FC2ブログ
2007・08
<< 07 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/24/25/26/27/28/29/30/31/ 09 >>
2007/08/04 (Sat) なぞ

2007_0801yoko0106.jpg
花が風に揺れていたのはどうして・・・?


2007_0801yoko0094.jpg
こんな不思議な星形の連なりはどうして・・・?


2007_0801yoko0097.jpg
何で?どうして?なんのために?・・・・・・・・・・・・すべては「なぞ」。


2007_0801yoko0073.jpg
百日紅の花がこんなにかわいらしく不思議な形なのも・・・・「なぞ」。

「なぞ」

世界は「なぞ」に満ちている。

私、とは?
私の心、とは?
本当の気持ち、とは・・・?
・・・私はどうしたいの?
・・・どうしてこうしたの?
・・・これからどうすべきなの?
なぜ、この道を選んだの?
何が本当の幸福なの?

私の内側も、外側(外界)も、「なぞ」、「なぞ」、「なぞ」に満ちた世界・・・。
わからないことばかり。

わからないことばかりの世界の中で、分からないことだらけの人生を、「なぞ」に向きあいながら生きていく。

生きる、ということは、「なぞ」の中で葛藤にもみくちゃにされながら必死に「なぞ」と向きあって、そしてさまざまなことを受け入れていくことかもしれない。

「なぞ」は「なぞ」のまま、「なぞ」を真摯に生きていくしかない。

その中で何らかの選択をしたとき・・・それは、結果的にきっと正しい答えになっていく。
人生は一度だから、自分のただ一度の人生を、人は生きるしかない。
稽古もせず脚本も持たずに「人生」という舞台にいきなり上げられた俳優のように・・・。
生きなかったもう一つの道、というのは、永遠にもう失われた道となっていく。

「僕の前に道はない 僕の後に道はできる」
と、高村光太郎は言った。
踏み出す一歩が人生を創るのだから、どこに一歩を踏み出せばいいのか、それが大きな大きな問題となっていく。
そして、どこに踏み出せばいいのかは、「なぞ」。
でも、何だか見つめると、光のさす方向がある。

踏み出した足を「正解だった」と思えるように、選んだ道を心を尽くし生きていくしかない。
「なぞ」も「葛藤」も、きっと必要な過程。
もし神さまがいるならば道はすでに用意されていて(主の山に備えあり)、迷ったり悩んだりした果てにも、唯一の道へと導かれていく・・・と、そんな風にも考えたり・・・。
でも、この考え方で良いのかどうかは・・・やっぱり「なぞ」!

「なぞ」を生きる。
「なぞ」のままで生きる。

そこに、自分にしかない道が生まれてくる・・・と信じて。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日訃報を聞いたばかりの河合隼雄さんの本を読み返している。
本の中で心に残った部分を私自身のために、メモしておきたい。
なぜなら、河合先生の言葉が私にとって「とても切実な問題」としてビシビシと、鋭く優しく胸に響いたから・・・。
上のような「なぞ」を考えるきっかけも、私自身の心と、河合先生の文章が、ちょうどいいタイミングでピタリ来たから・・・。
心に響いた部分を引用することはすなわち、自分自身の言葉で語る以上に今の私の心の奥底に抱える大きな問題を、えぐり出してくれていると感じる。
これもまた、私の心の記録として・・・。

以下引用は『昔話の深層 ユング心理学とグリム童話』(講談社+α文庫)より

*避けられた課題は常に拡大され、それは普遍的な性質を帯びてくる。(p136)

*運命を避けようとする試みが、ますます運命を引き寄せることになる。(p156)

*人間にとって外界のすべての事象はすべて「なぞ」であるとも言うことができる。
人間をめぐる万物はそれぞれ「なんぞ?」と問いかけてくる。
この「なぞ」をわれわれは解き明かさねばならず、その答えの集積こそが人間の文化というものであると考えられる。(p224)

*人間をひとつの世界と見て、そのようなミクロコスモスと、宇宙というマクロコスモスの対応を考える思想は洋の東西を問わず古くから存在している。
確かに人間の内界は無限のひろがりをもち、それは外界のひろさと匹敵すると考えることができる。
かくて、人間に対する「なぞ」は外界からだけではなく、内界からも発せられることになる。
「私とは何か」という問いは、「私の魂とは何か。」という問いにおきかえられる。
自分の心の奥にはいったい何があるのか。
魂は存在するのか。
これらのことは確かに人間にとっての永遠の「なぞ」である。(p225)

*「なぞ」が解かれたかのように見えるときでも、疑問はさらに湧いてくる。
「いったいそれは『本当は』何なのだろうか」と。
これは、自分自身に対してもそうである。
われわれの自我はそれ自身について知っており、外界についての知識は自我を豊かにする。
しかし、自我がそれ自身の存在に目を向けたとき、その存在が深く基礎づけられたと感じる知恵は、先に述べた知識とは次元の異なるものである。
ユングは自我の内部でそれを豊かにする知識と、自我存在を深く基礎づける知恵とを区別し、後者の場合はアニマ(男性の心の中に存在する女性の理想像のようなもの。詳しくはこちら。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%9Eが関係してくると指摘している。(p234)

*魂の世界に住む彼女(童話の主人公の姫)にとって、外界の世界はすなわち「なぞ」であり、解くことはできないのである。
これは外界の現実にのみとらわれた人間にとって、彼女が永遠の「なぞ」であるのと同様である。
このなぞ解き姫は、美しいが高慢であったと言われている。
このアニマの高慢さをわれわれはどのように体験するであろうか。
われわれ男性がアニマの存在に気付きはじめると、その内界のすばらしさに魅せられて、今まで大切にしてきたことはすべて無に等しいとさえ感じられる。
人間の心と心の接触こそが第一であり、そのためには地位も財産も名誉もすべて不要であるなどと思うとき、それはそれで確かに正しいことでありながら、そこに「高慢」の危険性が充分に存在している。
そのとき、アニマの、すなわち「魂」の高慢の鼻を、外的世界の「なぞ」が押しつぶすのである。(p239)

*人間の結婚ということの難しさ、あるいは男性性と女性性の結合ということの難しさ・・・それは一度に成し遂げられるものではなく、長い過程の中で、離別と結合を繰り返しつつ成就されることを意味している。
 人間の成長に死と再生のプロセスが必要であるように、結婚生活の発展のためには、離婚と再婚が・・・同一人に対して行われるのではあるが・・・必要であることを物語っているのではないだろうか。
あるいはアニマ、アニムスの問題は、それを外界に投影して生きたあと、それを実際に自分の内界のこととして知る第二の段階が必要であることを物語っているとも考えられる。
ともかく、対立物の合一という仕事は一筋縄では成就されがたいのである。(p268)

*指輪はその円環性によって自己の象徴であり得るとともに、結合と拘束を表す。
結合と拘束とは言ってみれば同じことであるかもしれないが、その人の主観的な受けとり方によってそれは何かの結合と感じられたり、何ものかによる拘束と感じられたりするということであろう。

*結婚ということ自身が対立物の合一であり、ひとつの完結した円環をつくるものである。(p283)

*真実は、簡単に計り知ることのできない第三の道として存在している。
あれかこれかという二者択一の選択の道ではなく・・・。
早まって片方に決めてしまうことなく、両者の葛藤の中に身を置いて正面から取り組んでゆくと、その人なりの第三の道がひらけてくるものである。
ここで「その人なりの」という表現をしたとき、これはまさに「人となり」という言葉につながるものである。
つまり、両者の葛藤にもまれることにより、そこには他人の真似できない、その人の個性ができあがってゆくのである。
あれかこれかという断定は、既存の何らかの価値判断に従うかぎり決められるものである。
しかし、第三の道は、その人個人の個性を必要とし、既存のものに頼らない創造的行為となる。

スポンサーサイト




カレンダー

07 | 2007/08 | 09
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

フリーエリア

最近のトラックバック

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



RSSフィード