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2007/10/05 (Fri) 曼珠沙華

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「涙にならない かなしみがあることを
知ったのは ついこの頃・・・」

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「かたちにならない 幸せがなぜかしら
重いのも そうこの頃・・・」

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「あなたへの手紙 最後の一行 思いつかない
どこでけじめをつけましょう」

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窓辺の花が咲いた時
はかなく花が散った時
・・・・いいえ、あなたに愛された時


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「曼珠沙華 恋する女は
曼珠沙華 罪作り」

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「白い花さえ 真紅に染める」

(『曼珠沙華』 1978年 作詞/阿木耀子 作曲/宇崎竜童 歌/山口百恵)
子供の頃、家に「山口百恵ベスト」というLPレコードが一枚ありました。
そのアルバムの中で、この曲と出会いました。


曼珠沙華。
サンスクリット語でmanjusakaは「天界に咲く花」。
仏教の経典にある「良いことの起こる兆しに、天から赤い花が降る」というのが花の名の由来だとか。
この花はまたお彼岸の頃に咲くことから「彼岸花」とも呼ばれます。
お彼岸には、昼と夜の長さが同じになるため、太陽が真西に沈みます。
西は、極楽浄土へと通じる道。
あの世とこの世が交わるところ。
花言葉は、「悲しい思い出」「再会」だそうです・・・・。

悲しい思い出の中にいる、亡き人と、心の中で再会をさせてくれる花なのでしょうか。
どこか、この世のものならぬ・・・妖しい魅力をただよわせています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子供の頃には分からなかったことを、大人になったある時、ハッと気づくときがあります。
曼珠沙華が美しい花だと、心から感じられるようになったのも、大人になってから。
子供の頃は、なぜでしょう、よく墓地に咲くこの花の美しさが、どこか空恐ろしいように感じていました。
この花には、「地獄花」「幽霊花」「死人花」「毒花」・・・などという呼び名があるのも、子供心には恐ろしい感じがしました。

舞台を終えて、曼珠沙華の花が美しく咲いていたことに、やっとゆっくり目を向ける時間を持てました。
つい先週まで、車の中からただ眺めては、「時間ができたら・・・」とつぶやき急いで通りすぎる日々が続いてきたのです。
写真を撮るうちに、身近にある小さな光景の中に「輝き」が見えてきます。
炎のように赤くうねる花びらから突きだしてスッと伸びる猫のひげのような長いしべ。
黒い蝶が、どこからかあらわれ、曼珠沙華の赤い花びらの上に留まる・・・・!!
静かな静かな一瞬。
そして、赤の中に咲く「白」の美しさ・・・・。

秋のおだやかな日ざしの中でゆっくり写真を撮るうちに、阿木耀子さんが山口百恵さんのために書いた「曼珠沙華」の歌詞、
「涙にならないかなしみがあることを 知ったのはついこの頃・・・」
が、心に迫ってきました。

涙にならないかなしみ・・・。

この言葉を繰り返し心の中に想うとき、さまざまな記憶が立ちのぼってきます。
涙にならないかなしみがあることを知ったのは、そう、ついこの頃のことだなぁと・・・。
あらためてしみじみ思い返していました。
子供の頃は、かなしみというのは、もっともっとシンプルなかたちをしていたような気がします。(・・・が、実は子供の心にも深いかなしみはあるのでしょう。それは大人になった今だから、忘れてしまっているのかもしれませんね。)
人生は、時に、想像もしなかったような困難を与えてくれますね。
私にとって、今年はそういうことの多く与えられた年でした。
「ねえ、こんなかなしいことがあったの。聞いて。」
と、泣きながら言葉にして言ってしまえることは、まだどうにか乗り越えられる・・・それほど苦しいことではないのでしょう。
誰にも言えない・・・・。
涙すら見せることはできない・・・・。
たった一人で、心に重く逃れがたく抱え続けなくてはならない。
そんな、かなしみがあります。
(それはもちろん、ここにも書くことはできません。だれの人生にも、きっとあると思います。)
生きる日々が積み重なれば積み重なるほどに、「涙にならないかなしみ」もまた、積もっていくように思います。
言葉にも、涙にも、できないがゆえに、消えることなく・・・。
「涙にならないかなしみ」は、消えることなく、命が続くかぎり、心の中に溜まっていくのでしょうか。
それとも、・・・消えないままに浄化されたり、・・・うまく消化・昇華されたり、・・・雪のようにいつしか溶けて消えていったりするのでしょうか。
私の首や肩の上に、こうやって重たく乗っている「これ」は何でしょう。
生きているかぎり、さまざまな喜びや、かなしみに、逃れがたくさいなまれながら、「愛と犠牲」の中で日々を過ごしていくしかないのでしょうね。
それが生きる醍醐味かもしれません。

この、炎のような赤い花は、阿木さんのおかげで、私にとっては
「涙にならないかなしみ」
を、思い出させる花となりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

舞台に向けて相当に張りつめたテンションで過ごしていくので、(舞台によっては)その後で反動が来ることがあります。
気が抜けるのと同時に、力が抜ける・・・。
それは決して悪いことではなく、自分はこうしてバランスをとっているのだろうと思います。
だから、決して暗くなっているわけではなく・・・。(心配はいりませんよ!)
日々は、穏やかに、優しく過ぎていきます。
やりたいことの計画も、具体的にすすんでいてワクワクしています。
仕事や家族との時間。
ごく当たり前に見える日常が愛おしいと感じられる今日この頃です。

西武池袋線の高麗駅の近くに、巾着田という曼珠沙華の群生地があります。
大学時代に、ゼミの先生・仲間と合宿の帰り道に行ったことがあります。
夕暮れの中で、見事に赤い絨毯となっている曼珠沙華には、鬼気迫る妖艶な美しさがあり、ゾクリとしました。
今、まさに満開だそうです。
またあらためて、見に行きたいものです・・・。
http://www.kinchakuda.com/ 巾着田の公式HP



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comment

我が家の近所でも、堤防や田んぼのあぜのいたるところで赤く咲き誇っています。
近づき難い迫力があり、子どもの頃からゴージャスだけど毒々しい花というイメージしかありませんでした。
曼珠沙華がサンスクリット語だったとは知りませんでした。 ちょっと違った目で見てみようと思います。
2007/10/05 23:29 | のぶ [ 編集 ]

曼珠沙華という花は、ぼくにとっても子どもの頃は不吉なイメージが先行していましたね。
別名のせいだったかもしれませんが…

その後は北原白秋の詩を連想するようになったり…

でも、写真を拝見するとなかなかに美しい花ですよね。
2007/10/06 08:15 | ♪あし♪ [ 編集 ]

☆のぶさんへ

色のせいか、かたちのせいか、なぜだか妖気を感じますね。
でも、サンスクリット語では「良い兆し」で、天から降る花だそうなので・・・日本では、マイナスイメージが定着していてちょっとかわいそうです。

実はこの3連休で・・・・光世さんに会えるんです!!!!
講演にいらっしゃることをお友達が教えてくださいました。
つい最近、のぶさんのブログを「い~な~、い~な~」と見つめていたら、私にも嬉しいチャンスが・・・。
あの優しく穏やかな笑顔にお目にかかれるのを本当に楽しみにしているところです。
2007/10/06 08:48 | mar [ 編集 ]

☆あしさんへ

白秋の「曼珠沙華」、知りませんでした。今検索してみました。

北原白秋 作詞  山田耕筰 作曲

GONSHAN GONSHAN 何処へゆく
赤いお墓の 曼珠沙華 曼珠沙華
今日も手折りに 来たわいな

GONSHAN GONSHAN 何本か
地には七本 血のように 血のように
ちょうどあの児の 年の数

GONSHAN GONSHAN 気をつけな
ひとつ摘んでも 日は真昼 日は真昼
ひとつあとから またひらく

GONSHAN GONSHAN 何故泣くろ
何時まで取っても 曼珠沙華 曼珠沙華
恐や赤しや まだ七つ

血や、お墓、そして「恐し」と表現された、凄みのある詩ですね!!
実は毒性が強いから、子供がむやみに触れないようにということから、「恐いもの」と教えた、という説もあるそうです。

華やかでかわいいのですが・・・。
2007/10/06 08:58 | mar [ 編集 ]

♪曼珠沙華~恋する女は、曼珠沙華罪作り~~♪
燿子さんの詩がありましたね~~

『天界に咲く花』
なんて素敵な・・・・・

うちの庭にも今まさかりです!!
2007/10/06 09:36 | さるしおん [ 編集 ]

お言葉に甘え再度お邪魔いたします。他の方のコメントでmarさんがどの方だったか見当がつき、ひょっとしたらと思っていた方のようでうれしいBINGO!です。

百恵さんの歌も懐かしく思い出させていただき、花と詩からの奥深いメッセージにあらためて感じ入っております。彼岸花・・といえば、そしてかなしみといえば、marさんがご紹介くださった美智子皇后の基調講演でのお言葉の前半に、新美南吉の「でんでんむしのかなしみ」が取り上げられていたことも思い出しました。「ででむし広場」なる小公園のある南吉ゆかりの地でも、今頃は土手一面に咲いています、曼珠沙華。
2007/10/06 23:10 | March [ 編集 ]

こんにちは。童謡で『まっかな秋』というのがありまして、その3番に「~、彼岸花ってまっかだな」とありました。子供の頃は、彼岸花を知らないのに歌ったものでしたが、実際の花を見たら納得ですね。ところで、あの独特のフォルムからは、花火を想像させます。茎のところを持ってひっくり返せば、秋の線香花火ってところです(もちろん咲いてるのを折ったことは無いですよ)。

なみだにならない悲しみとは、人間の「存在そのものの悲哀」でしょうか。たとえそうだとしても、我々は生きて行かなければならないのですが。
モーツァルトの曲には、なにか生きるものの悲しみを感じさせるもねがあります。彼はそれを知っていたのではないでしょうか?
ただの美しい曲では片付けられないものを持ってます。

彼岸花に戻りますが、この花は撮るのが難しいです。思ったように撮れません。マルさんはどうでしたか?
2007/10/07 06:25 | デミアン [ 編集 ]

「天界に咲く花」という言葉に
とても神聖なものを感じます・・。
その反面、「地獄花」「幽霊花」「死人花」
「毒花」なんて、本当に空恐ろしい呼び名まで
あるのですね・・。初めて知りました。
僕の家のすぐ裏が、両親の住む実家なのですが、
その庭にはこの時期、何ともいえない紅色をした
曼珠沙華が数本、ささやかに咲いています・・。
曲線を描いた花びらやめしべやおしべに
「なんでこんな繊細な模様を描いているの?」と
思わず尋ねたくなってしまいます・・。

「涙にならない かなしみ」・・・。
なるほど、そうですね・・・。
小さな子供のように(うちの子達のように・・)、
泣きたいときに、あるがままに「ワ~ン!ワ~ン!」と
泣き叫ぶことが出来たら、
どれだけ楽なんでしょうね・・。
本当にシンプルですね・・。

いつからなんでしょうね・・。
だだをこねる子供のように泣けなくなったのは・・。
いつから自分自身に、
子供のように泣いたりしちゃだめって
「大人」のレッテルを
貼り付けたのかな?
なんて思ったりもします・・。
とはいえ、
涙にならないほどのかなしみを心のどこかに
抱え込んでいるのも事実・・。
ときどきふとこんな事を思ったりもします。。
思い出すと辛い過去や、悲しみを
パソコンのように、
心の中にある「削除」っていうボタンを
クリックして、そのあと、「ゴミ箱を空にする」を
クリックできたらどんなにいいだろう・・・なんて、
そんなくだらないことを思っては
ひとりで苦笑しています・・。(バカですね!)

改めて「愛と犠牲」の舞台、お疲れ様でした。
こうしてまた、花と向き合っているmarさんと
語り合えることをとてもうれしく思っています。
今までどれだけの花と心の会話に交流させて
いただいたことでしょう・・。
本当にありがたいことです・・。
でも今回感じたのは、
花と向き合うことで
心や気持ちが癒やされたり充実感を感じるのは
もちろんですが、その前に、一つのことを
十分にやり遂げて、そして花と向き合おう!と思った、
その瞬間から、心に灯る何かがあるのでは
ないでしょうか・・。それは自分らしさ、
心の根っこにある本当に優しさだったり、
本当の笑顔だったり、本当に好きになれる自分だったり・・。
心から好きなものに向き合うということは
「本当の自分探し」のように、ふと感じましたが
どうでしょう・・。
そんな本当の自分探しの中で、
「涙にならない悲しみ」が少しでも
ちっちゃくなっていけば
いいですね・・。
たとえ消えることがないとわかっていても・・。

今度、機会があったら、子供が泣いているときに
子供以上に無邪気に、そしてだだをこねるように
泣いてみます!(笑)
もしかしたら心にこびりついて乾ききった黒い
かけらが、小さくポロッと取れるかも・・。(笑)

2007/10/07 15:49 | takashi [ 編集 ]

赤色は 毎朝見ていますが
白色のは 見た事がないです。。
根っこに毒?があるんですね~
彼岸花がある所にはもぐらはいないらしい と友人からききました。。
うちの川原の土手に沢山さいていますが、朝は綺麗にさいてしますが、帰りには 花がない!! みんな はさみでチョッキンってもってかえっているようです。。。。
2007/10/07 23:21 | momoigogo [ 編集 ]

涙にならない悲しみは 優しさの色 涙の色
そんな気がします。

昔読んだ詩で、少年が年上の女性にあこがれるものがありました。

あこがれの人は、やがて嫁いで人妻となり
しばらくして再開したときに
少年は、あこがれのそのひとの背中に、
なにか、薄絹のような、ベールのようなものを感じた、という詩です。

大人になるということは
年を重ねるということは
目に見えない、悲しみや疲れという
薄いベールを重ねていくことなのかもしれない、と。

疲れというと、やつれた感のある言葉ですが
詩には、少年の大人へのあこがれがみずみずしく語られていて
この、悲しみと疲れの薄いベールも
天女の衣のように、美しく感じられました。

この年になって、少年の感じたベールはこれかしら、と思うことがあります。

わたしの重ねているベールは、美しいかしら
それとも。。。。

時々、そんなふうにわが身を振り返ります。。。
2007/10/08 00:14 | みるく [ 編集 ]

♪赤い花なあら まんじゅしゃげ~
オランダ屋敷に雨がふる~
濡れて泣いてる ジャガタラお春~♪

ご存知ないですよね~「長崎物語」
子供の頃、「ジャガタラお春」と言うところで、薄幸の少女に想いを馳せて・・・好きでした。

人生は出会いと別れの繰り返し・・・
でもその都度新しいものが見えてくる・・・やめられません!?

2007/10/08 02:06 | カルメン [ 編集 ]

小学生の頃見た巾着田は田んぼでした。日和田山に登るとき 山道の途中振り返ると 山間にそれが見渡せた記憶があります。
日和田山の山の中には 小さな岩場があり 高校生のときにも ロープを担いで 岩登りの練習に何度も行ったことがあります。
『巾着田』と聞いて思い出してしまいました。きっとずいぶん変わってしまったんでしょうね。何年か前近くを通りがかって 住宅地で埋め尽くされているのに驚きました。
記事とは関係ないコメント、ごめんなさい。
2007/10/08 02:30 | kinokoji [ 編集 ]

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007/10/10 22:28 | [ 編集 ]

☆さるしおんさんへ

お返事遅くなって本当にごめんなさい!!
いつも笑顔になっちゃうコメント、ありがとうございます!

さるしおんさんのお庭にも曼珠沙華が咲いているのですね。
この花が「天界」から降ってきた、さるしおんさんの幸福の予兆でありますように!!
2007/10/11 22:12 | mar [ 編集 ]

☆Marchさんへ

再度ご訪問下さって、とってもとってもうれしいです!!
本当にありがとうございます。
お返事お待たせしてごめんなさいね。

「でんでんむしのかなしみ」は忘れられません。
Marchさんもご存じだったのですね。そううかがって、なんだかとっても嬉しいです。
一匹のでんでん虫が、あるときじぶんの殻の中に「かなしみ」がいっぱいに詰まっていることを知る。そして、もう生きていけないと思い、友達を訪ねると、だれの殻の中にも「かなしみ」が詰まっていたという・・・。
「かなしみ」をかかえて生きているのは自分だけではないのだ、みんなが自分自身の「かなしみ」を背負って生きているのだ・・・。
今思い出しても、なんだか切なくなる思いです。
「涙にならないかなしみ」という歌詞をお書きになった阿木耀子さんの心にも、歌った百恵さんの心にも・・・そしてこの歌を聴いた多くの人、曼珠沙華の花を見つめたたくさんの人の心の中に、それぞれが生きていく上で避けては通れない「かなしみ」があるのですね。

どうぞ、またいらして下さいね。
お話しさせていただけることを楽しみにしています!
2007/10/11 22:19 | mar [ 編集 ]

☆デミアンさんへ

すっかりごぶさたしています!!お元気ですか?
今週末はぜひみなさんにお目にかかりたいなぁと、今、頑張っているところですよ。

すべての「美」の中に、なぜでしょう、「かなしみ」が内包されているように感じるときがあります。
音楽、絵画、詩、文学、踊り・・・大きな感動に心がふるえると、不思議となみだが出ることがあります。
その美しい「今」という瞬間が、もう、次の瞬間にはすでに過去になっていく・・・。せつない、というのは「刹那」から来ている言葉でしょうか。
思い出というのは、どんな楽しかったこともすべてなぜか人を感傷的にするものですね。
秋は特に、さまざまなことを思い出す季節です。

「なみだにならない悲しみとは、人間の「存在そのものの悲哀」でしょうか。たとえそうだとしても、我々は生きて行かなければならないのですが。」
というお言葉、まさに、まったくその通りだと感じます。
人間は生老病死から逃れられない存在ですから、生きているかぎり、「かなしみ」から逃れられないですね。
生きることの苦しみを芸術に昇華する・・・ということが出来れば素晴らしいだろうなぁと思います。
2007/10/11 22:26 | mar [ 編集 ]

☆takashiさんへ

takashiさんのコメントを拝見しながら、
「takashiさんもきっと、これまでに『涙にならないかなしみ』を、たくさん抱えながら、強く優しい人へと自分を成長させていかれたのだろうなぁ・・・」
ということです。
本当に思いやりに満ちていて、言葉にならない色々なことを、わかって下さっているのだなぁと、あらためて感謝の気持ちでいっぱいです。

ひとつの舞台に向かうまでは、本当に無我夢中で、夢の中ですら踊っていたり、スタジオの仲間といたりする日々です。
それからフッと解放されたときに(とは言っても、週に3日は通常のクラスレッスンがあるのですが・・・それでも舞台前に比べればオフシーズンです。)、それまで見えなかったものが一気に心に体に流れ込んできたりします。
私にとっては、木々や花に向きあう時間というのは、喜びであり、心からくつろげる時間なので、そういう時間をもう持っても良いのだと思うと、嬉しさが込み上げてきます。
踊る日々の中に、喜びや苦しみがあり、成長がある。
かけがえのない宝です。
そして、今のこの、なにげない日常の中にも、喜びやかなしみがあり、きっと、気づかないうちに小さな成長がある。
「心から好きなものに向き合うということは
「本当の自分探し」のように、ふと感じましたが
どうでしょう・・。」
というtakashiさんのお言葉を繰り返し読むうちに、本当にそうだなぁ・・・と思いました。
踊ることも、花を見つめることも、仕事をすることも、すべては、かたちを変えた自分自身の心との対峙かもしれませんね。

過去の記憶って、忘却できたとしても、心の中に蓄えられて、消えないものかもしれませんね。
そういうとき、涙には本当に浄化作用があると思います。
手放しでえ~んえ~んと、子供みたいに泣けたら、スッキリするでしょうね・・・。
時にはそんなことの出来る、自由な心でいたいものですが、大人になるほどに簡単ではないですね。

苦しみや悲しさ・・・逃れられずにいても、それにじっと黙って耐える日々が、どこかへと続いていくと信じて。
温かい言葉を、いつも本当にありがとうございます!
2007/10/11 22:40 | mar [ 編集 ]

☆momoigogoさんへ

花泥棒に罪はない、といいますが・・・はさみでチョッキンはずいぶんと計画的ですね!?
曼珠沙華の根っこの毒も、自分の身を人間から守るのは難しそう・・・。(笑)
曼珠沙華の咲くところにモグラがいないとは、自然界の生き物は、それぞれに影響しあって生きているのですね・・・。

私は白い花が好きなので、赤い花の大量に咲く中に白い花があると、ついついそちらに目を奪われてしまいます。
白い曼珠沙華、とっても素敵ですよ!!
2007/10/11 22:44 | mar [ 編集 ]

☆みるくさんへ

素敵なお話の紹介、ありがとうございます。
ぜひ、その本読んでみたいです!
みるくさんの詩のように美しいコメントを拝見しながら、茨木のり子さんの一編の詩を思い出していました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「小さな娘が思ったこと」 茨木のり子
小さな娘が思ったこと
ひとの奥さんの肩はなぜあんなに匂うのだろう
木犀みたいに
くちなしみたいに
ひとの奥さんの肩にかかる
あの淡い靄のようなものは
なんだろう?
小さな娘は自分もそれを欲しいと思った
どんなきれいな娘にもない
とても素敵な或るなにか……

小さな娘がおとなになって
妻になって母になって
ある日不意に気づいてしまう
ひとの奥さんの肩にふりつもる
あのやさしいものは
日々
ひとを愛していくための
  ただの疲労であったと
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
金木犀のように、くちなしのように匂う、「ひとの奥さん」の肩に、淡い霞のようにかかるもの・・・。
それは、
「ひとを愛していくための
 ただの疲労であったと」
という部分、昔この詩に出会ったころ(高校生か、大学生の頃)は、ピンと来ませんでした。
今は、人の奥さんにはなれていない私ですが、それでも深く心に感じます。
生きているあいだずっと、肩に降りつもりつづける淡いかなしみ・・・。
それがうつくしいものであるように、生きていかれたらいいなぁ・・・。


2007/10/11 22:56 | mar [ 編集 ]

☆カルメンさんへ

素敵な歌のご紹介、ありがとうございます!!
次にお目にかかったときに、ぜひ歌って聞かせて下さいね♪
子供の歌(童謡)というのは、単純に明るく楽しい歌ではないものが実は多いような気がします。
カルメンさんの教えて下さった「長崎物語」、検索してみましたが、とっても悲しい物語が背後にあるのですね・・。

作詩 梅木三郎  作曲 佐々木俊一
1 赤い花なら 曼珠沙華
  阿蘭陀屋敷に 雨が降る
  濡れて泣いてる じゃがたらお春
  未練な出船の あゝ鐘が鳴る
  ララ鐘が鳴る
2 うつす月影 彩玻璃(いろガラス)
  父は異国の 人ゆえに
  金の十字架 心に抱けど
  乙女盛りを あゝ曇り勝ち
  ララ曇り勝ち
3 坂の長崎 石畳
  南京煙火(はなび)に 日が暮れて
  そぞろ恋しい 出島の沖に
  母の精霊が あゝ流れ行く
  ララ流れ行く
4 平戸離れて 幾百里
  つづる文さえ つくものを
  なぜに帰らぬ じゃがたらお春
  サンタクルスの あゝ鐘が鳴る
  ララ鐘が鳴る

混血であったが故に、ジャカルタへとむりやり追放された13歳の少女の書いて日本へ送ったという手紙の文面には、悲痛な叫びが込められていました。
私は拉致被害者の横田めぐみさんのことが思われてしかたありませんでした。
もっと色々調べてみたいと興味が湧きました。
良いきっかけをありがとうございます。

こんな若造の私が言うのもなんですが、人生は本当に
出会いと別れの繰り返しですね。
「さよならだけが人生だ」と言いたくなるような・・・。
「でもその都度新しいものが見えてくる・・・やめられません!?」
とおっしゃるカルメンさんの境地に達するまではまだまだグズグズしてしまいそうです・・・。
2007/10/11 23:11 | mar [ 編集 ]

☆kinokojiさんへ

とんでもない、コメントありがとうございます!!
むかし巾着田の近くにいらっしゃったのですね・・・。今はすっかり観光地で、人がゾロゾロゾロゾロ・・・と列をなして歩いている、と母が言っていました。
私が一度だけ行ったときは夕方で、すでに半分暗くなりかけていました。
花の生えている地面を踏まないように、木の切り株のようなものに乗って見渡せるようにしてあった記憶があります。
今年は行きそびれてしまいました・・・。
来年また行けたらいいなぁ・・・。
花の時期は短いですね、逃さずに、季節ごとの花を楽しみたいです。
紅葉はどこで見ようかなぁ・・・。東京の紅葉は、温度差が少ないせいか、茶色くなるばかりで・・・。
日光に行けたらいいのですが、混むでしょうね・・・。
2007/10/11 23:20 | mar [ 編集 ]

marさんの日記を読んでからしばらく
通勤時に、自転車でこっそり歌う歌がこれになりました。
宇崎さんご夫婦の作詞作曲の作品はいくつも知っていますが
この歌の不思議な和の空気と凄み。
この歌がいちばん、曽根崎に似ているような気がします。。。
2007/10/22 12:53 | みるく [ 編集 ]

☆みるくさんへ

なるほど~~~~~~~~。
「この歌が一番『曽根崎』に似ているかも」
そういわれて、確かにそうかもしれないなぁ、と思いました。
阿木さんは、独特の世界観を見事に表現されますね。阿木さんのお書きになる詩は、他の人には決して書けない。
『曽根崎』のキャッチコピー、
「地獄のように美しく、極楽のように恐ろしい」
も、まさにぴったりで、短い言葉の中にあの作品の魅力が凝縮されていて、阿木さんの天才が光りますね。

みるくさんの自転車ソング、聞いてみたいなぁ!
2007/10/22 21:48 | mar [ 編集 ]









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プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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