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2007/03/08 (Thu) アントニオ・ガデス舞踊団「血の婚礼」

*2007年3月7日(水)渋谷・bunkamuraオーチャードホールにて
アントニオ・ガデス舞踊団「血の婚礼」「フラメンコ組曲」
http://www.japanarts.co.jp/html/antonio_gades/index.htm
一階下手・バルコニー席1番

★「血の婚礼」

幕に丸くスポットライトが当たる。音楽が流れる。
これが血の婚礼の始まりの合図。

花婿が嬉しそうに婚礼の支度をしている。
花婿の母も嬉しそうに見守る。
うかれた花婿の手にはなぜかナイフ。
母は心配してナイフを投げ捨てる。

ゆりかごを揺らしせつなげに歌う女。
そのまなざしは暗い。
苛立つ様子で男(夫)が入ってくる。
張りつめた空気。
夫と妻のあいだに漂う不穏な空気。
妻はゆりかごを抱え、立ち去る。

舞台下手・上手に二つの丸いあかりの輪。
その中に立つ男と、白いキャミソール・ペチコートを着た花嫁。
はなれたまま二人は、心の中で相手を想う。
二人の動きがシンクロする。
目の前にはいない彼女を抱きしめる仕草。
目の前にはいない男の頭を優しく抱える仕草。
はなれたままでせつなく横たわり、ゆっくりと男は仰向けに、女はうつぶせに。
まるで身体を重ねているような・・・。
二人の心と心が寄り添い合い、物理的な距離を超えてゆく。
静謐な中に狂おしいほどの相手への愛を秘めた、美しいパレハ。

いよいよ花嫁は白い花嫁衣装を重ねられ、ブーケを手渡される。
思わずブーケを取り落とす花嫁。
彼女の愛するのは、花婿ではないから・・・。

人々がにぎやかに集い、結婚の祝いの宴が始まる。
「Viva los novios!(新郎新婦万歳!)」
聞きなじみのあるアルボレア(婚礼の祝い歌)は胸をときめかせる。
集合写真の一瞬の静止画像。
乾杯の手が宙に集まり、ふたたび一瞬の静止画像。
二人の思惑をよそに、楽しげに踊る人々。

男は花嫁の手をとり踊り始める。
見つめ合う目と目。
愛さなければならない人は、お互いほかにいるのだけれど。
でも、見つめ合い手をとれば、分かってしまう。
この人を愛さずにはいられない、それが運命なのだと。
宿命に引き寄せられるかのように強く惹き付けあう心。
目の前にいるたった一人の人以外、世界は自分の周りから消えてゆく。

花嫁は、運命の男とともに、花婿や客を残し祝いの席から姿を消す。
それに気付いたのは男の妻。
嫉妬と絶望にゆがんだ顔。
花婿に、母はナイフを手渡し、二人を追え、と命じる。

馬に乗り去ってゆく男の意志的な歩み。
男の背中に、すき間なくぴったりとよりそう花嫁。
追っていく花婿も、命をかける覚悟はできている。

・・・・・遭遇。
馬から下りる男と花嫁、そして花婿。
男たちの手にはナイフ。
もう、逃れることは出来ない。
いっさいの音が消える。
完全な静寂。
空間を切り裂いてきらめくナイフ。
濃厚な命がけの決闘の時間がスローモーションで流れる。

男のナイフが花婿を、花婿のナイフが男を、突き刺してゆく。
倒れる二人。
花嫁の、声にならない絶叫が、長く尾を引いて見ている者の心に響く。
そして闇。

★「血の婚礼」感想

このスペインを代表する作家ロルカの作品を、カルロス・サウラ監督の映画で見たとき、画面にあふれる光の白さがまばゆかった。
愛の果ての悲劇・・・なのだけれど、花嫁の衣装のように清らかな印象だった。
ヒロ君先生の運命を変えた(彼をフラメンコへの道へと導いた)この映画そのものが、舞台作品を撮影したような作りになっている。

D110485496.jpg
*カルロス・サウラ監督「血の婚礼」
主演:アントニオ・ガデス、クリスティーナ・オヨス

でも、昨夜の舞台で見たときにはやはり印象が違った。
一番のちがいは、・・・光、だ。
あの、まばゆいほどの白い世界は、舞台上では再現できない。
その代わり、闇の暗さが生きていた。
特に、一番最後のシーン。対決する二人は闇の中に浮かび上がる。
スローモーションの決闘シーンを、観客は呼吸することすらできずに固唾をのんで最大限の集中力で見つめる。
そして、二人の死を目の前にして、声にならない叫びを発する花嫁を覆い尽くす闇。
声を発しない花嫁の叫びが、確かに私の胸を切り裂いてその残響が痛い。
客席の私たちも、花嫁と同じ闇の中に取り残されてゆく。

ガデスはスローモーションの決闘のシーンをこう語っている。
「二人の争いのシーンは、私がこれまで経験した中で最も難しいものだった。さまざまな困難に直面し、解決していかねばならなかった。大げさな身ぶりや派手な演出をせずに、簡素に、人の痛みを表現したかった。」
(公演プログラムより引用)

物語が簡潔であればあるほど、「宿命」というものが鮮明に浮かび上がる。
物語はもうはじめから、そうなっていくしかないようにできている。
そこに疑問を持つ余地すらない。
・・・愛するしかない。
・・・死んでゆくしかない。
「カルメン」も、「血の婚礼」も、「曽根崎心中」もそうだ。

二人が愛しあっていること。
あらがうことのできない宿命によって、心と心が、どうしようもなくぴったりと寄り添い合ってしまうことを、言葉ではなく、踊りが伝える。
花嫁役のクリスティーナ・カルネーロがよかった。
初々しさや清さ、愛らしさを多分に備えて、「運命に身を殉じる従順さ」を感じさせた。
カルメンのような強い意志や情熱やあふれる感情や生命力よりもむしろ、「ロミオとジュリエット」のジュリエットのように、運命と自分の感情にさからわずに、ただ翻弄されていく者の素直さを感じた。

この芸術性の高い舞台作品は、フラメンコでありながら静寂の空気に満ちている。
「カルメン」以上に簡潔に、余分なものをそぎ落とし、幽玄の美を感じさせる。
豊かで濃厚な静寂・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★「フラメンコ組曲」のこと

(敬愛するガデスさま、大好きなアドリアンさま。失礼を言うことをお許し下さい!)

あまり・・・面白くなかったのはなぜだろう。
ここしばらくずっと、フラメンコを見ても素直に楽しめなくなっている自分がいる。
「オレ!」を言いたくなる瞬間はなかなか訪れなかった。
私自身の心の問題かもしれない。
自分自身にさまざまなことが具体的に跳ね返って来すぎて、職業病のように、理性で頭で、冷静に見つめてしまう。
その私の冷静さを破ってまで心を熱くさせてくれる舞台になかなか出逢えない。

特に、群舞。
群舞とは、・・・さまざまな意味で本当に難しいものだと感じる。
男性の群舞からタンギージョまでは、「上手な人たちの発表会」という印象だった。
列をそろえ、足の出し方や手の形をピッタリそろえ、見事に美しく踊っていた。
でも、心に食い込んで来ないのはどうして?
振り付けの問題?構成の問題?踊り手一人一人の問題?
ある人がご自身のブログでこの作品のことを、「みごとな揃いっぷりに『感心』はしたけれど、『感動』はできなかった。」と書いていらしたが、まさにそのような印象を受けてしまった。
でも、これが初めて上演された当時は、本当に画期的でセンセーショナルだっただろうと思う。
テアトロ(群舞)での作品としてのフラメンコの群舞というものが、これによって確立されたのだから・・・。みんながそれを真似して・・・今日まで来たので、・・・もう、見慣れたようなものになってしまっている。

私自身、個人的にアドリアンがとても好きなので、彼の踊りには惹き付けられた。
そして、一番心が浮き立ったのは、ラストに歌い手のファニャーレスと、唯一無二の存在エンリケ・パントーハが踊ったときだった。(どんな舞台を見てもたいてい、最後に踊るミュージシャンの踊りが一番良いと感じてしまうあまのじゃくな私。)
エンリケは、ただ少し前に出てきただけで、客席をワッと沸かせる。
派手な振りや細かいステップなどまるでないのに、歩いているだけで本当に本当にフラメンコであって素晴らしい。愛嬌、おちゃめ、ユーモア、いたずら心・・・そして、何よりペジスコ。
フラメンコで一番大事なのは、コンパス感(フラメンコ的なリズム感)と、ツボをジャストに押されるようなペジスコだなぁ・・・と、ヒロ君先生の指導のおかげで思うようになった。

さて。
私たちはどんな群舞であり得るんだろう。
つまらない群舞にはなりたくない。
群舞においてそろえることは、このような舞台上の「美」にとって、作品自体にとって、必然だと思う。
(劇場でのフラメンコの群舞において「そろえるのは嫌だ、自由に踊りたい。」という人は、そろえることが技術的に人間性的にできない人であることが多い。そろえただけで消えてしまうような「個性」や「フラメンコ魂」は情けない。そろえることが充分にできた上で、そこから先、どう自分を豊かに生かし踊るのかを考えて欲しい。)
自分自身がいかにソロで踊るのか、どういう踊り手として舞台上に存在するのか、ということはとても大切なこと。まずそこがしっかりとあることが大切だろう。
そして群舞においても、「ただ揃っているだけ・・・」を越えて、見ている人に感動を届けることのできる群舞でありたい。

実は、うちの先生たち(マミ&ヒロ先生)はときどき魔法を使う。
ある瞬間、先生たちの手がちょっと加わったとたんに、自分たちだけで練習し続けてきてくすんでいた踊る私たちの心がキラキラすることがある。
発表会の練習での群舞が一気によくなる瞬間がある。
その魔法の秘密を知りたい。
今度ぜひ聞いてみようと思う。
(教えてくれるのかなぁ?その前に、先生たち、その魔法を使えることを自覚しているのかなぁ?)

・・・とまぁ、このように自分の身に引き寄せて色々と考えさせられてしまうので、フラメンコ(踊り)を見ることを楽しめない。
フラメンコが大好きなのに、本当に困ったもの。(笑)
群舞見ていると、一列になったときの立ち位置の間隔の微妙なズレなどが、妙に気になったり・・・。(みなさんは気になりませんか?)
ついつい、反省したり、研究したり、考察したり・・・になってしまってダメ。

ああ・・・。
私を熱く感動させてくれるテアトロ・フラメンコの群舞の舞台作品、見てみたいなぁ・・・・。
ガデス自身が生きていたときには、今よりもっと、作品に魔法がかかっていたのだろうか・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★おまけ

舞台終演後、嬉しいことが二つあった。

☆その1

ガデス舞踊団のパンフレット写真やチラシやポスターの、ほとんどすべての写真を撮っていらっしゃる、フォトジャーナリストの板垣真理子さんにお目にかかることができた!
ホームページはこちら!
http://www4.zero.ad.jp/afrimari/
「カルメン」を見た際に購入したプログラムの中の美しい写真と、お書きになった美しい文章に魅せられながら帰宅したその日に、偶然メッセージをいただいた。
実際にお目にかかると板垣さんは、お撮りになる写真のままに美人で生き生きとしたとっても素敵な方だったので、一目でファンになってしまった。
嬉しい御縁に感謝!!

☆その2

エンリケに会いたいと思って楽屋を訪ねると、ヒロ君先生の声。
そのまま、エンリケ、ヒロ君先生、うちの舞踊団の、3ちゃん、KT、AZと、渋い渋~い雰囲気の焼鳥屋さんへ。(クヘイジとえいちゃんは帰宅。)
エンリケの、今のガデス舞踊団に対する思い、ガデスとその作品に対する思い、過去の素晴らしいアーティストたちとの想い出など、ヒロ君先生の通訳にたすけられながら、貴重な話を色々と聞くことができて本当によかった。
エンリケ自身の人間的な魅力が温かさとなって彼から流れ出している。
そばにいるのは心地よく、楽しい。
いつまでも、いつまでも・・・ガデス舞踊団の作品の舞台に立っていて欲しいと願うけれど、人の命は永遠ではない。
だからこそ逆に、彼の舞台を今日生で見ることのできた喜びが込み上げてくる。
enorike2.jpg
マエストロ!ガデス舞踊団の重鎮エンリケ・パントーハ

☆ここからは関係のないグチ。

そんな素晴らしい楽しい場から、帰りたいと思って帰る人はいない。
でも・・・終電、仕事・・・抱えるものの重さの中でやむを得ず、泣く泣く帰るのだ。
そのつらさを分かってもらえないのはかなしい。
私たちが、働きながら踊り続けることの困難を、いったい誰が代わりに背負ってくれるのか。
働かなければ踊れないという現実がある。
働けばそこに、やりがいや喜び、忙しさ、そして責任が生まれてくる。
でも、そういう困難を乗り越えてでも、なんとしてもここで、この仲間たちと、踊り続けたいと願う心を、優しい気持ちで汲んで欲しい・・・、と思うのは甘えか。
できる限りの精一杯で踊る。
できる限りの精一杯で関わる。
色々な犠牲を払ってでも、人に支えられながらでも、踊る。
踊りだけで食べていくことのできない今の私の状態では、そういう風にしてしか、踊り続けていくことができないのだから。

上に書いたことは、昨日のこととは何の関係もない話。
でも、悔しかったので書いておきたかった。

昨日は、私が
「電車がなくなるので帰るね、ごめんなさい。」
と言うと、
エンリケは、
「絶対に、『ごめんなさい』なんて言うな。私の娘だったら、こんな時間に帰るのでは心配でたまらないよ。」
と、優しく言ってくれた。
ヒロ君先生が優しい顔でそれを通訳してくれた。
帰る戸口に向かって手を振ってくれる、みんなの優しい顔に見守られながら、名残惜しく帰った。

あああ・・・・どうして、短い文章が書けないんだろう。シクシク(/-\*)
明日から『フラメンコ曽根崎心中』堺公演のため、飛行機で大阪に行ってきます。
いい舞台になるよう、がんばってきます!!

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comment

濃い一日でしたねぇ。
お会いできて、嬉しかったです。短い時間でしたけど。
それに私のことも書いていただき、恐縮です。またぜひお会いしたいです。
エンリケとの貴重な時間があったのですね、いいなあ。
彼の踊りには私も惹きつけられました。ネルハのステージでも光っていましたよ。独特の世界ですね。
またいろいろとお話ししましょうね。ぜひ!それにしてもアントーニオの快挙は素晴らしかさったですね。
2007/03/08 23:03 | アフリママリ [ 編集 ]

うんうん・・・うんうん・・・
何観ても、ほんとに色々色々考えてしまいます。
私みたいに、ただ「楽しいだけで」フラメンコやってる人がそうなのですから。marさんは、ほんっとに常に悩んだり、壁にぶち当たったり、目の前が開けたり、死ぬほど悲しい思いや、死ぬほど楽しい思いなどなど、色んな経験なさってるのでしょうね。
あー、それでももうもう、フラメンコ好きすぎて死ぬ。

そして、いつも私の勝手なひとりごとを読みにきてくださり、ありがとうございます。

とりあえず、大阪、ファイトですぅ。
2007/03/08 23:36 | めめ★ [ 編集 ]

かなり」の本音トークですね。
「感想や「おまけ」まではあまりに高尚なご意見でフラメンコ上級者で手の届かないあこがれ的存在って感じだったのに、「グチ」で一気に共感が持てました。

私もそうです。
毎週のクラス、自主練習、ライブの練習など、やるべき事が一杯あり過ぎて時々辛くなる。
もっとフラメンコの事、スペインの事を知りたいのに本を読む、DVDを観る、CDを聴く時間すらない。
普通の生活をするだけでもあっという間に一日が終わっちゃうのに、これ以上どうやって練習したらいいの?
言い訳に聞こえてしまうからなるべく使わない「時間がない」という言葉。
でもムダな時間も大事な時間なの。
とっても必要な時間なの。
同じクラスの子が「フラメンコを嫌いになりたくないから」と言って2つ受けてたうちの1つクラスを辞めました。
正解だと思う。大好きなフラメンコに追われるのって一番ツライもの。

つい私のグチになっちゃった。
でも誰もが同じ悩みを抱えて踊ってるんだとわかってうれしかったです。

実は先日5年勤めた会社を辞めて、フラメンコ衣装のアトリエを立ち上げる準備をしています。
結局はフラメンコと関わって生きて行く人生を選んでしまった私。
安定収入のなくなった今後の不安と、いつまでも上手くできないエスコビージャと、夕方の献立に悩みながらも、なんだかんだといってフラメンコに魅せられているのです。
もっと思う通りに踊れるようになりたい。
魂を感じたい。自由に動く足が欲しい~。
そして踊る人を輝かせる衣装を作りたい!
がんばろ~っと。

あと、舞台や映画、食事もそうだけど、いろんなモノを見過ぎて(食べ過ぎて)だんだん感動が薄れてしまうって悲しいですよね。
私も最近それで悩んでました。
ピュアな気持ち、戻ってこ~い!!!
・・・それって贅沢な事?
2007/03/09 14:28 | yoshiko [ 編集 ]

これだけの長文を乱れずに書ける文章力に、感嘆しました!!

書くことに関してはセミプロのぼくにしてみれば、羨ましいことです。
良い方とマイミクとしてお付き合いできるようになり、有難いことだと思っています。

堺公演、ご成功を祈っています。

2007/03/09 20:12 | ♪あし♪ [ 編集 ]

アフリママリさんへ

勝手に紹介してしまってごめんなさいね。
お目にかかれてとっても嬉しかったです。
すごくきれいな素敵な方で、すっかりファンになってしまいました。
お撮りになったガデス舞踊団のお写真も、どれも見る人の心に火をつけるような情熱を感じました。
またお目にかかれたら本当に嬉しいです。

エンリケとは、これまでも鍵田・佐藤先生の御縁で何度か公演に一緒に出てもらったことがあるんですよ。
心がピュアで、真っ直ぐ、彼が舞台に立つだけで、見ている人が笑顔になる、そんなまたといないアーティストですよね。

「アントニオ・ガデス舞踊団のギタリストが火事から女性を救助!!」のニュースに驚きました!かなり以前にも日本で人命救助をしたことがあるとか…。不思議な巡り合わせ、ですね。ハートの温かい人柄がとっさの時のこのような行動に出るのでしょうね。
これをきっかけにガデス舞踊団の名前を知る人がさらに増え、素晴らしい舞台を多くの人が見てくれると良いなぁ…。
2007/03/12 13:49 | mar(マル) [ 編集 ]

めめ★さんへ♪

大阪頑張ってきましたよ~!!(その報告はまたちゃんと書きますね。)
フラメンコ好きすぎて死ぬ!…に、めめ★さんの顔が浮かんで思わず笑顔になっちゃいました。
めめ★さんだって、きっと「楽しいだけ」を越えて、熱い熱い思いがあるのですよね。
私はたいてい、「楽天的」なくせに「考えすぎ」なので、余計なことまでさまざま考えてしまうのですが、でも、やっぱり踊ることが大好きだなぁ…と思います。

素晴らしいお仕事をすでにたくさんなさっている、私の敬愛する踊り手さんが、
「舞台本番を迎えるまで、95パーセントは辛いことや嫌なことや面倒なことが多い。」
といったのを聞いて驚いたことがあります。
このフラメンコの世界で、日本人が本当に命がけでいい舞台をやっていこうとするためには、そうとうの覚悟と困難を乗り越える強さが必要なのでしょうね。
でも、その果てに、舞台上で真実の歓喜の瞬間が訪れる(…ことがある)。
やっぱり、道は遠くとも、歩き続けることをやめられはしないなぁと思います。

いつも、めめ★さんのお書きになるものはすごく楽しみに読ませていただいています!!これからも、じゃんじゃん書きまくってくださいね~。
ヽ( ´ ▽ ` )ノ ♪
(私たちへの厳しい意見も、遠慮なさらずに、ネ!)
2007/03/12 13:59 | mar(マル) [ 編集 ]

yoshikoさんへ

コメントをありがとうございます♪
「かなりの本音トーク」でしたか?(笑)スミマセン!!
ここ(ブログ)は私の心と成長の記録の場にしたいなぁと思っているので、なるべく本音トークを心がけています。本当のことを書いておかないと、将来読み返したときに、自分自身の本当のことが何であったかが分からなくなってしまっていては嫌だなぁって思って。
…といいつつも、最近フラメンコ関係の知り合いが見てくれている率が増えたので、そうさしさわりのあること(?)は書けないんですけどね(笑)。
…あ、別にさしさわりのあることがある訳じゃないんですけど…。(´ー`)ハッハ

yoshikoさんのお気持ちはよく分かります。
>大好きなフラメンコに追われるのって一番ツライもの。
というお言葉、確かにそうだなぁ…と思いました。
変なたとえ話ですが…私が小学生の時、アップルパイが大好きだった時期があって、あまりに「アップルパイ!アップルパイ!」とうるさいので、丸ごとホールで食べさせてもらったことがあるんですよ。そのとたん気持ち悪くなって動けなくなって…(バカでしょ?)、「もうアップルパイなんて食べたくな~い!!」と、しばらくアップルパイを口にできませんでした。(笑)
アレルギーも、アレルゲンを摂取しすぎて飽和してしまったことから発症するとか…。
何にしても、「美味しい!大好き!もっと食べたい!」と思える状態をキープするのがいいのでしょうね…。

ただ、…時には、苦しくとも腹十二分目、二十分目になってまでも真剣にとことん向き合い、血反吐を吐くまで取り組み、歯を食いしばって頑張らなくてはならない「瞬間」というのが訪れるのかもしれません。
それを見極め、選ぶことができるようになりたいなぁって思っています…。
yoshikoさんの場合は、勇気と覚悟を持って衣装の道に飛び込まれたのですね!すごいです。その熱い心が、yoshikoさんの衣装を輝かせる原動力になるのでしょうね。どうぞ、頑張ってくださいね。

私たち舞踊団…も、端から見ると、すごく「体育会系フラメンコ部」だと思われるかも知れませんね。なんだか、こんな生活がずっと続いているので、これが当たり前な感覚になってしまっていますが、もしかすると奇特な状態なのかしら(笑)。
舞踊団ではない普通の練習生のクラスでも、発表会前は土曜日は五時間ぐらい練習したり…しています。
みんな仕事もしながら、それぞれ悩みながら、でも、頑張っています。その姿に励まされることもしばしば。大切な仲間です。今週末の発表会で、スタジオのみんなと一緒に舞台に立って踊れることを、すごく嬉しく思っています。

踊り(舞台)を見て、感動するのは、上手いか下手かよりもむしろ、踊る人の心を見て感じられるかどうかかもしれない、と思っています。
不器用に踊っていても、失敗があっても、でも、そのひたむきで精一杯な姿に心を動かされることがあります。
それをふまえて…自分はどう踊るのか、と、考えると難しいなぁと思います。
やっぱり私も、ひたむきに、下手でも良いから(ホントはよくないけど)一生懸命に踊りたいなぁと思いました。

私も同じ気持ちです。
ピュアな気持ち、戻ってこ~い!!

お互い、頑張りましょうね。


2007/03/12 14:34 | mar(マル) [ 編集 ]

♪あし♪さんへ

コメントをありがとうございます。
つたない書きなぐりの文をほめていただいて、とっても恐縮しています。
ブログを書くときは、なんだかいつも「時間がない!でも書きたいことがたくさんある~!あ~ん。」と思いながら慌てて思うがままに書いていることが多く、ほとんど読み返しもせずにアップしてしまっています。
だから、だらだらと長いばかりで整理されていないので、お恥ずかしい限りです…。

でも、励まされました。
ありがとうございます。
こちらこそ、古典に造詣の深い♪あし♪さんから色々と学ばせていただけるのを楽しみにしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
2007/03/12 14:40 | mar(マル) [ 編集 ]









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プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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