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2007/12/23 (Sun) 待つ女「松風」

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能楽堂の門のすぐ内側に、赤い椿が咲いていました。


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神楽坂 矢来能楽堂


● 能舞台「松風」鑑賞

先週の日曜日、舞踊団のアドバイザーはらりんに、能の舞台にお誘いいただきました。
昨秋に引き続き、矢来能楽堂での鈴木啓吾さんの舞台です。
(昨年書いた、我ながら気合いの入った感想文はこちら。
http://lunasolmilcoco.blog68.fc2.com/blog-entry-19.html

待ち合わせのこの門の前ではらりんを待ちながら、上の写真を撮りました。
椿は、ずっと撮ろうと思いながら・・・(この季節に盛んに咲いている、貴重な花ですものね。)やっと撮る機会を持てました。まだ開く途中のかわいい花。でも写真はイマイチ・・・?)

舞台のテーマは「待つ女」。
須磨に流された在原行平は、その地で潮汲みをする松風・村雨、二人の姉妹と出会い、恋をします。 やがて行平は烏帽子と狩衣だけを姉妹のもとに残し、都へ戻り、亡くなってしまいます。
姉妹はいつまでもいつまでも、去っていった行平の帰りを待ち続ける・・・。
それがこの作品のモチーフです。

須磨、と言えば『源氏物語』で光源氏が流され、明石の君と恋をした場所。
『源氏物語』の「須磨」の巻の中でも、光源氏は
「行平の中納言の藻塩たれつつ侘びける家居近きわたり」
に住んだと書かれています。
紫式部も、行平が須磨に流されたことを意識して、この章段を書いたのでしょう。
在原行平は、在原業平の兄。
弟・業平はかの有名な『伊勢物語』の主人公の男のモデルとされている人物として私にとってもなじみ深い。でも、その兄のことは、百人一首の歌でしか知りませんでした。

「立ち別れ いなばの山の峰に生ふる 
          まつとしきかば 今帰りこむ」在原行平

・・・「待っている」と聞いたなら、すぐに帰ってゆくよ・・・。
この和歌の下の句も、能の中で繰り返し歌われます。

この能について、シテの鈴木啓吾さんはこのように書いていらっしゃいました。
とても共感し、また感動したので、引用したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すべてを承知の上で松風は行平を待ちます。
生きてゐた間も、死んだ後も。
行平が都に帰ったときから彼女の中の時間は止まった・・・。
満ちては欠け、欠けては満ちる月。
寄せては返し、返しては寄せる浦の波。
「永遠に続く止められた時間」の中で彼女は待ち続けます、何ものかの到来を。

自らの人生の中に於いても、永遠に続く止められた時間・・・誰の中にもあるのではないでせうか。
それは普通「思ひ出」と云ふ言葉で表現されますが。
「思ひ出」の事象と現在の状況が時間軸で繋がってゐる場合は、 つまり止まってはゐませんが、「思ひ出」の事象が過去のある時点で途切れてゐる場合、概ねこの「止められた時間」に当たると思ひます。
少なからずどんな方も心のうちに秘めた「永遠に続く止められた時間」を共有することで[待つ女]に共感することができるのではないかと思ふのです。

この作品のテーマとしては、佛法の側から恋の妄執といかに対峙するかと云ふことよりも、人として恋の苦しみをどう生きるかと云ふことに重きを置いてゐるやうに思はれます。
(中略)
観客の皆様との「永遠に止められた時間」の共有にこそこの能の作者の思ひがあるやうに思はれてなりません。

~以上、シテ鈴木啓吾さん・著 「幕のむかう三軒両隣り 『松風』編」より一部抜粋)~

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●感想(その一・「能」というものは・・・)

やはり前回と同じように、まず、・・・「ただ、立っている」ということが、とてもとても「繊細」で「濃密」で、何かがみなぎりきったものであり得るのだ、ということにとても感動しました。
それは、私が踊る上でもとても大事に思って目指しているひとつの高みでもあります。
舞台を見ながら今回もまた、
「どうして、あれほどまでに舞台の上で動かずに、それでいて充実しきって人の目線と心を惹き付けて居られるんだろう・・・。」
と、その秘密を知りたいと思いました。
それにしても、能は動かない・・・!!!
これほどまでに「動き」の抑制されきった舞台芸術は他に例を見ないのではないでしょうか?

前回書いたこの言葉、もう一度載せておきたいと思います。
「能は、何も拒まず・・・でも、何も受け入れてもくれない・・・。
そして能にはいっさい押しつけがましさはなく、それでいて見る者に多くを要求する。
見る者は、ただ動かずにそこに『居る』だけの演者のみなぎらせている『気』を、あるがままに受け取るゆとり・・・『無心に受容すること』・・・が求められる。」

能に於いては、見る側・・・観客側に知性や理解力がなければそう簡単にはその真髄を楽しめるものではない、とあらためて感じました。
能に対する知識の乏しい私には、もっともっと勉強してから見ることが必要だと痛感しました。
はらりんのお書きになった素晴らしい解説書が無ければ、何も分からずに漫然と見ていたと思います。


●感想(その二・「待つ女」)
「待つ女・・・・・!!??重いなぁ、辛気くさいなぁ、私とはタイプが違うなぁ・・・。」
なんて、単純にうち捨ててしまうのは、いともたやすいこと。

でも、もう少し頑張って、私自身の心の中にある、「松風」と共有しあえるようなある想いを、よくよく見つめてみようと思います。
そうでなければ、シテ・鈴木啓吾さんのおっしゃる「永遠に続く止められた時間の共有」はできないと思うからです。
そしてそれができなければ、結局はこの作品を見た意味が無くなってしまうでしょう。
物事を考えるとき、いつも、「頭」ではなく、「心」で感じたい、と願います。
理解した「つもり」にはなりたくない。
恋する人を死してなお待ち続けた「松風」の心を、自分のもののように感じてみたい・・・。
私も、心の中であの美しい能面をつけて、松風になってみましょう・・・。

さて・・・。
「私の中にも居るだろうか、待つ女は・・・」、と考えます。
「思い出」の事象が過去のある時点で途切れてしまった、「止められた時間」。
もう二度と会えない恋しい人との別れ・・・。
それでもずっとずっと、愛する人を想い続ける心・・・。
おもてには出さない、けれど心の中を脈々と流れ続ける秘めた想い。
静かで激しい恋心。

あの人は、今も私を想ってくれているだろうか。
二人過ごした時間の記憶を、私と同じように繰り返しよみがえらせ、心の中で涙を流しているだろうか。
甘く美しい時間の記憶だけが、幻のように浮かんでは消える。
何度も私の名を呼ぶ優しい声。
愛おしみながら髪をなでてくれた手の温かさ。
決して忘れられない面影・・・。
それらを、繰り返し、繰り返し、寄せては返す波に乗せて心によみがえらせよう。

・・・そんな「松風」の想い、私のものとして感じることができるように思います。
特に、後半、愛する男・行平の唯一残していった衣服を身につけて松風が舞うシーンは、静かな狂気を宿していて、ぐっと心に迫ってきました。
やっと解き放たれた感情の中で、恋をすることの苦しさやかなしみが後から後からあふれ出してくる・・・。
そんな松風を、鳥肌の立つ思いで、息をのんで舞台を見つめました。

能の一番の恐さは、「止まった時間」にあるように思います。
「松風」はすでに亡くなり、その幽霊が僧にむかって、行平への切ない恋心を語っている、という設定になっています。
「待つ」状況は、もうこののち変化することがない。
永劫回帰。
止まった時間の中で、恋しい人を「待つ」状態に釘付けされた女・・・・。
そこには、期待や希望よりもむしろ、静かな絶望があります。
でも、待ち続ける。
それは、愛することが、苦しみであると同時に、彼女自身の選んだ唯一の道でもあるからでしょう。

愛することは、幸福よりもむしろ苦しいことの方が多いかもしれないけれど。
それでも、出会ってよかった、愛してよかった、愛し合えてよかった・・・。
こんなにも待ち続けたいと思えるあなたと、短い間でも愛し愛されて同じ時間を共有しあって生きることができた。
だから、私は、みずからすすんで、帰らぬあなたを永遠に待ち続けたい。
あなたを待つ永遠の時間の中に、閉じこめられていたい・・・。

静かな能面が、こんな風に語っている声が聞こえてきました。
それは、私の心の中から聞こえる声でもありました。



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