藤浩希もなく、『フラメンコ曽根崎心中』もなかっだろう。

『カルメン』を見た感動と作品への敬愛の気持ちという種を、私は『曽根崎』を踊ることで花として咲かせていきたい、と思った。
真由美先生の言葉の意味が、見終わってよく分かった。
私の中でも、よりいっそう、作品の中で生きること・・・『曽根崎』を踊ること、への「覚悟」が決まった。

*ヒロ君先生の『カルメン』の感想
http://arte-y-solera.com/blog/2007/02/carmen.html

*真由美先生・ヒロ君先生の書いた「アントニオ・ガデスの思い出」
http://www.paseo-flamenco.com/guide/2006/08/post_8.html


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mar(マル)

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☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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