2007・09
<< 08 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/24/25/26/27/28/29/30/ 10 >>
--/--/-- (--) スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007/09/27 (Thu) サエタ

2007_09040137.jpg

2007_09040009.jpg

月の美しい秋です。
今夜は満月のようですね。
そして明日、明後日はいよいよ「愛と犠牲」の公演の日です。
恐いような、待ち遠しいような、・・・意外と落ち着いているような。

荷造りも終わり、静けさの中で虫の声をききながら、マニキュアも完了。
あとは、ゆっくり明日に備えて寝ようと思います。

本番は、静かな祈りのような・・・そんな心で臨みたいと思っています。
とにかく、このメンバーで、ひとつの作品を練習してきたことで、目に見えないけれど少しずつ蓄えられてきた「大切なもの」がたくさん溜まっています。(そうであることを願います・・・!)
それが、よどみなく流れ出て、客席をひたひたと浸してくれますように・・・。


唐突なようですが・・・。
「みんな」と一緒で嬉しいなぁ、幸せだなぁ・・・という気持ちが込み上げてきます。
「みんな」の中には、これを見て下さっている「あなた」も、もちろん入っていますよ!

心にあるのはたくさんの感謝の気持ちです。
一緒に舞台に立つ先生や仲間、ミュージシャンやスタッフはもちろん。
見に来て下さる方たち、見に来れなくても心にかけて下さっている方たち。
これまで出会ってきた大切な大好きな人々。
遠くへ行ってしまってもう二度と会えない人たちも・・・。
みんな、みんなと、心の中でギュッと手をつないで、踊れたらいいなぁ・・・・。
どうぞ、私と、手をつないでいて下さいね。
踊る私はみんなの分身で、みんなは私の分身・・・。
(ヘンなこと言ってる?舞台前日なので許して下さいね。)(笑。)


ひとつ、美しいサエタの歌詞を紹介します。
サエタ、とは、スペインのアンダルシア地方の聖週間の行列に向かって歌われる宗教歌のこと。
「ああ、あなたは、あなたではなく、私の歌!!」
さまざまなことが心に呼び起こされてきます。

(訳は・・・難しくて・・・。歌詞って省略や、さまざまがあって・・・。できる範囲で頑張りましたが、かなりダメな感じです。間違っていたら、どなたか教えてください・・・。)(笑)

LA SAETA
(A.Machado)

Dijo una voz popular:
«Quién me presta una escalera
para subir al madero
para quitarle los clavos
a Jesús el Nazareno?»

-声が聞こえた・・・
《十字架にのぼり、ナザレのイエスの釘を抜くのに
誰が梯子をかしてくれるのか?》

Oh, la saeta, el cantar
al Cristo de los gitanos               
siempre con sangre en las manos
siempre por desenclavar.
Cantar del pueblo andaluz               
que todas las primaveras
anda pidiendo escaleras
para subir a la cruz.    

ああ、ヒターノ(ジプシー)のキリストへのサエタの歌よ
いつも手を血で染め いつもはりつけにされ・・・
アンダルシアの村々の歌
毎年春が来るたびに 十字架に登るための梯子を求め・・・         

Cantar de la tierra mía
que echa flores
al Jesús de la agonía               
y es la fe de mis mayores
!Oh, no eres tú mi cantar
no puedo cantar, ni quiero               
a este Jesús del madero
sino al que anduvo en la mar!.

私の大地の歌は 花を投げる 苦しみのキリストに
それは私の大切な信仰
ああ、あなたは、あなたではなく私の歌!
木彫りのイエスのためではなく
海の上を歩かれたイエスのためにだけ歌いたい

スポンサーサイト

2007/09/22 (Sat) 先生似!?

untitled.jpg
ヒロ君先生が、
「スペインの家の近くの『愛と犠牲』のマリア像は真由美先生に似ているよ。」
と言っていました。
色々探してみたところ、たぶんこれだと思います。
ぱっちりした目が、確かに似ていると思いますが、いかがでしょう?
(上の写真はこちらのページよりお借りしました。
http://www.latrabajadera.com/index.htm


さぁ、週末が始ります。
今日からまたありがたいことに三連休。
もちろん、三日間とも、朝から晩まで一日中、フラメンコ公演「愛と犠牲」にむけて練習・練習・練習の日々となります。
着替え、何枚持っていこうかなぁ・・・・・・・・・・。

本番まであと六日。
時間が惜しい。
時間が足りない。
今日が公演の一ヶ月前だったら・・・と、正直に思います。
でも、限られた時間の中で、自分にできるせいいっぱいを、頑張って来ようと思います。

大事なのは、見に来て下さった方に(全員は無理でも)喜んでいただくこと。
私たちが、言葉ではなく踊りで、何かをしっかりと届けることができたら・・・・本当にいいのになぁと思います。
そして、お客様も、ミュージシャンも、スタッフも、踊り手も、会場にいるみんなで感動を分かち合えたら、こんなに嬉しいことはありません。
そのために、今を頑張っているのかもしれません。

そして、もっと大事なのは・・・アルテ(芸術)の神さまの心にそぐう、いい作品であること。
そのために、今なお妥協なく振り付けを変え、構成を変えるヒロ君先生の心を、大事に汲み取って、臨機応変かつ頼もしく応えたいと思っています。
虚栄心も、自己顕示欲も何もない。
そんなものは、『曽根崎』が始まったときにすっ飛んでしまいました。
上手いと思われたいとか、すごいと思われたいとか、そんなちっぽけな欲は、もっと大きな美しいものの前に吹き飛ばされてしまいます。
ただただ、作品の中で、自分の役割を十二分に踊ることによって、作品全体が良いものになり、みんなの、そして自分の命が輝きますように・・・、と祈ります。

今、何か大きなものがたまごの中でうごめいている感じ。
本番では卵が割れて、大きな羽ばたきとさえずりが聞こえますように・・・。

不安を口にする暇はもう無いので・・・。
とにかく、頑張ります。
頑張ります。
どうぞ応援していて下さいね。


2007/09/21 (Fri) 弟橘媛

20070921100615.jpg
海と・・・。

Image145.jpg
空と・・・・。


2007_0826summer0025.jpg
地に咲く花。


●美智子妃とオトタチバナの「愛と犠牲」

今度の舞台のタイトルが「愛と犠牲」だと聞いたとき、真っ先に頭に浮かんできたのは美智子妃の語った弟橘媛(オトタチバナヒメ)の話だった。

皇后・美智子妃が第26回国際児童図書評議会(IBBY)ニューデリー大会(1998年)において「子供の本を通しての平和--子供時代の読書の思い出--」 という基調講演をされた。この講演は本当にすばらしいものであり、テレビで放送され、大きな反響を呼んだ。その後、新聞で全文が掲載され、その後『橋をかける』(すえもりブックス)という本として出版された。
これをたまたまテレビで見て私は、美智子妃が読書のことに触れつつも、戦争中に疎開先で経験したことや、自分の歩んできた心の軌跡を、不安や悩みや悲しみや喜びも含めて・・・たてまえではなく率直に語ったことに驚かされた。

「私は時に周囲との関係に不安を覚えたり、なかなか折り合いの付かない自分自身との関係に疲れてしまったりしたことを覚えています。」
「生きていくということは、楽なことではないのだという、何とはない不安を感じることもありました。」
「私が、自分の小さな悲しみの中で、本の中に喜びを見いだせたことは恩恵でした。」
「読書は、人生のすべてが、決して単純ではないことを教えてくれました。私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても、国と国との関係においても。」
(美智子妃『橋をかける』より)

このような言葉は、真剣に生きるだれしもが、生きていればいつかは感じることであるように思う。
私は、彼女が子供の頃に読んだ本から心豊かに多くを感じ学んできたことを知り、深く共感した。私も本と共にこれまでの自分の道を歩んできたように思うから・・・。
今までは、遠くで微笑んでいる人・・・というような漠然とした存在だったけれど、生きた女性としての生の声を初めて聞けた気がして、これまでとは違う親近感を持って美智子妃を見ることができた。
よくよく考えれば、自分の意志ではどうにもならないような、本当に大変な運命を担い歩んでいらっしゃるのだろう・・・と思う。あれほどの重責を背負って生きている人はなかなかいないだろう。

その講演の中でも特にこのオトタチバナヒメのことを話すときに使われた、「愛と犠牲」という言葉が、なぜか心に残っていた。

オトタチバナとは、日本の最古の歴史書(神話と言った方が良いかな・・・。)『古事記』に出てくる倭健命(ヤマトタケルノミコト)の妃である。
タケルの遠征中に海が荒れたとき、オトタチバナは海神の怒りを鎮めタケルに旅を続けさせるために自分の命を捧げ、入水する。自己犠牲の死に際して、オトタチバナは、かつてタケルが自分の命を守ってくれたことへの感謝の気持ちを詠み残す。
「さねさしの 相模(さがむ)の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも 」

美智子妃はオトタチバナについてこう語った。

弟橘の言動には,何と表現したらよいか,建と任務を分かち合うような,どこか意志的なものが感じられ,弟橘の歌は、あまりにも美しいものに思われました。
「いけにえ」という酷(むご)い運命を,進んで自らに受け入れながら,恐らくはこれまでの人生で,最も愛と感謝に満たされた瞬間の思い出を歌っていることに,感銘という以上に,強い衝撃を受けました。
はっきりとした言葉にならないまでも,愛と犠牲という二つのものが,私の中で最も近いものとして,むしろ一つのものとして感じられた,不思議な経験であったと思います。
 この物語は,その美しさの故に私を深くひきつけましたが,同時に,説明のつかない不安感で威圧するものでもありました。
 古代ではない現代に,海を静めるためや,洪水を防ぐために,一人の人間の生命が求められるとは,まず考えられないことです。
ですから,人身御供(ひとみごくう)というそのことを,私が恐れるはずはありません。
しかし,弟橘の物語には,何かもっと現代にも通じる象徴性があるように感じられ,そのことが私を息苦しくさせていました。
今思うと,それは愛というものが,時として過酷な形をとるものなのかも知れないという,やはり先に述べた愛と犠牲の不可分性への,恐れであり,畏怖(いふ)であったように思います。  」
(美智子妃『橋をかける』より)

この言葉は、彼女自身の人生と重ね合わせて考えたときに、奇妙なリアリティーを持って迫ってくる。
彼女の人生は、まさにそのまま「愛と犠牲」かもしれない。
雅子さんのことを思っても・・・皇室で生きるということは想像を絶するほど、「愛と犠牲」から絶対に逃れられない、息苦しくまた過酷なことなのかもしれない。

「愛と犠牲」は、生やさしいものではないのだな・・・と、あらためて身が引き締まる。
時には不安に威圧されるような、過酷なもの。
時には、愛ゆえに自分の命さえ意志的に投げ出さなくてはならないような・・・。
そこに対する恐れや畏怖・・・。
決してナルシシズムや甘い感傷では為し得ないものだと感じる。


●イエスとオトタチバナの「愛と犠牲」

私たちの舞台では、もちろん「愛と犠牲」とはオトタチバナのことではなく、スペインのキリスト教の聖週間の祭りのマリア像の名前に由来している。
歌われる歌はカソリックであるスペインのものなので、出てくる歌詞は、「Santa Maria(聖母マリア)」だったり、「Jesus Nazareno(ナザレのイエス)」だったり、「Subir a escalera a la Cruz(十字架に上がる)」だったりする。
でも、ほぼクリスチャンではない私たちが、ウソではない何かを「愛と犠牲」において表現したかったら・・・。
そこに、自分の人生における(具体的ではなくてもいいから)切実な、「愛と犠牲」に対する思いが無くてはならないだろう。

愛ゆえの自己犠牲。
愛ゆえに、十字架に上がったイエス。
愛ゆえに、海へと身を投げたオトタチバナ。

似ているような・・・大きく異なるような・・・。
イエスは男性。
オトタチバナは女性。
イエスは「天」にどこまでも高く昇り・・・。
オトタチバナは「海底」に深く沈んでいく・・・。
イエスは父なる神に与えられた使命を果たすために亡くなるけれど、でも、その後3日で復活したことになっている。
イエスは永遠の命を持っていたかもしれないけれど、オトタチバナの命はどうだったのだろう。きっと復活を期待していたわけではなく、ただ一度きりの命を投げ出した。
死に際し、イエスは捕らえ「られ」、十字架を担が「され」、十字架にあげ「られ」て、「父よ、どうしてわたしを見捨てたのか」と言いながら死んでいく。
オトタチバナは、自分の意志で入水を選び、ただただ愛と感謝を述べて死んでゆく。
イエスの死は贖罪の死。彼の死によって、その後、多くの人が救われる。(ということになっている)
でも、オトタチバナの死は、ただ、ひととき荒れた海を沈め、愛する夫タケルの命を救っただけだ。

どちらが優れている、とか、すばらしい、とか、言えない
次元の問題だ。
どちらも、真の「愛と犠牲」に間違いは無い。
でも、その差異が何か、とても象徴的に思える。
この辺のこと、どなたか詳しい人にお話を伺えたらうれしいのだけれど・・・。
誰かいないかなぁ・・・。
「愛と犠牲」の人類共通の普遍性と、また、それぞれの文化による違いなど、研究したら面白そう。
(こんなことを考えるもの、最近河合隼雄さんの本で、日本人の心のあり方について考える機会が多いから。河合先生は日本を「中空均衡型」、キリスト教社会を「中心統合型」とおっしゃる。日本は「空」の部分に天皇制が入り、キリスト教では「中心」に唯一絶対の神が入る。それについてはまたあらためて書きたいと思う。)

私の中での「愛と犠牲」のイメージは、天使と共に澄んだ空の上の天国へ上昇・・・よりもむしろ、深い深い海の底へと沈んでいく方がしっくり来る。
水の冷たさ温かさ、重さ、息苦しさ・・・。
涙のようなしょっぱさ。
海は、すべての生物のいのちの源。
海の中には渦を巻き、流れ、満ちて引く、混沌とした世界がある。
でも、その、混沌のままで、すでに調和し、浄化されている。
天を志向するカンテ(歌)の中で、私の海へ沈む心と体は、響きあい、溶け合うことができるだろうか。

天にも、海の底にも、「愛と犠牲」はある。
もちろん、地上にも・・・いたるところであらゆる人たちが、それぞれの「愛と犠牲」のなかを、自覚することも無くとも確実に生きている。
私の家族・・・父も、母も、妹も・・・。
「愛と犠牲」という言葉の重い響きを忘れさせてしまうほど、ただ日常をあたりまえのように、愛と犠牲の中に生きていると感じる。

うまく考えはまとまらない。
でも、とりあえず今の時点で心にあることを書いておくことが大事だ。

今日も、必死で踊ってこよう。


2007/09/18 (Tue) マリアの涙

11.jpg
今回の作品「愛と犠牲」のモチーフであるマリア像。
スペイン・ヘレスの聖週間に、御輿の上に乗せられ人々にかつがれます。


13.jpg
マリアさま、何を見つめているの?
どうして涙を流すのでしょう・・・。

(上の写真はこちらのページよりお借りしました。
http://www.latrabajadera.com/index.htm


「愛と犠牲」に向かう日々

三連休も終わり、アッという間に日々は過ぎていく。
9月28日、29日におこなう舞台「ARTE Y SOLERA 愛と犠牲」に向けて、
土、日、月と、ひたすら練習・練習・練習の日々。
連休中は3日間とも一日10時間ぐらいスタジオにいたかな・・・。
昼間の太陽が照る世界をあとにして、重い荷物と共に地下のスタジオへともぐる。
そこで、濃厚な時間を過ごし・・・・・・・・・・。
地上に出るときには、もう夜の風が涼しく肌をなでる22時。

今回の舞台は、今までには無いことの連続。
私には珍しい色々な不安もある。
そして、すっかりお馴染みになってしまった身体の疲れや痛み。
でも、何があろうとも、ベストを尽くしていくしかないと腹をくくっている。
「舞台を創る」という責任を担う先生方の疲労や重責はどれほどか。
そして、今回新しく加わったメンバーは、本当に大変な思いをしていることだろう。
その負担を、少しでも楽にしたい。
でも、私にできることは、ただ一生懸命踊ることだけだ、と思う。
関わる人みんなが、それぞれに生活の重みを抱えながら集い、踊っている。
怪我をしていたり、介護すべき家族を抱えていたり、仕事に追われていたり・・・。
自分自身の重い荷物を逃れがたく抱えながら、みんな生きている。
そう思えば、私などの大変さも何ということもないでしょう。

私の心の中にも、「何か」がある。
マリア像は私にも見えない私の心の中のその「何か」を見て、
私の代わりに泣いてくれているように思う。
こんなに幸福で充実していても・・・。
どんなに、温かい愛の中で助けられて生きていても・・・。
それでも、「生きることは哀しいことだ」と、どこかで思っている自分がいる。
そして、その哀しみの中にこそ、喜びもあることを知っている。
喜びも哀しみも混ざり合って混沌としながらある、
そのままで世界は美しいと感じる。
「愛と犠牲は不可分だ」と思う心は日増しに強くなる。

・・・こんな風に書くと深刻だけれども。
でも、スタジオにいるときは、たいていみんなで笑ってばかりいる。
真由美先生の笑顔。
ヒロ君先生の笑顔。
こんな大変な状況の中でも、いつも明るい先生たちってすごい。
先生たちのいる場には明るい光がさす。
私たち一人ひとりも、小さな明かりを灯しながら、共にいたい。

つらいことよりも、もっともっと、踊る喜びは大きい。
本番に向けて、その喜びが、さらに凝縮されていくだろう。
この濃厚な日々が、熟れていく葡萄のように舞台の上で豊かに実りますように。

今日からはいよいよ、スペインから来たミュージシャンが練習に加わる。
彼らのエネルギーが、作品にさらに息吹を吹き込んでくれるはず。

おかげさまで、両日共にチケットは完売とか。
満員のお客様に、いい舞台を楽しんでいただけるよう、
あと10日、残された日々を大事に過ごしていきたいと思う。


2007/09/10 (Mon) ふうせんかずら

2007_09040052.jpg
かわいいふうせんかずら


2007_09040084.jpg
葉に隠れるように・・・


2007_09040065.jpg
クルクルの蔓の先には小さな白い花


2007_09040064.jpg
やわらかな弧を描いて伸びる細い蔓


2007_09040085.jpg
どこへ伸びるの? くるりん くるりん


2007_09040092.jpg
オレンジに咲く凌霄花(のうぜんかずら)にからまっていました


2007_09040094.jpg
のうぜんかずらのオレンジ色の大きな花。
ふうせんかずらのふっくらかわいい実と小さな白い花。


2007_09040101.jpg
繊細な「流れ」に、たまらなく心惹かれます。


これは風船蔓(ふうせんかずら)。

かわいらしい風船のような小さな実。
指で強くつまめば、パンと音を立てて割れてしまいます。
触れられずにただ見とれて、写真を撮りました。
美しい葉をつけたツタはやわらかにからみあい、繊細な流れを作っていきます。
その美しいツタのながれのそこここに、よく見ないと見落としてしまいそうなほど小さな小さな白い花が、ちりばめられて咲いています。
まるで星の瞬く小さな天の川のよう。

流れをたどると、濃いオレンジ色の凌霄花(のうぜんかずら)にからまってもいました。
おなじ「かずら」でも様子が異なり、それがまたおもしろい対比。

ふうせんかずらの花言葉は「あなたと共に」だそうです・・・。
小さな詩を書いてみました。


ふうせんかずら
あなたと共に
心は旅をする 夢の中で
風のように水のように音のように
からまり流れる蔓に乗って
白い星のような
小さな花咲かせながら

ふうせんかずら
あなたと共に
いたいと願う心おさえても
細い蔓は眠るあいだに
夢に導かれ遠くへ伸びる
深い呼吸求め
澄んだ夜ふるわせながら

そっと触れれば今すぐにでも
パンと音を立てて
割れてしまいそうな心
そっと触れていて
長く続く物語が
悲しみで途切れないように

あと少しだけ
もう少しだけ
白い星が幾千も流れる
夢の中にいられたら・・・

ふうせんかずら
夢の中でさえからまり合う蔓
行き場が無くても
やわらかく流れは続き
宇宙の調べが渦を描いていく

ふうせんかずら
運命が響かせた一瞬の音で
すべて決まっていたから
世界がすでに調和してること
ただ信じて 

ふうせんかずら
すべてはひとつ
心は同じ
名前を呼んで
ふうせんかずら

2007/9/10 by mar)



2007/09/07 (Fri) ひまわり

2007_09040038.jpg


2007_09040039.jpg


2007_09040046.jpg


2007_09040080.jpg

みなさん、お元気ですか?
私はとっても元気です!!

フラメンコ公演「愛と犠牲」に向けて忙しく頑張る日々です。
楽しくて、充実しています。

今は落ち着いて写真を撮りに行く暇がぜんぜんないので、
日々の生活のすき間を縫って、
何か見つけたらすぐにシャッターを押せるように、
コンパクトカメラを持ち歩いています。

今年の夏は大好きなひまわりをあまり見ないなぁ・・・と思っていたら、
秋に入ってその心に応えてくれるかのように、
かわいいひまわりに出会えました!!
うれしい・・・。(笑)
大輪の花が一つ、という昔ながらのタイプ(?)ではなく、
ゴッホの絵の中の花瓶に挿してあるような
小ぶりの花がひとつの茎からいくつも咲くようなタイプです。

写真はいつでも、私の心象風景を映し出す鏡。
ちょっと曇った空の下でも、
ひまわりの黄色はまぶしいほどに元気色でした。

この花を見て、みなさんも日々の疲れに負けないで、
元気で過ごしてくれたら・・・
これほど嬉しいことはありません。

私も、汗ニモ負ケズ、筋肉痛ニモ負ケズ、元気に練習頑張ります。

今日も、明日も、明後日も、しあさっても。
一日中、練習・練習・練習・練習の、
幸福な日々です。


カレンダー

08 | 2007/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

フリーエリア

最近のトラックバック

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



RSSフィード



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。