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2007/04/23 (Mon) 緑色の桜

桜色・・・といえば、白に近い淡いピンクを思われる方が多いのではないでしょうか?
桜の花には本当にたくさんの種類があります。
その中でも、割と珍しい、「緑の桜」があります。
私の大好きな新宿御苑には、「緑の桜」も数種咲いています。

「緑の桜」は、二つの点で私にとって魅力的です。
・「桜は淡いピンク色」という既成の概念を取り払ってくれ、目から鱗を落としてくれるところ。先入観なしに「ステレオタイプの桜色」らしくない色の桜の美しさを、新鮮に感じさせてくれます。
・しだいに花びらの色が透明感を増し、最後にはほんのりと赤く色づいていくところ・・・。
なんだか、私自身の人生も、そんな風であったら素敵だなぁ、などと感じます。生きるほどに透明感を増し、そして、しだいに華やかに色味を増すような・・・そんな女性でありたいものです。

桜って、ほんとうに魅力が尽きないですね。
私自身の勉強のために、ここに特徴をメモしつつ写真をアップします。


*鬱金(うこん)
サトザクラの栽培品種。花は黄色の大輪半八重。
咲き始めの花弁は黄緑色。
咲き終わりには花の中央から赤みを帯びた色となってくる。

a.ukon.jpg
固いつぼみがひらきかけたばかりのうちは、あわくみどりがかった色。
2007.4.12 新宿御苑

b.ukon3.jpg
ひらくと黄色がかった白に近い色になる。光が透けてしまうような・・・。
2007.4.12 新宿御苑

c.ukon2.jpg
さらに時間とともに透きとおってゆき・・・中央が赤くなり・・・。
2007.4.12 新宿御苑

d.ukon1.jpg
散る間際には、はなびらもほんのりと赤く染まっていく。
2007.4.12 新宿御苑



*御衣黄(ぎょいこう)
サトザクラの栽培品種。花は黄緑色の中輪八重。
花弁に白と緑のすじがある。


name.gyoiko.jpg
濃い緑と白の、みごとなストライプ!
直径3センチほどの小さめの花がたくさんまとまって咲いて華やか!
2007.4.12 新宿御苑

name.gyoiko2.jpg
そして、しだいに花びらは透明感を増してゆき・・・。
2007.4.12 新宿御苑

name.gyoiko3.jpg
鬱金と同じように、最後は、中央からほんのりと赤く色づいてゆく。
2007.4.12 新宿御苑

たくさんの写真を、ここまで見て下さってありがとう♪
またどうぞ、こりずにお付き合い下さいね。
まだアップしていない桜の写真がたくさ~ん(´ー`;)・・・出番を待っています!
もう少し、春の余韻にお付き合い下さいね。(笑)
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comment

いつも、いつもきれいな写真を撮るなぁと関心させられます。御衣黄はとても素敵な桜ですね。緑と白のストライプというところがとってもいい。花の色が変化していくところも生命を感じさせてくれる。
次回の写真にも期待してます。
2007/04/24 01:03 | わい [ 編集 ]

鬱金をはじめてみた時には新鮮な驚きがありました。まさに「ステレオタイプ」の真ん中に居たわけです。だから 見るたびに そのときの驚きの感覚を思い出します。いい花ですよね。
新宿御苑は子どもの時に連れられて 何度か行きましたので なんだか懐かしい響きがあります。当時とは当然変わっているでしょうが、樹木学実習をするのにもいいですよね。私は落第生だったので こういうところが近くに欲しいです。
2007/04/24 01:05 | kinokoji [ 編集 ]

いやー、勉強になります。

緑色の桜とはおどろきました。
散る間際の色づき加減がまたいいですねー。
2007/04/24 07:45 | ♪あし♪ [ 編集 ]

「緑の桜」のことは聴いたことがあったのですが、
新宿御苑にあったんですね・・。改めて新宿御苑の
春は魅力にあふれてますね・・。
家族で訪れても、じっくり花を観察するというよりは
やんちゃないたずらっ子たちを追いかけ回して時が過ぎてしまうという感じです・・。いつかmarさんのようにゆっくりじっくり花たちと会話をしたいものです・・。

「最後にはほんのり赤く色づく・・」
自然の演出は本当に感動を与えてくれますね・・。
たくさんの花たちと会話し、ときには戯れ、ときには
その花になり・・。
marさんは本当に花のような女性なんですね・・。
とても新鮮な気持ちになりました・・。
2007/04/24 10:43 | takashi [ 編集 ]

☆わいさんへ

久しぶりのコメント、とってもうれしかったですよ~♪
ありがとうございます!!(*^ー゚)b

写真も気に入っていただけたようでうれしいです。
御衣黄は、桜だと一瞬気付かないような色をしていますよね。緑のすじ、きれいですよ。
木全体の写真を撮ると、撮しかたが悪いのでちょっと暗くなってしまい載せませんでしたが、木全体が淡い緑に染まるさまはなかなか素敵です。
いつか、この木と出会える日が来るといいですね!
実際に見ると、もちろん写真よりずっとずっと美しいですよ。
色の変化はさまざまなことを感じさせてくれます。
そんなことについても、またゆっくりお話しできればと思います。
これからもまだ桜の写真を載せちゃいますが、どうぞまた見て下さいね♪
2007/04/24 16:08 | mar(マル) [ 編集 ]

☆kinokojiさんへ

鬱金の花は、丸いぼんぼりのようになって咲く、そのさまがとてもかわいらしいですね!!
新宿御苑にもいらしたことがあるのですね!何だか嬉しいです。
kinokojiさんのお撮りになる写真にはいつもハッとさせられるような新鮮な感動があります。私の目には見えていない「美」を、切り取って目の前に見せてくれているような・・・。
いつかは私も、kinokojiさんのような、つぼみの産毛までがやさしく光るような素敵な写真を撮れるようになりたいなぁ・・・と、あこがれています。

樹木を学ぶには、やはり本や図鑑だけでは限界があるとしみじみ思います。今回も「サクラ ウォッチング」という本を片手に、書かれている木の特徴と実物を見比べてはじめて分かったことがたくさんありました。
もっともっと知りたいことばかりです。
新しい花や木の名前を覚えるのは楽しいですね♪
2007/04/24 16:18 | mar(マル) [ 編集 ]

☆♪あし♪さんへ

ふふふふ。驚いていただけて光栄です!
桜も本当に種類が多く、私もまだまだ知らないことばかりですが、この2つは最近マスターした桜なので、さっそく浅い知識を出し切って披露しちゃいました!

色の変化があるのがおっしゃるとおりまた魅力的で、だからこそ目が離せずに、心うばわれ続けています。
2007/04/24 16:21 | mar(マル) [ 編集 ]

☆takashiさんへ

誉めすぎていただいて照れています。
・:*:・(*´ー`*人)。・:*:・
そんな風に優しく人をほめることのできるtakashiさんこそ、本当に花のように美しい心をお持ちだと、そう感じていますよ。
どうもありがとうございます。

私は、誰かと一緒に新宿御苑に行っても、ふと気付くとついつい花にばかり夢中になってしまい、時には相手の話を聞きながらどこか上の空・・・。一緒にいる人にはあきれられているかもしれません。

将来、子供とダーリンと一緒に、家族でお弁当を持って新宿御苑に行くのは夢の一つなのです。ダーリンがtakashiさんのように子供と楽しく遊んでくれていれば、私は気兼ねなく花に集中できていいかなぁ~、なんて都合のいいことを望んでいます。
takashiさんのご家族はとってもお幸せそうで素敵ですね!!
2007/04/24 16:27 | mar(マル) [ 編集 ]

 マル様、こんにちは。お元気で何よりです。花についての写真や文章、関心をもって読ませていただいています。少々へそ曲がりなコメントを投稿させてくださいね。

 「花はなぜきれいか?」と考えてきました。当たり前のようで不思議ですね。花たちは私たちの目を何故に楽しませてくれるのか?答えは無いかもしれませんが、一つの解釈にたどり着きました。畢竟すると「自分が生き残り、分身を残すため」。きれいでないと生き残れないのです。艶やかにかぐわしく凛とした姿で人目(蜂目)を引かないと、世話を受けられません。抜かれてしまいます。受粉できません。私の近所ではこの時期、路地裏には咲き乱れています。少しでも陽があたるところには花壇や植木鉢が置かれ百花繚乱の体です。毎年観察すると、同じ種類の花を咲かせている人や違う種類を楽しむ人も。花たちは高いハイヒールにさらに背伸びをしているようです。「私をここに居させて、来年は分身をここに居させて」。痩身の茎に巨大な花弁を支えている姿には、力が入ることも。
 シニカルに眺めると桜などは品種改良の連続で奇形種のように思われます。人の目を楽しませるために、色や形が選択・淘汰されました。おかげで病気に弱く、寿命が短く。散る様も未練がましく退色や朽ちていく姿を見せず、すぱっと幕を下ろす種が選ばれてきました。ダックスフントを見ているような愛玩物の悲しさ。飼い猫も同様かもしれません。膝に乗り、猫じゃらしが好きな種は可愛がられ、人になつかない野良は絶えていく。
 「いえいえそうではありません。時間の数量では表せない瞬間に普遍性があるのです。そして一花一花には何にも代えられない個性が・・・」と反論する方がおられるかもしれませんが、なぜか都会にある花の名所で息が詰まります。人の目からは可憐ではないけれど、媚びることなくひっそり咲いているような場所では安まります。

 マルさんは、自分も楽し観客も楽し、舞台という花壇で可憐に咲き続けられるでしょう。ご活躍を頼もしく思っています。それでは。ご機嫌よう。
2007/04/24 17:02 | Nobody [ 編集 ]

☆Nobodyさんへ

力の入ったコメント、フムフムなるほど~、と、読ませていただきました。どのようなご意見も歓迎致します。

淘汰、というのは残酷なようですが、世界のありとあらゆるところで行われている事実でしょうね。
どんなジャンルにおいても、世界はピラミッドのような形をしているのではないか・・・と、感じることもあります。
花の世界も然り、フラメンコの世界ももちろんそうです。

そして、花が美しくある理由、おっしゃるとおり、自身の子孫を残してゆくため(花粉を運んでくれる虫に好かれるため)の本能と、それから人間のエゴによって人間の鑑賞という喜びのために品種改良を加えられたため、という点は、きっとそうなのだろうと思います。
花自身はどう思っているのでしょうね・・・。子孫を残そう、という意図があるのでしょうか。
花に意志があるなら、Nobodyさんのお書きになったような言葉を発していたかもしれませんね。
私には、花はどん欲にも、無欲にも、意志的にも、無意識的にも見えます。
私にはよく分かりません。
さまざまな説があるのでしょうね。
いずれにしても、見るものの心の持ちようやあり方が投影されると言うことなのでしょうね。
世界がどう見えるか、というのは、その人の心の鏡のようなものだと思います。

我が家の周りも百花繚乱です。どの家の庭先にもチューリップやマーガレットやパンジーが丁寧に植えられ、丁寧な愛情をかけて育てられていることを感じます。
「みんな、花が好きなのだなぁ。」と驚くほどです。
私はそこに、その人の優しさを・・・そして、癒しを求める心を見ます。
人間は、森林伐採や自然破壊をすると同時に、花を愛でる心も持っているのですね。(花を愛でる、という発想自体が人間主体で傲慢でしょうか?)
原始人も、お墓には花を供えていた、と、どこかで読んだことがあるように思います。
そしていっそ、人類が地上から消えても、そこには花が咲いているかもしれませんね。
木や花を愛する果てにある哲学に辿り着くかもしれませんが、私はまだその域ではありません。
目の前にある身近な花の持つ美にただ魅了され圧倒されています。

舞台は花壇のように華やかで人為的で、ある意味守られている場所です。でも、花壇と同じように、いくらでも花の取り替えのきく残酷な場所でもあります。そして、花が与えられた場所でその命を咲かせるように、必死で
瞬間の命を燃やす場所です。
活躍・・・などと、おこがましいことは考えることができません。花はみずからの美しさを自覚しないで、ただただ必死で咲くのです。舞台の上では花を咲かせることができずに私の命は果ててしまうかもしれません。
でも、舞台は花壇であるかもしれませんが、人間の一生、命は、樹木のようなもの・・・と、思っています。長い目で、見ていきたいと思います。

上手くお返事できなくてごめんなさい。

Nobodyさんも、どうぞご自身の生きる花壇で美しい花をお咲かせになりますよう、ご活躍をお祈りしています。
2007/04/24 17:53 | mar(マル) [ 編集 ]

いつも素敵な花達に出会わせてくれてありがとうございます。

今年、まともな花見が出来なかった私にとって、どの写真もとても楽しくうれしい発見がいっぱいです。
もちろん私の乏しい知識では、こんなにも多くの魅力的な花が存在している事を気付くことは出来なかったでしょう。

「鬱金」美しいですね~。
初めて見たので、あまりの美しさに驚きました!
あのなんともいえないくすんだグリーンとほのかにピンクに染まっていく微妙な様がすてき。
上品ですね~。
「大人っぽい桜」って感じでかなり好みです。

私は美しいモノが好き。
美しくなろうという努力が好き。
上っ面ではなく内面から湧き出る美しさと強さが好きです。
私のようなあまのじゃくな人間は、人と違うポイント(退廃的な・・?)に美しさを見い出してしまう事も多く、たまに周りに引かれますが・・。
でも自然界の美しさにはただただ平伏すしかありませんね。


最近考える事は、
人間は物事に対して常に比較と評価を繰り返しているんだなって。
その中で、嬉々としたり悲観したり疑念を持ったり信念を持ったりと、いろんな感情を奮い起こしてるんだなって。
きれいな感情だけでは決してないので、時々涌いてくる自分の傲慢さに嫌気がさしたりもします。
でもそういうイヤな部分もひっくるめて人間らしくて良いのかなって。
人間は傲慢な生き物だけど「感動」する事ができる。
「感動を表現」する事もできる。
人間に生まれてすごくうれしい!

手段や舞台は人それぞれ違うけれど、花を育てる事も、花を撮る事も、衣装を作る事も、ステージで踊る事も、すべて自分が「感動」しているから誰かに「感動」が伝わる。
そういう小さな出来事が重なって繋がっていくから毎日元気に生きていけるんですよね。

marさんの写真、まだまだ楽しみにしてますね。
2007/04/25 10:47 | yoshiko [ 編集 ]

☆yoshikoさんへ

素敵なコメント、感動しながら読みました!
ありがとうございます!!
写真も、楽しんでいただいたようでホッとしています。あまりに続いてしまっているので、そろそろあきれられてひんしゅくを買っているのではないかしら・・・と、心配していたのです。(笑)
でも、お言葉に励まされ、調子に乗ってもうちょっと続けてしまおうと思います!

「すべて自分が「感動」しているから誰かに「感動」が伝わる。そういう小さな出来事が重なって繋がっていくから毎日元気に生きていける」
という言葉・・・。まったくその通りだなぁ、と、深くうなずきました。

なぜ自分は桜をはじめ、花に心をうばわれるんだろう・・・、と考えたときに、やはり、「感動」しているからだ、ということに気付きました。
写真を撮る心の中には、いつも、レンズ越しに見える花の美しさと、新鮮な気持ちで出逢うことのできた喜びと感動があります。
花や木だけではなく、美しい音楽や、美術、文学、踊り、周りの人の優しい心や温かい笑顔、青い空・・・。
それらが私の心に喜びをもたらしてくれ、生きてそれに出会えた感動を深く味わいます。それらがなければ人生は殺伐としているかもしれません。
私こそとても傲慢な人間で、特に文学と踊りに関してはなまじっか長年真剣に向きあい続けてきてしまったからこそ、変に気むずかしくなってしまっていて、素直に感動することのできない部分もあります。
まずは悪意はなくとも、つい批評眼を持って見てしまう。(でも、冷たい心ではいたくない、とは思っているのですが、温かくも厳しい心、とでも言ったらいいでしょうか・・・?)
自分が踊るときには、「へぼかったとしても一生懸命踊るから、どうぞ優しい温かい気持ちで見てください!」と願うのに、本当にダメですね。
だからむしろ、そこを通り抜けて、素直に心に何かが響いたときには、人一倍大きな感動を味わいます。
それは決して技術的な上手い下手とは関係ないのです。入門クラスの人の踊りを見ても、何かが真剣できらきらしていて、その人の命が輝いて燃えていることを感じられれば、涙ぐむほど感動することもあります。

私が自分の心に戒めて言い聞かせていることは、「冷たい心、皮肉な心、悲観的な心で、人を、世界を見ないこと。」です。つい、そういう方向におちいりそうになるダメな自分なので、注意して心がけています。
ダメな方向に行っているな~、と思うときは、マザー・テレサの言葉を読み返したりします。
「不親切で冷淡でありながら奇跡をおこなうよりは、むしろ親切と慈しみのうちに間違うことを選びたい。」
「ごうまんでぶっきらぼうで利己的になるのはいともたやすいことです。
でもわたしたちはもっとすばらしいことのためにつくられているのです。
親切で慎み深くありなさい。
あなたに出会った人がだれでも前よりももっと気持ちよく明るくなって帰れるようになさい。
親切があなたの表情にまなざしに、ほほえみに温かく声をかけることばにあらわれるように子どもにも貧しい人にも苦しんでいる孤独な人すべてにいつでもよろこびにあふれた笑顔をむけなさい。
世話するだけでなくあなたの心を与えなさい。」

・・・こんなまぶしい言葉に、まだまだ遠い自分を反省しつつ学びつつ、それでも「少~~~しずつでも優しい自分になっていけたら、自分自身がしあわせだろうなぁ・・・」と、そんな風に思っています。

長くなってしまってごめんなさいね!(´ー`)ハッハ
yoshikoさんはとってもきれいで優しい空気が漂っていましたよ!こうしてコメントを拝見するにつれ、自分自身を深く見つめる眼をお持ちなんだなぁと感じます。尊敬します。
またお目にかかれる日を楽しみにしていますね♪

よかったらまた、花の写真見て下さいね。


2007/04/26 02:12 | mar(マル) [ 編集 ]

こちらこそ、ありがとうございます。
恐縮です。

「冷たい心、皮肉な心、悲観的な心で、人を、世界を見ないこと。」
まさに、その通りですね。
そうとわかっていながら、無意識にイヤな自分が覗いてしまうのがホント、ダメですね~。
そんな自分を戒める為に、マザー・テレサの言葉を心に刻みます。
わかりやすい言葉で奥が深く、あたたかいメッセージですね。
「慎みと笑顔を忘れずに」
はい。その気持ちで生きて行きます。
2007/04/28 11:25 | yoshiko [ 編集 ]

☆yoshikoさんへ

コメントありがとうございます!
お返事遅くなってごめんなさいね。
私こそ、本当にダメダメなので、まぶしく美しいマザーの言葉に多くを学びます。
「あなたに出会った人がだれでも前よりももっと気持ちよく明るくなって帰れるようになさい。」
という言葉を読んで・・・。
私のブログを訪れて下さった方が、ほんのすこ~し気持ちよく明るくなってくれたらいいなぁと、そんな風に思いました。
だれかが私に、明るい笑顔を見せてくれたら嬉しい。
優しい言葉をかけてくれたら嬉しい。
だから、私も、少しずつでもそうできたらいいなぁと思っています。
いつもsmile!でいたいなぁ・・・。

どうぞいい連休をお過ごし下さいね!ヽ(*^ー^)ノ
2007/05/01 14:17 | mar(マル) [ 編集 ]









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Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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