2007・06
<< 05 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/24/25/26/27/28/29/30/ 07 >>
--/--/-- (--) スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007/06/29 (Fri) 幸せを呼ぶ…

20070629000800.jpg

これは、箱根にある大好きな「彫刻の森美術館」の中でも、いちばん大好きな、
「幸せを呼ぶ《シンフォニー彫刻》」
という作品の写真。
(写真はピサの斜塔のように傾いてますが(;´ー`)、実際は真っ直ぐですよ。)

外観はごらんの通り、ごく地味~~な、円錐形のグレーのタワー。
でも中に入ると・・・・・・!
その美しさに、感動感動感動・・・!!!!

壁面のすべて、360度がステンドグラスに囲まれた塔になっていて、
中央には螺旋階段。
圧倒的な「光」と「色彩」の世界に言葉を失います。
時を忘れて、ガラスを通して入ってくる「光」に魅了され続けました。
「いつまでも、いつまでも、ここにいたい」と願ってしまいました。

その圧倒的な感動を伝えるには、写真ではもどかしいのですが・・・。
でも、どうぞ見て下さい。

ガブリエル・ロアール作「幸せを呼ぶ《シンフォニー彫刻》」
1976年制作

箱根 彫刻の森美術館にて

*書き添えた言葉は、このステンドグラスの塔の外壁に書かれた詩です。

20070628230917.jpg


いくつかのおぼえ書き
いくつかの空想

20070628231110.jpg

豊富
充実
すべてのことは見ることよりも、探し出すこと。
生きる喜びを・・・・・・・。

20070628231201.jpg

ひとときの喜び-花火を見る楽しみ、ある星が消え、ある星が生まれる。

20070628232731.jpg

様々な夢の創造の中に自分一人の夢が実現される。

20070628232249.jpg

タワーに登るにつれ、あたかも神の列に加わるかの様に、
喜びと、黄金と、純粋さと、生命力への到達。


20070628232513.jpg


光に満ち、自由と意外な出来事と、幻想的な事とが、あふれるほどに満ちている世界。

20070628232814.jpg

驚き、思いがけない出来事、発見の喜び、ほほえみが拡がる。
子供のまじめで、純粋な目。


20070628233728.jpg


すばらしい世界-太陽の光に輝くたくさんの夢、宝石の美しさ、自然の事物、
幻想の中への逃避。


20070628234141.jpg


四季のバイタリティー、昼と夜、繁り、色移り、つかれ、
きらめく雪のクリスタルと共に落ちる木の葉。

20070628232941.jpg


花と宝石-
鳥の歌声、木々の間を通る風の歌声の中で羊飼いたちの聖なるメロディー、
精神的夢のすべてのビジョン、星がいっぱい詰まった空間の寓話的な旅のビジョン。

20070628233604.jpg

そこでは一人一人が自分の星を見つけ出すことが出来る。

20070628233052.jpg


あらゆる事物、花と鳥、魚と動物へのかぎりない愛。
三日月の中に住み始めたばかりの愛、
そこからは胸一杯に夏空のかぐわしい匂いを感じることが出来る。

20070628233129.jpg

町から遠く離れ、海や山々の彼方にある空へ。
すべては輝かしい白のテーブルクロスの上に無造作に置かれたひとかかえの花のように。

20070628220451.jpg


世界で最もすぐれた、もっとも美しい妖精のような光が、
こんなにも多くの大胆さと幻想を込めて息吹を与えた夢のタワーよ。


20070629000948.jpg

塔の中央にある螺旋階段を登り切って屋上に出ると、
青い空、白い雲、緑の山並み・・・。
こんなすてきな景色が拡がっています。
木々の間を渡る風がすがすがしく、鳥の鳴き声を運んできます。

また行きたいなぁ・・・。



スポンサーサイト

2007/06/28 (Thu) アナベル

20070625225355.jpg



20070625225550.jpg



20070625225643.jpg



20070625225734.jpg

この白いあじさいは「アナベル」
向島の百花園で少し前に撮りました。


昨日は仕事の後に、高校1年からの親友Sちゃん、Cちゃん、二人に久しぶりにあって、Cちゃんの家でゆっくりとおしゃべり。
楽しい時間を過ごしました。
私は踊る踊る日々の忙しさにかまけて、まめな方ではないので、長いつきあいというのはそう多くないのです。
だからこそ、私にとって貴重な大切な二人。

それぞれに、自分らしく生きている。
歩む道はそれぞれだけれど、でも、高校生の頃からの自分を長いスパンで見てくれている友がいるというのは、幸せなことだなぁと思います。
飾る必要もなく、とりつくろうこともなく、ゆったりしあえる仲間。

「ねぇ、高校の時同じクラスだったKちゃん、エベレスト登山に成功して、今をときめく女性登山家になっているんだよ!」
「え~!?年賀状で山登り続けているのは知っていたけれど、そんなに本格的なんだね!」
「野口健さんと一緒に活動しているんだって。」
「すごいね!さすがだね!」
そんな話もうれしくて。

Cちゃんの家のテーブルには、庭から切り取られた緑のアイビーとともにアナベルが飾られていました。
家の中は心配りが行き届き、きれいに整えられ、いつも花がさりげなくセンスよく飾られています。彼女が日々を丁寧に過ごしていることが伝わってきます。
私もいつか、自分の家庭を持ったら、こんな風に花を飾りたい、と思いました。

「私も最近、このアナベルの写真、撮ったんだよ!」
と言うと、
「うん、白いあじさい、きれいだよね。marちゃんのブログの写真、いいよねぇ。」
と言ってくれました。
この写真、見てくれたらうれしいなぁ。

また会おうね!
おたがいいいこともつらいこともあるけれど、それでも、時々会って、おしゃべりして、笑いあったりなぐさめあったりしながら、またそれぞれの道でがんばっていこうねぇ。
私のこれからの人生も、気長に楽しみにしていてね!

それにしても。
すごいなぁ、登山家Kちゃん!!
近いうち直接会って、山の話を聞きたいなぁ。


2007/06/26 (Tue) 「曽根崎」再始動

「フラメンコ曽根崎心中」、7月の福井公演、水戸公演にむけての練習がまた始まりました。
大好きな曽根崎の練習・・・いつもの仲間とともに、張り切って踊りました!
あ~、楽しい。うれしい。
たくさん踊って、たくさん汗をかいて、たくさん笑って・・・こういう時間が本当に大好きです。

5月の熊本・八千代座公演の時の、客席からの写真を、マイミクになってくれた「あとぜきさん」からいただきました!!
あとぜきさんのご厚意で、お写真をここに掲載します。
(あとぜきさん、ありがとうございます!!)
あのときの興奮と感動も、いまだ新鮮によみがえってきます。

sonezaki.jpg

この写真の中に私も写っています。
八千代座では、お客さんはこんな風にマス席の座布団から立ち上がって、温かい拍手をしていただいたのでした。

今度は八千代座のような歴史ある会場ではありませんが、でも、史上最大規模の「曽根崎」になるようです。
(果たして、お客さんはたくさん来てくださるのでしょうか・・・心配。みんな、来てきて~!)
精一杯、心を込めて・・・丁寧に・・・。
見てくださる方、応援してくださる方との一期一会のご縁を大切に、最高にいい舞台にしたいと思っています。

今回の福井と水戸は、曽根崎音楽隊(ミュージシャン)の皆さんも一緒、生演奏バージョンでの公演となります♪
福井の皆さん、水戸の皆さん、どうぞ待っていてくださいね!!!
お近くの方は、どうぞ見にいらしてくださいね!!!!

さぁ、張り切ってがんばります!

*「フラメンコ曽根崎心中」 福井公演
2007年7月15日(日)13:30~/18:00~ 2回公演
会場:福井フェニックスプラザ

*「フラメンコ曽根崎心中」 水戸公演
2007年7月20日(金)19:00~
会場:茨城県立県民文化センター

公演についての詳細はこちら↓
http://www.arte-y-solera.com/sonezaki/index.html


2007/06/25 (Mon) 水色あじさい




20070624234358.jpg




20070624234122.jpg




20070624234655.jpg




20070624234027.jpg


向島百花園にて
2007.6.14(木)撮影
母と、M叔母と、お通夜まで少し待ち時間があったので・・・。

カメラを通して見つめる花の美しさが、
心のひだひだにぴったりと寄り添ってくれるように感じる。
やはり写真は、私の心象風景に他ならない。

水色、と一口に言っても、その中には本当にさまざまな色が含まれている。
いったい誰が、あじさいをこんなにも美しく色づけしてくれたんだろう。
花に感謝しつつシャッターを押した。


2007/06/19 (Tue) 白骨の御文

ajisai27.jpg

「白骨の御文」 蓮如

それ 人間の浮生なる相を つらつら観ずるに
おほよそはかなきものはこの世の始中終
幻のごとくなる一期なり
さればいまだ万歳の人身を受けたりといふことを聞かず
一生過ぎやすし
今に至りて誰か百年の形体を保つべきや
我や先 人や先 今日とも知らず 明日とも知らず
遅れ先だつ人は本の雫 末の露よりも繁しといへり
されば、朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり
すでに無常の風 来たりぬれば
すなはち二つのまなこ たちまちに閉ぢ
一つの息 ながく絶えぬれば 紅顔むなしく変じて
桃李のよそほひを失ひぬるときは
六親眷属集まりて嘆き悲しめども
さらにその甲斐あるべからず
さてしもあるべきことならねばとて
野外に送りて 夜半の煙となしはてぬれば
ただ白骨のみぞ残れり
あはれといふもなかなかおろかなり
されば 人間のはかなきことは 老少不定のさかひなれば
誰の人も早く後生の一大事を心にかけて
阿弥陀仏を深く頼みまゐらせて
念仏申すべきものなり
あなかしこ あなかしこ

(口語意訳)
人間のはかない人生をよくよく考えてみると、
本当にはかないものは、生まれ、生き、死んでゆく、幻のような生涯。
いまだかつて人が一万年も生きたという話は聞いたことがない。
一生はすぐに過ぎ去ってしまう。
現在でも百年を生きることはむずかしい。
死を迎えるのは、私が先か、人が先か。
今日とも、明日とも知れない命。
先に死ぬ人も、生き残る人も、生死の別れは絶え間なく、
木の露や、葉の先の雫の数よりも多い。
私たちは、朝には美しく生き生きした顔をしていても、
夕方には死んで骨になるかもしれない身。
無常の風が吹いたなら、たちまちのうちにまぶたは閉じ、
最後の一息が永遠に切れてしまえば、ばら色の頬も色を失ない、
桃や李の花のような美しさが失われてしまうときには、
家族親戚が集まって歎き悲しんでも、もはやどうしようもない。
さてすべきことをしなければと、遺体を野外に送り、夜中に火葬をして煙となれば、
ただ白骨だけが残るのだ。
あわれと言っても言い尽くせないほどだ。
人間の命のはかなさは、老人も若い人もかかわることなので、
明日をどう生きていけば良いのかということを、いつも心の中にしっかりと据えて、
「大事に生きよ」という自分にかけられた命の願いに沿って、
「命は大切なものだ。その命を大事に生きて行く自分になろう」と、
繰り返し繰り返し自分に言い聞かせていくべきものなのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ajisai19.jpg

葬儀のさいちゅうに若い僧侶の読んだ文章が、耳に届き、心に響いた。
あとで知ったことだが、浄土真宗を広めた蓮如が記した手紙の文章だという。
(キリスト教にたとえるなら「パウロの手紙」だろうか。)
それが上の「白骨の御文」だ。
浄土真宗の開祖、親鸞の教えを、徹底的に世に広めた蓮如。 
人の心にしみこむ美しい文章だ、と思った。

「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、
久しくとどまりたる例なし。
…朝に死に、夕に生るる習ひ、ただ、水の泡にぞ似たりける。
知らず、生まれ死ぬる人、何方より来りて、何方へか去る。
また知らず、仮の宿り、誰が為にか、心を悩まし、
何によりてか、目を悦はしむる。
その主と栖と無常を争ふさま、言はば、朝顔の露に異ならず。
或は、露落ちて、花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。
或は、花しぼみて、露なほ消えず。
消えずといへども、夕を待つことなし。」
『方丈記』

「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。」
『平家物語』


無常観。
人間の命ははかない。人間の一生もはかない。
草の上の露のような人生。
万物は流転する、ということ。
蓮如の書いたとおり、
「朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり」
まったくその通りだと思った。
だからこそ、
「はかない生涯をどう生きるのか」
ということを、真摯に見つめなくてはならないと思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ajisai21.jpg

この二週間はまるで、夢のように過ぎた。
あわただしく、そして、どこか現実ではないような日々。
あまりに非現実的なことにさらされると、
人間とは意外と日常的に振る舞うものなのだと知った。
…というよりも、泣いたり、苦しんだりしつつ、
でも、その状態は絶え間なく続くわけではなく、
心の中には重苦しい石のようなものを動かしがたくいだきつつも、
ほとんどの時間はそんなことがあったことすら忘れているかのように
日常をこなすものだ、と思った。

たくさんの涙を見た。
そして私も涙を流し、さまざまなことを考えた日々だった。
一人の人間の「死」の与える、大きな波紋を見た。
「生きる」ということは、
有形無形に多くの人や物事にからみあっていくということなのだ、と思った。
自分の生き様が、たくさんの人に否が応でもかかわり合い、
良くも悪くも影響を及ぼすのだ、ということをあらためて感じた。
一人では生きられない。
自分ひとりなんて・・・と思って生きてはいけない。
人間とはいつか必ず死ぬもの。
だからこそ、いかに生きるのかが大事なのだとつくづく感じた。
生と死を見つめ、精一杯生きなくてはならない、と思った。

そして優しく穏やかな私の父の中に、偉大なる強さ、人間性の美しさを見た。
見返りを求めずに人のために心を尽くし、精一杯与えられるだけ与える・・・。

「右のほおを打つ人には、左のほおをも向けなさい。
人があなたのズボンをうばおうとしたら、上着も一緒にあげなさい。
人があなたを一里歩かせようとしたら、その人と共に二里歩きなさい。
敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」
(新約聖書・マタイ・5)

「こんなこと、できる人がいるだろうか…無理だ。」
と思っていたけれど、
今回の父の態度、行動、言葉、その背中に、
まさにこのような、
自分の利益を求めずに、苦しみを乗り越えて人を心から思いやる生き様を見た。
そして多くを学んだ。
そのことについてはいつかしっかりと書きたい、と思っている。
でも、それは今ではなく、そしてここでではなく・・・。
未来に向けての、私のひとつの大きな夢としておこうと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ajisai18.jpg


*今回のあじさいの写真はすべて、去年携帯で撮ったものです。
今年のあじさいは、またこれからゆっくり載せていこうと
楽しみにしているところです。

*お返事を落ち着いて書ける時間を取れる状態になるまで
今しばらくお時間をいただきたいので、
コメント欄はもう少~
しだけ、クローズしたいと思います。
ごめんなさい。
いつも暖かいコメントを本当にありがとうございます。


2007/06/11 (Mon) 亡き人に

20070611205745.jpg



20070611205841.jpg



20070611205929.jpg



20070611210107.jpg



20070611210143.jpg



叔父さん、今はもう天国にいますよね・・・。
苦しみもなく、悲しみもなく、解き放たれて・・・。

何もできなかった私を、どうぞ許してください。

神さま、仏さま・・・・。

私たちに残された、
大きな、苦しみ、悲しみ、困難を、
私たちが受けとめきることができますように。


神よ
愛する者が死にました
どうか この死が
残された者にとって いかなる意味を持つのか
教えてください
誤りなく その死の意味を
受けとめることが できますように

(三浦綾子『天の梯子』)


あなた方の中に
苦しんでいる者があるか
その人は祈るがよい

(新約聖書・ヤコブの手紙)

Kyrie eleison.
Christe eleison.
Kyrie eleison.



2007/06/10 (Sun) 汲む

20070610140036.jpg

先日紹介した詩人茨木のり子さんの、「汲む」という詩が好きです。

「汲む」       茨木のり子

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとはわたしの背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人と思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました
大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 酷く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれているのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年に
なりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです


この詩を読んだ思春期の頃、美容師さんに話しかけられただけですぐに赤くなったり、初対面の人に会うのに不必要に緊張したり、人のちょっとした言葉にすぐ傷ついたりする自分がいやでした。
でも、そんな自分を、「そのままでもいいんだな」と思え、救われたように感じた覚えがあります。
最近ではむしろ、そういう「震える弱いアンテナ」をもつような、初々しい感受性を持つ自分を、キープすることの難しさを、感じたりもします。

踊るためには・・・。
人と真心をもって接するには。
そして、日々を丁寧に生きていくためには・・・。
「初々しさ」
を、決して失ってはいけないなぁと、あらためて思います。
失えば、二度とは手に入れることのできない、心の中の大切な部分。
柔らかく、外に向かってひらかれているのこそ難しい、咲きたての薔薇のような心。
それを、大事にしていきたいなぁ・・・と、気持ちを新たにします。

「あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・」
という部分、まさにその通りだと思います。

「汲む」ということ。
人の言葉を、人の心を、その言わんとすることを正しく大切に汲み取ることの難しさを思います。
静かな湖面にいきなり投げ込まれた石のような言葉。
なぜ・・・?どんな意図で・・・?何のために?
時には傷つき、怒りや苛立ちを感じたり、貝のように心を閉じてしまいたくなったりもしますが、でも、勇気を持って開いていたい。
傷つくのは、私の心がまだ柔らかい証拠。
傷つかなくなったら、その時の方が問題が大きい。


ときどき、自分が困ってしまってどうしていいのか悩むようなときに、開く本があります。
ジャン・ガロという人の書いた「愛のいのり」という本です。
まだ10代の高校生の少女だった頃に、美しいステンドグラスを見たくてなにげなく訪れたある教会の、小さな売店で売っていた本です。
それ以来、何かあると、たびたびこの本にたすけられ教えられてきました。
私の人生に、備えられていた、小さな小さな本。

「悪意が目に映るようなときでも、そこには、よい意図があったのに、じょうずに表現できなかったのだということに、思い至らせてください。」

「気むずかしく、冷たく、不快な態度を見るとき、深い望みがありながらも、内気なために、すなおで善良な態度がとれないでいるのだということを悟らせてください。」

「一切の対話が愛であるようにしてください。私が口を開くとき、相手を受け入れられるように、心をまず開いてください。」

「どんな人とも、なごやかに交われるように、私の心を開いてください。人を理解し、自分と違った考えをも受け入れられる心にしてください。」

(ジャン・ガロ著『愛のいのり』より)

・・・「汲む」ということ。
心を、汲み取る、ということ。
本当になかなか難しい、困難なことなのですが・・・・。
でも。

もっともっと大事にしていきたいなぁ、と思っています。

20070610140140.jpg



20070610140635.jpg



2007/06/09 (Sat) とっておき
20070609002506.jpg
バラを撮った中で、特にお気に入りの一枚です。いかがでしょう?

あかいバラ、といえば何を思い出すでしょう?
ファムファタール(運命の女)、カルメンやフラメンコ?

でも私には、紅いバラは何よりこの歌を連想させます。
このブログのタイトルでもあるこの美しい歌・・・。

この歌は私の心の願いでもあり・・・。
そして、私には世界は何だかこのように見えるときがあります・・・。

今日(6月8日)、同じ職場にいた素敵なTさんに、待望の第一子、赤ちゃんが無事に生まれたとの知らせ。
おめでとう!おめでとう!

小さな命にとって、この世界がWonderful Worldでありますように。
心を込めて、とっておきのあかいバラを贈ります。


「What a Wonderful World」

I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world

I see skies of blue and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world

The colours of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces of people going by
I see friends shakin' hands, sayin' "How do you do?"
They're really saying "I love you"

I hear babies cryin', I watch them grow
They'll learn much more than I'll ever know
And I think to myself, what a wonderful world
Yes, I think to myself, what a wonderful world


私は見る 新緑の木々 紅い薔薇を
私は見る 私のために あなたのために 
それらが萌え 花開いてゆくのを 
そして胸の中で思う 「なんて素晴らしい世界!」

私は見る 紺碧の空 純白の雲を
輝く神聖な昼 暗くやさしい夜を
そして胸の中で思う 「なんて素晴らしい世界!」

空の虹のかわいらしい色彩
それらが過ぎゆく人々の顔に映る 
私は見る 友達が挨拶を交わしながら握手するのを
「愛している」と心から言うのを

私は聞く 赤ちゃんの泣き声を 
私は見守る 彼らが育ってゆくのを 私よりももっと多くを学んでゆくのを
そして胸の中で思う 「なんて素晴らしい世界!」

そう、胸の中で思う 「なんて素晴らしい世界!!」

(George david Weiss "What a wonderful world") 


20070609002714.jpg



20070609003451.jpg



20070609003045.jpg


20070609003137.jpg



20070609003409.jpg

写真はもちろん(!?)・・・S病院のバラです。




2007/06/08 (Fri) 吾輩はMilである

a.mil2.jpg

「呑気のんきと見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。」
(夏目漱石『吾輩は猫である』より)


a.mil3.jpg

「どうせいつ死ぬか知れぬ命だ。何でも命のあるうちにしておく事だ。」
(夏目漱石『吾輩は猫である』より)


a.mil7.jpg

「無理を通そうとするから苦しいのだ。・・・自然の力に任せて抵抗しない事にした。」
(夏目漱石『吾輩は猫である』より)


a.mil1.jpg
とりあえず今日は寝るわ。おやすみ~・・・・・・。zzzzzz・・・・。



Hideちゃん、今日はお疲れさま!レッスン楽しかったね。
楽しみにしてくれていたうちの猫・Mil(ミル)ちゃんの写真です。
何度もページをひらいてくれていたのに、載せるの遅くなってごめんね。
取り急ぎ写真だけ。
気に入ってくれたら嬉しいです。

Mariちゃん、アジサイの写真、近いうち撮りに行く予定です!
リクエストありがとう!嬉しかったよ。
楽しみに待っててね。

前の記事にコメントを下さったみなさん、お返事お待たせしてごめんなさい。
明日は時間を取れそうなので、もう少しだけお待ち下さいね!


2007/06/05 (Tue) 美しい人と人

20070605013020.jpg


20070605013232.jpg


忙しさの余波がまだ続いています。
大好きな三浦綾子さんの本に、
「『忙しい』とは、心を亡くす、と書く。」
とあり、ハッとしたことがあります。
(今まで何度書いた言葉かわからないけれど。)
心を亡くすのはいやですよね。
だから、どんな状態の時でも、
なるべく「忙しい」という言葉は使いたくない、と思ってきました。

レッスンも休みたくない。
仕事もみっちり充実させたい。
欲張りな私の日々は、ときどきあふれて洪水になります。

でも、もう、山の頂上は越えたみたい。
もう少しで達成感と爽快感を持って、乗り越えることができそう。
ゆったりのびのびした気分で、
「落ち着いたらあれも書きたい、これも書きたい」
と思っていたことを、思う存分書けたらいいなぁと思っています。

静かな夜。
心地よい一日の疲れと充実感の中で、
こうしてここに座り、
これを見て下さるみなさんのことを想いながら、
「どれを載せようかなぁ・・・。」
と、ゆったりバラの写真を選ぶひとときが、
私にとってはとても大切な、心安らぐたのしい時間。

今日もまた、来てくださってありがとう。
大好きな詩人・茨木のり子さんの、この季節にぴったりな詩を贈ります。
気に入ってくれたらうれしいです。

六月」

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる

(茨木のり子・詩集「見えない配達夫」より)

20070605003035.jpg




20070605013918.jpg




20070605011156.jpg




20070605013721.jpg



20070605013423.jpg


バラはもちろん(?)S病院のバラ園で撮影したものです。
深いグリーンの葉とピンクの組み合わせが美しいですね。



2007/06/03 (Sun) 水無月

六月、水無月となりました。
一年も半分たちましたね。早い、早い!!
みなさん、いかがお過ごしですか?

今日まで実は仕事が山積みでとても忙しいのですが、こんなときこそ、私の心にも潤いが必要。
私の栄養補給は、優しい人の心と、踊りと、本と、音楽と、そして大好きな花の写真・・・。
それらがいつも身近にあることが嬉しい。
ということで、かの有名な(?笑)S病院のバラを載せますね。
よかったらどうぞ、ご覧下さいね。

ここに向かう時間・・・。
ほっと一息の時間です。
六月なので、ブログも衣替えしてみました。いかがでしょう?

昨日も、スタジオの仲間(これ見てくれてるカナ~?)が、
「携帯の小さい画面で、必死にmarさんのバラを見ています!」
と言ってくれたので、照れつつも嬉しくなってしまいました。
最近スタジオに行くと、仲間が、
「marさんのバラを見てますよ。癒されます!」
と声をかけてくれます。
私は、本当にそのような優しい言葉にすぐに感激して、さらに調子に乗ってしまうのです。

これを今見て下さっている方、みなさん。
いつも、貴重な時間を割いて、写真を見て下さって本当にありがとう!!

人生が思うようにいかないときも。
迷って悩んでいるときも。
会いたい人に会えなくても。
未来が不安でも・・・。
それでも毎日朝が来て、かならず太陽が昇り、風が吹き、花が咲く。
「すべてを信じ、すべてを忍び、すべてを望み、すべてに耐える。」
みなさんの心に、たくさん美しい花が届きますように…と、祈りつつ。
感謝を込めて。



20070603104749.jpg


20070603104842.jpg


20070603104919.jpg


20070603105231.jpg

今日はオレンジ~ピンクのグラデーションの美しいバラです。
透きとおるような花びらが、温かい光のようです。
名前は不明。
(もしくは図鑑で見ると、「ふれ太鼓」かもしれません。「ふれ太鼓」とはあの、おすもうが始まるときのテンテテンテン…という太鼓のことらしい。なぜそれがバラの名前になったの!?バラのネーミングって本当におもしろい。)


 


カレンダー

05 | 2007/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

フリーエリア

最近のトラックバック

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



RSSフィード



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。