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2007/12/29 (Sat) スタジオ納め

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これは、高校からの親友Cちゃんが、
我が家を訪問するときに持ってきてくれたかわいい花

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外に花の少ない季節に、部屋にあかりが灯ったみたいにかわいいね。
レースのカーテン越しの光のもとで、優しく咲いています。
本当にありがとう!

 ああ、とってもとっても楽しくて、幸せな一日でした!

☆スタジオ大掃除

午前中はスタジオの大掃除。
スタジオさん、一年間私たちをたくさんたくさん踊らせてくれてありがとう!
みんなの頑張りできれいになったスタジオは、一段階明るく晴々としていました。
大掃除だからこそやっと久しぶりにお目にかかれた大好きなカルメンさん。
相変わらず華やかで、情熱的で輝いて、ジーンズに半袖の白いシャツが
まぶしい。それ以上に明るい笑顔がまばゆかったです。
私のブログの拙い花の写真を楽しみにしてくださっている・・・
との嬉しいお言葉に、とっても励まされ力をいただきました。
ミセスのみなさんには、一年間どれほど舞台を応援していただいてきたか…。
ノーベンバーのライブ、熊本の八千代座、水戸での「曽根崎」、横須賀のライブ。
そして秋の新作「愛と犠牲」…。
笑顔で温かく見つめていただいた舞台を一つずつ思いかえし、
感謝でいっぱいになります。

☆楽しいおしゃべり

それから午後は、長年の親友サンタちゃん、
「愛と犠牲」から舞踊団に加わったMTちゃん、
まぶしいほどまっすぐにフラメンコに恋してるazadaちゃんと、
ゆっくりお茶しながら長時間のおしゃべり。
MTちゃんの初めてのソロに向けてのがんばりぶりや、
azadaちゃんの昨年(本人いわく)未消化に終わったソロへの再挑戦など、
悩みや葛藤も含めて、充実した前向きな話を聞くのは気持ちがいいものです。
私の下手な物言いを、優しいサンタちゃんがすかさずフォローしてくれるのも
長年の友情があるからで、ナイスコンビネーション。
スタジオの仲間とは、愚痴や悪口無しでいくらでも楽しい話が出来るのです。
謙虚でハートのある仲間と、踊りについて話すのは幸せで、いい時間でした。

☆地道な自習

そして私はひと足先に抜け出して、貸しスタジオでささやかに自習。
最近の自習はただただひたすらマルカールしたり、基本的な足を地味に打ったり、
そんなことばかりです。
いろいろ考えたり、考えているようで何も考えていなかったり…(笑)。
ソロでどう踊るかというのは、逃れられない永遠の課題ですが、
葛藤しながらも逃げずに向き合い続ける中から、
「自分ならではの道」が開けてくれば…、
そしてそれが深化への道ならいいなぁと思っています。(欲張り?)
モネの絵の影響か、同じモチーフを描き続けることの大切さを感じています。
器用にたくさんをこなすことより、愚直に同じことに挑戦する忍耐強さを、
今の私の課題としたいと願います。

☆「愛と犠牲」上映会

そして夜は、とあるお店を貸し切りにして、
秋におこなったフラメンコ公演「愛と犠牲」の大スクリーンでの上映会でした。
私の隣には、もなかさん、MALENAちゃん。
たくさん色々とお話しできて嬉しかった・・・。
まず上映前に、ヒロ君先生が
「自分の姿だけではなく、全体を、まるで木々が戯れているかのように、
ぼや~~~~~っと見てね。」とアドヴァイス。
出演していたときは、一体どんな作品なのかが霧の中にいるかのようで
見えてこなかったけれど、初めて真正面から全体を通して見て・・・。
感想は、言葉になりませんでした。
(みんなも、見終わってなぜか無言・・・・・・・。)
個人的な「あれはできた、できなかった」というようなことではなく、
私はさまざまな想いが胸の中で一杯になってしまいました。
とにかく現実の世界に戻ってくるのに時間のかかる作品だなぁと思いました。
優しいもなかさんが、
「本番の舞台は、映像で見るよりも何倍も素敵だったのよ~!!
出演した方々にそれを見せてあげられないのが残念。」
と言って下さいました。

☆焼き肉忘年会

そのまま先生方含め総勢20名で行きつけの美味しい韓国料理屋さんへ。
笑い声でいっぱいの忘年会のスタート!
私の隣には、ヒロ君先生、そしてもなかさん、たなぼたんちゃん・・・。
すぐ斜め前に真由美先生。
大きなテーブルを囲んで大好きな私の「フラメンコ家族」たちが、笑顔で集う。
ナンテナンテ幸せなんだろう。
私、みんなのこと、大好きだなぁ。
今年もこの仲間たちと踊ってこれて良かった。
そしてまた来年も・・・・。
楽しい宴は、夜中まで続きました。

こんな盛りだくさんで幸福な一日が、一年の最後に贈られたことに感謝です。

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2007/12/24 (Mon) クリスマスに

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これは、花屋さんの店先で「大特価350円」。
貧弱にヨロヨロ咲いていたシクラメン。
家に連れて帰ってほぼ一ヶ月経ちましたが、元気いっぱい!
本来の華やかさを取り戻し、炎の揺らめきのように咲いています。


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シクラメンのうしろに大好きなクリムトの絵を額に入れて飾っています。


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花びらの先のフリルがとっても可愛い。

☆クリスマスに贈る言葉

クリスマスですね。
2007年前、遠く遠くの馬小屋で、小さな赤ちゃんが生まれた日。

大好きな作家ヘルマン・ヘッセがクリスマスカードに書いて送ったという文章を、クリスマスにみなさんに贈りたいと思います。

「所有と権力を求めるためのどんな努力も、私たちからエネルギーをうばい、私たちを貧しくするのに対して、そんなささやかな無私の献身でも、どんなかたちの思いやりでも、どんな愛でも、私たちをよりゆたかにするということは、古今を通じての人生知の不思議な、しかし簡単な秘密です。
それをインド人たちは知っていて、教えた。そしてその後、賢いギリシア人たちが、それからイエスが、そしてそれ以来なお何千人の賢人や詩人たちが教えました。
彼らと同時代の金持ちや王たちが忘れられてしまい、消え去ってしまった一方で、あの賢人や詩人たちの作品は時代を超越して生き続けているのです。
イエスであろうが、ブッダであろうが、プラトンであろうが、シラーであろうが、あるいはスピノサであろうが、君たちは誰の教えを信じても良いでしょう。

人をこの上なく幸せにするのは、権力でも、所有でも、認識でもなく、ただ愛だけだというのが、誰の教えでも究極の叡智なのです。
どんな無私の行為、つまり、愛ゆえの断念も、同情からの行為も、自己犠牲も、すべてことごとく「与える」という行為であり、一種の自己掠奪のように見えるけれど、それはより豊かになることであり、より偉大になることであり、やはり前へ、上へと通じる唯一の道です。
それはひとつの古い歌です。
私は下手な歌い手であり、説教者です。
けれど真理はすたれることなく、それが今、どこか砂漠で説教されようと、ひとつの詩にうたわれようと、新聞に印刷されようと、どんな時代にも、どんなところでも、真理として通用するのです。」
(1907年 「クリスマスに」 ヘルマン・ヘッセ)

今からちょうど百年前のクリスマスに、ヘッセはこの文章を書きました。
愛すること、愛を与えることだけが、唯一無二の道。
愛すること、それだけが、前へ、上へと進むための唯一の道。
ときどきこのことをしっかり思い出して見つめる時間が必要なほどに、人間は(私は)エゴから離れられず、愛することを困難に感じたり、おっくうがったりする生き物だなぁと感じます。
どんどん孤独になって生きるのが苦しいとき、そんな時は、人を愛せず自分自身しか愛していない時、もしくは人は愚か自分自身すら愛していないときです。

「愛する」、というのは大げさなことではなく・・・。
温かい笑顔、優しい言葉、素直に感謝する心・・・そんなささやかなものにこそ、存在しているのかもしれません。

そうは言っても私は、意地っぱりで気むずかしくてへそまがりで毒舌。他人に厳しく自分に甘い。
思い通りに清く優しくは生きられないほど弱く、愚か者だけれど・・・。
時にこうして、大事なことを思い出すのも良いかなぁと思います。
だって、クリスマスですものね!


☆けなげなシクラメン

私は、単純に、「愛情には愛情が還ってくる」、と信じているところがあります。
ダイレクトにすぐその場で与えた本人から、・・・ではなくとも、巡りめぐって・・・。

それは、こんなところからも感じます。
最近、植物を育てながら、「献身的でいじらしいなぁ・・・」と思います。
花はやっぱりとっても優しいんですよ。

安く買ってきたシクラメンふた鉢。
前回載せた白は500円、今回のピンクは350円、どちらも見捨てられかけた見切り品、サービス大特価商品でした。
花屋の店先の冷たい風の中で、細い茎をあちこちバラバラの向きににひょろひょろ倒しかけ、貧弱な花を寒そうに咲かせていました。
なんだかかわいそうになって。美しくゴージャスな花ではなく、こちらを選びました。
それでも今は、真っ直ぐな茎をみずみずしく立たせて、次から次へと美しい花を咲かせています。

連れ帰ってきて、私がしたことは、日中は日当たりのいい場所に移動させることと、様子を見て花と対話しながら適度に水をあげること、たったこれだけです。
あとは、植物そのものの持つ力、太陽の力、水の力、土の力・・・・。
でもシクラメンは、けなげに一生懸命に美しい花を咲かせて、私のしたその何倍もの喜びを返してくれる。
ありがたいなぁ、と思います。
「無私無欲に、ただ命を咲かせることの美しさ」を感じさせてくれて。

うちの犬も猫も、同じです。
手をかける何倍もの愛と喜びを、惜しげもなく返してくれる。
赤ちゃんももちろんそう。
そして、不精者の私は、人にしてあげられていることよりはるかに、色々なことをしてもらってばかり・・・。こんな私に優しくしてくれて、みんな本当にありがとう!
そんな自分を反省しつつ、優しい私になれることを願いながら、のんびりのどかなクリスマスを過ごそうと思います。

みなさんにとっても、いいクリスマスでありますように!


2007/12/23 (Sun) 待つ女「松風」

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能楽堂の門のすぐ内側に、赤い椿が咲いていました。


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神楽坂 矢来能楽堂


● 能舞台「松風」鑑賞

先週の日曜日、舞踊団のアドバイザーはらりんに、能の舞台にお誘いいただきました。
昨秋に引き続き、矢来能楽堂での鈴木啓吾さんの舞台です。
(昨年書いた、我ながら気合いの入った感想文はこちら。
http://lunasolmilcoco.blog68.fc2.com/blog-entry-19.html

待ち合わせのこの門の前ではらりんを待ちながら、上の写真を撮りました。
椿は、ずっと撮ろうと思いながら・・・(この季節に盛んに咲いている、貴重な花ですものね。)やっと撮る機会を持てました。まだ開く途中のかわいい花。でも写真はイマイチ・・・?)

舞台のテーマは「待つ女」。
須磨に流された在原行平は、その地で潮汲みをする松風・村雨、二人の姉妹と出会い、恋をします。 やがて行平は烏帽子と狩衣だけを姉妹のもとに残し、都へ戻り、亡くなってしまいます。
姉妹はいつまでもいつまでも、去っていった行平の帰りを待ち続ける・・・。
それがこの作品のモチーフです。

須磨、と言えば『源氏物語』で光源氏が流され、明石の君と恋をした場所。
『源氏物語』の「須磨」の巻の中でも、光源氏は
「行平の中納言の藻塩たれつつ侘びける家居近きわたり」
に住んだと書かれています。
紫式部も、行平が須磨に流されたことを意識して、この章段を書いたのでしょう。
在原行平は、在原業平の兄。
弟・業平はかの有名な『伊勢物語』の主人公の男のモデルとされている人物として私にとってもなじみ深い。でも、その兄のことは、百人一首の歌でしか知りませんでした。

「立ち別れ いなばの山の峰に生ふる 
          まつとしきかば 今帰りこむ」在原行平

・・・「待っている」と聞いたなら、すぐに帰ってゆくよ・・・。
この和歌の下の句も、能の中で繰り返し歌われます。

この能について、シテの鈴木啓吾さんはこのように書いていらっしゃいました。
とても共感し、また感動したので、引用したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すべてを承知の上で松風は行平を待ちます。
生きてゐた間も、死んだ後も。
行平が都に帰ったときから彼女の中の時間は止まった・・・。
満ちては欠け、欠けては満ちる月。
寄せては返し、返しては寄せる浦の波。
「永遠に続く止められた時間」の中で彼女は待ち続けます、何ものかの到来を。

自らの人生の中に於いても、永遠に続く止められた時間・・・誰の中にもあるのではないでせうか。
それは普通「思ひ出」と云ふ言葉で表現されますが。
「思ひ出」の事象と現在の状況が時間軸で繋がってゐる場合は、 つまり止まってはゐませんが、「思ひ出」の事象が過去のある時点で途切れてゐる場合、概ねこの「止められた時間」に当たると思ひます。
少なからずどんな方も心のうちに秘めた「永遠に続く止められた時間」を共有することで[待つ女]に共感することができるのではないかと思ふのです。

この作品のテーマとしては、佛法の側から恋の妄執といかに対峙するかと云ふことよりも、人として恋の苦しみをどう生きるかと云ふことに重きを置いてゐるやうに思はれます。
(中略)
観客の皆様との「永遠に止められた時間」の共有にこそこの能の作者の思ひがあるやうに思はれてなりません。

~以上、シテ鈴木啓吾さん・著 「幕のむかう三軒両隣り 『松風』編」より一部抜粋)~

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●感想(その一・「能」というものは・・・)

やはり前回と同じように、まず、・・・「ただ、立っている」ということが、とてもとても「繊細」で「濃密」で、何かがみなぎりきったものであり得るのだ、ということにとても感動しました。
それは、私が踊る上でもとても大事に思って目指しているひとつの高みでもあります。
舞台を見ながら今回もまた、
「どうして、あれほどまでに舞台の上で動かずに、それでいて充実しきって人の目線と心を惹き付けて居られるんだろう・・・。」
と、その秘密を知りたいと思いました。
それにしても、能は動かない・・・!!!
これほどまでに「動き」の抑制されきった舞台芸術は他に例を見ないのではないでしょうか?

前回書いたこの言葉、もう一度載せておきたいと思います。
「能は、何も拒まず・・・でも、何も受け入れてもくれない・・・。
そして能にはいっさい押しつけがましさはなく、それでいて見る者に多くを要求する。
見る者は、ただ動かずにそこに『居る』だけの演者のみなぎらせている『気』を、あるがままに受け取るゆとり・・・『無心に受容すること』・・・が求められる。」

能に於いては、見る側・・・観客側に知性や理解力がなければそう簡単にはその真髄を楽しめるものではない、とあらためて感じました。
能に対する知識の乏しい私には、もっともっと勉強してから見ることが必要だと痛感しました。
はらりんのお書きになった素晴らしい解説書が無ければ、何も分からずに漫然と見ていたと思います。


●感想(その二・「待つ女」)
「待つ女・・・・・!!??重いなぁ、辛気くさいなぁ、私とはタイプが違うなぁ・・・。」
なんて、単純にうち捨ててしまうのは、いともたやすいこと。

でも、もう少し頑張って、私自身の心の中にある、「松風」と共有しあえるようなある想いを、よくよく見つめてみようと思います。
そうでなければ、シテ・鈴木啓吾さんのおっしゃる「永遠に続く止められた時間の共有」はできないと思うからです。
そしてそれができなければ、結局はこの作品を見た意味が無くなってしまうでしょう。
物事を考えるとき、いつも、「頭」ではなく、「心」で感じたい、と願います。
理解した「つもり」にはなりたくない。
恋する人を死してなお待ち続けた「松風」の心を、自分のもののように感じてみたい・・・。
私も、心の中であの美しい能面をつけて、松風になってみましょう・・・。

さて・・・。
「私の中にも居るだろうか、待つ女は・・・」、と考えます。
「思い出」の事象が過去のある時点で途切れてしまった、「止められた時間」。
もう二度と会えない恋しい人との別れ・・・。
それでもずっとずっと、愛する人を想い続ける心・・・。
おもてには出さない、けれど心の中を脈々と流れ続ける秘めた想い。
静かで激しい恋心。

あの人は、今も私を想ってくれているだろうか。
二人過ごした時間の記憶を、私と同じように繰り返しよみがえらせ、心の中で涙を流しているだろうか。
甘く美しい時間の記憶だけが、幻のように浮かんでは消える。
何度も私の名を呼ぶ優しい声。
愛おしみながら髪をなでてくれた手の温かさ。
決して忘れられない面影・・・。
それらを、繰り返し、繰り返し、寄せては返す波に乗せて心によみがえらせよう。

・・・そんな「松風」の想い、私のものとして感じることができるように思います。
特に、後半、愛する男・行平の唯一残していった衣服を身につけて松風が舞うシーンは、静かな狂気を宿していて、ぐっと心に迫ってきました。
やっと解き放たれた感情の中で、恋をすることの苦しさやかなしみが後から後からあふれ出してくる・・・。
そんな松風を、鳥肌の立つ思いで、息をのんで舞台を見つめました。

能の一番の恐さは、「止まった時間」にあるように思います。
「松風」はすでに亡くなり、その幽霊が僧にむかって、行平への切ない恋心を語っている、という設定になっています。
「待つ」状況は、もうこののち変化することがない。
永劫回帰。
止まった時間の中で、恋しい人を「待つ」状態に釘付けされた女・・・・。
そこには、期待や希望よりもむしろ、静かな絶望があります。
でも、待ち続ける。
それは、愛することが、苦しみであると同時に、彼女自身の選んだ唯一の道でもあるからでしょう。

愛することは、幸福よりもむしろ苦しいことの方が多いかもしれないけれど。
それでも、出会ってよかった、愛してよかった、愛し合えてよかった・・・。
こんなにも待ち続けたいと思えるあなたと、短い間でも愛し愛されて同じ時間を共有しあって生きることができた。
だから、私は、みずからすすんで、帰らぬあなたを永遠に待ち続けたい。
あなたを待つ永遠の時間の中に、閉じこめられていたい・・・。

静かな能面が、こんな風に語っている声が聞こえてきました。
それは、私の心の中から聞こえる声でもありました。




2007/12/21 (Fri) 白い羽ばたき

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私の部屋の小さな白いシクラメン。
花屋さんの前で「特価500円」と札をつけられて、寒そうにふるえていたので、
連れて帰ってきました。


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栄養と水と光をタップリあげて・・・。
大事に育てるうちに、あとからあとからつぼみが下からのぼって次々花を咲かせます。
昼間はアイビーやミニバラと一緒に窓辺でひなたぼっこ。
すっかり我が家でくつろいで、元気いっぱいになりました。


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白い花びらのうねりはなるでスクリューのよう?
いさぎよい白の「白さ」が、まぶしく目に映ります。
花びら一枚は、親指の爪ほどの小ささです。


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これはまるで羽ばたこうとする鳥のひと群れ。
翼のように見えます。
たった(?)500円で、私の心をこんなに喜ばせてくれてありがとう。

昨日ようやく仕事の大きな山が片づき、これからはしばらくのんびり過ごせそうです。
今日も、冬らしく澄んだいい天気。

昨日は、嬉しいことや楽しいことが色々とありました。

昨日で一応一区切りで、下手したらもうお別れかもしれないみんな・・・。
一緒に過ごせた時間はとっても楽しかったね。
一人ひとりの笑顔が浮かんできます。
ちょっとさみしいけれど、お互い元気に頑張って、とどまることなく成長していこうね。
たくさんの優しい言葉や、かわいい笑顔や、がんばる姿を見せてくれてありがとうね。
幸せを、心から祈っています。
みんな大好きだよ。

そして、職場の仲間たちと忘年会がありました。
舞台の前はほとんど毎日練習でなかなかそういう会に参加できない私ですが、久々に参加できました!(こりずに誘ってくれた幹事さんありがとう!)
たくさん笑って気持ちよく話をして、とっても楽しい時間を過ごすことができました。
人の悪口も陰口もなく、明るく爽やかに飲めるいい仲間を持っていることの幸福を思いました。
みんなの笑顔や笑い声の中に自分も温かく座って、一緒に美味しいものを食べるって素敵なことですね。
隣に坐った仲良しのポッターくんは私のカメラの先生でもあります。
写真を撮るときのコツを教えてもらったり、私の撮った写真へのアドヴァイスをもらったり、彼のすっばらし~い一眼レフのカメラを試させてもらったり・・・。
姉のように慕う信頼するKさんとも久々にゆっくり話せました。(もっと話したかった~!)

楽しい時間はアッという間に過ぎていってしまいました。
でも、心の中のほっこりとした温かさは今も続いています。




2007/12/18 (Tue) 一度にひとつ

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少し前に撮った黄金色のハート・・・。



ふたつ。


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たくさん!

ブログを書くのがずいぶん久しぶりになってしまいました。
みなさん、お元気でお過ごしですか?
私は元気。
心穏やかに楽しい日々を過ごしています。
そしてまた今、よく晴れたこんな美しい日に、窓の外の葉を落とした桜の木々や常緑のもみの木を眺めながらゆったりパソコンの前に坐っていることを、とっても幸福に感じています。

すっかり外は冬・・・。
木々も葉を落とし、枝の美しいシルエットを澄んだ冷たい空に伸ばしていますね。
花ももちろん美しいけれど、花をまた咲かせるために木々がじっくり静かに力を蓄えるこの季節もまた、いいものです。

ここしばらく忙しい日々を不器用に・・・おそらく自分なりにそうとう頑張って過ごしてきて、色々と分かったことがあります。
そのひとつが、(私の場合は、かもしれませんが・・・)
「一度にひとつずつ」
の方が良いのだなぁ、ということ。

ふと気付くと、いくつもの「しなくてはならないこと」を両手一杯に抱えて、右往左往。
にっちもさっちもいかなくなって、途方に暮れている状態に陥っている自分を発見することも。
なんだか何かに追われているみたい。
でも、ちっとも片づいていかない。
「~しながら・・・・する。」
というのは、一見お得で有能なように感じるけれど(それができれば、なかなかに素晴らしいとは思うのだけれど・・・)、でも私にとってはむしろ効率が悪いようです。

今、この瞬間目の前にある「ひとつのこと」に集中する。
そうすると、心と身体がひとつに統合されていく。

手帳に、「したいこと」「しなければならないこと」を書き出してみました。
書いてみると、目に見えるから、自然に優先順位が決まってくる。
「しなければならないこと」は、否が応でも降りかかってきて、どけることがムズカシイ。
でも、「一度にひとつずつ」・・・と唱えながら、テキパキサッパリとこなしていくと、千里の道も一歩から。着実に片づいていくものですね。
そして不思議と、「したいこと」をするゆとりの時間が生まれてきます。

「しなければならないこと」に追われて、「したいこと」がないがしろにならないように気をつけながら、限られた時間を創っていく。
「きょう一日、何をしなければならないか、それが片づいたら何をしたいのか。」
それを分かっているだけで、ずいぶんと心の中がすっきりする。
近眼にならないように遠くの灯台のあかりも見つめながら、「ひとつずつ」のことをかさね、一日を創り、その一日を積み重ねていく。

私の「したいこと」はとてもささやかなこと。
・・・たとえば、なるべく休まずにレッスンに行って、思いっきり踊ること。
それから、本を読み、写真を撮り、音楽を聴き、映画を見たりすること。
時には小さな旅をしたり、美術館へ行ったりすること。
お散歩しながら空や、植物に季節を感じること。
気持ちよく目覚め、美味しくご飯を食べ、ゆっくりお風呂に入り、ぐっすり眠ること。
家族や友人の笑顔を見ながら、たわいもない話をすること。

・・・でも、このささやかなことこそが、とてもとても大切。
植物に降る陽の光や雨のように、私を潤し育んでくれる。

さぁ。
今日も「一度にひとつずつ」の積み重ね。
のんびりいきましょうか。


2007/12/05 (Wed) 秋から冬へ

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葉を落とした梢は、空へ伸びゆく毛細血管


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空を背景に黒々とシルエットを浮かばせる。


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季節は日に日に冬へ・・・。


こうやってブログを書くのも久しぶりになってしまいました。
あわただしく日々を過ごすあいだに、季節はすっかり冬ですね。
朝の澄んだひんやりした空気の気持ちよさ・・・・!!
今朝は、車のフロントガラスに霜がおりていましたよ。とっても寒かったですね。
今年はインフルエンザも例年にない早さで到来とか・・・。
みなさんお元気でお過ごしですか?

最近の私の日々について落ち着いて書けるのはもう少し先のことになりそうです。
実はまだマイパソコンがつながっていない・・・・( ̄― ̄°)ぐすっ。
(今は親のパソコンを使わせてもらっています。)
環境が整うまでに、もう、ほんの一週間ぐらい、かかってしまいます。
パソコン無し生活にも、ちょっと慣れて来ちゃった・・・!?
でも早く、落ち着いてブログを書ける生活をしたいなぁ・・・。静かにここに向かう時間は、私にとってとても楽しく心落ち着く大事な時間なのです。

毎日、目一杯生きて、「生活」をしています。
何だか今はそれで精一杯で、本も、映画も音楽も、カメラさえ、・・・好きなもの色々がすこし保留になっています。(もちろん、ほんの一ときのこと。私の生活になくてはならないものたちですから。)
そしてむしろ、これまでの自分が生活感のない、地に足のついていないような生活をしてきていたことに気付かされます。

そんなバタバタな日々の中で、暇を見ては小さな鉢植えを買うことがマイブームです。
最近買ったのは・・・。
*かわいいアイビー3鉢。
*ミニの白バラ。
*白いシクラメンと濃いピンクのシクラメン。
*ポインセチアは、はっきりとした赤と緑のクリスマスカラーで季節感タップリ・・・。
部屋の中を明るく心地よくしてくれています。
陽に当てたり、水をあげたりするような、ちょっとしたことがすごく楽しくて、なんだか、かわいくてしかたありません。
今は、外にでてもなかなか好きな花に出会えないので(・・・あ、サザンカは咲いていますね・・・まだ撮る機会に恵まれていないけれど、かわいいなぁと思っています。)、梅や桜の咲く春が来るまで、この小さなかわいい鉢たちが私の心のそばにいてくれることと思います。

冬は、何を写真に撮ればいいんだろう・・・?
カメラを持って世界を見つめれば、また、冬ならではの美しさに出会えるのでしょうね。
それを楽しみにしています。
友人で、カメラの先生でもある同僚のポッターくんは、
「冬も Autumn Leaves(紅葉) を撮るのさ♪」
と教えてくれましたが・・・。
私の心に、この冬はどんな新しい美の発見があるのか、それを、私自身がとても期待しています。
一年一年が、新しい冬。初めての冬。
毎日毎日が、発見や感動の連続であれば、人生は素敵ですね。
良い冬にしたいなぁ・・・。

どうぞみなさんも、身体に気をつけて素敵な冬をお過ごし下さいね!


お返事をすぐにできないことが心苦しいので、今回は申し訳ありませんが、コメント欄をクローズしますね。勝手を言ってごめんなさい。
いつも、温かいコメントを本当にありがとうございます!


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プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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