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2007/03/01 (Thu) アントニオ・ガデス舞踊団「カルメン」

carmen.jpg
チラシを携帯で撮りました♪


昨日(2007年2月28日水)、府中の森芸術劇場に、アントニオ・ガデス舞踊団の「カルメン」を見に行ってきた。

●急きょ見に行くことに・・・!

実は、見に行こうかどうしようか迷いながら、発表会に「曽根崎」に、さまざまな舞台をひかえ忙しい時期なので、チケットを取らないままに日々が過ぎてしまっていた。
でも、急きょ、「やはり見に行こう!」・・・と思ったのは、先生たちの言葉を聞いたから。
ヒロ君先生は、
「ほんとうにすっっっっっっばらしかった!!フラメンコのオブラ(創作もの)で、ここまで感動する作品はそうはない。『フラメンコ曽根崎心中』に出ている君たちにこそ、僕の人生を変えたガデスの舞台を見て欲しい。」
とおっしゃった。そして真由美先生は、
「あの舞台を見て、今まで以上にね・・・なんていうか・・・これまでも覚悟はあったんだけど・・・でももっと強く、舞台に自分をささげる、という覚悟が決まったの。」
とおっしゃった。
「これは、必ず見なくてはいけないな、今だからこそ・・・。」と思った。

●過去の記憶

実は以前、まだ生きていたアントニオ・ガデス自身の「カルメン」を見たことがある。
その時、フラメンコを始めたばかりの私はまだ高校生だった。そして、よりによって、39度の高熱を出していた。
生まれてはじめて見る、本場スペインの超一流のフラメンコ芸術の舞台。世界一有名なフラメンコダンサー、アントニオ・ガデスの舞台をどうしても見てみたくて、一緒にフラメンコを習っているお姉さんたちに支えられ、フラフラになりながら新宿文化会館に行った。
移動する鏡をつかった舞台装置や、練習着のような衣装。
シンプルな構成の、それでいてドラマチックな内容。
そして、唯一無二の存在、ガデス、という人。
・・・「孤高」、という言葉がピッタリだった。こがらしの丘に枝を張り凛と立つ、孤独な、大樹のような・・・。人間とは一人なのだ、という厳しさを、自分の中に抱え持った人、という印象だった。
高熱に潤んだ目とボーっとした頭で、それでも舞台から多くを感じた。
カーテンコールでは、熱で立っていることすら辛いのに立ち上がって、いつまでもいつまでも拍手をしたことを覚えている。そうせずにはいられなかった。
そして、帰りの電車の中ではとうとう立っていることができずにしゃがみ込んでしまったけれど、それでも胸の中には感動の余韻が、いつまでも消えずに残っていた。

●昨日の舞台「カルメン」の感想

とにかく、最高に、素晴らしかった。
本当に、見て良かった、と、心から思った。

舞台が始まった瞬間から、なぜだろう、胸に熱いものが込み上げてきた。
さまざまな思いがありすぎて、言葉にし尽くせない。

偉大なアントニオ・ガデスのこと。
先日一緒にスタジオで楽しい時間をすごし、今はピンと張り詰めた舞台の上に活き活きと立ちそれぞれの役割を果たしている舞踊団の人々のこと。
ガデスへの敬意と自分自身の魂を必死に踊るアドリアンのこと。
ガデスとともに踊ったステラが今もカルメンとして踊っていること。
映画ではあんなに若かったエンリケが今は年を重ね、それでもガデス舞踊団の重要なメンバーとして今も舞台に生きていること。

『カルメン』という物語自体の持つ魅力。
愛すること。生きること。そして、死んでいくという、普遍的なこと・・・。

私の人生はこれ抜きには語れなくなった「フラメンコ」、そのもののこと。
踊り始めたばかりの高校生だった私のこと。
今も踊り続けている私のこと。
「曽根崎」のこと・・・。
それを創った先生たちの想い・・・・。

どれひとつをとっても、感無量だ。

過去に見たガデスの舞台の記憶がよみがえってきて、オーバーラップしてくる。
・・・衣装もそう、全くこのようだった。
・・・鏡を使った舞台装置もこうだった。
それでも、すべてがとてもとても新鮮で神聖だった。
音楽が、踊りが、照明が、私自身のフラメンコとの関わりの時間の中で、私自身の変化や成長とともに、また新たなものとなって映ってきた。
以前見たときも漠然と「いい」と思ったけれど、今は、何がどうして「いい」のか、それが分かるようになった。(それは、そういうことを私たちに情熱的に教えてくれてきたヒロ君先生のおかげだなぁと感謝している。)使われている音楽の選曲のすばらしさや深い意味を持つ歌詞。群舞のすべてのメンバーが生ききる振り付けと、伝統をしっかり引き継いで踊る踊り手たち。絶妙で芸術性の高い照明の妙。
舞台上でたびたび訪れる「静寂」の「間」が痛いほど胸に迫った。

無駄をそぎ落とした果てに残るもの・・・が、ここまで豊かであり得るのだ。
何をどうそぎ落とし、限られたものを高い芸術としてどう構築するか、というところに、「ガデス」という人の天才が光る。

あの舞台に乗る人たちは、みんな、「最高の作品に出ているのだ」という自信と誇りをもっているように見えた。
踊り手だけではなく、歌い手やギタリストまでが出演者として舞台上に存在している。
アドリアン・・・。なんと偉大な仕事をしていることか!(感涙!)あの角ばった四角い肩と短い上半身は、アドリアン自身のものではない。あれは、ガデスのものだ。あの立ち姿、手の上げ方・・・。どこ一つをとっても、ガデスへの敬意に満ちていた。アドリアンほどの踊り手が、ある意味自分自身のスタイルをいったん放棄して、ガデスのスタイルを継承をすることに葛藤が無かったわけがない。でも、彼はそれをしたのだ。それを、十二分にしきった今、逆にアドリアンはアドリアン自身であり得ているのだろう。孤高で厳しいアントニオ・ガデスに比べると、アドリアンは良い意味で大切に愛されて育った人の品の良さが香る。でも、その部分が私にはとても魅力だ。
ステラ・・・。野性味と色っぽさの絶妙な混ざり具合と、生命力。自由で気高い女の魂を感じさせてくれた。
そして、舞台上のすべての人が、存在感を持って生きている。
ユーモラスなエンリケのスカート姿やファニャーレスの闘牛士の真似、それから二人のブレリアは、これが無くては舞台が成り立たないほど重要なものだった。

ガデスの『カルメン』は、多くの批評家の方たちも書いているように、バレエの『白鳥の湖』のように、ひとつの古典として間違いなく残っていく作品だと思った。

そしてやはり私は、『曽根崎』のことを思った。
思わずにはいられなかった。
初演から皆勤賞で舞台の上に立たせてもらっている私は、当然のことながら『曽根崎』を客席から見たことが、一度もない。(一度見てみたいけれど、でも、自分の出ていない『曽根崎』は、見たくない!)
でも、『曽根崎』に描かれている、「愛・生・死」というものの普遍性、無駄をそぎ落とし、必然なものだけで成り立った舞台構成には、ガデスからつながる流れが確実にあると感じる。
ガデスの作品を見て感動し、フラメンコを始めたヒロ君先生。
ガデスがいなければ、フラメンコダンサー佐藤浩希もなく、『フラメンコ曽根崎心中』もなかっだろう。

『カルメン』を見た感動と作品への敬愛の気持ちという種を、私は『曽根崎』を踊ることで花として咲かせていきたい、と思った。
真由美先生の言葉の意味が、見終わってよく分かった。
私の中でも、よりいっそう、作品の中で生きること・・・『曽根崎』を踊ること、への「覚悟」が決まった。

*ヒロ君先生の『カルメン』の感想
http://arte-y-solera.com/blog/2007/02/carmen.html

*真由美先生・ヒロ君先生の書いた「アントニオ・ガデスの思い出」
http://www.paseo-flamenco.com/guide/2006/08/post_8.html

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comment

はじめまして。yoshikoです。
mixiの足跡を辿って来てしまいました。

marさんのガデスへの想い、フラメンコへの想いに非常に感銘を受け、再び舞台の感動が沸き上がってきています。
たぶん十数年前の同じ頃に「カルメン」を観ているのですね。
そんな偶然もあってとてもうれしかったのですが、さらにmarさんの自己紹介に出ている数々の「好きな物」にも共通点を発見したりして、コメントせざるを得ない気持ちになってしまいました。

私はフラメンコを初めてまだ4年。余りにも遅いスタートですが、自分らしく楽しく踊っています。
marさんはあの鍵田真由実さん、佐藤浩希さんの「曾根崎心中」に出演されているのですね!?すごい!
最近友人から曾根崎を観て「感動した!」という話を聞いてばかりだったので、ちょうど観たいと思っていたところでした。
必ず観に行きます!
衣装にも興味があるので。

最後に一言。
marさんはよく本を読んでいる方(想像ですが)らしく、美しい文章を書きますね。
リズム感のある心地よいテンポで、臨場感あふれる表現にとても引き込まれます。
踊りもきっとそうなのでしょうね。
私の好みです。(失礼しました・・・)
2007/03/02 11:03 | yoshiko [ 編集 ]

yoshikoさんへ

初めまして!ようこそお越し下さいました!!
このたびはコメントをありがとうございます。
アントニオ・ガデス舞踊団の公演を見た人の感想を見たくて検索していたところ、偶然yoshikoさんに辿り着きました。
好きなものが同じ・・・って、なんだかとっても嬉しいですよね!!つたないマヂメブログですが、どうぞこれからも気軽に遊びに来てくださいね♪よろしくお願いしますね。

「血の婚礼」は来週見に行く予定なので、とっても楽しみにしているところです。アドリアンは、やっぱりガデスに重なって見えましたね。丁寧に敬意を持って引き継いでいることを感じました。

「曽根崎」には、初演から皆勤賞(?)で出演させていただいています。来週末の堺市での公演で、35回目になります。私の人生においても、もう「曽根崎」は特別な、大切な作品として、大きな地位を占めています。そして、真由美先生・ヒロ君先生とスタジオの仲間たちも、私にとっては、家族以上に日々長い時間をともに過ごす大切な存在です。
お友達が「曽根崎」に感動した、とうかがって、すごく嬉しいです。ぜひ、次の機会には見にいらして下さいね~♪東京で公演があるようなときはぜひお知らせしますね。今年は、3月に堺、5月に熊本、7月に水戸と福井、と、地方公演をする予定です。ちょっと遠いですよね・・・。
衣装も、「和」の要素が取り入れられているので、面白いと思います。
そうそう、yoshikoさんは衣装をお作りになるのですよね。素晴らしいですね!!

美しい文章・・・。(照)
ほめていただいてありがとうございます!すみません…(と、なぜか謝ったりして………)。恐縮してしまいます。いつも、簡潔にまとめられずにだらだらと長くなってしまって反省しているところです。いつも、書きたいことがたくさんあるのに、まとまった時間がとれなくて、どこか慌てながら書いているので、なんだか無駄が多かったりくどかったり、言い足りなかったり………です。
そういう色んなことが踊りに出ちゃうんでしょうね(笑)。我が師匠、鍵田真由美先生もよく、「普段の行動がすべて踊りにでる!」と言います。よく踊るためには普段が大事。本当にその通り、でも・・・ひゃ~、大変、ですね(笑)。
お互い、楽しんで踊っていきましょうね~♪
2007/03/02 14:16 | mar(マル) [ 編集 ]









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Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

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