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2007/03/23 (Fri) まことの花

「花のある踊り手」とは、どんな人のこと?そもそも「花」ってなぁに?

●世阿弥の『風姿花伝』

フラメンコの発表会に行く日の朝、電車の中で世阿弥『風姿花伝』を読んでいました。
118zeami.gif世阿弥『風姿花伝』

たいてい舞台の日の朝は、私の芸術上のバイブルである、リルケ『若き詩人への手紙』を読むことにしているのだけれど、この日は、能の美学である「幽玄」を感じたいという思いがあり、このようなチョイスとなりました。
その中に多用されている「花」という言葉の核心をつかみたかったのです。

「花」
って・・・何だろう。
世阿弥も言葉を尽くしさまざまに書いてはいるけれど、決定打として言い切れてはいないようです。言葉には、し尽くせないのが「花」であり、それでも芸事に置いて最も大事なのはやはり「花」。
・「誠の花は、咲く道理も、散る道理も、心のままなるべし」
・「工夫と達者とを極めたらん為手をば、花を極めたるとや申すべき。」
・「花と、面白きと、珍しきと、これ三つは同じ心なり。」
・「能も、住するところ(ひとつのところにとどまること)なきを、先づ花と知るべし。」
・「因果の花を知る事、極めなるべし。一切、みな因果なり。」
・「秘する花を知ること。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず。」

・「花は心、種は態(わざ)」
何とも深遠な言葉です。
今の私には、実感として感じられる部分もあり、これからまだ心の中に「?」を残し、追求していきたい部分もあり・・・。

そして「時分の花」のこと。
「時分の花」とは、24,5歳ごろに一瞬咲かせる花で、「年の盛りと、見る人の一瞬の心の珍しさ」によって咲くものであって、それは「まことの花」ではない。それなのにすっかり極めたつもりになってしまうことはあさましい。「時分の花」を「まことの花」だと勘違いして慢心することが、「まことの花」からより一層遠ざかる心であるから、ますます気を引き締めて稽古しなくてはならない・・・、などという部分は本当に面白いと思います。
「時分の花」も、「花」は「花」ですから、美しいし見応えはあるでしょう。
でも「真の目利きは見分くべし」とあります。
本当に芸術を見る目のある人から見れば、「時分の花」なのか、「まことの花」なのかが分かる・・・ということ。うぬぼれによって成長を止めるようなことなく、謙虚に学び続ける姿勢が大事なのでしょう。

34,5歳は「盛りの極め」である、とあります。
でも、「もしこの時分に、天下の許されも不足に、名望も思ふほどもなくば、いかなる上手なりとも、未だ、誠の花を極めぬ為手(して)」であると、グサッと来るような、芸術家にとっては残酷で恐ろしい言葉も書いてあります。
さらに、「この比は過ぎし方も覚え、また、行く先の手立てをも覚る時分なり」・・・つまり「この頃は、五里霧中で暗中模索的にたどってきた経過の意義が自覚されてきて、また、今後の進むべき方向も見通しがついてくる時期である。」ということ。
若さの勢いと容姿の華やかさで一瞬咲かせた「時分の花」の時期を過ぎ、まさにこの頃が、「まことの花」を獲得できるかどうかの重要な境目なのでしょう。この時「まことの花」を咲かせることができれば、年を重ねても「老い木になるまで、花は散らで残りしなり。」と書いてあります。
(具体的な年齢については、600年前に書かれた芸術書ですから、今とは少しずらして考えても良いかもしれませんね。)

繰り返し読むうちに、すべてを理解できたとはとても言えないまでも、心に響いてくるのは、ひたすら稽古をすることの重要さです。
人間としての品位を保ち、よく学び、稽古を重ねること・・・世阿弥は繰り返しそのことの大切さを説いています。それがやっぱり、「まことの花」を咲かせるための道・・・。

特に私が好きなのは、この本の中に書かれた漢詩です。

心地に諸々の種を含む
(しんじにもろもろのたねをふくむ)
普き雨に悉く皆萌す
(あまねきあめにことごとくみなきざす)
頓に花の情を悟り已はりぬれば
(とんにはなのこころをさとりをはりぬれば)
菩提の果自づから成ず」
(ぼだいのかおのづからせいず)

心に、身体に、たくさんの種を蒔く。
めぐみの雨によって、小さな芽が萌えいづる。
そして、花が咲く。
そのはてには、実がなる。
そんな風に在れたら、どんなにいいでしょう。


さて。
私にとって「真の目利き」だと感じさせてくれるのは、舞踊団のアドヴァイザーである、はらりん。ご自身も能を学び、芸術について、人間について、温かくまた鋭い見識を持っていらっしゃるすぐれた真の知識人です。
その尊敬するはらりんが、発表会の私のソロに対する感想を送って下さいました。
(はらりん、本当にありがとうございました!!)
実はこれを待っていた・・・。そしてとても嬉しかった。
・・・ので、「未来の私のために」ここに記載しておきたいと思います。
そして、またあらたな気持ちで、「まことの花」をもとめて、頑張っていこうと思います。

*はらりんからのメール
「さて、発表会大変お疲れさまでした。
君のソレア、とても良かったと思います。
一言で言えば「今日この時、このタイミングと場を得て踊られる必然性」を感じさせてくれるソレアでした。
また高いモチベーションの元に踊られた一曲でもありました。
極めてシンプルに抑制的に踊られていたと思います。
しかし、君の身体は十分に良く君の「心」に応えていました。
それが表現となってしっかりと表されていた事が、大変に印象に残りました。
踊りはこのように、よく必然性を持って踊られるのが理想だと思います。
それを成し遂げ、また感じさせてくれた事、見事だと思います。
勿論これが終着点ではありません。
体調にくれぐれも気をつけながら、また一歩一歩自分の道を踏みしめていって下さい。
ゆっくり、丁寧にね!」

*おまけ 
ずっと応援して下さっている優しいりょうちゃんからのメール

「ソレアでは、以前とは異なる印象を強烈に受けました。
華やかで躍動的な動きから外側に向けて発せられるエネルギーをこれまでmarの踊りに感じてきました。
今回はそういう動きを封印したことで、内側に溜め込まれて重厚感を増していくエネルギーを怖いほどに感じました。
どちらも「迫力ある踊り」なのに、受ける印象は全く違いました。
marの表現の幅の広さを目の当たりにし、これからもずっと観続けていきたいと思わずにはいられませんでした。」

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Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
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太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

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