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2006/12/23 (Sat) 瀬戸内晴美『いずこより』 ふたたび

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☆瀬戸内晴美『いずこより』(新潮文庫)より 心に残った文章

「不可抗力的に襲ってくるものが恋なのであるから、理性や、打算で、ふせぎ得る恋は、本当の恋とは言えない。(略)身うちに生命の火が燃えたら、どんなささやかなごまかしも、なれあいも認めることができず、自分の心を真っ正直に押しだして、純粋に心のままに生きたいと願う女がいたら……やはり生涯に、一つや二つの恋に襲われるのは当然だろう。恋は錯覚の上に咲く花にすぎない。女は恋人の上に自分の憧れ描く理想の男の仮面をかぶせ、それを本当の恋人と思いこんで恋に身をやいていく。その仮面がはがされた時は、自分の捨てた夫と大差ない男、あるいは、かつての夫よりはるかに価値のないくだらない男の正体をそこに見出す。それでも彼女が、その誤った恋をしなかった方がましだったとは、誰にもいいきれない。女は恋をすることによって、自分を発見してゆく。愛されることによって自分を深めていく。愛することによって、知恵がつく。恋に悩んだことのある女と、そうでない女のちがいは、他人の心の不幸に対して思いやりが深いか浅いかに現れてくる。」(p298)


「私は日ごとに彼(小田仁二郎)に傾斜していく自分の気持ちを生まれてはじめての恋のような気がしていた。
 かつて木下音彦を愛したと思った時、これこそが恋というものかと自分の心に問いかけたことは忘れていた。家を崩壊し、子供を捨ててまで恋に殉じようとした自分が、どんなあっけなさで、自分の恋を投げ捨ててしまったかということも忘れていた。木下音彦への愛を自覚した時、これこそ、自分の最初で最後の恋になるだろうと思ったように、今度もまた小田仁二郎とのめぐりあいと愛こそ、私のはじめての恋であり、おそらく最後の恋になるであろうと信じ始めていた。」(p420)


「彼の顔を見るなり、私は彼と会わない日々に、私の身におこったあらゆる事件を、どんな些細なことでも告げずにはいられない。矢継ぎ早にせきこんで話しつづけ、彼がいつもの無表情の中に、目だけに情をあらわして、
『うん、うん、それでどうした』
と聞いてくれる時、私は彼と別れていた時間のすべての瞬間に、光が与えられ、私の中にその間の経験や生活のすべてがよみがえり、改めてしっかりと定着するのを感じるのだった。まるで私は、彼といない時間は仮縫いの服を着ていて、彼に逢いすべてを聞いてもらってはじめて、しっかり仕上げられた服を着心地良く身にまといつけたような安心感にひたされるのだった。」(p424)


「いつでも男とのかかわりを持つと、とことんまでのめりこみ、自分の肉も血も、そそぎこむことであきたらず、骨まで刻んで、男にそそぎこみたくなるのが私の性情であるようだ。どの男も、そんな私の熱情や献身に最初は戸惑い、やがて馴れ、ついには受けることが当然と思いこんでしまう。そんな値打ちが自分にあったような錯覚をしてしまう。その頃、私の方は、思いもかけないやり方で、背後から男の安逸さに刀をあびせ、さっさと消え去ってしまう。あっけにとられている男の方に、しばらく納得のゆかなさとみれんが残る。私の一方的な愛をそそがれた時の戸惑い以上の戸惑いが男たちを右往左往させる。私の方では、もう、そそぎ尽くした愛の残りかすしかなく、過去の愛も、記念も、色あせてしまっている。想い出は私に取ってはどんな場合も、採集箱にピンでとめられた蝶の死骸のように、美しくも、色鮮やかでも、二度ととり上げる気にはならないものだった。」(p487)

「いつでも自分本位で、自分の感性しか信じようとしない私は、自分の自我が受け入れられない不如意な事件や状態にたちいると、むやみに焦れていらだった。」(p500)

「私は枝を離れた一枚の薄い木の葉で、それが流れの上に落ち、水に揉まれ運ばれ、流されつづけながら、渦にまきこまれて水底にひきこまれたり、また渦の力で思いもかけない水面に送り出されたり、ある時は岸辺の水草の根によりかかり、ほんの束の間の安らかな夢を見たかと思えば、また雨水に水嵩をました濁流にさらわれ、揉まれつづけて流されてゆく。そして、気がついたら、いつか広い河口にさしかかり、行く手には水平線もはるかな果てしもなく広がる滔々(とうとう)の大海原が待っている。やがて私はその海に流れ込み、より高い波やより荒い波に揉み抜かれるのであろう。
 私は長い旅路をふりかえるように、過ぎてきた歳月を一挙に手の中にたぐりよせようとする。今となってはどんな人との出逢いも、関わりも、何ひとつ無駄であったと思うものはなくなっていた。無縁の人との縁は努力しないでも離れてゆき、有縁の人とのつながりは予期しないうちに突如として強く結びあわされている。」(p508) 

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mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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