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2007/05/02 (Wed) 反省中・・・。

20070502121121.jpg
わが家の家庭菜園の、サヤインゲンの蔓  
みごとにこんがらがっています・・・。自分でこんなにからまっちゃったの?


●反省中・・・。

大人になっていくにつれ、「生きていること」が、多感な思春期ほどには苦しくなくなりつつあるように・・・少しは楽になってきているように思っていました。
でも今は、未熟な自分自身を受け入れがたい思いで、エンドウ豆の蔓のように、心の中がこんがらかっているのです。
理想が高くて、「よりよい人間でありたい」と常に願ってしまうから、だから、そうでない自分に苦しむことの連続です

人間とは、罪を犯さずにはいられないようにできているのですね。
・・・なんて言うと、大仰なようだけれど。
でも、どうして私は、常に優しい温かい人間のままでいられないんだろう。
どうして?どうして?どうして?

心がとらえた私にとっての真実を、考え足らずに、ありのまま口にしてしまう。
悪気はなくても、それがするどい矛先を持った失礼な言葉であることに、言葉が口から出た瞬間に気付きます。
「ああ、しまった!」と思っても遅い。
愚かさや、軽率さは取り返しがつかず・・・。
その瞬間から、人は私を毒舌な人間だと思うでしょう。
ヒロ君先生は、ときどき私を「ハリネズミ」だと言うのです。
「ハリネズミって、かわいい顔しているでしょ。だから安全だと思って、なでようかな~と近づくとバッと針が逆立つ。」

そういう思いこみ(もしくは真実)の認識を変えてもらうには、失敗(失言)した一瞬の何倍もの月日がかかります。
九十九回、優しくしても、自分が発した一つのトゲで、私がどんな人間かという評価が決まってしまうことがあります。
生きることは、「さいの河原で優しさという石を積み上げても、積み上げたと思った瞬間に鬼が来てそれを崩してしまう」という地獄に、ある部分似ているように思います。そしてまた積み重ねはじめることの繰り返し。
石を突き崩す「鬼」とは、私自身の中にある愚かさや未熟さ。
まるでカミュの書いた『シューシポスの神話』のようです。
ギリシャ神話の神はシューシポスに罰として大きな岩を山頂に押し上げるという労働を命じます。ところが、その山の頂に差しかかったところで、岩はそれ自体の重みによって斜面を転がり、山の麓まで一気に転落してゆきます。それをふたたび押し上げてゆく、という果てしのない労働・・・。
でも、それを続けていくしかないのでしょう。
願わくば、喜びを持って・・・続けられる強い私でいたいものです。


「黙ってニコニコ笑っていればいい。心の中ですべてを分かった上で、なお言葉を発しない人が賢いんだ。」
と、ある人に言われました。
沈黙は金。
口は災いの元。
なるほど、なかなかに智恵のある言葉。
でも、私はまだ、そこまで悟ることができていない。

「あなたの毒とトゲが魅力」
と、別の人は言ってくれました。
でも、私は、毒とトゲのある私でいたくないのです。
そんなイヤな自分を、これもまた自分らしい自分だと笑って受け入れることはできません。
自分の発する毒とトゲに、一番傷ついているのが私自身だから。
「人を刺すからには、刺した本人が誰よりその返り血を浴びなければならない。」・・・と書いていたのは誰だったかな。漱石だったような・・・。
毒とトゲは「返り血」どころか、ブーメランのようにわたしを深く切り、突き刺さります。

優しい私でいたい。
愛情にあふれる私でいたい。
完全にそうなり切れたら、私自身がどんなに幸福だろう、と思います。
でも、人間には「完全」はないのでしょうね・・・。
私はまたきっと、愚かで軽率な失敗や後悔を重ねながら、それに苦しみながら生きていくしかないのでしょう。
だからこそ、許しが必要になってくるのかもしれません。
「愚かな私をどうぞ許してください。」
・・・と、願わずにいられません。
私の言葉に傷を付けられた人にはもちろん、もっともっと大きなものにも、許して欲しいと、願ってしまいます。
神様、仏さま・・・。
どうぞ、私を許してください。
こんな時ばかり頼ってごめんなさい。

「緑色の桜」を載せたとき、コメントの中でマザー・テレサの言葉を引用しました。
もう一度、自分自身の心に、これをしっかり焼き付けておこうと思います。

「ごうまんで、ぶっきらぼうで、利己的になるのは、いともたやすいことです。
でも、わたしたちは、もっとすばらしいことのためにつくられているのです。
親切で慎み深くありなさい。
あなたに出会った人が、だれでも前よりももっと気持ちよく明るくなって帰れるようになさい。
親切が、あなたの表情に、まなざしに、ほほえみに、温かく声をかけることばに、あらわれるように。
子どもにも、貧しい人にも、苦しんでいる孤独な人すべてに、いつでもよろこびにあふれた笑顔をむけなさい。
世話をするだけでなく、あなたの心を与えなさい。」


20070502130132.jpg
こんな風にすっきりと柔らかく。
いつも優しい愛のある私でいられますように・・・。

何年も前から、こんなことばかり言っているようにも思います。
いったいいつになったら、成長できるのかなぁ・・。

マメの蔓のようにどんどん成長できればいいのにな。



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comment

すこしも優しい言葉など発したことがないのに その人を恐ろしいとか冷たいとか思ったことがなかったことを経験しています。
一度だけでは難しくても 幾度かの会話を通して 気持ちは正しく伝わる と感じています。言葉はその意味というより 気持ちを伝えてゆくものと思うので。
2007/05/02 18:04 | kinokoji [ 編集 ]

marさんには、本当に驚かされます。

花の写真をあんなに集中的に撮り続けるかと思えば、
その一方で、まさに古典的に自己の内面を見つめている。
この皆がせわしく動き回っている現代に、まだこういう生き方をしている人もいたのかと、感動してしまいました。

そういう真摯な姿勢が、きっとmarさんの舞台には息づいているのでしょうね。
早い機会にぜひ拝見したいものと期待しております。
2007/05/02 22:58 | ♪あし♪ [ 編集 ]

marさんお手数おかけします。
下記のものは削除してください。
このコメントにしてください。

本当に、言葉と活字は刃物より凶器になることがありますね。
私にも言葉を発したことで悔やんでも悔やみきれないほどの、人には言えない後悔の幾つかがあります。
でも、最近は自分を責めることはやめることにしました。
これも自分の姿だからと..。
いいところと悪いところ半分ずつ。

悪人でいた方が楽ですね。

例えばいっそのこと極悪人になってしまったら、どんなに楽でしょう。ちょっと良いことをしても
「まあ、こんないいところもあったのね」
などと見直されてしまうでしょう。
反対にいい人が失敗すると大変です。

ふざけてごめんなさい...。

何事も良いほうに考え、もしも自分の言葉で傷ついた人がいる、との事でしたら、きっとこの先その方は他人には同じことをしないだろうな、反面教師になったかな?ぐらいに考えてください。

辛いけれどじっと我慢して、本当の自分でい続けてください。きっと時が解決してくれると思います。
こんなに苦しんでいるのは、marさんが優しいから、という証拠です。

長々と失礼しました。
おやすみなさい。
2007/05/03 01:01 | もなか [ 編集 ]

愛のない言動、僕はしょっちゅうで、ほとほと自分というものを思うと嫌になります。

でも、寝る前に「今日一日に犯したあなたの御心にかなわなかった言動を、イエス・キリストが流した血によってお許しください」と祈るとき、そこに安らぎがあります。

不完全な者だからこそ人間であり、そんな人間を神様は愛してくださっているんですよ(^^

「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしは彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする」(ヨハネの黙示録3:20)

marさんなら、この言葉が何を意味するのか、分かりますよね。イエスがmarさんに語りかけていますよ(^^
2007/05/03 01:22 | どやくん [ 編集 ]

人は日々、心の中でいろんな葛藤をしながら
生きているのだと改めて感じました。
先月、たまたまテレビを見ていたときに
スピリチュアルの江原啓之さんが言っていた言葉を
思い出しました。「人は誰も他人を傷つけることなしに生きることはできない。だからこそ、助け合うんですよ!」
ホント、そう思います。
また、みんな誰も「表裏一体」だと僕は思っています。
「優しさ」があると同時に
「冷たさ」もどこかにみんな持ち合わせている・・。そして「強さ」と同時にもろく「弱い」ところも・・。

このわずかな期間で僕はmarさんと心からの交流が
でき、marさんの優しく柔らかいハートに触れることができたことをとてもとても、とっても
うれしく思います。marさんとメッセージの交換をして以来、毎日の生活での自分が変わったとさえ
思います・・。
いつも優しいおだやかな言葉を投げかけてくれましたね・・。本当にありがたいって感じます。
でも僕の方こそ、そんな優しい人間ではないのですよ・・。うん・・。
子供に対しては、厳しい父親です・・。
ときには必要以上に怒ったり叱ったりしてしまいます・・。あとで子供の寝顔を見ながら
反省する毎日です・・。

いつも心に感じているキーワードが僕には
あります。
「見栄」「優越感」「おごり」「損得」・・。
ちっぽけな人間なのに
人によく見てもらいたくて「見栄」を張り、
「どんなもんだい!」って気持ちでいたい
「優越感」に浸り、自己中で
「おごり」があることにさえ
気付かず、人との付き合いも「損得」で計算高かったり・・。そんな自分に気づくと「ハッ!」として
なんと情けなくちっぽけなんだろうって思います。
これが「僕」です。
これが「俺」です・・。

キレイでクリーンなまま生きられたらどんなに
幸せでしょう・・。ホント、そう思います・・。
でも思います・・。
世の中、きれい事だけで生きては行けないと・・。

実はね、ここに書くことではないかもしれないけど、真実をきちんと見てくれるmarさんだからこそ
あえて正直に書きます・・。
実は僕には離婚経験があるんです・・。
僕も傷つきました。そして元奥さんをたくさん傷つけてしまったと思います・。当時子供はいなかったけど、お互い納得して別れました・・。
両親にも、そして親しい友人、知人、たくさんの人に迷惑と心配をかけてしまいました・・。
今でも思い出すたびに心の奥を焼かれるように
痛みます・・。でも、どん底までに落ち込んでいた僕を半端ではないくらい励ましてくれたのが
親友や知人たちでした・・。僕の知らないところで
何十人もの仲間を集め、「この日は絶対、空けとけよ!おまえを励ます飲み会をやるから!」と突然連絡があり、「再出発の人生に乾杯!」なんて感じで
盛り上げてくれました・・。しかも何回も・・。
うれしかった・・。
本当にうれしかった・・。
そのときのうれしさは今でも忘れられません・・。
どれだけ支えられて生きてきたんだろうって
心の底から思いました・・。
今の自分があるのは本当にまわりの人たちのおかげです・・。
先日、オードリーことでメッセージを交換しましたね・・。「過去」「「憂い」そして恥ずかしながら
「ダシ」のこと・・・。
つらい過去があったからこそ今の自分があるって
思えるのです・・。
それはまわりの方々のおかげでいかに自分が支えられて、いかに「生かされている」か、心の奥底から感じられる自分になれたし、傲慢な自分が本当に自然に「感謝」の気持ちを持てるようになりました。そのことにまた感謝です・・。
日々感謝の気持ちでいることの大切さを身をもって
感じています・・。本当に周りの人たちのおかげです・・・。心からそう思う・・。

傷つけたり、傷ついたり、そのたび反省し・・。
そしてそして、心のなすがままに・・。

僕はmarさんの「反省中」を読んで
益々marさんを身近に感じました・・。
そしてそれとは逆にきっと僕のことを、敬遠されたのではないかと思ってしまってます・・。
でもmarさんに少しでも真っ正面からの自分を見てもらえたのではないかとも思っています。

そしてmarさんが優しくて柔らかくてまわりの人の心をあったかくしてくる花のような女性であることと、激しくフラメンコを情熱的に踊るダンサーであることは紛れもない「真実」であることも僕は知っています・・。

なんだか最高にとめどない文章になってしまいました。自分が何を書いて何を言いたいのか・・・。
それでも読んでくれたことに感謝しています・・。
2007/05/03 05:23 | takashi [ 編集 ]

☆みなさんへ

kinokojiさん、カルメンさん、あしさん、もなかさん、どやくんさん、takashiさん。
温かいコメント、本当にありがとうございます!!
丁寧に読ませていただき、みなさんの言葉、深くうなずきながら読ませていただきました。
このような場を通じて、みなさんとこういう交流ができることに心から感謝しています。
みなさんの優しいお心に感激、とっても感謝しています。
みんな大好きです!

さて、申し訳ないのですが、お返事はまた明日か明後日、あらためて落ち着いてしっかり書かせてくださいね。
今日もこれから曽根崎の練習~~~。
何時に終わるかな…(*´~`*)
筋肉痛に首の痛み、肉体疲労蓄積中ですが、みなさんの言葉をパワーに精一杯頑張ってきます!
それでは行ってきます。
2007/05/03 08:14 | mar(マル) [ 編集 ]

marさんの日記を読んで、「わかるわかる」と共感し、
皆さんの心あるコメントを読んで、「その通り!」と深く納得させられました。

み~んな誰もが持っている自分に対する違和感や、自分で見なかった事にしようと普段閉ざしている汚いモノを、marさんはいとも簡単に引き出してしまうのですね。
それは決して汚いモノではなく「正直さ」なんですけど。
この「Wonderful World」の中では誰もが飾ることなく素のままの姿でいる事、すばらしいと思います。

私がいつも考えている事。

私は他人から良い人と思われたい人間なので、基本的には悪い事はしないし、人の話は聞くし、人をほめるし、いつも笑ってるし、人の嫌がる事も自らするし、、、、、と、常日頃「とっても良い人」に努めています。
その反面、悪い事をしてる人に対して憎悪が湧くし、人の話を聞かずに自分の話しかしない人に対して傲慢だと思うし、人を認めず人の粗探しばかりしてる人に対して軽蔑するし、いつも怒ってる人に対して同情するし、ババを引かずにうまく立ち回ろうとする人に対して一切信頼しないと心に決めたりします。

だけど実は、その最低で嫌なヤツもすべて、自分そのものなんです。

ある気学の先生に言われた事があります。
「他人を見てイヤだと思うポイントっていうのは、自分の中に同じポイントがあるからイヤだと感じるものなんだよ。」と。
その人のあるポイントに対して10人の内9人が不快に思ったとしても、そのポイントの要素を全く持ち合わせてない人は、たった1人だけ何とも感じないらしい。

つまり、世の中に嫌いな人間が多ければ多いほど、同じくらい自分の中に嫌いな要素がいっぱいあるんだという事なのです。

それを聞かされた時、本当に悲しくなりました。
「この人のこの性格イヤだな」って思ってた事、すべてが自分にあてはまる事なんだと認めなきゃいけないんだもの。
かなりツライです。

でも、それが真実なんだと今は素直に思います。
全てを許し、愛し、恨み言も言わない神のような人間なんているわけないし、なれるはずないし。
いたとしても、そんな完璧な人とは友達になれないし、だからといってそれが完璧だとも思わない。
人間らしくない人間なんてつまらない。

と、ダメな自分に対して開き直ってる感じです。
イヤなポイントを少しでも減らせるようにと願いながら、相変わらず「良い子」努めに日々がんばっていますが、時々反面教師に出会うと気付かされて、反省して、を繰り返しています。

また今日も自分を見つめる事ができました。
marさん、ありがとうございます。
一度しかお会いしてないけれど、marさんのひたむきな姿勢が私は好きです。
2007/05/04 11:56 | erte [ 編集 ]

☆kinokojiさんへ

なるほど!!全くおっしゃるとおりですね。
私の言葉がトゲや毒になってしまうのは、口先だけのことではなく、私の心の中にトゲや毒があったからなのですね。
そして、口ではぶっきらぼうなことを言ってもハートの温かい人はちゃんと温かい心が人に伝わる…。
そういう魅力的な人、確かに何人も知っています。

先日テレビで「思い・言葉・行動」という言葉を聞き、納得しました。思いも、言葉も、行動も、三位一体。どれか一つだけが優しくてもだめなのだろうと…。真の意味で優しくなりたいものです。
いいアドヴァイスありがとうございます。
2007/05/05 10:30 | mar(マル) [ 編集 ]

☆♪あし♪さんへ

温かい言葉をいつもありがとうございます。
ええ、ぜひぜひ、近いうちに舞台を見にいらしてくださいね!
もしかすると秋頃には東京で見ていただける機会があるのではないかと思っています。

古典的に自己を見つめる…というお褒めの言葉、もったいないくらいです。
ちょうど昨日まで、倉田百三の『出家とその弟子』を読み返していました。登場人物の悩みや、葛藤、語る言葉が自分自身のことに思え、深く感動しました。何度呼んでも感動する大好きな本です。
私自身の内面を作る大きな手助けをしてくれているのは何よりもまず文学だと思っています。 
右のプロフィールに中にも書いたような本、ヘッセやリルケや三浦綾子さんの本に、多くを学び生きる力をもらってきました。
きっとまだであっていない私の人生をかけるような未知の本に、これから出逢えるかもしれないとも思っています。
何かおすすめがあったらどうぞ教えてくださいね!
2007/05/05 10:37 | mar(マル) [ 編集 ]

☆もなかさんへ

いつも温かい笑顔の美しい、優しい優しいもなかさんも、ご自分の言葉に後悔されたり苦しんだりしながら生きてこられたのだとうかがい、びっくりしています。
「辛いけれどじっと我慢して、本当の自分でい続けてください。きっと時が解決してくれると思います。こんなに苦しんでいるのは、marさんが優しいから、という証拠です。」
という言葉に、胸がじわ~っと温かいお湯に浸されたような何ともいえない嬉しい気持ちになりました。
もなかさんの歩んでこられた道を思いました。
優しいもなかさんだからこそ、こうして私の心を思いやってくださる。
そして、もなかさんご自身が、苦しいときも自分自身で居続けようと、そういう思いで生きてこられたのですね。
その果てに、今、あんなにも優しく美しい笑顔を手に入れられたのですね。
私はもなかさんの笑顔に出会うと、いつもとっても嬉しくて幸せな気持ちになりますよ。
みんなもそうだと思います。

もなかさんのおっしゃるとおり、私に意地悪(?)を言われた人が、私を反面教師として、他の人にはそういうことをしないようにしよう…と思ってくれたら嬉しいです。

そして私も、誰かに傷つけられても、そこから何かを学び自分の糧に出来る強さを持ちたいものです。

これを書いたときに私が失言した相手(3ちゃん)にすぐに誤りのメールを入れました。
「失礼なこと言ってごめんなさい。反省しているので許してね。」
って。
そうしたら、すぐに
「失礼なことなんて言ってないですよ~。また練習頑張りましょうね!」
と返事をくれました。
彼の方が私よりずっとずっと優れた人物だと心から尊敬し、ますますいい仲間を持った幸福を思いました。
2007/05/05 10:49 | mar(マル) [ 編集 ]

☆どやくんさんへ

本当に、自分の罪が心に痛いときに、神様のことを思います。
どうぞ許して欲しい、と。
祈らずにはいられない。
昔はもっと、自分自身の罪を自覚することが出来なかったし、人を傷つけることも今ほど自分自身の苦しみとしてとらえることが出来なかったように思います。
だから、よく言えば、少しはだめな自分を自覚できたという点で成長しているのかもしれません。

繰り返し繰り返しこうやって人を傷つけたり、軽率な言動をとったり、いい人間のままではいられない自分。
そんな自分を、ありのままで許して受け入れてくれる絶対的な「何か」が欲しい、と願います。
心の中ではいつも、その大いなるものと会話しているように思います。
でも、イエス・キリストも、仏陀も大好きで尊敬しますが、ほかの神様も含め、一つ選んで、特定の(人間が作った)宗教団体に所属する、ということは今の私には大きな困難を感じます。
生まれ育った土壌のせいかもしれませんし、偏見のせいかもしれません。
でも、心の中では、祈り求めています。
絶対的な真実や、美や、善があること・・・愛や、許し、私自身の道が備えられていること・・・。
もう少し、待ち望みながら、悩みながら生きてみようと思います。

優しいまめさんが、昨年末に三浦綾子さんのカレンダーをプレゼントしてくれました。毎日それを眺めますが、どのページにも光世さんの手書きのメッセージが書き加えられています。
今月には「真理は自由を得させる」とありました。
「愛は忍ぶ」「主の山に備えあり」「愛は人の徳を高める」・・・。光世さんの手で書かれた聖書の言葉が胸に響きます。

いつも気にかけてくださって本当にありがとうございます。
どやくんさんも、まめさんも、コッコさんロンさんも、綾子さんを通じて出逢えた温かく優しい人たち。いつも私の心にあります。そして、私のことも気にかけてくださってすごく嬉しく思っています。またみなさんにお会いしたいです!
心から、感謝しています!!
2007/05/05 11:01 | mar(マル) [ 編集 ]

☆takashiさんへ

私のような見知らぬ人間を信頼して、貴重な体験…つらい経験を、話してくださってありがとうございます。
大切に受け止めて丁寧に読ませていただきましたよ。
「胸の奥を焼かれるような痛み」という言葉に、実感がこもっていて、きっととても苦しいつらい思いを味わわれたのだろうと、私も胸が痛くなりました。
人はみんな、様々な経験を重ねながら生きて、そして、「今」があるのでしょうね。
takashiさんのブログで拝見する、愛にあふれたお子さんの写真…。見ているだけで幸せな気持ちになります。その幸福な「今日」にたどり着くまでに、たくさんの苦しみや痛みがあったのですね。
でも、そういう経験を重ねてきたからこそ、takashiさんのお言葉を借りて言うならそれを「ダシ」にして、今の幸福の価値がわかったり、小さな日々の幸福を大切にしようとする強い思いがわき上がったりしてくるのですね。
何か大切なものを失ったり、大きな苦しみを味わったときに、それを無かったもののように忘れてしまうことも出来る。(なかなかそれも難しいことですが…。)
けれど、忘れないで、心という土に穴を掘って種にして埋めておくことも出来る。そうすれば…自分の成長とともに、いつかそれが芽を出し、美しい花となって咲いてくれるかもしれませんね。
経験を自分の成長につなげて、より強く、賢く、優しくなっていくことが出来たなら、つらかった経験も決して無駄ではなかった、必然であったと思えるのかもしれませんね。

takashiさんの経験とはまた別のことになってしまって申し訳ないのですが・・・。
私は、とてもかわいがって愛していた猫を、たった生後8ヶ月で交通事故で亡くしたことがありました。
私にとってはかけがえのない家族でしたから、妹でもあり娘でもある存在が、体を横たえ、だんだんと冷たくなっていくのを見つめ、体をなで、顔を押しつけながら、胸が引き裂かれる思いで苦しみました。猫の体の上に涙がポトポト落ちて、泣いても泣いても涙が止まらずに、食事ものどを通らず…。
もう立ち直れない、私の命を引き替えにあの子が戻ってきてくれるなら死んでしまいたいと思うほどでした。
でも、その猫をくださった方が、亡くなったその子の妹をくださったのです。
新しい妹猫のことは、もう二度と、危ない目には遭わせない、亡くなった子の分まで愛し、大切にして育てよう、幸福にしてあげたいと、強く思いました。
命は一つしかないこと、つくづく感じました。
妹猫は、我が家で姫様のように大切にされ、すっかりわがままで気の強い子になりましたが、いとおしくてたまりません。
亡くなった子の分まで大切にしたい、愛したいという思いは変わりません。

こうして、takashiさんのコメントを拝見していると、私は結婚も、離婚も、子供を持つこともまだ経験していないのですが、想像がふくらみます。
そのときいったい、どんな気持ちがするんだろう。
愛する人と家庭を持ち、愛の中で子供を持ち、その子供と公園で走り回って遊ぶこと…どんなに幸福なのだろう…。と、うっとりするような、涙ぐみたくなるような。

人間は誰も、自分自身の一度きりの人生を生きることしかできません。
だから、自分の経験したことしか「わかる!」と実感を持って言うことが出来なかったら、人の心の痛みや苦しみはまったく他人事のままなのでしょうね…。
でも、人には、想像力がある。
それはすばらしい贈り物だと思います。
想像力をもって人と接することで、自分自身には経験し得なかった、未知の人生の喜びや苦しみ、自分にはない日々の幸福を、感じとることが出来る。
縁あって、こうして出逢えて、お話を出来ることに感謝しています。
この場を通じてお話しできる人から、私は多くを学ばせてもらい、与えていただいていると、心から感謝していますよ。
そして、たくさんのことを考えるきっかけもいただいています。
それらは本当に、私の成長のための大きな財産だなぁと思っています。
本当にありがとうございます。

そして、すばらしいお友達がいるのですね!!
多くの人の助けの中で、…自分を思ってくれる優しさの中で、日々生きていることに気づけて、本当によかったですね。
そして、takashiさんにすばらしいお友達がいるのは、takashiさんご自身のお人柄が、類は友を招くというように引き寄せていらっしゃるのでしょうね。
自分一人で苦しみに陥ってしまっているときに、ふと周りを見渡せば、たくさんの愛に囲まれて生きていることに気づく・・・。そんな瞬間、生きていてよかった!!と思うことが出来ますね。
どうぞ、「今」の幸福を大切に、ますます幸福になっていってくださいね!!
また写真を楽しみにしています!


2007/05/05 11:56 | mar(マル) [ 編集 ]

☆erteさんへ

私も、一度しかお目にかかったことがないけれど、erteさんがとってもきれいで、しっかりした、まっすぐな方だなぁと感じましたよ。
フラメンコを通じてこうしてすてきな女性と出逢えて、本当に嬉しく思っています。
白いお花、とっても嬉しかったこと、そのお花のイメージとerteさんがぴったり一致したなぁと感じています。

erteさんのおっしゃること、本当に良くわかります!!
そして、私の言っていることをきっととても良くわかってくださったのだと、すごく感謝しています。

世界は、自分自身を映し出す鏡のようですね。
自分自身がいい状態で、幸福を感じているときは、世界もキラキラと美しく輝いて見えます。
そして、自分自身がどんよりと曇っていたり、いらいらしているようなときは、天気までもが曇っているようで、世界がくすんで見えます。
人の中に、いやな部分を見るとき、それも、おっしゃるとおり、自分の映し鏡なのかもしれませんね。
そう感じると、では、人をどうにかしようとする前に、自分自身をどうにかしなくてはいけないなぁ・・・と思うようになります。(笑)

どこかの標語に
「良い環境はみずから作りだそう!」
と書いてありました。
自分が変われば世界は違って感じられるかなぁ。
私は基本的に楽天的なので、優しくすれば優しさが帰ってくると、どこかで単純に信じているところがあります。
だから、自分がやさしく出来ないでだめな自分を感じると、逆にそれで傷つくんですが・・・。
人に優しい自分でいられると、自分自身が気分がいい。
「情けは人のためならず」とは、なるほどそうだなぁ、と思ったりします。

なかなか思うようにはいかないことばかりですが、でも、長い目で見てゆっくり成長していけたらいいなぁと思っています。

自分のダメさ加減をここに書いたことで、逆に予想外に皆さんの優しさにたくさんふれることが出来て、驚きとともに感謝しています。

これからも、こんなまじめブログで恐縮ですが、どうぞ遊びにいらしてくださいね。
またアップしたい写真が色々とあって、どれから載せようかな~、ああ、まとまった時間が欲しい・・・なんて思っているところです。

それでは、今日も「曽根崎」の練習、肉体疲労に負けずに頑張ってきます!!
たくさんの笑顔、優しい心で優しい言葉を言える今日の私に期待しつつ・・・。

erteさんも、いい一日をお過ごしくださいね!

2007/05/05 12:16 | mar(マル) [ 編集 ]

丁重に、お返事を書いて下さり、ありがとうございました。

これからはどうぞ読み流して下さい。

あまりにも百倍、千倍に上乗せして私のことを書いて下さったので、気恥ずかしくて地下の教室にもぐりこめなくなります。
「この詐欺師!」
と、私を知る人から石が飛んでくるかもしれません.....。

だったら書かなければいいのですが、読むこと、書くことが好きでたまらないので、手が動いてしまうのです。
同じ動くなら、ソロバンをはじくのが得意だったらいいのですが、数学は大嫌い...。

というわけで、恐縮して、またもや手が動いてしまいました。
『ピシャリ』
自分の手を叩きました。m(__)m
2007/05/05 22:04 | もなか [ 編集 ]

☆もなかさんへ

フフフ…。何をおっしゃいますか。
「もなかさんの笑顔はとっても優しくて美しいですよ~!!」
と、声を大にして何度でも言いたいですよ♪

私こそ、最近スタジオの仲間に、花の写真を見てもらおうとアドレスをお知らせしたのですが、
「marさん、イメージが違いますね!」
と言われ、冷や汗をかいたところです。(笑)
( ̄ー ̄;)・・・・。

普段の自分がどう生きて人と接しているかが大事なんだなぁとつくづく思いました。

これからももなかさんの素敵な文章を楽しみにしていますね!
そして、このブログにも、またどうぞ気楽にコメントを下さいね。(もう恐縮させるようなことのないようにいたしますので・・・笑。)
それではまたすぐに♪


2007/05/07 09:24 | mar(マル) [ 編集 ]

丁寧なコメントありがとうございます。

大人になるって、自分を客観的に見れる事のような気もします。
そして自分のダメな部分を認められるって、marさんの言うとおり本当に成長の証だと思います。

そして生きている間、ずっと反省を繰り返しながら、笑顔でいられる努力をしていくんだなぁと思います。

これからもマジメブログ?楽しみにしてますね!

あ~~、私もレッスンしなきゃなぁ。
最近、練習不足で焦ってます‥‥(^^;)
2007/05/07 11:18 | erte [ 編集 ]

この日記は、私に向かって発信してくださっているに違いないと思います。

私はこの歳になっても、感じたことをそのまま口にしてしまうので、知らない間に誰かを傷つけているなんて、いっつもいっつもやってます。その度にお詫び、反省の日々です・・・。

それでも私は、自分自身に素直に生きていくのを選ぶのです。
世界中の人に愛されなくても、私をわかってくれる一部の周りの人に愛されていればいいかな、と思ったりもします。

私はマザーテレサにはなれないんだなー。

ま、いい歳してこんな人もいるのよってことで・・笑
2007/05/07 17:33 | めめ★ [ 編集 ]

☆erteさんへ

そうそう。
そう思うと、生きていくのってなかなか楽じゃない・・・どころか、苦行のようですね。
でも、そんなことをしょっちゅう忘れて、楽しいことばかりのように思うときもあります。
特にこんな良く晴れた、初夏の風の薫る5月には、「世界って美しいな~。」なんて脳天気に思ったりするんですよ。
まったく、私って、いい気なものです。(笑)

なかなか成長できずに行ったり来たりなのですが、上がったり下がったりの波を描きながら、遠目から見たら最終的には緩やかな上り坂であった・・・となっているように、いられたらいいなぁと思います。

レッスンも、つらいことも楽しいことも、ゆっくりな時期も根を詰める時期もあって、その果てに「最終的には緩やかな上り坂」・・・を目指して、お互い頑張りましょうね♪
頑張るのはすばらしいけれど、フラメンコ嫌いになったら元も子もないですものね。

マヂメブログ、これからもよろしくどうぞ♪です!
2007/05/08 15:12 | mar(マル) [ 編集 ]

☆めめ★さんへ

めめ★さんはとってもチャーミングで真っ直ぐで、すご~く魅力的!
大好きで大ファンですよ。
赤坂の駅でいきなりhug・hugしてくださったときに、とっても嬉しかったです。
その、感情の豊かさ、あたたかさに、どれほど多くの人がエネルギーをもらっているか、わからないくらいですよ。
いい意味で(ダーリンの影響かしら?)日本人離れした感情表現の豊かさ、華やかさに、すごく心惹かれます。
遠回しに嫌みを言う人よりは、真っ直ぐに本当にことを言う人の方が、よっぽど愛のある人だと感じます。
思ったことを真っ直ぐ言う、そこにめめ★さんのようなハートの温かさや人柄の明るさがあれば、それはちゃんといい形で伝わる言葉になると思います。
私が「反省」したのは、私の心がそのとき思いやりがたりなかったからなんです・・・。

どうぞ、いつまでも、そのままの、キレのいいすてきな言葉と温かいハートを持つめめ★さんでいてくださいね!!!心からのお願いです。
2007/05/08 15:20 | mar(マル) [ 編集 ]

マザーの言葉は素敵だけれども、

自分の中のもう一人の、優しくない、毒やトゲのある自分も、嫌わないでいてあげてください。
とてもかわいい駄々っ子だと、愛してあげてください。
それもまた、必要な自分なのですよね。
それもまた、紛れもなく自分なのですよね。
もしかしたら、いちばん認められ、受け入れられ、愛されることを求めてすねている子どもの自分なのかもしれないのだから。。。
愛してあげたら、それだけで気が済んで優しくなれたりすることもあるから。。

嫌いな自分を愛することは難しい。見たくないものがある。
でもでも、そんな自分と和解できたら。。。
もっと素敵な広い世界が広がる。
それが、ちっぽけなわたしの願いです。

marさんの世界がこれ以上広く素敵になったらば
どうなるんだろうと思いますが。。^^

2007/05/27 12:04 | みるく [ 編集 ]

☆みるくさんへ

素敵な優しいメッセージを本当にありがとうございます。
私は、本当に未熟者で、いつまでたってもなかなか、自分で良いと思う自分になることができません。
生きている毎日の経験の中からたくさん学んで、少しずつでも成長できればいいなぁと思ってはいますが。
でも、なかなか成長しないので、ガックリ来ることもしばしば・・・。

でも、みるくさんのおっしゃってくださったように
「嫌いな自分を愛することは難しい。見たくないものがある。
でもでも、そんな自分と和解できたら。。。
もっと素敵な広い世界が広がる。」
というようにできたら・・・。
本当に素敵ですよね。

ありがとうございます。
自分と和解、胸に響く言葉ですね。
もうちょっと、この困ったちゃんの私を甘く見て、長い愛で成長を見守ってあげてもいいのでしょうか。

2007/05/27 21:57 | mar(マル) [ 編集 ]









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Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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