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2007/08/20 (Mon) 新人公演

2007_0801yoko0168.jpg
ベゴニアの花。みっちりと咲いています。

☆「日本フラメンコ協会 新人公演 2007」

同じスタジオの仲間が群舞部門に出場するので、フラメンコ界での真夏の最大のイベント(?)である、
「フラメンコルネサンス21 日本フラメンコ協会新人公演」(要はコンクール)
を、中野ゼロホールに見に行ってきた。
8月17~19日までの3日間、合計91名と3組が出場し、それぞれの思いの丈をありったけの力を込めて表現する。
この、フラメンコのほぼ唯一の登竜門という位置づけに(良くも悪くも)なっている新人公演にかける出場者の思いは並々ではない。


☆心からお疲れさま!!
まずは、出演したすべての人に、心から「お疲れさま!!」を言いたい。
心を込めて言いたい。
特に、うちのスタジオの大事な、大好きな仲間たちのことは、一緒に踊っているような気持ちで見てしまう。
ので、気持ちが手に取るように伝わってきて、「じ~ん」とする。
身内びいきと言われようと、なんと言われようと、一人ひとり抱きしめて「素晴らしかったよ!!」と言いたい。
これまでのがんばりと、本番でのがんばりに、惜しみなく大きな拍手をしたい。


☆「見る」ということ
私は今年は仲間の出る最終日しか見に行かなかったけれど、その4時間少々で、
ぐっっっっっっっっっっっっっったりと疲れてしまった。
(悪い意味じゃなくて…)。
出演するのは、お金と体力と時間と精神力すべてをそそぎこんで、暑い夏に練習・練習・練習の毎日で、本当に本当に大変なこと。(経験者は語る。笑)
そして、その真剣な挑みを「見る」…しかも、心をこめて「見る」(しかも4時間ずっと)というのもまた、大変なことだと思った。
それぞれの踊る7分半に濃厚なドラマがある。
コンクールだから誰しもが命がけで踊るので、無駄は徹底的にはぶかれていて、濃縮還元ジュースの原液状態。
真剣に「見る」ことを迫られ、いやがおうでも熱い思い入れがビシビシと伝わって来てしまう。
力を抜いて楽しんで見ることができない4時間は、緊迫していて、息ができない感じ。
見終えたときには、すっかり頭痛になっていた。
(そんな中で私を唯一、何度か「クスリ」と笑わせ、おもわず「オレ!」と言わせた出場者は、友人の彼、スーさん。笑。あと、T.T.さんは「すごく上手だなぁ」と、ため息が出るほど感心させられた。でも、感心…と、感動…の差は大きい。)

私は踊りを、人ごととしてなかなか見ることができないので、見ているあいだずっと心が動くから、「見る」だけですごくエネルギーを消耗する。
コンクールにおける人の欠点は、我が事として胸に突き刺さる。
ちょっとした(グラッとしたり…、回転がぶれたり…、微妙に音を外したり…)失敗は針にさされるように我が胸を痛める。
踊りの後半の、苦しげにゆがみそうになる表情を必死で笑顔に保とうとする姿に苦しくなる。
そして…見ているとさまざまな考えに心が揺すぶられる。
見知らぬ人の踊りは、決して優しい心でばかり見ているのではない自分に気付く。(むしろ、厳しい目で見てしまう。)
私だけではなくきっと、人間の心の中に住む辛口コメンテーターは、たいてい自分を棚上げにする。
そういう意味で、コンクールというのは、客席に温かさの欠ける残酷で傲慢な場だと思う。

でも、その大変さや、場の空気に耐えて4時間「見る」(主体的な心で見る)ということを続けると、たくさんのことに気付かされる。
簡単に言ってしまえば、「人の振り見て…」的に、自分の課題も見えてくる、ということ。
考えさせられることが多すぎて頭痛になったのかな?

☆すごく上手なんだけど…
本当にため息が出るほど「上手」な人がた~くさんいて、その人たちは、「みんな」容姿も美しく、「みんな」ブラッソ(腕づかい)もマノ(手首から先の動き)もきれい、「みんな」足も強くて良く動くし、「みんな」それぞれに工夫があり、「みんな」熱く踊っていた。
私は(正直に言って良いのか分からないけれど)、…それだからこそむしろ、残念なことに「誰が誰だかサッパリ区別が付かない感じ」だなぁ、と思ってしまった。
上手な人は、技術レベルが近いからこそ、みんな似て見えてしまった。
(そして、図々しいことを言えば、自分もその部類の末席に加わり、似たようなタイプになっていたかもしれない。)
むしろあまり上手じゃない人のほうが個性的に見えてしまうほど。
(だからといってコンクールなので、上手ではない人が良いとはまったく言えない。)
ソロの半分ぐらいの人が、高い高~いレベルでの、「ドングリの背比べ」だ。
あの中から頭ひとつ抜きんでるのは相当のこと。(男性は少ないからやはり得だ。)
だから、毎年コンクールの結果を聞くと、
「え?なんであの人?」
と思うことが多い。(失礼!)
でも、結局はその時本番の一瞬をどう踊ったか、ということはしだいに消えていき(舞台芸術は花火のようなもの。)、賞を「取った」「取らない」という結果だけが、残酷にも残っていく。
芸術を「評価する」というのは困難なことだ。そして責任の重いことだ。

とっても上手。
とっても美しい。
とっても素敵。
…そんな人はゴマンといるんだ、ということを知る。
(高いレベルでのドングリの背比べに何の意味があるんだろう。)

でも、何かが足りない。
どこかがもったいない。
もう一つ、心に届かない。
「オレ!」という言葉がまったく出てこない。
…その原因は何だろう、と、否が応でも考え込んでしまう。
もちろん、そう簡単に答えが出せるぐらいなら、悩みはしないのだけれど。

上手じゃなくても良いので、「オレ!!」と叫びたくなるような踊りを見たい。
その人の粋な抜けっぷりに笑い転げて涙が出るような踊りを見たい。
その人臭さと「フラメンコらしさ」の結合がプンプンと匂うような踊りを見たい。
そういうときに、心から感動する。
(コンクールにそれを望むのは間違いかもしれない。だからこそ、去年のTさんの忘れられない泥臭いフラメンコ臭のすばらしさが、どれほど貴重なものだったかを感じる。彼女を今年見られなかったのが本当に残念。)

☆自分のためのメモ
せめてもこれから踊っていく上での自分自身へのヒントになるように、昨日私が気付いたことを、忘れないうちに書きとめておきたい。

*「フラメンコ」であること、こそが最重要。
バレエなどの踊りの基礎をしっかり持っていることはとても大事。踊りの基礎がないと、身体の使い方や重心、軸、が理屈からはずれてしまい見苦しい。
でも、何よりもまず「フラメンコ」であることが大事。
では「フラメンコ」とは、何か。…むむむ。
やはりまずはギターとカンテと呼応した「フラメンコ」の音楽を、身体が奏でることを皮切りに考えていこう。

*些細なことが命取り!
レベルの高いところへ行けば行くほど、むしろ「些細なこと」こそが重要になってくる。そこを丁寧につめていくことの大切さを実感。
あごを上げる、下げるときの微妙な角度や、目線の角度、ヒジの位置、などを、重箱の隅をつつきまくるまで丁寧に自分の中で突き詰めて、その果てに考えずに無意識でいても一番いいところにピタッとおさまるようになるまで、日々の鍛練を積むこと。
ちょっとしたところが「上手なのに惜しい…」の原因のひとつなのだ。
身体の隅々まで、忘れずに意志的であること。

*抜けきる。
抜けるときに音をはずさない。小気味良いほどスッキリ抜ける!抜ける瞬間こそがフラメンコのもっともオイシイところなのだから。(でもムズカシイ…)

*クネクネしない。
女性らしいやわらかな動きは、いやらしいクネクネと表裏一体。その紙一重のところを間違えると、媚びた気持ちの悪い踊りになる。
(上手なんだけど、ベリーダンスに転向した方が良いのでは…というような女性的クネクネがたくさんいた。私はそれを好きではないと思った。)
スッキリと身体の中心を通る芯を持ち、無駄なクネクネをいさぎよく消し去ること。
(これは、「フラメンコであること」ともつながってくる。)

*踊りを詰め込みすぎない。
コンクールで踊る7分半を、「ワザの博覧会」にして、自分にできることすべてを詰め込む必要は全くない。
何もしない…けれど物事は背後で大きな音を立てながらゴウゴウと進んでいるような、「間(ま)」が、あればあるほどいい。
待って、待って、待って、待って、グッと抑えて、そしてやってくる爆発の瞬間を迎える…というのがいい。
爆発しっぱなしはむしろインパクトを弱める。


☆おまけ
去年自分が書いたことを読み返してみた。

「コンクール考」(2006/8/26 Sun)
http://lunasolmilcoco.blog68.fc2.com/blog-entry-8.html

去年も、だいたい同じようなことを考えていたんだな~、と、ちょっと笑ってしまう。
でも、今あらためて読んで我ながら「なるほど」と思うことも色々とあった。

一部抜粋。

これから、私はどう踊っていくのか・・・・。
まず私は私で「自分の良さ」をよく分からなくてはいけないのだと思った。
それから、どう踊りたいのか・・・という明確なビジョンを持つこと。
「誰かのように」踊るのでは意味はないのだ、ということ。
「私らしさ」のあり方が中途半端ではいけないのだ、ということ。
(中略)
派手な技術を無理に詰め込んで見せつけることは逆効果、むしろ、能のように、押さえて押さえて引き算をして、装飾を削り落とした、真実のみを語るような踊りを踊っていきたい・・・。

なるほど・・・・。
それで、ソロで踊る「ソレア」がああいう形になっていったんだな~。
すっかり忘れていた。(笑)
私はやはり、もう少し、今進んでいる路線(そぎ落としていくこと)を突き詰めていきたいなぁ。
まだまだまだまだ道は遠いし、ちっとも満足していない。
新人公演に出ないことで、以前より退化してしまっては元も子もない。
自分の道をちゃんと(逃げずに)歩み続けること。
そのための良き師、切磋琢磨し合ういい仲間にせっかく恵まれているのだから…。
そして、たくさんの(自分ひとりでは手に入れることのできなかった)すばらしい経験の場を与えてもらっていることに感謝しつつ、それらを自分の糧にしていきたい。

やはりコンクールのような濃厚な舞台を「見る」こと、しかも主体的に「見る」ということから、多くを学べるのだなぁ。
「見る」ことはとても大切だ。
新人公演、とっても疲れたけれど、見に行って良かった。

(そして、私は、物事を考えるときに、こうやって書いてみないと、しっかり整理・把握できないのだなぁとつくづく感じた。だから長くなってしまう…。笑。もしここまで読んでくれたなら、本当にありがとうございます。)

さあ、私も、また頑張って踊っていこう!

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comment

こんにちは。本当に新人公演は、すばらしいけれど
4時間必死で見つめるので、疲れますね^^
去年2日とも見に行ったので、今年は諦めましたが。
marさんの自分のためのメモ*の5つは、とても勉強になります!心からオレ!と叫びたくなるような踊りを私も見たい・・と思います。
2007/08/20 20:42 | さくら [ 編集 ]

一語一句同感です!!
書いて頂いてありがとうございます、と感謝の気持ちでいっぱいです。

出演者の皆様には「本当におつかれさま、そしてありがとうございました」ですね。
いつまでも、フラメンコを「好き」でいて頂きたいです!サルー!
2007/08/20 21:23 | カルメン [ 編集 ]

フラメンコの知識は全くないぼくですが、
marさんが「自分のためのメモ」で言ってらっしゃることは、よく分かる気がします。

ちょうど世阿弥が「風姿花伝」の中で言っていることが、能の知識などないのに心に響いてくるのと同じですね…
2007/08/20 21:31 | ♪あし♪ [ 編集 ]

私も帰り道、Tさんの話題になりました!
去年は、その日見に行けなかったのです。
もう友人も大絶賛で・・・!私の人生に残る大きな悔いになるかと(笑)

たしかに新人公演皆さんほんとうに素晴らしかったですが、みなさん凄すぎて誰が誰やら覚えていません。
後で、あまりの覚えていなさ加減に、呆然としました・・・。

踊りって、フラメンコって本当に難しいな・・と思った瞬間でした。
2007/08/20 23:53 | KANA [ 編集 ]

もちろん最後まで読みましたよ。

さて、経験者のmarさんの見方は、本当に私とは違う見方なのだろうな、と想像できます。
私はその点、気が楽かもしれませんね。
出場した人達には、安易な表現で申し訳ないけれど、とても楽しかった時間を過ごしました。
2007/08/21 01:23 | もなか [ 編集 ]

「できない」ことは歯痒いです。
「できない」ことと「できるけどやらない」ことは 大きな違いです。これは木工という仕事を通して感じたことなのですが、なんだか 踊りの世界もあるようですね。「できる」ことを誇示することに若さを感じます。それはそれで いいな と思えます。私は単に怠け者です。


2007/08/21 02:07 | kinokoji [ 編集 ]

ベゴニアの花。食べちゃいたいほど
可愛らしく淡い色彩の花ですね・・。
バックが暗くなったことがかえって花の淡い色調を
浮かび上がらせていいですね・・!

フラメンコはまったくの未知の世界ですが、
読んでいてとても心に染みてきました・・。
特に「泥臭いフラメンコ臭のすばらしさ」という言葉が
印象に残ります・・。
「その人臭さ」っていうのは、
実はとてもとてもシンプルで
大切なものだと、ことに最近思うのです・・。
読ませていただいて、フラメンコのことを書かれているのに心にどんどん入ってくるのは、
marさんが書かれたことは、そのまま人生、いや、
普段の生活でもそのまま言えることだからではないかと
感じました・・。
「その人臭さ」はまさにそう思います・・。

「人間の心の中に住む辛口コメンテーターは、たいてい自分を棚上げにする」
うん、うん、僕もときどきやっています。
そんな自分に気付くと、「ハッ!」とします・・。

「でも、何かが足りない。どこかがもったいない。
もう一つ、心に届かない」
人の目を気にし過ぎたり、自分を生きていないとき、
こんな気持ちになります・・。
開き直りが足らないんだと感じます・・。

「基礎がないと、身体の使い方や重心、軸、が理屈からはずれてしまい見苦しい。」
ホント、基礎が大事!シンプルなことが大事なんだと
とても感じるこのごろです・・。

「些細なことが命取り!」
ちょっとした一言、ちょっとした態度、ちょっとした
行動が人との関わりの中で実はとても重要だったりするんだなと日頃感じています・・。

「抜けきる!」
これだ!!この抜けきる!っていうのがとても
大きい!!!!!そう感じる瞬間、瞬間を
生きていたい!!

「クネクネしない。」
迷ったり!くよくよしたりしないの!!!

「自分にできることすべてを
詰め込む必要は全くない。」
あれもこれもと欲張って結局、全体がちぐはぐ・・。
しょっちゅう、こんなことばかり・・。

「「私らしさ」のあり方が中途半端ではいけないのだ、ということ。」
自分らしくいつもありたい・・。

「「主体的に「見る」ということから、多くを学べるのだなぁ。」
相手の身になって常に考えることできる自分でありたい・・。

こんなことを感じながら読んでいましたよ・・。
ありがとうございます・・。
いろんな考え、いろんな想いがめぐりめぐって
結局はとてもシンプルなところに
行き着くような気がします・・。
最近はこの「シンプル」なことがとても
大きい気がするのです・・。
生活も仕事も恋愛も・・。
頭で考えすぎてシンプルなものに
いろんな泥を付けていってしまっているような・・。
恋愛も「好きだから一緒にいたい・・」
「好きだからいつまでもおしゃべりしたい・・」
「好きだから一緒に手をつないで歩きたい」
「好きだからふれ合いたい・・」
それ以外になにがあるの??
「恋愛で傷つきたくないから、自分が可愛いから
頭で恋愛しているんだよ・・。人を好きになるって
もっとシンプルでキレイなものでしょ!」
なんて、先日、恋愛に悩んでいる若い患者さんに
説教してしまいました・・。(笑)
あとから思えばバカですね!!(笑)

そうそう、前回の日記で、
ベビーシッターをしていただけるとの
コメントがありましたね・・。
ホント、ジ~ンと涙ぐむほど、うれしかったです・・。
その気持ち、その優しさに心打たれました・・。
そう思っていただけるだけでどれほど、
癒やされるたことでしょう・・。
marさんの優しい笑顔が浮かんできました・・。
ありがとうございます・・。




2007/08/21 08:46 | takashi [ 編集 ]

marさん
見守ってくださってありがとうございました。

今回もたくさんのことを学びました。
それを次のことに生かせるよう一生稽古です!
メモを私もメモしとこう。
2007/08/21 10:00 | MALENA [ 編集 ]

☆さくらさんへ

コメントありがとうございます!!
暑い日が続きますが、お元気ですか?

新人公演は、さまざまに考えさせられる場所です。
踊る人の意気込みは、どんな舞台よりも強いかもしれませんね。
踊る人の真剣さを、「見る」真剣さを持って受けとめようとする4時間は濃密ですよね。
がんばり抜いたすべての人に、「お疲れさま!素晴らしかったよ!」と、心から言いたいです。
2007/08/21 10:13 | mar [ 編集 ]

☆カルメンさんへ

私は踊るとダメダメな自分にがっかりしてへこみまくる方なので、新人公演に出たあとは毎年、セミの抜け殻のように(?)、むなしさや徒労感から脱出できずに、暗い日々を過ごしていました。
でも、ある時、真由美先生やヒロ君先生ですら、
「踊った後は打ちのめされる」
とおっしゃったのを聞いて、ガ~ン!!とショックでした。
がんばり続けるかぎり、苦しさは付き物で、満足できないからこそ、さらに上を目指して登り続けることができるのですね。

フラメンコを好きなままでいる、というのは、時に私にとって大きな課題です。
2007/08/21 10:16 | mar [ 編集 ]

☆♪あし♪さんへ

ひとつのことを突き詰めていくと、「普遍」につながる、ということを、最近読んでいる河合隼雄さんの本から学んでいます。
私も、能についてはまったく素人ながら、『風姿花伝』からは多くを学びます。

あしさんのご覧になる世界最高峰のダンサーたちは、いったいどれほどの才能を持って生まれ、どれほどのたゆまぬ努力をして(し続けて)いるのか…。
彼らが回転をするだけで、多くの人の心に歓喜が湧き上がる。
そんな神に選ばれたダンサーたちは、どう生きているのか。
その秘密を知りたいです。
2007/08/21 10:20 | mar [ 編集 ]

☆KANAさんへ

新人公演は、もっとも踊ることの難しさやむなしさを実感させられる場です。どれほど上手く踊れても、良いところがたくさんあっても、ちょっとやそっとじゃダメなのです。(いえ、ダメ、ではもちろん無いのですが、あの場では評価はされない、ということです。)
割り切って、「自分の成長の場。多くの人の前で踊れるめったに無いチャンス。」と、楽しめれば最高にいい機会になるのでしょうが。
多額のお金も時間も体力も精神力も、注ぎ込まねばなりません。
去年新人公演を見て、私が「素敵だったなぁ」と思い出せるのは、(うちのメンバーは除いて)、賞をとった中ではヤラさん(卓越したテクニックとパッション、度肝を抜かれるほどすばらしい踊りでした)、そして話題のTさんことツチヤさんくらいです。
彼女たちの踊りは、またぜひ見たい、と感じましたよ。
本当に、あのなかで印象に残る踊りをすることは難しいですよね。

2007/08/21 10:28 | mar [ 編集 ]

☆もなかさんへ

ダラダラした駄文を最後まで読んで下さってありがとう!!
ヽ( ´ ▽ ` )ノ ♪

私は、むしろもなかさんの日記を拝見しながら、
「ああ、分かる分かる、同感だわ!!」
と思っていました。
私の方が、トラウマのある分(笑)、「見る」のに苦しさを味わい、眉間にしわが寄ってしまうのかもしれませんね。
JJはほぼ私と同じ経験をしているにも関わらず、終わったあとは
「ああ、楽しかった!!ビールがオイシイ♪」
と、スッキリした笑顔でいます。私は、ウダウダ考えすぎて、地に沈み込んでいくので、彼女をまぶしく頼もしく感じます。
彼女の方が後悔の残らないほどに自分を出し切って踊れているから、スッキリするのかなぁ。
私も、そんな風になりたいです。
2007/08/21 10:34 | mar [ 編集 ]

☆kinokojiさんへ

コメントありがとうございます。
読みながら色々と考えさせられました。

「できない」のと「できるけれどやらない」のは違う。
「できる」ことを誇示するのは若さ。

私もたぐいまれなる大ナマケモノなのですが(笑)、今私が踊りの上で考えていることは、
「できるけれどやらない」ということをむしろ増やす、ということです。でも、そのため(マイナスをするため)には、「できる」ことがもっともっとたくさん無いといけない。
困難な道ですが、ちょっとずつ頑張っていこうと思っています。
2007/08/21 10:53 | mar [ 編集 ]

marさんの看る気迫が伝わってきました!実はあたしは、もう観る側だけに回ろうかと思っています・・・フラメンコで歩く!!という初歩的なことから、えらく外れたまま続けてきたお気楽な輩ですので・・・純粋にフラメンコが好き!!という看る側でいいかなと・・・
自分を表現するのって楽しいだけに、突き詰めるととてつもなく難しいものですよね!!また、marさんの踊りが観たいなあ~!
2007/08/21 11:23 | さるしおん [ 編集 ]

☆takashiさんへ

こんにちは!毎日暑いですね~!!

ベゴニアの花、可愛いですよね♪
近所のお家の庭先に咲いていたのを勝手にとりました。
この写真では分かりづらいのですが、上の部分は、ハートのような形をしています。
で、お花自体は☆のような形。
黄色いしべもクルリンとしていて・・・。

「すべてはシンプルなところに行き着く」
という言葉、なるほどなぁ、まったくその通りだなぁ、と思って読みました。
大好きなオードリー・ヘップバーンも、よく
「シンプル is Best!」
だと言っていたと聞きます。

「では、シンプルな『私らしさ』とは?」
と、考えたときに・・・ふと、言葉に詰まります。
『自分らしさ』とは何か。今の私には「なぞ」です。
それを考えたり見つめたり、もちろんそういうことはとても大事なんだけれど・・・。
でも、ただただ、日々を丁寧に生きていく、その中で自然と形成されていくものなのかもしれませんね。

おもしろいなぁと思うのは、フラメンコの先生に振り付けをしてもらうときです。
その先生とはもう丸7年、長いつきあいなのですが、既存の振りをそのまま伝授、ということは一切なさらずに、その時、その場で、私に合った振りを「創って」下さるのです。
二人で、一緒に生み出していく、という作業です。
それを踊ってみながら、
「ああ、先生は、私という人間をこのようにとらえているのね。」
とか、
「こういうことを表現させてみたいのね。」
とか、さまざまに感じます。
「このように」とか、「こういうこと」というのは、踊りですから言葉にはなりません。
文学部出身の悪いクセ(?)で、私は感情や感覚を言葉に置き換えてみようとしすぎるのですが、言葉にしてしまえるくらいなら、もう踊る必要はないわけです。
たいていのことは、「言葉」にはし尽くせない範囲に存在しているのではないかと思うときがあります。
特に芸術はそうですね。
踊りには、踊りでしか表現できないことがある。
そこに、先生の目から見る「私」がつまっている。
そこに、おもしろさと発見があります。

もちろん、言葉の芸術には、人の想像力を刺激する、言葉にしかできない偉大な仕事があります。
文学、詩、究極に短い言葉に宇宙が詰め込まれた俳句まで・・・(そして、評論なども、立派な二次的創造ですね)。
絵画には絵画でしか、彫刻には彫刻でしか、写真には写真でしか、表現できないことがある。

さらによくよく考えてみれば、人間なんて、みんな、ほとんど似たようなものですよね。
ほとんど同じ臓器を持ち、目が二つ、鼻と口はひとつ、頭があって胴体があって、腕と足がある。(笑)

そしてまた、素晴らしいことに、同じ人間は2人いない。
すべての人が、肩肘張らずとももうすでに、唯一無二の存在である、ということ。
私らしくありたい、・・・なんていわなくても、もうすでに、私は私でしかあり得ないし、ほかの誰とも違っているのだということを信頼していたいなぁと思います。

自然体にシンプルに。
なかなか難しいけれど。
でも、とってもとっても大事なことですね。

世界中のさまざまなことが、私に色々なことを教えてくれます。
生きてるって、おもしろいですね。
2007/08/21 12:07 | mar [ 編集 ]

☆MALENAちゃんへ

本当に本当にお疲れさまでした!!!
:*:・。,☆゚'・:*:・。,ヽ(・∀・)人(・∀・)ノ ,。・:*:・゚'☆,。・:*:
ハグハグ。

一人ひとりのがんばりに、大きな拍手を贈りたいです。
大変なこともたくさんあったと思うし(ソロよりむしろ群舞の方が大変なことは多いよね)、体力も時間もお金もそそぎこみまくった夏になったでしょう。
この時間を過ごしたことの意味を、私は感じられるようになるまで時間がかかりました。
でも、みんなが見せてくれた「輝き」に、私は心打たれました…。

まずは、少しのんびりと体を休めて、また元気に動き出すためのエネルギーを蓄えてね!!
これからのますますの活躍を楽しみにしています。
2007/08/21 12:16 | mar [ 編集 ]

☆さるしおんさんへ

「みる」って、大変なことですよね。
英語を習い始めたばかりの頃に、「SEE」と「WATCH」の違いは、漠然と目に入ってくるものをただ見る、というのと、見ようという意識を持って見る、という点だというのを習って、おもしろいなぁ、と思ったことを思い出しました。
でも、よくよく考えると、日本語も、
「見る」「観る」「視る」…と、様々あって、ニュアンスが違っている。
古典で「眺む」なんていう単語を辞書で引くと、
「物思いにふけりながら遠くをぼんやりと眺める」
なんて書いてあるんですよ。
すっごく行動を限定されているような(?)。気楽においそれと「眺める」ことはできませんね。(笑)

私は、フラメンコを、ただひたすら楽しんで、感動して見ることのできる自分になりたいです。
職業病のように(?)よけいなことを考えすぎてしまうので、そういう私の雑念を突き破って思わず
「オレ!」
といわせてくれる踊りに出会えたときの喜びは大きいです。
(残念ながらなかなか出会えないのですが…。)
2007/08/21 12:21 | mar [ 編集 ]

残念ながら私は一度も新人公演を見た事がありません。
私にとってはまだまだあまりにも遠い存在と思っていたので・・・。
今回は知り合いが一人出たんですが、どうだったか人伝に聞くと、
「リハーサルでは、いつも失敗してたところが完璧に出来たのに、本番では三位一体になれなくて消化不良だった。やっぱり舞台には魔物が住んでいる!」
との事。
あんなに上手い人でもそうなってしまうんだと思うと、本当に恐ろしいコンクールなのでしょうね。

今回のmarさんの日記を読んだおかげで、勝手に自分も見て来た気になってしまいました。
それほど臨場感に溢れているし、marさんの見方にも共感できるし(生意気ですみません)、出場する人たちの強い想いも伝わってきました。
ありがとうございます。
来年は自分の為にも見に行こうと思います。

そして、「自分の為のメモ」、うなづきまくって読んでました。
marさんのようにキャリアのある人であってもそこまで自分に厳しくなければいけないなんて、自分に置き換えると気が遠くなってしまいますが・・・。
でも、marさんの言うとおり、技術だけではないその人臭さやフラメンコ臭さのある踊りを、私も目指していきたいと思います。
今よりもっと自分が成長して、本当の意味でフラメンコの奥深さに気付き、もっと苦しみ、もっと喜びを感じる事ができるようになったら、
その時にまた、今回のmarさんの日記を読み返してみたいです。
きっと、今日感じる事のできなかった何かを感じる事ができるんだろうなと思います。
そんな日が楽しみです。

あぁ~~~。marさんのいくつものすばらしい言葉に対していろいろと書きたい事はたくさんあるに書ききれな~~~い!!!
今日のところはこの変であきらめますm(_ _)m
2007/08/23 01:01 | erte [ 編集 ]

☆erteさんへ

お忙しい中、読んでくださって、コメントも下さって、本当にありがとう!!!
素直な感想を書くと、ちょっとやっぱり偉そうなこと言ってしまっているような気がしていたのですが。
でも、ある人から
「批判できる、というのは大事なことだと思う。そうできる自分でいないといけないと思う。」
と言われて、ハッとしました。
でも、やっぱり、どれだけ大変ながんばりがその背後にあるのかも感じてしまうから、できるだけ、愛を持って見つめたい(?)(笑)と思ってはいるのですが、ピーコのファッションチェックなみに、厳しい私がいます。

でも、その厳しさや、自分が口にしたことは、
「じゃあ、あなた(私)はどうなのよ?」
と、すべて自分に跳ね返ってくる。
だから、言うからには責任を持って自分の踊りにすべて跳ね返らせていかなくてはならないと思いました。

erteさんは、見たら絶対に楽しいと思いますよ!
特に、衣装は、みんな気合いの入りまくった「勝負服」で出ますから、色々と参考になったりすることが多いです。
以外と、バックの歌い手さんやギタリストさんをチェックするいいチャンスでもあります。
「あの人、すごく売れていてよく名前を聞いていたけれど、私の好みでは無いなぁ。」
とか、
「あのギタリストさんは、ものすごく踊り手の気持ちをよく汲み取って丁寧に一生懸命弾いてくれているなぁ。」
とか、そういうところも見所かもしれません。

暑い夏の一大イベント、ぜひ来年は行ってみてくださいね!
(疲れる覚悟はしておいてくださいね・・・。(´ー`))
2007/08/23 10:52 | mar [ 編集 ]









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プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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