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2006/09/25 (Mon) 神さま、どうして


これは、私の部屋の窓から見えた、今日の空、今日の雲・・・。
携帯で撮りました。


久々のお休みにのんびり気分でいたら、空から電話。
緊張した声で「ニュースを見た?」という。

何の話かと思ったら、今朝、埼玉で乗用車が保育園児を跳ね16人が死傷した大事故のことだった。

空はたまたま仕事でその近くにいて、あまりに大騒ぎになっているので何ごとが起きているのかと見に行ったのだという。
「運転手が真っ青な顔でうずくまって、大変なことをしてしまったと、あたまを抱えていたよ。自分がついた時はちょうど、車と電柱の間に保母さんが挟まれてているのを救出しているところだった。マスコミのヘリコプターはいくつも飛んでいるし、警察に救急車に・・・とにかくすごかった。」

保育園児が手をつないで近くの公園にお散歩へ・・・というのどかでほほえましい光景が一瞬にして地獄のような悪夢になった場に、立ち会ったのだ。

ニュースを見て、とても胸が痛くなった。
園児たちとその家族は、今朝の今朝まで、まさかこんなことが起こるとは夢にも思っていなかっただろう。
事故を起こしてしまった側も、自分が今日、幼い子供の命を奪ってしまうとは、想像すらしていなかっただろう。
でも、一瞬の不注意によって、事故は起き、時間は戻らない。
失われた命は二度と戻らず、彼が人を殺めたという事実も永遠に消えない。
どちらにとっても、
「時間を巻き戻せるならばどんな代償でも払うから、頼むから時間を戻して欲しい・・・!!」
そう、叫ぶように願わずにはいられないだろう。

この事件に関わる何人の人が、現在、苦しみ悲しんでいるだろう・・・。
被害者の家族、親戚、友人・・・。
そして、加害者の家族、親戚、友人・・・。

人生は時に残酷で不条理だ。
神さまがいるのならば、なぜこんな酷いことが・・・と、うめかずにはいられないようなつらいことが地球上のいたるところで日々起きている。
戦争も、事故も、天災も、犯罪も、病気も、いつ私自身の運命に降りかかるか分からない。
人生には、喜びもあるけれど、避けがたい苦しみがある。
なぜ、なぜ・・・と、繰り返し考えても、答えは分からない。

こんなに晴れて美しい秋の日なのに・・・。
世界は光に満ちていると感じさせてくれるような、美しい空が今日も私たちの上にあるのに・・・。

「なぜ」に対して答えが与えられることは、きっとないのでしょう。
それでも、私たちは、不条理な毎日を、受け入れて生きていくしかない。
明日はわたしたちが被害者になるかもしれない。
明日はわたしたちが加害者になるかもしれない。
そうならないようにと、願いながらいるけれど・・・・。

せめても、心から祈ろうと思う。
亡くなった幼い二人の少女の魂が、今は苦しみを離れて安らかでありますように・・・。
怪我をした園児たち、そして、保母さんが、どうぞ良くなりますように・・・。
大変な事故を起こしてしまった人が、その重荷に耐えていかれますように・・・。
この事故で幼い命を亡くした家族の悲しみが、すぐには癒えなくても、いつか癒されていきますように・・・。

幼い命は、きっと神さまが、あまりに愛おしくて「早く天に呼び寄せたい」と願ってしまったのかもしれない。

それにしても、あまりにつらい。

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comment

こんばんは。
僕もこの埼玉の事故のニュースには心が痛みました。

この事故に限らず、人は生きていく上で様々な苦しみ、悲しみにぶつかりますね。
何でこんなことが起こるのだろうか・・・・僕自身も自分の病のことで、かつてはその答えを探し出すのに必死でした。

しかし、信仰をもって一つの答えを見つけたような気がします。自分のことを通して、そして多くの周りの方々を通して。

それは

苦難・困難の意味は過去にあらず未来にあり

ということです。
三浦綾子さんの著作と出会えたこと、それをきっかけにして信仰を持ったこと。また、maruさんをはじめとする多くの人との出会い。これらはみな、僕が病を得たが故にまた得られたことなのです。勿論、病がなければないで異なる人生を歩んでいたでしょう。でも、それが必ずしも幸せであったかどうか、分かりません。

病を得た時点を基準に病の理由を求めた時、過去にその理由があったのではなく、今になってその理由が分かってきたのです。

よくよく考えてみれば、「何故?」が過去にあったとするならば、それは「因果応報」になってしまいますね。
勿論、そういう場合もあるでしょう。しかし、どう考えても理不尽だ、納得できないという出来事の「何故」の答えは、往々にして未来にあると考えるようになりました。「泥流地帯」もまさにそうでした。

祈りの時、僕はいつもこう祈っています。

様々な事件、事故でご家族を失くされた方々、そして自らが災害、災難等の被害に遭われた方々に、とりわけあなたの祝福をお与え下さい。信仰を持たない方には信仰を持たせ、どうかあなたにあって過去の辛く苦しい体験が活かされた人生を歩むことができるようになりますように・・・と。
2006/09/26 00:17 | どやくん [ 編集 ]

私も今日の午後テレビでこのニュースを見ました。
空さんがまさかその場にいらっしゃったなんて‥‥。

本当に胸が痛くてたまりません。
娘を目の前にニュースを見ていて、思わず涙がこぼれました。
「かわいそうね、かわいそうね‥‥」と。

marさんが言われる事にまったく同感です。
このようなことが起きた時、どう解釈していいかわかりません。
加害者の不注意を咎めることはまったく簡単です。でも、自分もその加害者になる可能性を常に持っているんですよね。

せめてその亡くなったお子さんのご遺族や、けがをした子供さんや保母さんのために祈りたいと思います。
2006/09/26 00:18 | さらさら [ 編集 ]

どやくんさん
コメントをありがとうございます!!
さすが、三浦綾子さんを愛する仲間ですね、すごく嬉しかったし、さまざまに考えさせられました。

この記事を書きながらやはり心に浮かんでくるのは「なぜ、幼い命が奪われ傷つけられなければならなかったのか。」という、答えのない「なぜ?」という問いの繰り返しです。
これまで私はいったい何度、この問いを繰り返してきただろう、と思います。
それでもやはり、いまだに答えは見つからず、それでも私は(私たちは)、生きて、生きる日々の中で、人生に繰り返し「イエス」と言い続けなくてはなりませんね。

わたしもまた三浦綾子さんの小説『泥流地帯』のことを考えていました。苦難の意味、ということを。
そして、三浦光世さんや星野富弘さんが口にされる「苦しみにあったことは、私にとって幸いであった」という言葉。(聖書の中の言葉でしょうか?)
あの美しいお二人の口からこの言葉が発せられる時、お二人の歩んできた人生の道を思って胸が熱くなります。
星野さんも首から下が動かない状態になって神さまを恨んで人生を呪って閉じこもって生きることも出来たのに、今は美しい詩画を生み、多くの人を励まし幸福にし、穏やかで優しい顔をしていらっしゃる。
本当に大好きな尊敬して止まないお二人です。

どやくんの
「苦難・困難の意味は過去にあらず未来にあり」
という言葉、本当にそうだ、その通りだ、と思いました。もっと正直に言えば、「そうだ、と思うしか無いなぁ。」と思いました。人間が苦しみの果てにも希望を持って生きていくためには、それしか道は無いと思います。
「あの苦しみがあったからこそ、今の自分があるのだ。苦しみは、自分の人生において必要な道だったのだ。」と、そう信じてつらい出来事も受け入れて、生きていてよかったと思えるように未来を向いて生きるしかない、ということですよね。

私にとって救いになりうると思うことは、誰かの痛みや苦しみを、共に苦しむ(苦しもうとする)人がいる、という事実です。それこそ、以前書いた記事の通り「泣くものと共に泣け」ですね。
人間の心に「想像力」「同情」というものが備えられていることは本当に幸いなことだと思います。
私も、「『愛』を持って悲しむ人に寄り添える人間になりたい」と、心から願っていますが、エゴを超越することの困難にぶつかってばかりです。

事故を起こした人の欠点を言い立てて責めることはたやすいし、決して取り返しのつかない、大変なことをしてしまったことも事実です。
でも、私は責める前に自分を振り返り、果たして責める資格のあるほど立派な自分であるのかどうか、疑わしくなるぐらいでちょうど良いと思います。
「まず罪のないものからこの人に石を投げよ」ですね。

私も日々車に乗るので、いつ加害者になるとも分からない危険なものを運転しているのだという自覚を持ちたいと思っています。

運転手の人生は、これからどうなっていくのでしょう。彼は、いつの日か、「あの事故を起こしてしまったことが自分の人生のその後の歩みへの分岐点であった。」と、深く受けとめて、これからの人生を精一杯重荷を背負ってなお歩んでいくことが出来るようにと祈ります。

本当にこの事故には胸が痛みました。
そして、日々繰り返されるさまざまな酷い出来事・・・。
それらすべてに何らかの意味があるのだと、・・・そう信じたいです。
2006/09/26 22:13 | mar(マル) [ 編集 ]

親愛なるさらさらさん

コメントありがとうございます!!
とっても嬉しいです。
そうですか、初コメントなんですね!何だか不思議、そんな気がしないんですよ。
これからもどうぞよろしくお願いしますね!

かわいいかわいいお嬢さんをお持ちの、優しいさらさらさんですから、さぞ胸が痛かったでしょうね。
さらさらさんのこの事故に関する記事も読ませていただいて、「同じ気持ちね!」と、とっても共感して読みましたよ。
今日夕刊を見ていたら、亡くなった二人の女の子の、とってもとってもかわいい写真が載っていました。
何とも言えず愛らしくかわいらしくて、抱きしめたくなるような明るい笑顔の写真、せつなかったです。
ご家族はこんな可愛い子と、急に心の準備もなく別れなければならなかっただなんて、本当にどれほどつらかっただろうか…と、思うと本当にかなしいですね。

愛するものとの「死」という形での突然の別れほどつらいことはありませんね。
亡くなった女の子たちのご家族も、耐えがたい苦しみの中で死を受け入れられずにいるでしょうね。
きっと、これまで過ごしてきた時間の中での愛くるしい笑顔や仕草が次々よみがえり、これほど早く別れが来ると知っていたならどうしてもっと側にいてやらなかっただろう、あれもしてあげたかった、これもしてあげたかった、なぜあのとき叱ってしまっただろう、最後に交わした言葉がもっと優しい言葉であればよかった…など、後悔はあとからあとから押し寄せてくるのでしょうね。

保育園児、ということで(私もそうだったのですが)、働いていたご両親ですから、仕事のために共に過ごせる時間が少なかったことで自分を責めてしまうでしょうね…。

人間の地上での命には限りがある…。私はついそのことを忘れてしまうのですが、でも、忘れずにいたいです。
いつも側にいるのが当たり前のような家族や友人とも、一日一日を大切に接していきたいなぁ・・・。

またさらさらさんのブログにもおじゃましますね!
2006/09/26 22:32 | mar(マル) [ 編集 ]









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Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

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