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2007/12/18 (Tue) 一度にひとつ

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少し前に撮った黄金色のハート・・・。



ふたつ。


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たくさん!

ブログを書くのがずいぶん久しぶりになってしまいました。
みなさん、お元気でお過ごしですか?
私は元気。
心穏やかに楽しい日々を過ごしています。
そしてまた今、よく晴れたこんな美しい日に、窓の外の葉を落とした桜の木々や常緑のもみの木を眺めながらゆったりパソコンの前に坐っていることを、とっても幸福に感じています。

すっかり外は冬・・・。
木々も葉を落とし、枝の美しいシルエットを澄んだ冷たい空に伸ばしていますね。
花ももちろん美しいけれど、花をまた咲かせるために木々がじっくり静かに力を蓄えるこの季節もまた、いいものです。

ここしばらく忙しい日々を不器用に・・・おそらく自分なりにそうとう頑張って過ごしてきて、色々と分かったことがあります。
そのひとつが、(私の場合は、かもしれませんが・・・)
「一度にひとつずつ」
の方が良いのだなぁ、ということ。

ふと気付くと、いくつもの「しなくてはならないこと」を両手一杯に抱えて、右往左往。
にっちもさっちもいかなくなって、途方に暮れている状態に陥っている自分を発見することも。
なんだか何かに追われているみたい。
でも、ちっとも片づいていかない。
「~しながら・・・・する。」
というのは、一見お得で有能なように感じるけれど(それができれば、なかなかに素晴らしいとは思うのだけれど・・・)、でも私にとってはむしろ効率が悪いようです。

今、この瞬間目の前にある「ひとつのこと」に集中する。
そうすると、心と身体がひとつに統合されていく。

手帳に、「したいこと」「しなければならないこと」を書き出してみました。
書いてみると、目に見えるから、自然に優先順位が決まってくる。
「しなければならないこと」は、否が応でも降りかかってきて、どけることがムズカシイ。
でも、「一度にひとつずつ」・・・と唱えながら、テキパキサッパリとこなしていくと、千里の道も一歩から。着実に片づいていくものですね。
そして不思議と、「したいこと」をするゆとりの時間が生まれてきます。

「しなければならないこと」に追われて、「したいこと」がないがしろにならないように気をつけながら、限られた時間を創っていく。
「きょう一日、何をしなければならないか、それが片づいたら何をしたいのか。」
それを分かっているだけで、ずいぶんと心の中がすっきりする。
近眼にならないように遠くの灯台のあかりも見つめながら、「ひとつずつ」のことをかさね、一日を創り、その一日を積み重ねていく。

私の「したいこと」はとてもささやかなこと。
・・・たとえば、なるべく休まずにレッスンに行って、思いっきり踊ること。
それから、本を読み、写真を撮り、音楽を聴き、映画を見たりすること。
時には小さな旅をしたり、美術館へ行ったりすること。
お散歩しながら空や、植物に季節を感じること。
気持ちよく目覚め、美味しくご飯を食べ、ゆっくりお風呂に入り、ぐっすり眠ること。
家族や友人の笑顔を見ながら、たわいもない話をすること。

・・・でも、このささやかなことこそが、とてもとても大切。
植物に降る陽の光や雨のように、私を潤し育んでくれる。

さぁ。
今日も「一度にひとつずつ」の積み重ね。
のんびりいきましょうか。


2007/11/07 (Wed) 梨加ちゃん

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2007年11月7日(水)。
117で「いいな♪」の日・・・と勝手に命名。

だって、この美しい秋の日の朝、私にとってとても大切な直美ちゃん&あっちゃん夫妻に、初めてのベイビー、かわいい女の子が生まれたんです!!
名前は「梨加(りか)」ちゃん。
中国の詩人、白居易は『長恨歌』の中で、美しい楊貴妃の泣く様を、雨に打たれる梨の花にたとえています。梨は美人の象徴ですね。
そしてスペイン語で「Rica」は、「豊か」という、いい意味です。
良い名前をもらったね。

いいな、いいな、あかちゃんってかわいいなぁ♪
私もはやく会いに行きたいなぁ・・・・。
なんだかとっても幸せな嬉しい日です。

*初めてママになった直美ちゃん、ご出産おめでとう!!
そして、長時間の大仕事、本当におつかれさま。
きっと、今、喜びに満ちていることでしょうね。
今日からは天使のママ、がんばってね!!

*パパになったあっちゃん、おめでとう!!
もうすでに梨加ちゃんはあっちゃんそっくりだとか・・・。
かわいくてかわいくて仕方ないんだろうなぁ・・・。

*初めての姪っ子誕生で叔父さんになった空、おめでとう!!
声から、メールから、すでにメロメロになっている様子が伝わってきたよ~。

一人の赤ちゃんがお母さんの温かいおなかから初めて外に出て、
たくさんの愛をうけ、喜びの声に迎えられる瞬間・・・。
人生の中で想像しうる、もっとも幸福な場面のひとつですね。
去年の夏、甥っ子のヒロ君が生まれたときの喜びが心によみがえります。
今朝生まれたばかりの梨加ちゃんの小さないとおしい命。
これから歩む道のりが、幸福なものになることを、心を込めて祈ります。
上の白菊の写真は、私から梨加ちゃんへの最初のちいさな贈り物・・・。

梨加ちゃん、ようこそ、この世界へ!!
0歳の誕生日、おめでとう!!
たくさん、たくさん、た~くさん幸せになりますように・・・。



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携帯に送ってもらいました♪
今朝生まれたばかりの梨加ちゃんです。
かわい~い!!




2007/08/04 (Sat) なぞ

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花が風に揺れていたのはどうして・・・?


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こんな不思議な星形の連なりはどうして・・・?


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何で?どうして?なんのために?・・・・・・・・・・・・すべては「なぞ」。


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百日紅の花がこんなにかわいらしく不思議な形なのも・・・・「なぞ」。

「なぞ」

世界は「なぞ」に満ちている。

私、とは?
私の心、とは?
本当の気持ち、とは・・・?
・・・私はどうしたいの?
・・・どうしてこうしたの?
・・・これからどうすべきなの?
なぜ、この道を選んだの?
何が本当の幸福なの?

私の内側も、外側(外界)も、「なぞ」、「なぞ」、「なぞ」に満ちた世界・・・。
わからないことばかり。

わからないことばかりの世界の中で、分からないことだらけの人生を、「なぞ」に向きあいながら生きていく。

生きる、ということは、「なぞ」の中で葛藤にもみくちゃにされながら必死に「なぞ」と向きあって、そしてさまざまなことを受け入れていくことかもしれない。

「なぞ」は「なぞ」のまま、「なぞ」を真摯に生きていくしかない。

その中で何らかの選択をしたとき・・・それは、結果的にきっと正しい答えになっていく。
人生は一度だから、自分のただ一度の人生を、人は生きるしかない。
稽古もせず脚本も持たずに「人生」という舞台にいきなり上げられた俳優のように・・・。
生きなかったもう一つの道、というのは、永遠にもう失われた道となっていく。

「僕の前に道はない 僕の後に道はできる」
と、高村光太郎は言った。
踏み出す一歩が人生を創るのだから、どこに一歩を踏み出せばいいのか、それが大きな大きな問題となっていく。
そして、どこに踏み出せばいいのかは、「なぞ」。
でも、何だか見つめると、光のさす方向がある。

踏み出した足を「正解だった」と思えるように、選んだ道を心を尽くし生きていくしかない。
「なぞ」も「葛藤」も、きっと必要な過程。
もし神さまがいるならば道はすでに用意されていて(主の山に備えあり)、迷ったり悩んだりした果てにも、唯一の道へと導かれていく・・・と、そんな風にも考えたり・・・。
でも、この考え方で良いのかどうかは・・・やっぱり「なぞ」!

「なぞ」を生きる。
「なぞ」のままで生きる。

そこに、自分にしかない道が生まれてくる・・・と信じて。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日訃報を聞いたばかりの河合隼雄さんの本を読み返している。
本の中で心に残った部分を私自身のために、メモしておきたい。
なぜなら、河合先生の言葉が私にとって「とても切実な問題」としてビシビシと、鋭く優しく胸に響いたから・・・。
上のような「なぞ」を考えるきっかけも、私自身の心と、河合先生の文章が、ちょうどいいタイミングでピタリ来たから・・・。
心に響いた部分を引用することはすなわち、自分自身の言葉で語る以上に今の私の心の奥底に抱える大きな問題を、えぐり出してくれていると感じる。
これもまた、私の心の記録として・・・。

以下引用は『昔話の深層 ユング心理学とグリム童話』(講談社+α文庫)より

*避けられた課題は常に拡大され、それは普遍的な性質を帯びてくる。(p136)

*運命を避けようとする試みが、ますます運命を引き寄せることになる。(p156)

*人間にとって外界のすべての事象はすべて「なぞ」であるとも言うことができる。
人間をめぐる万物はそれぞれ「なんぞ?」と問いかけてくる。
この「なぞ」をわれわれは解き明かさねばならず、その答えの集積こそが人間の文化というものであると考えられる。(p224)

*人間をひとつの世界と見て、そのようなミクロコスモスと、宇宙というマクロコスモスの対応を考える思想は洋の東西を問わず古くから存在している。
確かに人間の内界は無限のひろがりをもち、それは外界のひろさと匹敵すると考えることができる。
かくて、人間に対する「なぞ」は外界からだけではなく、内界からも発せられることになる。
「私とは何か」という問いは、「私の魂とは何か。」という問いにおきかえられる。
自分の心の奥にはいったい何があるのか。
魂は存在するのか。
これらのことは確かに人間にとっての永遠の「なぞ」である。(p225)

*「なぞ」が解かれたかのように見えるときでも、疑問はさらに湧いてくる。
「いったいそれは『本当は』何なのだろうか」と。
これは、自分自身に対してもそうである。
われわれの自我はそれ自身について知っており、外界についての知識は自我を豊かにする。
しかし、自我がそれ自身の存在に目を向けたとき、その存在が深く基礎づけられたと感じる知恵は、先に述べた知識とは次元の異なるものである。
ユングは自我の内部でそれを豊かにする知識と、自我存在を深く基礎づける知恵とを区別し、後者の場合はアニマ(男性の心の中に存在する女性の理想像のようなもの。詳しくはこちら。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%9Eが関係してくると指摘している。(p234)

*魂の世界に住む彼女(童話の主人公の姫)にとって、外界の世界はすなわち「なぞ」であり、解くことはできないのである。
これは外界の現実にのみとらわれた人間にとって、彼女が永遠の「なぞ」であるのと同様である。
このなぞ解き姫は、美しいが高慢であったと言われている。
このアニマの高慢さをわれわれはどのように体験するであろうか。
われわれ男性がアニマの存在に気付きはじめると、その内界のすばらしさに魅せられて、今まで大切にしてきたことはすべて無に等しいとさえ感じられる。
人間の心と心の接触こそが第一であり、そのためには地位も財産も名誉もすべて不要であるなどと思うとき、それはそれで確かに正しいことでありながら、そこに「高慢」の危険性が充分に存在している。
そのとき、アニマの、すなわち「魂」の高慢の鼻を、外的世界の「なぞ」が押しつぶすのである。(p239)

*人間の結婚ということの難しさ、あるいは男性性と女性性の結合ということの難しさ・・・それは一度に成し遂げられるものではなく、長い過程の中で、離別と結合を繰り返しつつ成就されることを意味している。
 人間の成長に死と再生のプロセスが必要であるように、結婚生活の発展のためには、離婚と再婚が・・・同一人に対して行われるのではあるが・・・必要であることを物語っているのではないだろうか。
あるいはアニマ、アニムスの問題は、それを外界に投影して生きたあと、それを実際に自分の内界のこととして知る第二の段階が必要であることを物語っているとも考えられる。
ともかく、対立物の合一という仕事は一筋縄では成就されがたいのである。(p268)

*指輪はその円環性によって自己の象徴であり得るとともに、結合と拘束を表す。
結合と拘束とは言ってみれば同じことであるかもしれないが、その人の主観的な受けとり方によってそれは何かの結合と感じられたり、何ものかによる拘束と感じられたりするということであろう。

*結婚ということ自身が対立物の合一であり、ひとつの完結した円環をつくるものである。(p283)

*真実は、簡単に計り知ることのできない第三の道として存在している。
あれかこれかという二者択一の選択の道ではなく・・・。
早まって片方に決めてしまうことなく、両者の葛藤の中に身を置いて正面から取り組んでゆくと、その人なりの第三の道がひらけてくるものである。
ここで「その人なりの」という表現をしたとき、これはまさに「人となり」という言葉につながるものである。
つまり、両者の葛藤にもまれることにより、そこには他人の真似できない、その人の個性ができあがってゆくのである。
あれかこれかという断定は、既存の何らかの価値判断に従うかぎり決められるものである。
しかし、第三の道は、その人個人の個性を必要とし、既存のものに頼らない創造的行為となる。


2007/08/01 (Wed) きらめき

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驟雨に打たれ、うなだれる白い百日紅(サルスベリ)の花を見つめていました。

そして、雨が上がった瞬間に、「きらめき」を見ました。
雨上がりの百日紅は何と美しかったことでしょう・・・。

「瞬間よ止まれ、汝はいかにも美しい!」
("Verweile doch! Du bist so schön.")(ゲーテ『ファウスト』より)
と、心の底から、そう感じることのできる人生の瞬間・・・。

ゲーテの小説『ファウスト』で、年老いた学者・
ファウスト博士は、
「生きることの真の充足感を得たい。もし自分が『瞬間よ止まれ、汝はいかにも美しい!』という言葉を言葉から叫ぶことができるならば、悪魔に魂を渡してもかまわない・・・。」
と言いました。

それほど、人生に「きらめき」の瞬間を持つことはたやすいことではない、ということなのでしょう・・・。
生涯に一度でも、そう心の底から真に感じることができたなら、命を捨てても惜しくはないほど価値のあること、と・・・ゲーテは言おうとしたのでしょうか。
もう、一生分の感動を生ききった、と思えるほど美しい瞬間を味わったその時こそ、人生の終わりが来ても思い残すことはないと・・・。

私はもう、そう、はっきりと口にすることのできる時間を、何度も何度も味わって「きてしまった」と、そう感じています。
そのことを思うとき・・・、ただ静かに泣きたくなるのはなぜでしょう。

雲間から細くさした光の中で、雨の滴を宿すレースのような百日紅の花の美しさ・・・。
花びらは白いフリル。淡いピンクのしべのユニークで奔放なしなり。毬のようにかわいらしいつぼみ。

我が家の玄関の扉を開けたところに毎夏咲いている百日紅が、こんなにかわいい花だということを、今年はじめて知りました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今日は、空の誕生日。

私の人生に、たくさんの「きらめき」の瞬間をくれた人。

生まれてきてくれてありがとう。
生きてきてくれてありがとう。
出逢ってくれてありがとう。

胸一杯にあふれる思いを込めて、「おめでとう」と、「ありがとう」を、言わせて下さい。

心から、心から、お誕生日、おめでとう!!



2007/06/19 (Tue) 白骨の御文

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「白骨の御文」 蓮如

それ 人間の浮生なる相を つらつら観ずるに
おほよそはかなきものはこの世の始中終
幻のごとくなる一期なり
さればいまだ万歳の人身を受けたりといふことを聞かず
一生過ぎやすし
今に至りて誰か百年の形体を保つべきや
我や先 人や先 今日とも知らず 明日とも知らず
遅れ先だつ人は本の雫 末の露よりも繁しといへり
されば、朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり
すでに無常の風 来たりぬれば
すなはち二つのまなこ たちまちに閉ぢ
一つの息 ながく絶えぬれば 紅顔むなしく変じて
桃李のよそほひを失ひぬるときは
六親眷属集まりて嘆き悲しめども
さらにその甲斐あるべからず
さてしもあるべきことならねばとて
野外に送りて 夜半の煙となしはてぬれば
ただ白骨のみぞ残れり
あはれといふもなかなかおろかなり
されば 人間のはかなきことは 老少不定のさかひなれば
誰の人も早く後生の一大事を心にかけて
阿弥陀仏を深く頼みまゐらせて
念仏申すべきものなり
あなかしこ あなかしこ

(口語意訳)
人間のはかない人生をよくよく考えてみると、
本当にはかないものは、生まれ、生き、死んでゆく、幻のような生涯。
いまだかつて人が一万年も生きたという話は聞いたことがない。
一生はすぐに過ぎ去ってしまう。
現在でも百年を生きることはむずかしい。
死を迎えるのは、私が先か、人が先か。
今日とも、明日とも知れない命。
先に死ぬ人も、生き残る人も、生死の別れは絶え間なく、
木の露や、葉の先の雫の数よりも多い。
私たちは、朝には美しく生き生きした顔をしていても、
夕方には死んで骨になるかもしれない身。
無常の風が吹いたなら、たちまちのうちにまぶたは閉じ、
最後の一息が永遠に切れてしまえば、ばら色の頬も色を失ない、
桃や李の花のような美しさが失われてしまうときには、
家族親戚が集まって歎き悲しんでも、もはやどうしようもない。
さてすべきことをしなければと、遺体を野外に送り、夜中に火葬をして煙となれば、
ただ白骨だけが残るのだ。
あわれと言っても言い尽くせないほどだ。
人間の命のはかなさは、老人も若い人もかかわることなので、
明日をどう生きていけば良いのかということを、いつも心の中にしっかりと据えて、
「大事に生きよ」という自分にかけられた命の願いに沿って、
「命は大切なものだ。その命を大事に生きて行く自分になろう」と、
繰り返し繰り返し自分に言い聞かせていくべきものなのだ。

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葬儀のさいちゅうに若い僧侶の読んだ文章が、耳に届き、心に響いた。
あとで知ったことだが、浄土真宗を広めた蓮如が記した手紙の文章だという。
(キリスト教にたとえるなら「パウロの手紙」だろうか。)
それが上の「白骨の御文」だ。
浄土真宗の開祖、親鸞の教えを、徹底的に世に広めた蓮如。 
人の心にしみこむ美しい文章だ、と思った。

「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、
久しくとどまりたる例なし。
…朝に死に、夕に生るる習ひ、ただ、水の泡にぞ似たりける。
知らず、生まれ死ぬる人、何方より来りて、何方へか去る。
また知らず、仮の宿り、誰が為にか、心を悩まし、
何によりてか、目を悦はしむる。
その主と栖と無常を争ふさま、言はば、朝顔の露に異ならず。
或は、露落ちて、花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。
或は、花しぼみて、露なほ消えず。
消えずといへども、夕を待つことなし。」
『方丈記』

「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。」
『平家物語』


無常観。
人間の命ははかない。人間の一生もはかない。
草の上の露のような人生。
万物は流転する、ということ。
蓮如の書いたとおり、
「朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり」
まったくその通りだと思った。
だからこそ、
「はかない生涯をどう生きるのか」
ということを、真摯に見つめなくてはならないと思った。

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この二週間はまるで、夢のように過ぎた。
あわただしく、そして、どこか現実ではないような日々。
あまりに非現実的なことにさらされると、
人間とは意外と日常的に振る舞うものなのだと知った。
…というよりも、泣いたり、苦しんだりしつつ、
でも、その状態は絶え間なく続くわけではなく、
心の中には重苦しい石のようなものを動かしがたくいだきつつも、
ほとんどの時間はそんなことがあったことすら忘れているかのように
日常をこなすものだ、と思った。

たくさんの涙を見た。
そして私も涙を流し、さまざまなことを考えた日々だった。
一人の人間の「死」の与える、大きな波紋を見た。
「生きる」ということは、
有形無形に多くの人や物事にからみあっていくということなのだ、と思った。
自分の生き様が、たくさんの人に否が応でもかかわり合い、
良くも悪くも影響を及ぼすのだ、ということをあらためて感じた。
一人では生きられない。
自分ひとりなんて・・・と思って生きてはいけない。
人間とはいつか必ず死ぬもの。
だからこそ、いかに生きるのかが大事なのだとつくづく感じた。
生と死を見つめ、精一杯生きなくてはならない、と思った。

そして優しく穏やかな私の父の中に、偉大なる強さ、人間性の美しさを見た。
見返りを求めずに人のために心を尽くし、精一杯与えられるだけ与える・・・。

「右のほおを打つ人には、左のほおをも向けなさい。
人があなたのズボンをうばおうとしたら、上着も一緒にあげなさい。
人があなたを一里歩かせようとしたら、その人と共に二里歩きなさい。
敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」
(新約聖書・マタイ・5)

「こんなこと、できる人がいるだろうか…無理だ。」
と思っていたけれど、
今回の父の態度、行動、言葉、その背中に、
まさにこのような、
自分の利益を求めずに、苦しみを乗り越えて人を心から思いやる生き様を見た。
そして多くを学んだ。
そのことについてはいつかしっかりと書きたい、と思っている。
でも、それは今ではなく、そしてここでではなく・・・。
未来に向けての、私のひとつの大きな夢としておこうと思う。

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*今回のあじさいの写真はすべて、去年携帯で撮ったものです。
今年のあじさいは、またこれからゆっくり載せていこうと
楽しみにしているところです。

*お返事を落ち着いて書ける時間を取れる状態になるまで
今しばらくお時間をいただきたいので、
コメント欄はもう少~
しだけ、クローズしたいと思います。
ごめんなさい。
いつも暖かいコメントを本当にありがとうございます。


2007/06/11 (Mon) 亡き人に

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叔父さん、今はもう天国にいますよね・・・。
苦しみもなく、悲しみもなく、解き放たれて・・・。

何もできなかった私を、どうぞ許してください。

神さま、仏さま・・・・。

私たちに残された、
大きな、苦しみ、悲しみ、困難を、
私たちが受けとめきることができますように。


神よ
愛する者が死にました
どうか この死が
残された者にとって いかなる意味を持つのか
教えてください
誤りなく その死の意味を
受けとめることが できますように

(三浦綾子『天の梯子』)


あなた方の中に
苦しんでいる者があるか
その人は祈るがよい

(新約聖書・ヤコブの手紙)

Kyrie eleison.
Christe eleison.
Kyrie eleison.



2007/06/10 (Sun) 汲む

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先日紹介した詩人茨木のり子さんの、「汲む」という詩が好きです。

「汲む」       茨木のり子

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとはわたしの背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人と思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました
大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 酷く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれているのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年に
なりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです


この詩を読んだ思春期の頃、美容師さんに話しかけられただけですぐに赤くなったり、初対面の人に会うのに不必要に緊張したり、人のちょっとした言葉にすぐ傷ついたりする自分がいやでした。
でも、そんな自分を、「そのままでもいいんだな」と思え、救われたように感じた覚えがあります。
最近ではむしろ、そういう「震える弱いアンテナ」をもつような、初々しい感受性を持つ自分を、キープすることの難しさを、感じたりもします。

踊るためには・・・。
人と真心をもって接するには。
そして、日々を丁寧に生きていくためには・・・。
「初々しさ」
を、決して失ってはいけないなぁと、あらためて思います。
失えば、二度とは手に入れることのできない、心の中の大切な部分。
柔らかく、外に向かってひらかれているのこそ難しい、咲きたての薔薇のような心。
それを、大事にしていきたいなぁ・・・と、気持ちを新たにします。

「あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・」
という部分、まさにその通りだと思います。

「汲む」ということ。
人の言葉を、人の心を、その言わんとすることを正しく大切に汲み取ることの難しさを思います。
静かな湖面にいきなり投げ込まれた石のような言葉。
なぜ・・・?どんな意図で・・・?何のために?
時には傷つき、怒りや苛立ちを感じたり、貝のように心を閉じてしまいたくなったりもしますが、でも、勇気を持って開いていたい。
傷つくのは、私の心がまだ柔らかい証拠。
傷つかなくなったら、その時の方が問題が大きい。


ときどき、自分が困ってしまってどうしていいのか悩むようなときに、開く本があります。
ジャン・ガロという人の書いた「愛のいのり」という本です。
まだ10代の高校生の少女だった頃に、美しいステンドグラスを見たくてなにげなく訪れたある教会の、小さな売店で売っていた本です。
それ以来、何かあると、たびたびこの本にたすけられ教えられてきました。
私の人生に、備えられていた、小さな小さな本。

「悪意が目に映るようなときでも、そこには、よい意図があったのに、じょうずに表現できなかったのだということに、思い至らせてください。」

「気むずかしく、冷たく、不快な態度を見るとき、深い望みがありながらも、内気なために、すなおで善良な態度がとれないでいるのだということを悟らせてください。」

「一切の対話が愛であるようにしてください。私が口を開くとき、相手を受け入れられるように、心をまず開いてください。」

「どんな人とも、なごやかに交われるように、私の心を開いてください。人を理解し、自分と違った考えをも受け入れられる心にしてください。」

(ジャン・ガロ著『愛のいのり』より)

・・・「汲む」ということ。
心を、汲み取る、ということ。
本当になかなか難しい、困難なことなのですが・・・・。
でも。

もっともっと大事にしていきたいなぁ、と思っています。

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2007/06/09 (Sat) とっておき
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バラを撮った中で、特にお気に入りの一枚です。いかがでしょう?

あかいバラ、といえば何を思い出すでしょう?
ファムファタール(運命の女)、カルメンやフラメンコ?

でも私には、紅いバラは何よりこの歌を連想させます。
このブログのタイトルでもあるこの美しい歌・・・。

この歌は私の心の願いでもあり・・・。
そして、私には世界は何だかこのように見えるときがあります・・・。

今日(6月8日)、同じ職場にいた素敵なTさんに、待望の第一子、赤ちゃんが無事に生まれたとの知らせ。
おめでとう!おめでとう!

小さな命にとって、この世界がWonderful Worldでありますように。
心を込めて、とっておきのあかいバラを贈ります。


「What a Wonderful World」

I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world

I see skies of blue and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world

The colours of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces of people going by
I see friends shakin' hands, sayin' "How do you do?"
They're really saying "I love you"

I hear babies cryin', I watch them grow
They'll learn much more than I'll ever know
And I think to myself, what a wonderful world
Yes, I think to myself, what a wonderful world


私は見る 新緑の木々 紅い薔薇を
私は見る 私のために あなたのために 
それらが萌え 花開いてゆくのを 
そして胸の中で思う 「なんて素晴らしい世界!」

私は見る 紺碧の空 純白の雲を
輝く神聖な昼 暗くやさしい夜を
そして胸の中で思う 「なんて素晴らしい世界!」

空の虹のかわいらしい色彩
それらが過ぎゆく人々の顔に映る 
私は見る 友達が挨拶を交わしながら握手するのを
「愛している」と心から言うのを

私は聞く 赤ちゃんの泣き声を 
私は見守る 彼らが育ってゆくのを 私よりももっと多くを学んでゆくのを
そして胸の中で思う 「なんて素晴らしい世界!」

そう、胸の中で思う 「なんて素晴らしい世界!!」

(George david Weiss "What a wonderful world") 


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写真はもちろん(!?)・・・S病院のバラです。




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プロフィール

mar(マル)

Author:mar(マル)
☆大切なこと
「真・善・美」な道を求めて日々成長すること。

☆好きな言葉
「世界と人生を愛すること 
苦しい時にも愛すること 
太陽の光を感謝して受け取ること 
苦しみの中でも微笑を忘れないこと」
(ヘルマン・ヘッセの言葉) 

☆好きなこと
・空が好き。
・本(古典・純文学系)が好き。
・きれいな音楽が好き。
・いい映画や、美術、旅行も好き。
・木に咲く花が好き。
・花の写真を撮ることが大好き。
・色々考えることが好き。
・文章を書くことも好き。

☆好きな本
・ヘッセ『デミアン』『春の嵐』
・リルケ『若き詩人への手紙』
・高村光太郎『智恵子抄』
・三浦綾子『道ありき』『氷点』『泥流地帯』『塩狩峠』
・倉田百三『出家とその弟子』
・ドストエフスキー『白痴』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』
・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』
・トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
・サンテグジュペリ『星の王子さま』
などなど。

☆好きな映画

『初恋の来た道』『ポンヌフの恋人』『ローマの休日』『アメリ』『父と暮らせば』『ノッティングヒルの恋人』『ライフイズビューティフル』『ベティーブルー』『存在の耐えられない軽さ』『嵐が丘』『LOVERS』『汚れた血』『イングリッシュペイシェント』『エトワール』『風と共に去りぬ』など

☆好きな音楽

・グレン・グールドの弾くバッハ(特に『ゴールドベルク』)
・マドレデウス

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